優れたがん予防効果など、身近な食用キノコに多彩な効用

シイタケ、エノキ、シメジなど生活習慣病予防に週3日以上

日本統合医学研究会常任理事 池川哲郎先生

世界的に注目されるキノコの健康効果

 山がちで温暖多湿な日本は4000種以上のキノコが自生するキノコの宝庫で、うち約400種が食用になるといわれます。
 欧米で日常的に食べられているキノコといえばマッシュルーム(ツクリタケ、セイヨウマツタケ)くらいですが、日本人は昔から、鍋物や味噌汁、炊き込みご飯など、幅広いメニューに多種類のキノコを用い、その味覚を楽しんできました。ことに近年は栽培技術が発達し、キノコは一年を通じて食卓にのぼるようになっています。
 さらにキノコは、古くから薬用にも用いられ、がんの民間薬としてサルノコシカケ科のキノコはあまりに有名です。
 しかし、キノコ研究の第一人者、池川哲郎先生は、こうした特殊なキノコではなく、エノキやシメジなど日本人が古くから食べ続けてきた身近な食用キノコにこそ優れた抗がん効果があると報告されています。
 がん予防の他にも、多くの健康効果が報告されており、この9月にはウクライナ共和国キエフで「第一回キノコと健康に関する国際会議」が開催されるなど、キノコは今、世界的にも大変注目を集めています。
 国立がんセンター時代から30年以上にわたってキノコの抗がん活性を研究され、この国際会議では大会長を務められる池川先生に、がん予防効果を中心に、キノコの多彩な効能について伺いました。

キノコの優れた抗がん効果

身近な食用キノコががんを防ぐ
――先生は長年にわたってキノコの抗がん活性効果の研究に力を注いでいらっしゃいますが、そもそもキノコに着目されたのはなぜですか。
池川 私は国立がんセンター研究所時代、新しい抗がん剤をつくる研究に取り組んでいました。研究の過程で、日本では古くからサルノコシカケなどの硬いキノコを刻んで煎じたものががんの民間薬として使われていたところから、まずはサルノコシカケ科のキノコの抗がん活性に注目しました。
 そこで、がん移植マウスにサルノコシカケ科のキノコの熱水抽出物(煎じ汁)を腹の中に注射して、5週間後にがんの増殖がどれくらい抑えられているか調べたところ、メシマコブやカワラタケなどで高いがん増殖阻止率が示されました(図1)。
 しかし、メシマコブは投与量を下げると著しく活性が落ちることが分かり、また、この研究をもとにカワラタケから開発された抗がん剤「クレスチン」も、十分な治療効果を発揮することはできませんでした。
 そこで今度は、私たちが普段食べている身近な食用キノコについて調べたところ、サルノコシカケ科のキノコよりもはるかに強い抗がん活性があることが分かったのです(図1)。
 食用キノコの中では、"キノコの王様”といわれるマツタケがダントツに高い抗がん活性を示しました。しかし、マツタケは、シイタケのように枯れた樹木に発生(死物寄生)する木材腐朽菌に対し、生きた樹木の根に発生(活物寄生)して栄養を摂取する菌根菌なので人工栽培が難しく、なかなか資源を確保できないという問題があります。
 一方、後年になってブナシメジという、人工栽培技術が発達して現在では国内生産量の第3位を占めているキノコをとり上げたところ、食用キノコの中で最も強い抗がん活性を示すことが明らかになりました(図1)。
 抗がん活性を示す有効成分は、ブドウ糖がたくさん連なった単純多糖体の「β―(1―3)―グルカン」で、キノコ類に豊富に含まれる食物繊維の一種です。
 私がシイタケから分離したβ―グルカンは、後に「レンチナン」と名付けられ、胃がん患者の生存期間延長を目的とした狭い範囲で、抗がん剤として臨床に応用されるようになりました。
 食用キノコから分離されたβ―グルカンにはこの他、ヒラタケの「HA」、エノキタケの「EA」、ブナシメジの「YH―5」、マイタケの「グリホラン」などがあり、いずれもシイタケのレンチナンに劣らぬ抗がん活性をもっています。
 ただし、これらの成分は注射では効くのですが、口から摂取しても効果はありません。私たちの体内にβ―グルカンを消化吸収するための消化酵素がないためだと思います。

キノコを食べるほどがんになりにくい

――それでは、キノコを食べてもがん予防効果は期待できないのでしょうか。
池川 いいえ、そんなことはありません。
 エノキタケの栽培が盛んな長野県で、県全体のがん死亡率とエノキタケ栽培農家のがん死亡率について調べた疫学調査では、エノキタケを日常よく食べる栽培農家はがんの死亡率が著しく低いことが明らかになっています(図2)。
 食用キノコの摂取とがんの関連については現在、国立がんセンター研究所と長野県農村工業研究所が中心となって、長野県厚生連病院の協力で、遺伝子分析も導入したさらにくわしい疫学研究を行っているところです。来年には結果が発表できると思います。
――それは楽しみですね。
 では、キノコにはβ―グルカンの他に、食べてがん予防効果のある成分が含まれているのですか。
池川 私たちはエノキタケの熱水抽出物から「EA」という低分子蛋白結合多糖体を分離しました。これは70%が糖で、残りの30%は16種類のアミノ酸からなる蛋白質でできています。
 EAは、がん移植マウスの腹の中に注射してもあまり抗がん作用を発揮しませんでしたが、経口で飲ませると、与える量に比例してがんの増殖を防ぐという大変興味深い結果が得られました(図3)。
 さらに、がん細胞を凍らせて破壊する「凍結外科療法」を施したマウスにEAを飲ませると、手術だけの群や、同じエノキタケ抽出物のEAを併用した群に比べ、寿命が大幅に延びることも確認されました(図4)。凍結外科療法では、凍結されたがん組織が体内で異物として強く認識されることで、「凍結免疫」と呼ばれる免疫系の活性化がおこることが知られています。EAは経口投与でこの凍結免疫を高めて、相乗効果をもたらすと考えられます。
 エノキタケと同じキシメジ科のブナシメジにも、経口で優れたがん予防効果が認められています。72匹のマウスを、・普通の餌で飼育する群と、・ブナシメジの乾燥粉末5%を混ぜた餌で飼育する群に分け、強力な発がん物質を注射して経過を観察したところ、76週後の発がん率は、・群が36匹中21匹だったのに対し、・群はわずか3匹と、・群の7分の1に抑えられていました(図5)。
 ブナシメジの有効成分についてはまだ論文にしていませんが、エノキタケのEAと同じように、低分子の糖蛋白質ではないかと考えています。エノキタケやブナシメジ以外のキノコに含まれる糖蛋白質についても、現在研究しているところです。

キノコの抗がん作用

――こうした優れた抗がん効果は、キノコのどのような作用によるのでしょうか。
〈免疫賦活作用〉
池川 エノキタケのEAが凍結外科療法で生じる凍結免疫を高めるとお話ししたように、キノコの抗がん作用の一つには、免疫力を高める働き(免疫賦活作用)があげられます。
 免疫系の中心となるのは白血球の一種のリンパ球で、キノコにはこのリンパ球のうちT細胞やNK細胞を活性化する働きがあることが示されています。
 マウスに二度にわたってがんを移植すると、がんの増殖を抑えるためにT細胞が消耗され、その活性が下がってきます。ところが、二度の移植の間にマウスにエノキタケのEAを飲ませると、T細胞の活性低下を抑えることができました(図6)。
 最近の研究では、エノキタケやブナシメジを主原料とした食用キノコ抽出物(EEM)を実際にがん患者が3ヶ月摂取したところ、18人中15人にNK細胞の亢進がみられたという臨床結果が得られています。
 また、マイタケについては神戸薬科大学の難波教授がくわしく研究されており、マイタケ中のβ―グルカンの一つ「D―フラクション」がシイタケのレンチナンと同じく、T細胞やNK細胞、マクロファージを活性化したり、これらの細胞間に作用するサイトカインの分泌を促して免疫力を高め、抗がん効果を発揮すると報告しています。
〈抗酸化作用〉
池川 がん予防には、キノコの抗酸化作用も重要な働きをしていると思われます。
 体内に発生した活性酸素やフリーラジカルは、遺伝子や細胞膜を傷つけて発がんの引き金をひきます。中でも特に酸化力の強いスーパーオキシドとヒドロキシルラジカルについて調べた岡山大学医学部の研究では、エノキタケやヒラタケなどの食用キノコ抽出液に、ビタミンCの豊富なレモン汁をはるかにしのぐ強い抗酸化力が確認されています(表1)。
 私たちの研究でも、ブナシメジの熱水抽出物10%を混ぜた餌で飼育したマウスは、ブナシメジを食べなかったマウスに比べ、血漿のフリーラジカル消去活性が高まることが分かりました(表2)。
〈新生血管阻害作用〉
池川 また、愛媛大学の奥田教授らによる最新の研究では、キノコに広く含まれる脂質成分の「エルゴステロール」に、がんの増殖に必要な新生血管の発生を阻害して、がんの増殖を抑える効果があることが明らかになっています。

話題の抗がんキノコ、アガリクス茸は…

池川 なお、奥田教授は近年健康食品などで話題のアガリクス茸(アガリクス・ブラゼイ・ムリル、和名ヒメマツタケ)の抗がん成分としてエルゴステロールの血管阻害作用を突き止めたそうですが、アガリクス茸のエルゴステロール量は他のキノコに比べ、決して多い方ではなかったということです。
 アガリクス茸に関しては、一部でがんに効くというデータが発表されていますが、私たちの研究では、有効成分といわれるβ―グルカン含有量は食用キノコに比べて少なく、抗がん活性も食用キノコより低いという結果が出ています。
 がん予防効果を期待するのなら、実験データが不確かでかつ高価なアガリクス茸よりも、エノキタケやブナシメジ、シイタケ、マイタケなどの身近な食用キノコを毎日の食事にとり入れることをおすすめします。

生活習慣病予防とキノコの多彩な効用

――がん予防以外にも、キノコには様々な健康効果がいわれていますね。
池川 キノコの生理作用やその活性成分については広く研究されています。そのいくつかをご紹介しましょう。
〈コレステロール低下作用〉
池川 よく知られているのが、シイタケのコレステロール低下作用です。
 東北大学の金田教授らは、マウスの血中コレステロールを低下させる成分として、シイタケの核酸誘導体「エリタデニン(レンチシンともいう)」を分離しており、また、国立栄養研究所の鈴木博士らは、実際にシイタケを食べた人の血中コレステロールが低下することを確認しています。
 エリタデニンを除いたシイタケの食物繊維にもコレステロールを下げる効果が見い出されているので、シイタケ以外のキノコでも、豊富な食物繊維によるコレステロール低下作用が期待できます。
 神戸薬科大学の難波教授は、マイタケのβ―グルカンの一つ「X―フラクション」に、コレステロールの合成を抑え、体外への排出を促して、高脂血症を改善する効果があることを報告しています。
〈血圧降下作用〉
池川 マイタケやシイタケには、血圧を下げる作用も報告されています。
〈抗血栓作用〉
池川 倉敷芸術科学大学の須見教授は、ヒラタケが血小板の凝集を抑えて血栓を防ぐと報告し、実際に人がヒラタケエキスを飲んだ場合に血小板の凝集率が下がることを確認しています。
 キクラゲにも、血小板の凝集を防ぎ、血液の流れを良くするという報告があります。
 コレステロールや血圧を下げ、血栓を防ぐ作用は、ひいては動脈硬化の予防につながります。食用キノコの抗酸化作用は、動脈硬化の元凶といわれるLDL(低比重リポ蛋白)コレステロールの酸化防止にも働くので、キノコの摂取は心筋梗塞や脳梗塞の予防に大いに役立ちます。
〈糖尿病改善効果〉
池川 神戸薬科大学の難波教授によると、マイタケのXフラクションにはインスリンレセプターの感受性を高める効果があり、糖尿病マウスの血糖値や血中インスリン量を正常化したり、体重の増加を抑えることが確認されています。
 食物繊維の豊富なキノコはそれ自体低カロリーなので、生活習慣病を招く肥満予防のためにもおすすめできます。
〈抗アレルギー作用〉
池川 キノコに免疫賦活作用があるところから、免疫機能と関わりの深いアレルギー疾患について調べた研究によると、エノキタケエキスには・型アレルギー反応(遅延型)と関連した抗アレルギー作用があることが分かっています。
〈抗ウイルス作用〉
池川 免疫との関係では、エノキタケ栽培農家は風邪を引きにくいという疫学調査結果も報告されています。
 シイタケからは、インフルエンザウイルスの増殖を抑える作用のあるインターフェロン誘発物質が分離されています。
〈骨の強化〉
池川 新生血管阻害作用が確認されたエルゴステロールは、もともとはビタミンDの前駆物質(プロビタミンD)として知られていた物質です。
 エルゴステロールが紫外線に当たると体内で活性型ビタミンDに変化し、ビタミンDはカルシウムを骨に運搬して骨を丈夫にします。キノコは植物性食品の中で数少ないビタミンDの供給源です。

キノコの効果的な食べ方

――それでは最後に、キノコの効果的な食べ方について教えて下さい。
池川 キノコの効果を最大限に引き出すには、次のような点を心がけると良いでしょう。
・週3日以上食べる
 エノキタケ栽培農家を対象とした疫学調査結果を分析すると、同じ栽培農家でも、エノキタケを週3日以上食べる人ががんで死亡する危険度は、月3日以下しか食べない人の半分以下に抑えられていました。
 摂取量は、エノキタケなら「4人家族で100gの小袋を週10袋」、ブナシメジの場合は、マウスの実験から試算すると「4人家族で1日1パック(100g)」が目安となります。
 エノキタケやブナシメジ以外にも多くのキノコを食事に取り入れ、毎日少しずつでも食べ続けることが大切だと思います。
・新鮮なキノコを選ぶには
 古いキノコの効能が低いという報告は特にありませんが、店頭でキノコを買い求める際には、傘があまり開いていないもの、あるいは白い粉がついていないものが新鮮です。ただし、白い粉は菌糸で、毒やカビではないので食べても問題はありません。
・調理前に日に当てる
 天日干しではない火力乾燥の乾燥シイタケや、ハウス栽培のキノコなどは、調理前に10〜20分日光にあてると、活性型ビタミンDができやすくなります。
・火を通しすぎない
 キノコの抗酸化作用は加熱によって低下するという実験データが出ているので、あまり長時間煮込んだり焼いたりしないのがコツです。
・煮汁や戻し汁も利用
 有効成分は煮汁や戻し汁にも溶け出しているので、残さずとるようにしましょう。
・よく噛む
 ブナシメジの乾燥粉末を唾液などに含まれる消化酵素のα―アミラーゼで処理してマウスに与えると、がんの増殖阻止率がさらに高まります(図7)。
 私たちがキノコを食べる場合にも、よく噛んで唾液とよく混ぜ合わせて食べることが大事です。
――キノコの健康食品やサプリメント(栄養補助食品)の利用についてはいかがでしょうか。
池川 食欲の減退しているお年寄りや病人、海外滞在でキノコが入手しにくい人などは、キノコの健康食品を上手に利用すると良いと思います。
 ただし、健康食品の中には、アガリクス茸のように私たちの研究では効果が確認できなかったものや、どういうキノコからつくられているのか素材が明確に記されていないものもあるので、消費者は商品の選び方には十分に注意して下さい。
 これまでお話ししてきたように、私たちの研究では、サルノコシカケ科の硬いキノコやアガリクス茸より、私たち日本人が昔から食べ続けてきた身近な食用キノコ(表3)にこそ、優れた効果があることが分かっています。
 サルノコシカケががんに効くと言い伝えられてきたのは、硬いキノコは保存がきくので必要に応じて削って使うことができたのですが、昔は食用キノコは旬にしか食べることができなかったため、薬としては注目されなかったのかもしれません。
 しかし、東洋には「医食同源」、「薬食同源」という言葉があり、食生活が病気の予防や改善に深く関わることは、古くから経験的に知られていたことです。食用経験の長いキノコは安全性でも問題がありません。
 栽培技術が発達して季節を問わずにキノコが食べられるようになった今、食用キノコの効用を明らかにする私たちの研究は、新しい言い伝えを作ってゆくためのものだと考えています。