具だくさんの味噌汁で、毎日が健康!

――味噌のメラノイジンの威力と味噌汁の健康効果――

女子栄養大学栄養学部長 五明紀春教授

味噌の色がミソ!
褐色色素メラノイジンの多彩な効果

 昔から日本人の食卓には欠かせない味噌汁。
 食生活の欧米化や減塩運動に伴い、一時は日本人の味噌の消費量は減ってしまいましたが、近年、味噌の健康効果が多くの研究で科学的に解明されるにつれ、改めて味噌が見直されてきています。
 味噌には、原料の大豆に由来するサポニンやイソフラボン、レシチンなどの機能性成分が含まれているだけでなく、発酵・熟成の過程でも新たな機能性成分が生まれます。女子栄養大学の五明紀春教授は、その中の一つ、味噌に多く含まれる褐色色素「メラノイジン」の働きに注目されています。
 淡いクリーム色の白味噌から濃厚な赤褐色の八丁味噌まで濃淡の差はあれ、味噌にはメラノイジンが含まれ、味噌特有の香りやコクをつくり出すばかりでなく、最近の研究では糖尿病やがん予防にも役立つ可能性が明らかになってきました。
 メラノイジン研究の第一人者である五明先生に、メラノイジンの多彩な効果と味噌汁の効用についてお話を伺いました。

味噌は機能性成分の宝庫

――「味噌汁は朝の毒消し」、「味噌の医者殺し」などといわれるように、味噌が体に良いことは昔から経験的に知られていますが、近年、それを科学的に裏付ける報告が相次いでいますね。
五明 味噌の効用については、1981年、当時の国立がんセンター研究所の平山雄疫学部長が、「味噌汁を毎日飲む人ほど胃がんによる死亡率が低い」という有名な疫学データを発表しています(図1)。
 また、「味噌汁を飲んでいたために原爆後遺症が軽く済んだ」という被爆者の体験談もあり、実際、味噌には放射性物質を体外へ排出したり、発がんを防ぐ効果があることが、動物実験で確認されています。
 味噌には健康に役立つさまざまな成分が含まれています。
 まず、味噌の原料である大豆そのものに、良質の蛋白質や脂質をはじめ、微量栄養素もビタミンC・E、カルシウム・マグネシウム・カリウムなどのミネラル、食物繊維などいろいろ含まれています。この他にも、体内の酸化を抑え、血液中の中性脂肪を下げたり血栓を防ぐ作用のある「サポニン」や、コレステロールを下げたり、脳神経の伝達に関わる「レシチン」、活性酸素を消去して動脈硬化・がん・老化を防いだり、骨粗鬆症の予防効果がいわれている「イソフラボノイド」など、大豆には注目の機能性成分が数多く含まれています。
 さらに、大豆を発酵・熟成させることで、味噌には多くの付加価値が加わります。
 例えば、蛋白質が分解されてできる中間産物のペプチド類には、血圧やコレステロールを下げたり、鎮痛・神経興奮抑制・催眠作用などの生理的機能をもつものがたくさんみつかっています。
 また、味噌は大豆そのものよりも抗酸化能がレベルアップされており(図2)、その作用の一部を担っていると考えられるのが、味噌の褐色色素「メラノイジン」です。メラノイジンには抗酸化作用の他にも、多くの優れた生理機能があります。
 こうしたいくつもの成分の相乗効果によって、味噌は千年来、日本人の健康維持に貢献してきたのだと思います。

メラノイジンと味噌

――味噌に含まれるさまざまな機能性成分の中でも、先生が注目されている「メラノイジン」とはどのような成分なのですか。
五明 食物を煮たり焼いたり、あるいは発酵・熟成させたりすると、多くの場合、色が茶色く変わってきますね。これを「褐変現象」といい、この時できる褐色色素を「メラノイジン」といいます。
 味噌は、蒸したり煮たりしてつぶした大豆に麹と塩を加え、発酵・熟成させてつくります。味噌のメラノイジンは、大豆に含まれるアミノ化合物(蛋白質、ペプチド、アミノ酸など)と、麹の糖類との間で「メイラード反応」と呼ばれる化学反応がおこり、発酵・熟成の間にさらにいくつもの反応が進むことで生まれます(図3)。
 つまり、メラノイジンはもともとの天然素材には含まれてなく、加工の段階でメイラード反応がおこり、非常に複雑な反応過程を経て、二次的に生成してくる成分なのです。
 ですから、メラノイジンは味噌に限らず、醤油、ビール、コーヒー、ソース、パン、クッキー、焼き肉、焼き魚など、多少なりとも色が茶色く変化しているものには含まれています。
 中でも味噌は、摂取量からいっても、また大豆特有の機能成分をもつことからいっても、非常に優れたメラノイジンの摂取源です。
 メイラード反応は食品の色を褐色に変えるだけでなく、同時に味や匂いにも影響を与えます。味噌のコクやまろみ、味の深み、豊かな香りはメイラード反応のたまものです。
 さらに最近になって、メラノイジンには健康に役立つさまざまな働きがあることが明らかになってきました。

メラノイジンの健康効果
糖尿病予防効果

――メラノイジンにはどのような働きがあるのですか。
五明 メラノイジンは基本的に消化・吸収されず、食物と一緒に入ってきても多くは体の中を素通りしていきます。しかし、そのプロセスで食物繊維とよく似た機能を発揮することが分かっています。

〈糖質の消化・吸収を遅らせる〉

五明 食物繊維には糖質の消化・吸収を抑えて糖尿病を予防する働きがありますが、メラノイジンにもそういう働きが期待されます。
 糖質の消化・吸収速度が速いと血糖値が急上昇し、それを下げようとしてインスリンが一気に消費されるので膵臓に負担がかかります。また、すでにインスリン分泌機能が低下している人は糖の代謝が追いつかず、高血糖になりやすくなってしまいます。糖質の消化・吸収を遅延させることは、糖尿病を予防・治療する上で非常に重要なポイントです。
 私たちは、消化のよいジャガイモ澱粉で団子をつくり、メラノイジンを混ぜた団子と混ぜない団子をそれぞれ3分間ずつ学生に咀嚼してもらったところ、メラノイジンを混ぜた団子の消化率は混ぜない団子の平均70%に抑えられ、メラノイジンが食物の消化速度を遅くすることを確認しました(図4)。これは、メラノイジンが唾液に含まれる消化酵素「α|アミラーゼ」の働きを阻害した結果と考えられます。
 また、ラットの胃に砂糖水を注入して血糖値の変動を調べたところ、砂糖水にメラノイジンを加えると血糖値の変動が抑えられることが分かりました(図5)。これは、メラノイジンが小腸粘膜で二糖類の分解に働く消化酵素「α|グルコシダーゼ」の働きを阻害するためと考えられます。
 つまり、メラノイジンは消化・吸収の始発段階で働くアミラーゼと、最終段階で働くグルコシダーゼという二つの消化酵素を抑えることで、糖質の消化・吸収速度を遅らせることが示されたのです。

〈膵臓の機能を高める〉

五明 メラノイジンにはさらに、膵臓でつくられる蛋白質消化酵素「トリプシン」を阻害する作用もあります。
 トリプシンの働きが抑えられると、膵臓はそれを補うためにもっとトリプシンを分泌しようとし、そのことが膵臓の機能そのものを高め、インスリンの分泌も良くなって、結果的に糖尿病の予防・治療に役立つのではないかと期待されています。
 トリプシンを阻害する成分を「トリプシン・インヒビター」といいますが、トリプシン・インヒビターは味噌の原料の大豆にも含まれています。大豆を煮たり、発酵・熟成させたりしてもトリプシン・インヒビターは残っているので、味噌は大豆由来のトリプシン・インヒビターにメラノイジンが加わった、強力なトリプシン阻害食品といえます。
 トリプシンの活性を半減させるのに必要な味噌の濃度を調べたところ、私たちが普段飲んでいる味噌汁の濃度(約10%前後)で十分に効果を発揮することが分かりました。また、同じ大豆発酵食品の醤油に比べ、味噌は約2倍の阻害作用をもつことも分かりました(表1)。

がん予防効果

五明 トリプシン・インヒビターにはがん細胞の増殖を抑える可能性もあり、今、世界中で盛んに研究が進められているところです。日本のがん死亡率が欧米諸国に比べて低い理由の一つとして、トリプシン・インヒビターを多く含む味噌などの大豆食品を多くとるからだと指摘する米国の栄養学者もいます。
 がん予防ということでは、メラノイジンの強力な抗酸化作用も見逃せません。メラノイジンは重金属と結合して体内の過酸化反応を抑え、発がんを防ぐと考えられます(図6)。重金属自体は発がん物質ではありませんが、体内で酸化反応を促進してフリーラジカルの発生源となり、細胞のがん化を引き起こします。
 この他にも、メラノイジンが食物中の発がん物質や有毒物質と結合してその毒性を中和することが、多くの研究で明らかになっています。
――「味噌汁を飲む人ほど胃がんになりにくい」ということですが(5頁・図1)、これもメラノイジンの働きが大きいのでしょうか。
五明 胃がんは日本人に非常に多いがんですが、メラノイジンには発がん物質の「ニトロソアミン」の生成を抑えて胃がんを防ぐ可能性も指摘されています。
 ニトロソアミンは、食物中のアミン類と亜硝酸が、強い酸性の胃液の中で反応してつくられます。アミン類は肉や魚の蛋白に多く、亜硝酸は、野菜の中に含まれる肥料からくる硝酸が、唾液中の微生物の働きで亜硝酸に変わったり、漬け物にすると微生物の働きで亜硝酸に変わったりします。
 つまり、魚と漬け物をおかずにする際、そこに味噌汁を加えるだけで胃がん予防効果が期待できるのです。

整腸作用

五明 近年、日本では大腸がんが増加の傾向にありますが、これは日本人の食生活が欧米型の高脂肪・高蛋白・低食物繊維食に移行し、腸内で悪玉の腐敗菌が優勢になっているためです。
 悪玉菌が優勢になると、アミン、インドール、スカトール、硫化水素などの有害物質が生成され、細胞を傷つけるもとになります。
 また、体内に入ってきた発がん物質は、肝臓でグルクロン酸などに抱き合わされて便と一緒に体外へ排泄されますが、悪玉菌にはこの抱合を解いて発がん物質を腸管から吸収させ、再び肝臓へ戻す作用があります。この「腸肝循環」が10回くり返されると、体内に入ってきた発がん物質が1でも、10入ってきたのと同じことになってしまいます。
 こうした状況を改善するには、腸内で善玉菌を増やし、悪玉菌の増殖を抑えることが大事です。メラノイジンには、最初にお話しした通り食物繊維とよく似た働きがあり、善玉菌を増やして腸内細菌叢を改善する効果があります。
 ラットの餌にメラノイジンを添加した実験では、大腸の乳酸菌数が数十倍に増えることが確認されました(図7)。
 また、ラットの餌に異なる量のメラノイジンを添加すると、メラノイジンの量が増えるにつれ、便が腸にとどまる時間が短くなることが分かりました(図8)。
 このことは便秘の予防につながるだけでなく、便に含まれる発がん物質も速やかに体外に排泄し、大腸がん予防につながることを意味しています。

コレステロール・血圧降下作用

五明 これも食物繊維の重要な機能の一つですが、メラノイジンには血液中のコレステロールを下げる作用もあります。
 ラットの餌に異なる量のメラノイジンを添加して血液中と肝臓のコレステロールを調べたところ、メラノイジンの摂取量が増えるにつれてコレステロールが下がることが確認されました(図9)。
 大豆由来のサポニンやレシチンなどにもコレステロール低下作用があり、これらの成分との相乗作用で、味噌は高脂血症や動脈硬化の予防、ひいては心筋梗塞や脳梗塞などの予防に役立つと考えられます。
――味噌は塩分が多いので高血圧の原因になるのではないかと心配する人もいますが…。
五明 遺伝的に塩分への感受性が高く、食塩の摂取で血圧が上がる人がいますが、味噌の場合は、メラノイジンに塩分の体外への排出を促す作用があるといわれています。
 また、味噌に含まれるペプチドには、血圧の上昇に関わる酵素「ACE」の働きを阻害して血圧を下げる作用があり、メラノイジンにもACE阻害作用が確認されています(図10)。
 味噌は高塩分食品ではありますが、そのハンディキャップを減らす要素をもっているのです。ただ食塩の含量だけをみていたのでは正確に味噌を評価したことにはなりません。

毎食1杯、具だくさんの味噌汁を

――味噌はメラノイジンの優れた摂取源だということですが、その効果的なとり方を教えて下さい。
五明 やはり、日本人が昔から毎日の食卓に欠かさずとり続けてきた味噌汁の摂取をおすすめします。
 味噌は、熟成度の高い、色の濃い味噌ほどメラノイジンが多く含まれています(表2・3)。ただ、白味噌や淡色味噌にメラノイジンが含まれていないということではなく、それはそれで色の薄いメラノイジンが含まれています。ですから、白味噌の生理機能が赤味噌より劣るということでは必ずしもありません。
 具は、野菜類、芋類、海藻類など、具だくさんの味噌汁は野菜類に含まれるカルシウムやマグネシウム、カリウムなどを一緒にとることができ、優れたミネラル供給源になります。特にカリウムは塩分のナトリウムとバランスをとってくれるので、食塩の害を減らすことができます。
 摂取量は、理想的には毎食1杯、少なくとも1日1回は必ずとりたいものです。朝食には必ず味噌汁をつけ、お昼に外食する時もなるべく味噌汁のついた定食を選ぶことが大事です。
 忙しくてきちんとした食事をとるのが難しいという人は、スーパーやコンビニなどで手に入るインスタント味噌汁を利用するのも良いでしょう。
 毎日の食生活に積極的に味噌汁をとり入れて、今一度、日本の伝統的大豆発酵食品"味噌"の素晴らしさを再確認していただきたいと思います。
(インタビュー構成・本誌岩橋)