疲労回復から、動脈硬化・がん予防にも期待――
体においしいニンニクパワー!
日本大学生物資源科学部 農芸化学科 有賀豊彦教授
ニンニクは、抗がん期待度ナンバーワン!
――抗血栓・降コレステロール・降血圧効果も注目――
急増するがん、心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病などの生活習慣病の予防には、毎日の食事・休養・運動などが重要といわれています。
中でも、日常的に食べる食品の機能性に注目が集まっており、植物が紫外線や害虫などの外敵から身を守るために備えている生理活性物質(ファイトケミカル)についての研究が盛んです。
その代表的な食材の一つがニンニクです。
近年、古くから知られているニンニクの強壮・殺菌効果が科学的に解明されると共に、抗血栓作用、コレステロールや血圧の低下作用など、新たな効用も次々と見いだされています。
さらに、米国立がん研究所の「デザイナーフーズプログラム」では、がん予防食品のトップにあげられるほど、ニンニクは高いがん予防効果でも期待されています(図1)。
日本大学生物資源科学部の有賀豊彦教授は、血栓予防の観点からニンニクに注目。世界で初めてニンニク中の血栓予防の有効成分を突き止め、以来20年にわたってニンニクの幅広い効果を研究されています。
ニンニク博士として世界的に知られる有賀先生に、ニンニクの最新研究と効果的なとり方について伺いました。
古くから知られている強力な殺菌・強壮効果
ピラミッド建設を陰から支えたニンニク
――ニンニクが体に良いことは、かなり古くから知られているそうですね。
有賀 ニンニクの歴史は古く、エジプトのピラミッドの中からは黒化したニンニクが発見されていて、痕跡が残っている最古の野菜ともいわれています。
古代エジプトでは、原産地である中央アジア、現在のインド周辺からニンニクを輸入し、ピラミッド建設の労働者たちに配給していたそうです。その流通が途絶えたときにストライキがおこったという記録も残っており、それほどニンニクは必需品だったというわけです。
〈抗菌作用〉
有賀 ニンニクは当時から、独特の味と風味がスパイスとして好まれただけでなく、肉や魚を保存するための防腐剤として、また、傷口の化膿止めや感染症の治療薬としても活躍していました。
これらはニンニクの抗菌作用によるもので、ニンニクには、消毒薬や石灰水の10倍の強力な殺菌作用があるといわれます。
糸状菌(カビ)をはじめ、白癬菌(水虫)、コレラ菌、赤痢菌、大腸菌など、ニンニクは多くの菌に効果を発揮し、最近では、胃潰瘍や胃がんの原因菌といわれるヘリコバクター・ピロリを抑制するとの報告もあります。
抗菌に働くのは、ニンニク中の「アリシン」というイオウ化合物です。アリシンには、菌そのものを殺したり、菌の出す毒素を中和する作用などが認められています。
〈強壮作用〉
有賀 また、古代エジプト、ギリシャ、ローマ時代を通じ、ニンニクは兵士たちの遠征にも欠かせない食材でした。今風に解釈すると、これはニンニクの疲労回復効果・強壮作用を巧みに利用したものだったと思います。
ニンニクのアリシンと肉に含まれるビタミンBが結合すると、活性持続型ビタミンの「アリチアミン」になります。アリチアミンは体内でアノイリナーゼ菌による破壊を受けないので、ビタミンBの吸収がグンと高まります。
ビタミンBは糖質を代謝してエネルギーをつくり出すのに不可欠で、疲労の蓄積を防ぎ、スタミナを増強する効果があります。
また、ニンニクにはアドレナリン分泌を促して交感神経を刺激する作用もあります。
ニンニクは強壮効果によって、ピラミッド建設の重労働を支えたり、兵士たちの闘争心を持続させるのに一役かっていたのではないでしょうか。
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パワーの源は、におい成分のイオウ化合物
――ニンニクの抗菌や強壮作用の鍵となるのは、「アリシン」という成分なんですね。
有賀 そうですね。「アリシン」は、ニンニクの臭気成分であるイオウ化合物の一つで、アリシンそのものはニンニクの中には存在しておらず、ニンニクを切り刻んだり、すりおろしたりすると初めて生成されます。ニンニクが、丸ごとのままではにおわず、包丁を入れるとたちどころに強烈なにおいを発するのはこのためです。
ニンニクの細胞には、においの元になる「アリイン」という含硫アミノ酸があり、また、維管束の細胞内には「アリイナーゼ」という酵素が含まれています。このアミノ酸と酵素は普段は
厳密に隔離されていますが、ニンニクが傷つけられて細胞が壊れると接触し、アリインとアリイナーゼが反応すると瞬時にアリシンがつくられます(図2)。
古代の人々は、すりつぶしたニンニクに肉や魚を漬けたり、ニンニクを割って傷口に塗りつけるなどの知恵を、経験的に知っていたのですね。
ただし、アリシンは非常に不安定で、時間が経ったり加熱したりすると、また違うイオウ化合物に変わってきます(図3)。
これまで、ニンニクの薬効のほとんどはアリシンの作用によるものと思われていましたが、実際にはアリシンから変化したこれらのイオウ化合物によるものであることが、最近の研究で分かってきています。
イオウ化合物は、植物が害虫や病原菌などを撃退するために備えている自己防衛成分で、ニンニクと同じユリ科植物の玉ネギやラッキョウ、あるいは十字花植物(アブラナ科)の大根やブロッコリーなどにも含まれています。
ニンニクはそれらの野菜の中でも最もイオウ化合物が濃厚で、それこそがニンニク独特の強烈なにおいの正体でもあり、ニンニクの薬効の源にもなっています。
動脈硬化の予防
強力な抗血栓作用
――先生は血栓予防研究の一環として、ニンニクに注目されたそうですね。
有賀 ニンニクに血栓を防ぐ効果があることは、すでに1970年代半ばに報告されていましたが、その成分は特定されていませんでした。そこで、私たちはニンニク中の成分を細かく分析したところ、1981年、「メチルアリルトリスルフィド(MATS)」という有効成分を突き止めたのです。
MATSはアリシンが変化してできる揮発性のイオウ化合物で、現在ではこの他、「ジメチルトリスルフィド」、「アホエン」、「ビニルジチイン」などのイオウ化合物(図3)にも血栓予防効果が確認されています。
血栓を防ぐというのは、言い換えれば血小板の凝集を抑制するということです。
血小板には、血管が傷ついたとき、それを補修しようとして傷口に集まる性質があります。軽い切り傷を負ったときなど、放っておいても自然に治るのは、この血小板の作用のお蔭です。
しかし一方で、血小板の働きが高まると、血小板は次々に凝集して大きな固まり(血栓)をつくり、さらにその上にフィブリン(線維素)が覆い被さると、血栓はますます強固な固まりになってしまいます。こうなると、血栓は血管内腔を狭めて血液の流れを妨げたり、はがれた血栓が脳や心臓の血管をつまらせると、脳梗塞や心筋梗塞を引き起こしてしまいます。
血小板が凝集する仕組みは、
・まず、血管壁の細胞に傷がつくと、そこに血小板が粘着して、血小板の細胞膜からアラキドン酸が切り離されます。
・血小板の内部では、酵素の作用によってアラキドン酸が代謝され、最終的にトロンボキサンAという物質がつくられます。
・このトロンボキサンA2が血小板の外に出て、周囲の他の血小板を刺激し、他の多くの血小板の凝集を招くのです(図4)。
ニンニクのMATSには、アラキドン酸代謝にかかわる酵素の活性を阻害する作用があり、その結果、トロンボキサンA2の生成を防いで、血小板の凝集を抑えます(図4)。
これは、アスピリンやインドメタシンなどの抗血栓薬に匹敵する、たいへん強力な作用です(図5)。
――ニンニクは、アラキドン酸からトロンボキサンAができるのを防いで、血栓ができないようにするわけですね。
有賀 そうです。
さらに、フィブリンができないようにする血液凝固抑制作用や、できてしまったフィブリンを取り除く線溶亢進作用なども報告されていて、これらも血栓予防に役立ちます(表1)。
コレステロール低下作用・血圧低下作用
有賀 この他にもニンニクには、血液中のコレステロールや中性脂肪を低下させたり、LDL(低比重リポ蛋白)を抑える効果などが報告されています。
ニンニク成分は、脂質合成にかかわる酵素の活性を阻害したり、あるいは、コレステロールの吸収を抑え、胆汁中への排泄を促進することで、コレステロールを低下させると考えられます。
また、血圧上昇にかかわる酵素の活性を阻害したり、血管を拡張させて、血圧を下げる効果も報告されています。
実際に、ニンニクを食べて血圧が下がったり、高血圧に伴う耳鳴りや頭痛、めまいが改善されるなどの効果も認められています。
今お話しした、血栓を予防し、コレステロールや血圧を下げる作用はすべて、動脈硬化の予防につながるものです(表1)。
ニンニクは血管の若さを保ち、脳梗塞や心筋梗塞などの動脈硬化性疾患の予防に役立つ食品として、大いに期待されています。
抗がん食品のトップ
ニンニクをよく食べる人ほどがんになりにくい
――米国立がん研究所の「デザイナーフーズプログラム」では、がん予防が期待される食品のトップにニンニクがあげられているそうですね(4頁図1)。
有賀 「デザイナーフーズプログラム」は、植物性食品に含まれる抗がん成分を解明し、抗がん機能をもつ食品の開発を目的に進められている研究です。研究対象となった約40種類の植物性食品の中でも、最も高い評価を受けたのがニンニクでした。
ニンニクをよく食べる人ほどがんになりにくいという疫学データは多く、これが、ニンニクが抗がん食品のトップに位置づけられた大きな理由です。
例えば、米国の女性41387人を対象とした研究では、127種類の食品の中で唯一、ニンニクだけが統計学的に有意に大腸がんのリスクを減少させたことが報告されています。
がん細胞の増殖を抑制する
――がん予防に働くのは、ニンニクのどんな作用によるのですか。
有賀 ニンニクにはこれまで、
・抗酸化作用、
・免疫力増強作用、
・発がん物質によるDNAの損傷を減らす作用、
・抗がん作用がいわれるゲルマニウム含有量が多い(図6)――などのことが報告されており、これらの作用ががん予防に働いていると考えられます。
さらに、私たちの最新の研究では、ニンニクには、がん細胞の分化誘導作用があることが明らかになりました(図7)。
正常な細胞には、アポトーシスといって、DNAに異常が生じると自殺するプログラムが組み込まれています。がん細胞ではこのプログラムが正常に働かず、放っておけば無制限に分裂・増殖していってしまいます。
がんの治療では通常、この増殖したがん細胞を外科療法で取り除いたり、放射線や免疫療法で叩いたり、あるいは化学療法でDNA合成やRNA合成を阻害して増殖を抑えたりします(図7)。しかし、こうした治療法は、他の正常な細胞にまで影響を及ぼす恐れもあります。
これに対し、ニンニクには、がん細胞の増殖を抑制するとともに、がん細胞を正常な細胞に近い細胞にすることが分かったのです。
人間の白血病細胞を培養した「HL60」というがん細胞に、ニンニクの「ジアリルジスルフィド(DADS)」という成分を加えたところ、DADSには白血病細胞を元の正常な顆粒球という細胞に戻す作用が認められました(図7)。こうなると後は、細胞に本来備わっている寿命に従ってやがて死んでいきます。
DADSの作用はたいへん強力で、すでに分化誘導剤として使われているジメチルスルフォキシド(DMSO)の約100分の1の濃度で効果があり、また、分化誘導剤として現在開発中のレチノイン酸(ATRA)との併用で、相乗的に効果が高まることも分かりました。
――DADSも、アリシンが変化してできるイオウ化合物ですか。
有賀 そうです。DADSはアリシンから酸素原子がとれた構造をしていて、アリシンは不安定なので、この酸素原子はとれやすいのです。DADSの他にも、ニンニク特有のアリル基をもったいくつかのイオウ化合物に抗がん作用が報告されています。
私たちの研究ではまた、ニンニク同様、玉ネギにもがん細胞の分化誘導作用が認められましたが(表2)、玉ネギの有効成分についてはまだ分かっていません。これは今後の研究課題です。
いずれにしても、ニンニクや玉ネギに含まれるイオウ化合物には、がん細胞を正常な細胞に分化させる効果があるようです。
──こんな症状にはこんなとり方──
ニンニクの効果的なとり方
血栓やがんには、"生”ニンニクを切ったりつぶしたり
――それでは最後に、ニンニクの効果的なとり方を教えて下さい。
有賀 ニンニクの効果的なとり方は、期待する作用によって大きく変わってきます。
ニンニクの薬効の多くは、臭気成分のイオウ化合物によるものなので、このイオウ化合物を調理によって発生させるかどうかが、ニンニクの効果を大きく左右します。
〈血栓、がん〉例えば、血栓予防作用のあるMATSや、抗がん作用のあるDADSは、生ニンニクを切ったときにできるアリシンから変化するので、ニンニクをなるべく細かく切り刻んだり、すりつぶしたりする必要があります。また、これらのイオウ化合物は揮発性なので、油に溶かして調理に使うと効果的です。
ただし、イオウ化合物は大変刺激が強く、一度に大量にとると胃の粘膜を荒らします。生ニンニクのスライスやすりおろしニンニクをとる場合は、1日5g程度を目安に。ニンニク1個が約30g、1片が丁度5g位に相当します。その程度の量でも、抗血栓・抗がん作用は十分期待できます。
〈食中毒〉抗菌効果が強いのは、ニンニクを傷つけたとき一番最初につくられるイオウ化合物のアリシンですから、コレラや赤痢などの食中毒対策には、すりおろした生ニンニクをオブラートに包んで水で流し込み、なるべく早く胃から腸に送ってやると良いようです。
刺身を食べるときなども、醤油にニンニクのすりおろしをほんの少し加えるだけで、食中毒防止に役立ちます。
〈水虫〉また、水虫には、すりおろした生ニンニクを患部に直接塗ると効果てきめんなのですが、やはり刺激が強いので、皮膚の柔らかいところには塗らないよう注意して下さい。
冷え症や糖尿病には"加熱”して
有賀 一方、ニンニクを丸ごと加熱すると、ニンニク中の酵素アリイナーゼが働かないのでイオウ化合物はつくられず、その前駆体であるアリインがそのまま残ります。
〈冷え〉アリインには熱産生機能があるので、これからの季節、鍋料理などにニンニクを丸ごと入れ、よく煮てから食べれば体が芯から温まり、冷えの予防や脂肪の燃焼にもつながります。
〈糖尿病〉アリインにはまた、血糖降下作用も報告されています。
体重50kgの人で約10gのニンニクを食べれば効果があるといわれ、加熱したニンニクなら1日に100g、3個分くらいとっても大丈夫なので、これは糖尿病の人には朗報ですね。
アリシンやDADSなどのイオウ化合物にも降血糖作用は報告されているのですが、例えばインドの研究では生ニンニクのスライスを1日10〜15gもとっており、日本人にはこの量は多すぎると思います。民族によって胃粘膜の抵抗性は違いますから。
ニンニクをそのまま揚げたり蒸したり煮たりすると、刺激もにおいもなく、マッシュポテトのような独特のおいしいニンニクができますよ。
――においと言えば、最近は無臭ニンニクや低臭・消臭ニンニクなどもありますが、これらの効果はいかがでしょうか。
有賀 無臭ニンニクは、においの元になる成分(アリイン)をもともと含んでいない天然種で、その機能はよく分かっていません。
一方、低臭・消臭ニンニクは、化学的処理などで臭気成分のイオウ化合物を20〜50%少なくしているので、その効果も2〜5割は少なくなります。ただし、刺激成分のイオウ化合物が少ないということはその分、多量にニンニクをとることができるので、あながち効果は無視できないと思います。
ニンニクは、5千年の昔から現在に至るまで、洋の東西を問わず世界中で広く食べられています。日本人のニンニク消費量は他国に比べて少なく、お隣の韓国では国民一人あたり年間10kgを超えるのに対し、日本は300g弱といわれます。もっと料理に積極的にニンニクを取り入れ、その恩恵に与って欲しいところです。