日常生活からのがん予防、その最新の成果
――がんを退治するキラー細胞を活性する、食・動・心――
柴田病院難治疾患研究部 伊丹仁朗先生
がん予防はキラー細胞の活性から
日本のがん死亡者数は年々増加し、1981年以降、死因のトップを続けています。今や年間で3〜4人に1人、約30万人ががんで亡くなっています。
一方で、がん完治の指標「5年生存率」は50%を超え、治療成果は着実に向上しています。とはいうものの、進行がんや再発がんは相変わらず困難をきわめ、この現状に対し、"がん患者を率いてモンブラン登頂"など「生きがい療法」で知られる伊丹仁朗先生は、"予防にまさる治療なし"と、「健康な時からがん予防のライフスタイルを心がける」ことを呼びかけられています。
長い間、"早期発見・早期治療の二次予防"が先行していたがん予防も、疫学研究の目覚ましい進展で、食生活をはじめとする様々な生活習慣が"がんにならない一次予防"の鍵を握っていることが明らかになり、その成果は10年以上前に「がん予防の12ヵ条(表1)」としてまとめられました。
伊丹先生はこの12ヵ条に加えて注目すべき最新の研究成果として、がん予防の大きな決め手となるキラー細胞(ナチュラルキラー細胞。NK細胞)の活性を促す・運動・・笑いやプラス思考・・がん免疫ドックの活用・・健康食品などの有効利用──等を提案されています。
伊丹先生にキラー細胞の活性を中心に、がん予防のライフスタイル、その最新の成果を伺いました。
がんを防ぐための12ヵ条
・バランスのとれた食事
・毎日変化のある食生活
・食べ過ぎをさけ、脂肪は控えめ
・お酒はほどほど
・タバコは吸わない
・緑黄色野菜をたっぷり
・塩分を少なく、熱い物はさましてから
・焦げをさける
・カビに注意
・日光をさける
・適度なスポーツ
・体を清潔に
(『やさしいがんの知識』財団法人がん研究振興財団編集より)
がん予防の決め手となる「キラー(NK)細胞」 がん細胞の発生と、がん細胞の殺し屋
伊丹 若くて元気な人でも毎日少なくても3千個以上のがん細胞が体内に発生しています。がん細胞は、・まずDNAの中で眠っているがん遺伝子が発がん物質(イニシエーター)の働きかけによって目覚め、・次に発がん遺伝子が目覚めた細胞が発がん促進物質(プロモーター)によって変化し、変化した細胞が分裂してはじめてがん細胞になり、・がん細胞が異常増殖して、肉眼でも見えるくらいに大きくなるとがんの発病となるわけです(図1)。
また、人間の体は約60兆個の細胞で構成されていますが、そのうちの約2%が毎日新陳代謝などで新しく生まれ変わっています。このとき、ごく一部の細胞にはどうしてもコピーミスが起き、遺伝子が傷ついてがん遺伝子が目覚めてしまうということがあります。加齢につれてコピーミスは多くなるので、加齢も発がん因子になるわけです。
このような仕組みでがん細胞は体の中で日々発生しているわけですが、それでただちにがんにならないのは、体内には「ナチュラルキラー細胞(キラー細胞、NK細胞と略)」という、生まれながらにしてがん細胞を退治する殺し屋が備わっているからです(図1)。
体内には少なくても50億個以上、多い人では1千億個ものキラー細胞が存在し、日々発生するがん細胞を探し出しては攻撃し、破壊してくれているのです。
単純にいえば、キラー細胞が強ければがんの予防に、反対に、キラー細胞が弱くなるとがんにかかりやすくなるわけです。例えば、手術前にキラー細胞の活性(NK活性)を調べ、活性の強い人、弱い人、中間の人とで術後3年間の生存率を比較した研究では、やはりキラー細胞の強弱で、治療および予防効果が決まってくるのがわかります(図2)。
ですから、がんの予防は日頃からキラー細胞を強くしていくことが非常に重要になります。
キラー(NK)細胞とキラーT細胞の連携
伊丹 キラー細胞は体の免疫システムの中心を担う「白血球」のうちの、その中でも主力戦士となる「リンパ球」の一つですが、がんへの抵抗力はキラー細胞だけではなく、やはりリンパ球の仲間である「キラーT細胞」も重要な役割をしていることもわかってきました。
キラー細胞は自分の力でがん細胞を見つけ出して攻撃破壊するのに対し、キラーT細胞は白血球のマクロファージ(大食細胞)や樹状細胞といったがんの存在をキャッチする細胞が分泌する、サイトカイン(インターロイキンやインターフェロン、腫瘍壊死因子のTNFαなどがある)が、キラーT細胞を刺激してはじめて活性が高まってくる細胞です。がんに対してはこの両面の働きかけが必要です(図3)。
がん対策にはまず免疫能を知ることから
自分の免疫能がわかる「がん免疫ドック」
──免疫能を落とすがん三大療法──
伊丹 最近、こうした細胞の活性度を測定する「がん免疫ドック(イムノドック)」という検査システムが発足しました。各地の協力病院で採血した血液を免疫ドックに送ると、キラー細胞やインターロイキン12などがんへの抵抗力を示す指標6種と、腫瘍マーカー約20種が検査され、発がんリスクを判定してくれます。その結果、リスクの高い人は精密検査を受けたり、免疫力(免疫能)を高める健康法を実行すれば良いということになります。
現行のがん三大療法、手術・化学療法・放射線治療のいずれも免疫力を落とします。特に抗がん剤による化学療法では大幅に免疫力が低下しますから、そうした治療でがんをいくら攻撃し叩いても、免疫力が弱くなるとまたがんがぶり返して悪化してきます。
手術しても再発してくるのは、がんが体内にまだ残っているからで、実際肉眼で見えるところはうまく取れても近くのリンパ腺とか、あるいは遠隔の骨とか肺とか肝臓などへの小さな転移は結構あるんです。そうすると、手術してがんをとっても免疫力が弱いと転移、再発してきます。
特に化学療法ではがん細胞をゼロにすることはできません。現在使われている抗がん剤の標準量はがんの大きさを半分にする量で、がんをゼロにする量では余りにも強過ぎて人間の方がやられてしまうのです。がんを半分にする量でもかなり副作用があるわけですから、それで無理してがんを半分にしてもがんが残っている限り早晩大きくなってしまう。
そこで重要になってくるのが、自分の免疫力です。がん治療では免疫が著しく低下しないように、あるいは何らかの方法で免疫能を高いレベルに保ちながら治療しないと、致命的になる可能性が高いので、免疫能を測らずにきつい治療を受けるのは常識的にも考え難いことです。
もちろん標準的ながん治療でも治る人も延命する人もいますが、かえって寿命を縮めたり悪化してしまう結果を招くことが多いので、がんになってしまった場合も自分の免疫を測ると同時に、キラー細胞の治療などや免疫力を高める生活法をしながら、治療に取り組むのが良いと思います。
今は三大療法以外にも様々な治療法が開発され、あるいは民間療法でも成果を上げていますから、私どもでは可能性を求めてさまざまな治療法を組み合わせてやっています。そういうことが大事だと思いますね。
〃がん検診〃も有効
胃がんには〃ピロリ菌検査〃伊丹 通常のがん検診も、無意味だという意見もありますが、私はやはりした方が良いと思います。特に日本人に多い肺がん、胃がん、大腸がん、子宮がんは検診で比較的早く発見できるので、年に一回くらいは人間ドックに入って健康状態をチェックすると良いでしょう。
また、胃がんの予防にはピロリ菌検査を受け、菌がいれば除菌することが非常に有効な手段となります。ピロリ菌がいない人の胃がんは非常に少ない一方で、いる人はかなりの率で胃がんになりやすいのです。
つい最近まで胃の中は塩酸なので菌はすめないといわれてましたから、ピロリ菌の発見は非常に画期的なものだったんです。それで、ピロリ菌から慢性胃炎や胃潰瘍が起き、それが原因で胃がんになることがわかってきました。日本人に胃がんが多いのは、ピロリ菌が塩分と反応して萎縮性胃炎を起こしやすくなるからといわれています。
除菌は抗生物質2種類と胃薬3種類を1週間飲めば良く、一度除菌すれば当分は大丈夫ですから、それだけで胃がんが予防できるというのは大変なことです。すでに胃がんにかかっている人でも手術後にピロリ菌を除菌すると再発率が低くなるので、私は胃がんの人にも除菌をすすめています。
ピロリ菌検査は今コンビニでもできるところがあり、検査がまだの方はぜひおすすめします。子宮がんや大腸がんなどの検査もしているので、最近はがん告知がコンビニで行われる時代になったということですね。
ピロリ菌は口から入りますので調理や食事前はよく手を洗う、また、加熱調理ではまず安心です。
キラー細胞の活性を高めるライフスタイル
伊丹 加齢などでキラー細胞の活性(NK活性)は落ちてきますが、最近、日常生活の中で誰もがこのキラー細胞を活性化できるいろいろな方法がわかってきました。がん予防には、食事・運動・心の持ち方を中心に、ライフスタイル全般から予防に取り組むことが大事です。
がんに限らず、病気の予防と治療には体と心の両面でいかないと駄目です。特にがんのような一筋縄ではいかない病気は、その両面から治療していくことが良い結果を生みます。
がん予防と食べ物
伊丹 食べ物ではまず発がん物質をとり入れない、そして、体内から発がん物質を早く追い出す。
肉食は、腸内で発がん物質を産生し便秘をもたらすので控える。
反対に、無精白穀類、大豆製品、野菜、果物、海草中心の食生活は便秘を予防し、発がん物質を排泄する繊維質も、また、抗酸化ビタミンのACE、酵素活性に重要なミネラル類、さらにカテキンなどいろいろなフラボノイドやポリフェノール、各種のカロチン類の抗酸化物質も豊富です。
油のとり方も重要です。体内で炎症や虚血をもたらし、その結果がんの大きな引き金になる活性酸素を過剰生成するリノール酸系の植物油は極力控え、α|リノレン酸系のシソ、エゴマ、フラックス(亜麻仁)油や、魚油に多いEPA、DHAを適量とるようにします。
私自身は動物性の物は魚と卵の白身を少しで、肉は長年食べていません。朝はお粥とバナナ程度、昼は野菜を中心にしっかり食事をとり、夜は少な目にしています。ちなみにバナナは皮が黒ずんだ完熟バナナが免疫能を活性すると報告されています。
運動と免疫活性
伊丹 運動するとキラー細胞の活性(NK活性)が高まり(図4)、さらに日常的に運動する人はあまり運動しない人よりも、キラー細胞の活性が明らかに高いことが報告されています。
特に歩く運動は有効で、一昨年の日本癌学会で東京ガス健康開発センターが発表したデータでは、社員9千人を16年間追跡調査した結果、毎日1時間の歩行と週末の運動をしている人は、ほとんど歩いていない人に比べ、がん死のリスクが半分以下となることがわかりました。同様のデータはアメリカでも報告されており、毎日3km以上歩いている人はそれ以下の人と比べると、10年後の発がん率が2分の1になるという10万人以上を対象にした大規模調査結果が出ています。
私自身も以前はジョギングやフルマラソンにも出たりしてましたが、最近は勤め帰りに週4日、往復約1・3kmの丘を毎日5往復、時間にして一時間ちょっと歩いています。また、平生はなかなかできませんが、講演旅行などではプールのあるホテルを選んでそういう機会に泳いでいます。
心の働きと免疫活性伊丹 笑えばキラー細胞も笑い、悲しめばキラー細胞も元気をなくすという具合に、キラー細胞は非常にメンタルな影響を受けやすいことがわかっています。生きがいのある楽しく生き生きした生活は免疫能を高め、反対に過剰なストレスがかかったり、嫌々物事をしたり、暗い心でいると免疫系に打撃を与えます。
楽しく笑うとNK活性が良くなり(図5)、ストレスが緩和され、さらに、ヘルパーT細胞とサプレッサーT細胞(CD4、8)のバランスが例外なく良くなります。この比率は低過ぎるとがんへの抵抗力が低下し、高すぎると膠原病やリウマチなどの自己免疫疾患にかかりやすくなります。
笑いは受け身の笑いだけではなく、自分で毎日笑いの元を作る。例えば、身のまわりの出来事を題材に3〜4分の短い話を1週1話の目標でノートに書きためて、人に披露すると、何か心配事があっても心が外に向きますから、バランスがとれて、いろいろなストレスを乗り越えやすくなります。
イメージトレーニングも例外なくNK活性が高まり、かなりのリラックス効果、ストレス緩和効果があります(図6)。椅子に腰掛けてリラックスして目をつぶり、最初に目の前に広い海をしばらく思い浮かべて、次にそれと同じ海が体内にあって無数の美しい熱帯魚が泳ぎ回っている、海(海水)が血液、無数の熱帯魚がNK細胞とかキラーT細胞で、がんや病気の元を食いつぶしていると思い浮かべるわけです。熱帯魚だけでは飽きてきますから、体内にたくさんの孫悟空が住んで病気の元を退治していくとか、小川のせせらぎが頭のてっぺんから体
の中を流れて病気の元やストレスを流すというようなバージョンもあります。
こうしたイメージトレーニングはシュルツが開発した自律訓練法を発展させたものです。ただ、体にイメージを持っていく自律訓練法では、自分の体に注意を集中することで、かえって症状が気になってしまうこともあり、私どもはまず自分の体の外にイメージを持って行く、それから体内にイメージを移してからも体そのものではなく熱帯魚とか外部のイメージを持ってくるんです。
最近、味で免疫能が条件付けできる、香りが免疫機能に良い影響を及ぼすということがわかってきて今、アロマテラピーにイメージトレーニングを組み合わせると非常に効果が上がるのではないかと研究中です。特定の香りを感じながらイメージトレーニングすると条件付けされて、香りが漂ってくるだけでキラー細胞が強くなるという可能性があります。
そして何かに打ち込む。カラオケでも、また女性は高齢の方でも化粧で免疫が上がりますから、とにかく自分の好きなことに一生懸命打ち込んで生きる張り合い、心の張りを常に持つことが大事です。
反対に、ストレスがあったり、鬱になると、キラー細胞が減少して免疫能が低下します。がん手術後にポジティブシンキング(肯定的思考、プラス思考)のトレーニングを何週間か学習してもらうと、6年後の再発率が2分の1に、さらに6年後には死亡率が3分の1になるという研究がアメリカでされています。心の働きはそれくらい、がん治療効果が高いことがわかってます。
サプリメント・健康食品
──キノコ・メラトニンなど──
伊丹 自分に合った民間療法や健康食品の利用も有効と思います。例えば、キノコの免疫活性は注目すべきものですが、ただ、いろいろな種類をとるとかえって免疫能が落ちるというデータもあり、何事も適量が大事です。
脳の松果体が分泌するメラトニンを脳内に増やすと、免疫中枢の働きが良くなってNK活性が高まるといわれています(図7)。
欧米ではメラトニンをがん治療に使って良い成績を上げています。進行がんではメラトニン服用で生存期間が2倍に延長するというイタリアの研究があり、初期のがんでは通常の治療と並行してメラトニンをとっていると、抗がん剤の免疫抑制を抑えるとか、手術前から飲んでいると術後の再発率が低くなると報告されています。私自身も、これから手術するという何人かの方に試みてもらったところ、手術後の回復が非常に早く、傷の治りも非常にきれいでした。免疫能が良くなっているから治りも早いのだと思います。
メラトニンは加齢につれて分泌が低下し、アメリカではメラトニンのサプリメントがよく売れています。予防的にはメラトニンを多く含む食品(表2)をとり、夜間は暗くして睡眠を十分に、日中はなるべく明るいところで活動的に過ごす事が大事です。