高血圧はなぜ恐いのか

高血圧のリスクとQOLを考えた生活改善による予防

柏戸病院副院長(前千葉大学大学院循環病態医科学助教授)
斉藤俊弘先生

日本人の半数が、血管病のリスクが高い"高血圧”

 日本人の三大死因、がん、心臓病、脳卒中のうち、脳卒中と心筋梗塞を「血管の病気」として一つにまとめると、患者数ではトップとなっています(表1)。
 血管を老化させ、心筋梗塞や脳卒中など血管系の病気の重要なリスクファクター(危険因子)となるのが、動脈硬化とともに高血圧です。
 このうち高血圧はもともと日本人に多い病気で、今年6月に厚生労働省が発表した「第5次循環器疾患基礎調査」では、男性の5割、女性の4割が高血圧で、微増と報告されました。
 遺伝的素因に生活習慣が深くかかわって発症する高血圧は、生活の改善で発症や進行の予防が可能とされています。家系的に高血圧が多いということであれば、生活改善にいち早く取り組み、将来的な血管病を予防することが肝心です。
 しかし、生活改善には強い意志がいります。高血圧の研究で知られ、千葉大学医学部第三内科助教授から今年、柏戸病院の副院長になられた斉藤俊弘先生は、それにはまず「高血圧のリスクを知ること」が最重要で、薬物療法においても「QOL(生活の質)を高める治療」でなければ意味がないと強調されています。斉藤先生に、高血圧はなぜ恐いのか、また、生活習慣を中心に高血圧の予防と改善についてうかがいました。
※「第5次循環器疾患基礎調査」10年に一度行われ、今年の発表では、年齢・男女別に70歳以上が男68・9%、女64・9%と最も高く、次いで60代、男60・4%、女56・7%、50代、男51・3%、女40・9%、40代、男40・4%、女20・8%、30代、男23・1%、女7・6%。

高血圧とは
血圧とは

──まず高血圧とは何か、その前に血圧とは何かということから教えて下さい。
斉藤 血圧とは動脈の中の圧力、つまり、心臓から送り出された血液が血管壁にかかる圧力です。この圧力によって、心臓から送り出される血液は滞りなく体内に巡っていくわけです。
 血圧の値は、心臓から送り出される血液量(心拍出量)と末梢血管(主として細動脈血管)の抵抗によって決まります(血圧≒心拍出量×末梢血管の抵抗)。
 心拍出量が多く、末梢血管の抵抗が高いほど血圧は上昇しますから、心臓が収縮して血液を送り出す時は一番高く、これを「収縮期血圧」とか「最高血圧」といいます。逆に、心臓が拡張し、静脈から血液をとりいれて次の収縮に備える時の圧力は一番低く、これを「拡張期血圧」とか「最小血圧」といいます。
──血圧は一定でなく、同じ人でも様々に変化することがいわれますね。
斉藤 血圧は非常に変動しやすいことが知られています。
 加齢と共に上昇し、乳児や小児では大人に比べてかなり低く、年をとると共に末梢血管の抵抗が高まるので、高齢者では高くなります。
 血圧は1日のうちでも、朝起きた時から上昇し始め、昼間の活動時は高いレベルを保ち、夜眠っている時は最も低いという具合に変動します。一番高い時と低い時では30〜40mmHgも差があります。
 また、夏は低め、冬は高めと、季節や寒暑によっても変動します。
 さらに、精神的、肉体的な緊張によっても一時的に変動します。安静時は低く、緊張時は高い。例えば、排尿・排便時、セックス、追い越し運転、走った時などは非常に高まります。いわゆる「白衣高血圧(病院測定の方が家庭測定より高くなる場合)」も、精神的緊張で血圧が上昇することを示しています。

血圧上昇のメカニズムと高血圧

──では、血圧はどういうメカニズムで上がるのですか。
斉藤 血圧上昇のメカニズムにはいろいろあります。
・一つは、心臓から送り出される血液量(心拍出量)が増える時。
・動脈硬化など血管が硬くなっている時も上昇します。
 心臓が血液を送り出す時(拍出時)、通常は血管が拡張して血液がスムーズに流れますが、動脈硬化など血管が柔軟性を失って硬くなると血管は拡張できなくなり、血液は通常より狭い空間(血管内腔)を通って無理に送られるので血圧が上がるわけです。
・さらに、腎臓障害で体液がうまく排泄されないと、血液量が増えて上昇します。
 腎臓は血圧のコントロールに重要な器官で、血圧が上昇すると尿量(塩分と水分量)を増やして血液量を減らすことで血圧を正常にし、逆に、血圧が低下した時は尿量を減らし血液量を増やすことで血圧をコントロールします。
 また、腎臓は血圧が下がるとレニンというホルモンを分泌し、レニンは細動脈を収縮させるホルモン(アンジオテンシン)を生成して血圧を上げます。さらに、アンジオテンシンは副腎から、水分を保持するナトリウムの排出を阻害し、逆にナトリウムの排出を促すカリウムの排出を促進するホルモン(アルドステロン)を放出することで血液量を増やし、血圧を上昇させます。
 降圧薬のアンジオテンシン変換酵素阻害薬は、このレニン↓アンジオテンシン↓アルドステロンの経路を遮断することで血圧を下げるわけです。
・自律神経も血圧と深く関係します。自律神経のうち交感神経が高まると、心拍動が速く強くなり、血管が収縮し、尿の排出を抑制するなどして血圧を上げます。
──血圧値はどの位から高血圧とされるのですか。
斉藤 血圧はいろいろな要素で変動するので、高血圧の診断は、初診から何回か来院する度に測定した複数回の血圧値の平均値で決定されます。
 分類にはいろいろありますが、WHO(世界保健機関)とISH(国際高血圧学会)が1999年に定めた統一基準が一般的で、日本でもこれを採用しています(表2)。これによると高血圧は収縮期140mmHg以上、拡張期90mmHg以上とされ、さらに軽度、中等度、重度に分類されます(表2)。
 収縮期血圧と拡張期血圧が異なる分類に属する場合には、高い方の分類に組み入れます。
──高血圧では最大血圧と最小血圧の幅が狭いと危険だと聞きますが。
斉藤 必ずしもそうではありません。幅というのは何かというと、脈圧ということです。
 脈圧は一般的には心臓から出てくる血液量、これを心拍出量といいますが、心拍出量と相関しています。ということは、心臓の働きが落ちてくる、あるいは心不全になってくると脈圧は小さくなり(最大・最小血圧の幅が狭くなり)、脈圧が小さいということは心臓から出る血液が少なくなってきます。だから、心臓の働きが落ちているということでは、相関があります。つまり、心臓が悪い人は結果的に脈圧が小さいということで、脈圧が小さいとすべて危険だとは一概にはいえません。
 例えば、年を取ってくると収縮期血圧(最大血圧)は上がりますが、拡張期血圧(最小血圧)は下がるので、むしろ脈圧は大きくなるわけです。だからといって、年寄りは脈圧が大きいから心臓が良いかというと決してそうではありません。年をとれば心臓の働きは低下するのが通例です。
 ただし、ある程度若い人で心臓が悪い人では、脈圧が低いと危険だということはある程度はいえます。
──最小血圧(拡張期血圧)が高い方が危険だとも聞いたことがありますが。
斉藤 かつては収縮期血圧(最大血圧)が高い人よりも拡張期血圧(最小血圧)の高い人の方がリスクが高いということがいわれていましたが、フラミンガムスタディという研究では、収縮期血圧も拡張期血圧も、高血圧のリスクは変わらないというデータが出ています。なぜなら大抵の場合、拡張期血圧が高い人は収縮期血圧も高いからです。
 拡張期血圧がいわれるのは、拡張期血圧の方が安定しているので統計がとりやすい、ところが収縮期血圧はかなり変動するので、そういう統計上の問題です。
 では、収縮期血圧だけが高い「収縮期高血圧」の人たちはいろいろな合併症を起こすリスクがないかというと、やはり同じようにある。逆に、拡張期血圧だけが高いという「拡張期高血圧」の人たちでは、どの位リスクが高いのかというデータは出ていない。
 収縮期血圧も拡張期血圧も高い人たちはもちろんリスクが高い。つまりいろいろな合併症を起こしやすい。
 けれども、合併症がなくて拡張期血圧だけが高い人たちがリスクが高いかというデータはない。ということは、収縮期血圧も拡張期血圧も恐らく同じ程度にリスクがあるということです。

こるさまざまな血管病は、医学的にも医療経済的にも社会的にも問題になっており、高齢化が急速に進む中、高血圧の予防と改善は緊急課題です。

高血圧はなぜ恐いのか
高血圧の治療はリスクへの認識から

──先生は高血圧の治療はまず、そのリスクを患者さんに認識してもらうことから始まると仰有っていますね。
斉藤 高血圧治療の目的は何かといえば血圧を下げることです。では、血圧は何のために下げなければいけないのかというと、血圧が高いと動脈硬化を含め、心臓、脳、腎臓など、QOL(生活の質)を著しく低下させ、死に直結する心血管障害を引き起こすようになるからです(表3)。
 高血圧の治療では長期的予後、QOLを高めることに視点を置き、高血圧による心血管合併症や他の新たな合併症を起こさないようにするにはどうするかまで考えなければ、単に血圧を下げるだけでは意味がありません。例えば、高血圧で糖尿病がある人では、糖に対して悪い影響が出ないように血圧を下げてはじめて意味があるということです。
 また、高血圧では肩こり、動悸、めまい、頭重などといった症状の外、これという特有の症状が、特に初期はないので、患者さんにリスクをしっかり認識してもらい、病気を甘くみないようにすることも重要になります。

血管を硬くさせ血管障害を引き起こす

──具体的には心血管障害に対する高血圧のリスクというのは?
斉藤 具体的には、脳出血とか脳梗塞、心筋梗塞を起こすとか、またはそれらで死亡するとか、狭心症になるとか、あるいは腎臓の血管障害を起こすとか、末梢動脈の狭窄を起こすとか、心肥大がくるとか、そういうリスクです(表3)。
 こうしたリスクは高血圧だけでなく、高コレステロール血症などが複合するとさらに悪くなりますが、コレステロールが正常でも、高血圧があると血管障害を起こす率は高くなります。動脈硬化はコレステロールが沈着するだけではありません。高血圧はいろいろな機序がありますが結果的には血管を硬くしてしまいます。だから、高血圧の人は動脈硬化が進み、動脈硬化のリスクが高いんです。
 もちろん、動脈硬化はマルチリスクファクター、例えば高血圧に高コレステロール血症、糖尿病、肥満のいわゆる「死の四重奏」、そういった危険因子が重なればさらに悪くなります(表4)。
 ただ、高血圧だけでもリスクになります。その証拠に、アメリカでは高血圧のガイドラインをいろいろ作ってきて、それを徹底させることによって血圧を下げてきた結果、冠動脈疾患、梗塞と出血を含めた脳卒中の率が直線的にどんどん下がって来ました。ただ、あるところまで下がってそこからは横ばいになってしまうという問題はありますけど、少なくてもそこまでは血圧は関係します。だから、高血圧では血圧を下げればその予後は良くなる、合併症は少なくて済むということですね。
 特に日本人の場合は、コレステロールが高くなったといっても、欧米人よりは少ないですから。
──日本では東北地方を中心に、昔は高塩分・低コレステロールで脳卒中が多かったというのは、やはり高血圧が最も悪さをしていたということですね。
斉藤 そうです。脳卒中の中でも脳出血がものすごく減っている。それは特に脳出血は血圧と非常に相関があるんです。だから、血圧が下がることによって、脳卒中が減ってきている。
 脳梗塞とか心筋梗塞とか梗塞性の疾患では、高血圧と相関があるけれども、あるところで横ばいになってしまうんです。
──梗塞性の疾患では、高コレステロールなど高脂血症の方が関係するということですか。
斉藤 いや、そうとはいえません。
 統計のとり方によって違いますが、先ほどお話ししたフラミンガムスタディでは、コレステロール250〜260の人たちが冠動脈を起こす率は、収縮期血圧でいったら大体140mmHg位というデータを出しています。
 収縮期血圧140mmHgというのは高血圧になるかならないかすれすれのところですね。そうなると、中等度や重度の高血圧ではもっとリスクが高いことが推測されます。
 若い人ほど寿命を縮める斉藤 高血圧があると心臓に負担がかかり、血管が障害され、動脈硬化が進む。その結果、脳卒中や心臓病で最終的には亡くなるわけです。
 血圧が高いと脳の血管や心臓、腎臓などに障害が起こりやすくなり、寿命を縮めるというのは1905年、血圧が測られるようになってから間もなく明らかになっています。
 高血圧が寿命に及ぼす影響は、高血圧の人の死亡率を高血圧ではない人に比べると、40歳代では4倍、50歳代で3倍、60歳代で2倍、70歳代を越えると1・3〜1・4倍という具合です。
 高血圧は脳卒中や心臓病を起こしやすく、死亡率を上げます。だから、高血圧は治さなければいけないということになるわけです。

QOLを高める高血圧の予防と改善
鍵は生活習慣の改善

──その高血圧の予防と改善には、生活習慣の改善が鍵となるわけですね。
斉藤 そうです。高血圧のみならず、血管病の危険因子となる糖尿病、高脂血症、肥満などの合併を防ぐ意味からも、高血圧の人は日々の生活をどう送るかが非常に重要になります。
 具体的には、食塩制限、低脂肪食、適正体重の維持、アルコール制限、有酸素運動、禁煙、ストレス対策などになります(表5)。
 生活習慣の改善はこのうち何か一つやれば良くなるというものではありません。逆にいうと、健康のために肥満に気をつけている人は食事にも運動にも気をつける。こうした相乗効果、総合的な効果で良くなるんです。
 血圧は少し高めの方が、活動的でバリバリ働けるということがあるので、軽い高血圧だけですと特に症状もないですから、健康生活にあまり注意をはらわない傾向があります。しかし、今は良くても長期的には心血管系を確実に障害し、QOLを著しく落とすことを肝に銘じて、生活スタイル全般、改善に取り組んで欲しく思います。

食塩制限とミネラルバランス

──食事因子ではやはり高塩分が最大のリスクファクターとなりますか。
斉藤 そうですね。東北地方などでは一昔前までは食塩を20〜22gもとっていたのが、塩分を減らすことで実際に血圧が下がり、脳出血が減っています。
 インターソルトという国際的な疫学的研究(日本を含めた世界32ヶ国52集団の1万人余りを調査)でも、食塩の摂取量と高血圧の頻度には相関性があり、食塩制限で血圧は下がるというデータが出ています。
──食塩に対しては感受性の強い人、弱い人がいるといわれていますが。
斉藤 食塩感受性のある人、ない人は大体半々の割合で、食塩感受性の弱い人では食塩制限が直ちに血圧を下げるという効果はありません。例えば、私達が入院患者さんでとったデータでは、食品にはじめから含まれている塩分を2gとみて、初めは添加食塩ゼロ、それから同じ人に20gの食塩を添加して食事をとってもらいますと、食塩を20g添加しても血圧の上がる人、上がらない人、殆ど変わらない人とがおります。
 このように、感受性のあるなしで食塩のリスクは違ってきますが、一般的には食塩摂取量は高血圧発症頻度とかなりパラレルに関係しているといえます。
 さらに食塩で血圧が上がらなくても、血圧に対する反応、例えばストレスに対する反応は増えます。例えば、感受性のない人たちに、交感神経から出るノルアドレナリンという血圧を上げる物質を、食塩を制限した時と付加した時のそれぞれに入れると、両方とも上がりますが、食塩を付加した場合により上がります。つまり、食塩によりノルアドレナリンに対する血圧の反応は強くなるということです。ですから、感受性がないからといって塩分を制限しないのは、血管障害ということを考える上でも非常に愚かな話です。
 食塩感受性は、高血圧家族歴のある人、高齢者で高血圧の人、糖尿病の人で顕著ですから、こういう人では特に減塩を厳しくする必要があります。
──日本人の所要量では食塩は1日10g以下とされていますが、高血圧ではどの位の量まで許されるのですか。
斉藤 日本人の1日の食塩摂取量は12〜13gでまだまだ多いと思います。一時減りましたが、最近また増えたのは、主に加工食品が原因といわれています。
 高血圧に対しては一応、国際的には6gとなっていますが、日本人の場合、欧米より摂取量が多いので、日本の高血圧学会のガイドラインは7g(そのうち調味料などとして添加する食塩は4g)としています。
 元来、人類は1日0・5gの食塩しかとらなかったんだそうです。人類の長い歴史の中では大量の食塩を摂取するようになった期間は非常に短いといわれ、時間をかけて減塩すれば、調味料としてわざわざ添加しなくても特に問題はないとも考えられます。
 しかし、ほとんどの加工食品に食塩が添加され、調味料として食塩が使用されている現代では、厳しい減塩(1日0・5〜3g)は実行困難なため、軽度の減塩が推奨されているわけです。しかし、高血圧の頻度と食塩摂取量との相関は非常に直線的で、1gの差が血圧に及ぼす影響は非常に大きく、日本の7gという数字はかなり妥協しているんですよね。
──研究者によっては食塩(NaCl)のうちナトリウム(Na)ではなく、塩素(Cl)の方が悪いという方もいますが。
斉藤 高血圧に対する塩素のような陰イオンの影響については未だ明らかではありません。
 では塩化カリウム(KCl)が入ったらどうなるかというと、血圧は下がるんです。
 高血圧に対してカリウムは、ナトリウムとツインになってナトリウムを相殺するので、とった方が良いといわれています。だから、食塩感受性のある人ではカリウムを補うことである程度はバランスがとれるだろうということで、カリウムは1日3・5g程度の摂取がすすめられています。
──高血圧と食塩の関係では、やはりナトリウムが悪さをしているということですね。
斉藤 塩素についてはいろいろ研究されていますが、とにかくまだよく分かっていません。
 ただ、ナトリウムが悪いというのは、これも私達が血球の細胞でやった実験ですが、普通ナトリウムは大部分が細胞の外にあって、中には少ない。ところが、血圧の高い人と正常の人を比べると、高血圧の人では細胞の中にナトリウムが多いんです。
 その理由にはいろいろな仮説がありますが、細胞内にナトリウムが多いとやがてその経路を介して、細胞内にカルシウムが多くなるというのが一つの考え方です。カルシウムも細胞の外に多いミネラルで、細胞の中に多くなるといろいろ悪さをしますが、一つにはカルシウムは血管平滑筋の収縮に直接関係し、また、交感神経を刺激して血管などを収縮させるので、それで血圧が高くなるという考えです。
 ただし、これはカルシウムの摂取が過剰というより、むしろ摂取不足で血中のカルシウムが不足すると、骨などからカルシウムが溶け出してそれがカルシウムイオンを増やすことが考えられます。ですから、カルシウムは不足させないことが大切です。実際、カルシウムの摂取量の多い地域では、高血圧の頻度が低いことが多くの疫学研究で示されております。
──その場合、マグネシウムは細胞内のカルシウムを追い出す作用があるといわれていますね。
斉藤 そうです。マグネシウムは血圧を下げる方向に働きます。いわゆる細胞膜のナトリウム・カリウムポンプ(ATPアーゼ)を働かせるのに、マグネシウムが必要なんです。
 細胞を取り囲んでいる細胞外液にはナトリウムが多く、一方細胞内にはカリウムが多くナトリウムは極端に少ない。この濃度バランスを保つために、細胞膜にはポンプのような働きがあって、細胞にカリウムを汲み入れる一方で、細胞内からはナトリウムを汲み出しています。
 ナトリウムが高血圧の人の細胞の中に多い一つの理由は、このナトリウム・カリウムポンプの働きが抑制されているからで、抑制するのは一つにはジギタリスのような作用を持つジギタリス様物質が体の中にあり、それが食塩によって誘導されるという考えがあります。
 その時、マグネシウムはナトリウム・カリウムポンプを促進する因子ですから、マグネシウムを入れることによって、何らかの形で抑制されているナトリウム・カリウムポンプの働きが促進されて、ナトリウムがどんどん細胞から汲み出されるという可能性は考えられます。
 実際、マグネシウムを入れると血圧は下がります。ただ、マグネシウムは下痢を起こすから、下痢で脱水した結果、体内の塩分や水分量が減るという考えもあります。
──高血圧では細胞内にナトリウムが多く、それを慕って細胞内に水が入ってくる。それが血管の細胞で起これば血管がふくれあがって、その結果、血管内腔は狭ばまるから、それで血圧が上がるということも考えられますか。
斉藤 そういう考えもあります。カルシウムまで話を持っていかなくても。血管のむくみが長期化するとやがてそこに結合組織が増加し、動脈硬化が進展するとも考えられます。

適正体重の維持

斉藤 高血圧で肥満の人はまずは減量から始めます。
 肥満が高血圧の重要な危険因子であるのは多くの疫学調査で示され(表6)、例えば4・5kgの減量で血圧が有意に下がることが大規模な臨床試験で報告されています(TONE試験)。
 体重が多くなくても、体脂肪率の高い人も要注意です。特に腹部を中心に内臓に脂肪が沈着する内臓肥満は血管病に対し重要な危険因子になるといわれています。

低脂肪で、野菜・果物を多く
──伝統的な和食は理想的──

──食塩は加工食品に多い。また、カリウムは野菜や果物に多く、マグネシウムは無精製食品や豆、海藻などに多い。さらに、低脂肪で肥満も防ぐということでは、薄味でバランスがとれていることを前提にすれば、自然食、伝統的な和食は理想的ですね。
斉藤 低脂肪食と高血圧の関連では最近、アメリカでダッシュ研究という、"低脂肪(飽和脂肪酸とコレステロールが少ない)で、野菜、果物の多い食事”による臨床試験が行われ、中等度の高血圧の人では血圧が11・4〜5・5mmHg下がったと報告されました。この食事は低脂肪だけではなく、コレステロール食に比べて、糖質(複合糖質)や蛋白質がやや多く、カリウム、マグネシウム、カルシウムが多かったことも関係している可能性があります。
 そういう意味で、穀類、味噌・豆腐・納豆などの大豆製品、野菜、魚介類の多い伝統的な和食は評価できます。

アルコール制限と禁煙
カフェインの影響

──アルコールと高血圧の関係もよくいわれますね。
斉藤 飲酒が血圧を上昇させることはよく知られています。アルコールは血管を拡張させることで血圧を下げますが、長期にわたる飲酒の習慣は血圧を上げます。反対に、節酒は血圧を下げ、節酒による降圧効果は1〜2週間以内にあらわれます。
 また、女性は男性よりアルコールの吸収がよく、体重の軽い人は重い人に比べてアルコールの作用を受けやすいことがわかっています。アルコールはエタノール換算で男性は1日20〜30g(例えば日本酒換算1合、ビール720ml、ワイン300ml、ウイスキー60mlなど)、女性は10〜20g以下にすべきです。
──タバコ、カフェインの嗜好品も生活習慣病の目の敵にされていますが、血圧との関係はどうですか。
斉藤 喫煙が一過性の血圧上昇を来すことはよく知られてますが、慢性的な影響はありません。ただ喫煙は降圧薬のβ遮断薬の効果を減らし、また、心血管系疾患やがんへの影響が高いので止めなければなりません。
 また、カフェインも一過性の血圧上昇を来しますが、すぐに耐性が出来るので、長期的には高血圧への影響はありません。

毎日、歩行など軽度で持続的な運動を

──運動の効果は?
斉藤 身体活動の低い人には高血圧が多いといわれています。正常血圧では、活動的で身体的健康を心がけている人に比べ、身体を動かさない人は将来高血圧を発症する危険性が20〜50%も高くなると報告されています。
 ただし、過激な運動、一気に力を入れる無酸素運動ないし静的運動は逆効果で、高血圧の人は軽度で動的な持続的運動、例えば、歩行、ランニング、水泳など、自分に合った有酸素運動を毎日30〜45分位行うと良いでしょう。
 このような運動を続けると50%の人が10週間で収縮期血圧(最大血圧)が20mmHg以上下がることが認められています。

精神的・肉体的ストレスなど

──怒ると血圧が上がるとはよくいわれることですね。
斉藤 そうです。それは交感神経が高まるからだといわれます。A型人間といってイライラしやすい人は血圧が高く早死にしやすい、反対にゆったりしたB型人間は長生きするというデータもあります。ただ、情動的ストレスと血圧の関係は必ずしも一定せず、仕事上のストレスが強い人では血圧が上がるという成績がある一方で、ストレスと高血圧の関係は証明し得ていないという報告もあって、ストレスに対してはさらに検討が必要です。
 寒冷が血圧を上げることはわかっています。冬季は血圧が高くなりやすく、心血管病による死亡率も増加します。暖房や防寒に気を配り、特にトイレや浴室などへの配慮は十分にすべきです。
 入浴に関しては熱すぎないことがポイント。室温20℃以上、湯温40℃前後では血圧はほとんど上昇しないといわれているので、38〜42℃位の湯に5〜10分間の入浴を目安にします。銭湯は熱すぎますし、冷水浴やサウナも避けるべきです。
 排便時のいきみは血圧を上げるので、便秘の予防が大切です。

薬について
──自分に合った薬を──

──最後に、薬についての注意をお願いします。
斉藤 こうした生活改善を続けても効果が不十分な場合、また高リスク群は、降圧薬による薬物治療を併用します。
 降圧薬には、血管拡張薬、利尿薬、交感神経抑制薬などいろいろありますが(表7参照)、強力な血管拡張薬で血圧を急激に下げると心臓に負担がかかり、かえって予後が悪くなる結果になります(図)。
 中でも、迅速かつ確実に血圧を下げ、日本では非常に繁用されているカルシウム拮抗薬(特に作用時間の短いカルシウム拮抗薬)は、脳出血の危険がある場合では有益ですが、長期に用いると心筋梗塞や心不全を起こしたり、心臓死の死亡率を上げたり、また腎機能低下の副作用も指摘され、今非常に問題になっている薬です(図)。
 一方、同じ血管拡張薬でも血圧を穏やかに下げるアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬は、血圧を上げるアンジオテンシンの生成を抑えると同時に、血圧を下げる物質の分解も抑え、さらに、心臓や腎臓などの臓器保護効果もあります(図)。また、アンジオテンシン・受容体拮抗薬も、アンジオテンシンの作用を抑えると同時に臓器保護効果を有しております。
 高血圧の治療は心血管病を予防し、長期的な予後を高めなければ意味がありません。高血圧の人にとっては、こうした薬の知識も頭に入れ、自分の体に合った安全性の高い治療をさぐっていくことがQOLを高める上で非常に重要です。