優れたヘルシーシリアル"雑穀”

雑穀を食卓にとり入れて美味しく健康に

岩手大学農学部農業生命科学科 西澤直行教授

人類の命を支えてきた雑穀に今、新たな脚光が!

 雑穀は、米、麦(大麦、小麦)および豆類(大豆は雑穀に加えられる場合もある)を除いた小粒穀類の総称で、日本で伝統的に栽培されてきた雑穀にはハトムギ、ソバ、アワ、キビ、ヒエ、モロコシ(タカキビ)などがあります。
 古くから人類の命を支えてきた雑穀は、5500年前の三内丸山遺跡(青森県)からも種実の遺物が出土し、その頃すでに栽培化、食糧化されていたと考えられています。
 現在は、アジア・アフリカを中心に、乾燥・寒冷地帯、山岳地帯の人々の主食として食べられている外、我が国を含め欧米先進諸国では飼料以外、人の食糧としてはほとんど顧みられなくなっています。
 ところが最近、この雑穀が"美味しい健康食”として見直され、にわかに脚光を浴びています。
 この傾向は日本ばかりでなく、欧米でも同様で、背景には、動物性食品に傾いた高脂肪・高蛋白食による弊害、中でもがん、アレルギー、心臓病など生活習慣病の急増があります。
 雑穀の健康効果は体験的には知られていたことですが、それが科学的に証明されたのはここ約10年間のことで、全て岩手大学の西澤直行教授の研究によっています。
 雑穀の生理活性、機能性の研究では第一人者の西澤直行教授に、雑穀の健康効果を中心に雑穀についてお話ししていただきました。

今、なぜ雑穀か
雑穀、いま昔

──日本で雑穀がよく食べられていたのはいつ頃まででしょうか。
西澤 雑穀は唯一、無農薬栽培が可能な作物で、耐寒性で冷害に強く、冷涼な気候条件でも生産することができる作物です。
 昔は二毛作、三毛作の輪作作物として自然の栽培体系の中にとり入れられ、例えば大豆|アワ(ヒエ)|大豆|アワ|ソバといったように、イネ科とマメ科の組み合わせで連作障害を克服して地力の維持をしていました。
 こうして作られたキビ、アワ、ヒエなどの雑穀は、戦前までの食糧不足を補う重要な役割を担い、80%が中山間地で占められている岩手県などでは、米食とは異なった山村の豊かな雑穀を中心とする食文化を、長い歴史の中で形成してきました。
 終戦までは多くの地域で雑穀は食糧として大切であったわけですが、戦後も1948年頃までは、北上川流域などは今では豊かな米作地帯ですが、当時は水利や開田が十分なされておらず、不足分の食糧にアワなどの雑穀を沢山食べていました。
 しかし、こうした事情がかえって、雑穀は貧しい食生活の象徴というイメージを人々に植え付け、さらに戦後、水資源や水利事業の改善によって戦前には不可能だった地域でも稲作が可能となり、それによって米の自給が達成されたことや、経済成長とともに肉などの動物性食品や、加工食品の摂取が増えて、雑穀は農林統計にも記載されないほど減少、衰退してしまったのです。

雑穀ブームの背景

──つい最近まで一般には鳥の餌くらいの認識しかなかった雑穀が、ここになって急に見直され、雑穀料理が人気を呼ぶなど今大変なブームになっているそのわけはなんでしょう。
西澤 最近は需要が生産をはるかに上回る人気で、今頃になってなぜこんなに雑穀が注目されるようになったのか、その理由としては以下のことがあげられます。
・アレルギーの代替穀物 アトピー性皮膚炎などのアレルギー代替穀物としての価値が認識されてきたこと。
・無農薬穀類 雑穀は無農薬で栽培可能な唯一の作物で、消費者の安全志向に合致すること。
・高価な商品としての価値 雑穀は地元でさえ10kgl万円以上で、都会では2万円以上もする高価な商品となって流通すること。
・国産志向 食品産業や消費者は国内産の品質の良い、美味しい食材・加工食品を希望し、安心できる地場産の健康志向の食品を望んでいること。
・美味しい 安全な食品でも美味しくなくては人気は出ません。雑穀の大きな人気の一つには美味しいことがあります。
・植物性食品への回帰 世界的にも、大麦、ライ麦、オート(燕麦)など、血中コレステロール低下作用や大腸がん予防作用、抗酸化作用のある穀類が大豆とともに「機能性穀類」と呼ばれ摂取がすすめられています。雑穀はこうした世界的な健康のための植物性食品への回帰傾向に適うこと(図1参照)。
・雑穀と健康 さらに、私たちの雑穀の食品機能性研究の成果も、普及に役立っていると思います。
──先生が雑穀の栄養価や機能性に注目されるようになったのには何かきっかけがありましたか。
西澤 ある農家の方がイナキビを作ってみたら美味しい、これは何か良い成分があるのではないか、分析して欲しいということで直接研究室に訪ねて来られたんです。
 岩手県は日本一雑穀の生産量が多い県で、私も雑穀には興味を持っていたので、いろいろな文献、資料を調べてみたんですが、食べ物としての研究はされていないんですね。
 これは地域農業、地場産業の振興のためにも、自分がやるしかないとそこから研究が始まり、最初の論文はその方が来られた1年後の1989年に発表しました。

雑穀で生活習慣病を予防
──雑穀の優れた機能性──
雑穀の栄養成分
──特異なタンパク質と豊富なミネラル

──米に比べて、雑穀の栄養価はどうなっていますか。
西澤 雑穀の主要成分は主に糖質で次にタンパク質、食物繊維、脂質の順になっています(表1)。
 微量栄養素はビタミンではB群、ミネラルではカルシウムと鉄が多く、米に比べ、ビタミンでは大差ありませんが、ミネラルではカルシウムは約2倍、鉄は約3〜4倍多く含んでいます(表1)。
 このうち、雑穀のタンパク質はちょっと変わっています。
 雑穀のタンパク質の量は肥料によってかなり差が出るものの、米に比べておおよそ約2倍も含まれています(表1)。
 しかし、その栄養価は非常に低く、アミノ酸スコアは米が61であるのに対しキビは25で、動物実験をしても雑穀タンパクだけでは動物は成長しません(表2)。ただ、お米や大豆(豆腐、納豆、みそ汁等)と一緒に雑穀をとれば、制限アミノ酸のリジンやスレオニンなどが補足されますから、アミノ酸スコアは牛乳タンパク(カゼイン)並になり、動物はよく成長できるようになります(表2)。
 一方で、雑穀タンパクにはロイシンやグルタミン酸が多く、これらのアミノ酸が体の中で何か良い作用をしているのではないかと、私たちは注目しています。
※タンパク質の栄養価
 タンパク質の栄養価は、タンパク質の構成成分アミノ酸の組成で評価される。人間の体をつくるアミノ酸は約20種あり、そのうち体の中では合成出来ず食べ物からとらなければならないアミノ酸8種を必須アミノ酸という。
 良質なタンパク質はこの必須アミノ酸を十分に含み、牛乳、卵などではアミノ酸スコア(アミノ酸評価点)は100である。一方、必須アミノ酸がかなり不足するものを制限アミノ酸といい、制限アミノ酸が一つ以上あるタンパク質は質の悪いタンパク質となる(図2)。

血中脂質改善作用による動脈硬化の予防

西澤 食品の機能には今お話しした
・エネルギーや必須栄養素の供給という機能とまた、
・美味しく食べられるという機能の他に、第3の機能として、
・免疫力をつける生体防衛機能、生活習慣病の予防などに役立つ生体調整機能があります。
 雑穀が今注目されているのは、この第3の機能によるところが大で、雑穀はヘルシーシリアル(健康穀類)、機能性穀類とも呼ぶべき優れた機能を持っています。
 中でも注目されるのが、心臓病や脳卒中、糖尿病、がんなど、多くの生活習慣病に関係する動脈硬化の予防・改善に期待できる成分です。私たちの研究では、アワ、ヒエ、キビなどの雑穀タンパクには、血中コレステロールや中性脂肪の値を改善する効果があることが分かりました。
 ちなみに、コレステロール自体は細胞膜やホルモンなどをつくる材料の一つで、体には必須の成分です。ですからそれ自体は悪いものではなく、最近はむしろ少し多めの方が良いといわれています。
 コレステロールは食物からとらなくても、肝臓で糖分(グルコース)を材料にコレステロールが作られ、肝臓から血液を通して全身の細胞に運ばれます。この時、コレステロールは血液に溶けやすいように比重の軽いリポタンパク(LDL。低比重リポタンパク)に包まれて運ばれます。
 これがLDLコレステロールで一般には悪玉といわれますが、LDLコレステロールが悪玉となるのは、年をとってコレステロールの代謝がうまくいかなくなったり、血中に異常に多くあったり、活性酸素の攻撃によって酸化された酸化LDLコレステロールになった場合です。こうした過剰なLDLコレステロールや、酸化LDLが動脈壁に沈着して動脈硬化を引き起こすのです。
 一方、善玉といわれるHDL(高比重リポタンパク)コレステロールは、過剰なコレステロールを引き抜いて肝臓に戻したり、さらに、LDLの酸化を防いだり、血栓が出来るのを防ぐ働きがあります。それによって、動脈硬化症を予防、軽減してくれるのです。
 ですから、HDLコレステロールの血中濃度が高ければ、動脈硬化が防げるわけです。では、どういう食べ物の成分がHDLコレステロールを増やせるのか。
 私たちはラットやマウスの実験で、餌を・コレステロールにとっては悪玉となる牛乳タンパクのカゼインを与えた群と、・雑穀タンパクを含む餌を与えた群に分けて、血中のコレステロール値を検討してみました。
 最初に行った20%のキビタンパク質を含む飼料を3週間ラットやマウスに与えた実験では、HDLコレステロールが顕著に上がり、さらに、アワについても同様の結果が出ました(図3)。
 また、余分なコレステロールは肝臓から胆汁酸を通して腸管に運ばれ、大便として排泄されますが、この効果も雑穀は高いことが分かっています。
 さらに、高脂血症や脂肪肝では、中性脂肪が問題になります。キビの実験では、この中性脂肪も下がることが分かりました。
──人での効果は確かめられているのですか。
西澤 若い人と年輩の方に雑穀ご飯を食べてもらったところ、年輩の方では劇的に血中脂質の状態が良くなりました。
 ただ、1例のみなので、現在は10名の方に1ヶ月間、・米に20%イナキビを混ぜたイナキビご飯3食、副食は自由食群、・同じくイナキビご飯3食、副食は日本人の所要量に合せた食事群、・イナキビを食べさせない群──に分けて実験を行っているところです。春頃には結果が出ますので楽しみにしています。

アレルギー予防効果

──雑穀の健康効果が初めに注目されたのは、アトピー性皮膚炎などのアレルギーの代替穀物としてでしたね。
西澤 米や麦などの代替穀物として、回転食に使われるようになったわけですね。
 しかし、雑穀そのものにアレルギーの予防や改善効果があるかどうかはまだ確かめられていません。
 雑穀の中でもヒエは回転食に多用され、しかも岩手県では一番生産量が多いのでぜひその効果を確かめたく動物実験を続けていますが、確かにヒエにはその効果を示唆する結果が出ています。

肝機能の改善効果

西澤 昨年、毎日新聞の記者から自分の雑穀食体験を夕刊記事にするという電話がありました。記者自身が夜遅くまで原稿を書き、暴飲暴食などの不摂生で特に肝臓を悪くして、医師に生活習慣を見直すように言われ、酒を断ち、エレベーターを使わず運動量を増やしたり、1年間雑穀ご飯を続けたりしたところ、1年後には非常に綺麗な体になったという内容でした。
 その話から、アルコール障害などによる肝臓機能の改善効果もあるのではないかと動物実験を始めたのですが、こちらはいく分効果が出て、今年にも発表する段階になっています。
フラボノイド類と抗酸化作用西澤 雑穀のもう一つの機能性成分として、フラボノイドやポリフェノールなどの抗酸化成分があります。
 どちらも、植物の光合成によって糖が変化した物質で、もともとは植物が太陽の紫外線が作り出す活性酸素から自分自身の身を守るために天然に備えている抗酸化物質です。大変多くの種類があり、その働きも少しずつ違うのですが、この成分の分析も今続けています。
 体内で過剰に作られた活性酸素は、細胞膜や遺伝子、酵素を傷つけて、がん、動脈硬化、アレルギーなど多くの病気の引き金になりますから、こうした抗酸化物質を多く含んだ食品をとることは、生活習慣病を始め多くの病気の予防に役立ちます。こうした面からも雑穀の健康効果は生み出されていると思います。

雑穀は美味しい!
──その効果的なとり方── 美味しくヘルシーな雑穀

──最後に、雑穀の効果的なとり方、美味しい食べ方などを教えてください。
西澤 主食としては白米と混ぜて食べる。昔は多くの人が二穀飯や三穀飯といって、米に二種類以上の雑穀を混ぜたご飯を食べていました。
 雑穀は大変美味しく、白米に少し雑穀を混ぜるだけで真っ白なご飯に比べてずっと美味しくなります。私自身毎日、雑穀を1〜2割程度入れた雑穀ご飯を3食食べて飽きることがありません。学校給食でも子供たちは先入観がないので、キビご飯やアワご飯を美味しく食べてくれます。
 ただし、雑穀は米に比べ精白粒でも固いので、洗粒後、一晩くらい水につけると良いでしょう(イラスト参照)。
 粉にしたものは煎餅、団子、パン、マフィン、最近はアイスクリームなど雑穀加工品の素材としても活躍しています。
 タカキビなどは炊いた粒を挽肉の代わりにハンバーグやミートソースに使うと、これもなかなかコクがあって美味しいものです。
 皆さんもまずは雑穀ご飯から入り、いろいろ料理のレパートリーを広げられると良いと思います(表3参照)。

輸入ものは心配

西澤 雑穀を食卓にとり入れるに当たっては安全性も大きな問題です。今、日本での雑穀の自給率は約10%で、約90%を輸入に頼っています。ほとんどが鳥などの飼料として輸入されているようですが、国内の需要量からみてかなりの量が食糧に回されていると推測されます。
 国内生産では一番高い岩手県で180トンで、国内産の雑穀は、需要に生産が追いつかないのが現状なのです。
 しかし、輸入穀類はポストハーベスト農薬の問題もあるし、実際現地を視察した人の話ではかなりひどい状態で保管されているところもあるそうです。通信販売等で農家から直接買うか、信頼できる自然食品店などで生産者の顔が見える売り方をされたものの購入をおすすめします。
 私たちの雑穀の研究は、農家を悩ませている減反の田んぼや使われていない畑を活用することができ、適地適作の地域農業の振興や新たな地域ブランド食品開発・食品産業起こしへの道が開けるものであり、今日の食糧自給問題にも参考になるように思われます。
 岩手県に伝えられている言葉に、"身土不二(その土地でとれた農産物を食べることが健康に良い)”がありますが、まさに健康は地域の資源からといえるでしょう。

表3 代表的な雑穀
(創森社刊、ライフシード・ネットワーク編『雑穀つくり方・生かし方』──
「個性派ぞろいの雑穀オン・パレード」大谷ゆみこより抜粋作表) ア ワ

(粟)モチ種とウルチ種がある。直径1.5mmと小粒。殻の色で赤アワ、黄色アワ、紫アワなど品種も多様。
実は薄い黄色とクリーム色と白っぽいクリーム色がある。
もちアワはとろみが強く、スパイシーな香りがする。愛称チーズミレット。
うるちアワは、炊くとさらりと炊きあがり、そのままおいしいクスクス、シチューをかけて食べたり、プチプチした食味を活用して鶏そぼろ感覚で活用できる。うるちアワの愛称はチキンミレット。
他の雑穀に比べ甘くてクセがないので、アメやお菓子の材料にも活用できる。キ ビ
(黍)モチ種とウルチ種があり、実の色はアワより大きい黄色。
もちキビは黄色い小粒のもち米という感じで、おはぎや餅に活用されてきた。卵のようなコクがあるので愛称はエッグミレット。
うるちキビは、ふんわり炊きあがるので、炒めものに混ぜたり、サラダにトッピングすると風味も彩りも増して料理を引き立てる。粒の大きさが違うだけでうるちアワと同じように扱える。タカキビ
(モロコシ、コーリャン、ソルガム)食用はモチ種。色はダークレッド。米粒大で、形は球形。
鍋で炊く場合は、一日以上、水につけないとやわらかく炊きあがらない。圧力鍋なら5〜10分圧力をかけるだけで炊ける。キュッキュッとした弾力のある食感が魅力。炊きあがりの色も挽き肉みたいなので、愛称はミートミレット。ハンバーグをはじめ、挽き肉料理全般に活用できる。ヒ エ(稗)ウルチ種のみ。アワについで小粒。色はグレー。日本生まれで寒さに強い。
炊くとオフホワイト色に炊きあがる。クセのない淡泊なきめの細かい風味とミルキーな味わいが特長。
ヤマイモをすりおろして混ぜあわせると白身魚のしんじょみたいになるので、愛称はフィッシュミレット。野菜スープに少量入れて煮込むとクリームシチューに変身。ハ卜麦じゅず玉の仲間。雑穀の中ではいちばん粒が大きい。
おかゆに炊き込んだり、焙煎してお茶にしたり、タカキビと同じ方法で炊きあげてサラダや炒めものに使うこともできる。煎って塩味をつけスナック感覚でも楽しめる。粉にしていろいろな粉料理に混ぜ込んで使うとよい。ライ麦寒冷地でも育つ食物繊維の多い麦。野菜不足解消にもなる黒パンが作れる。独特の酸味のある風味が魅力。
ライ麦の粉4に小麦6の割合で混ぜて使うとよい。粗挽きの粉は風味があっておいしいが、細挽きの粉にするとライ麦の割合を多くしてもうまくできる。あまり発酵させない重たいパンを作っておくと日もちもよく、かみしめるほどおいしく、おかずに合うのでご飯代わりに楽しめる。緑肥作物としても有用。ソ バ他の雑穀に比べてたんぱく質が多いので、コクのある料理になる。愛称はポークミレット。
粒はゆでただけで、つぶつぶパスタとしてシチューやソースをかけて食べたり、サラダやスープに楽しめる。炊きあげると豚挽き肉感覚でいろんな料理に活用できる。
粉は低温でアルファー化する性質があり、水で練っただけでも食べられる。熱湯で練るソバがきは究極のインスタント料理。ダマにならず水に溶けやすいので、ホットケーキミックスの簡単さでへルシーなパンケーキやクレープが作れる。ネパールではソバ粉でソーセージを作るといわれる。
成分的には心臓疾患や脳溢血を予防するルチンを含むのが特長。