急増するサルモネラ(SE)

食中毒の原因は"卵”急増の背景に、食生活をはじめとする現代社会の歪みが…

東京大学医学部細菌学教室客員研究員
東京医科大学客員教授 中村明子先生

世界で急増!!「サルモネラ・エンテリティディス(SE)」

 サルモネラはどこにでもいる雑菌で、種類は2千を超えます。そのうち、食中毒を起こす菌の9割は約15種に集約されます。
 1986年にイギリスで急増しはじめたサルモネラ・エンテリティディス(SE)は、またたく間に欧米から全世界に広がり、日本でも89年に登場して以来、サルモネラ食中毒の主な原因菌にとって変わりました(図1)。
 今では患者数は年間1万人を超え、食中毒全体としてもトップクラスとなっています(6頁図2)。
 主要な感染源は鶏卵。
 SEがあっという間に世界に広がったのは、SEの感染力の強さに加え、現代ならではのグローバルで迅速な食糧流通があり、日本では産卵のために輸入したヒヨコがSEをもたらしました。
 日本で急増しているサルモネラと世界的に広がっているSEが同一のものであるという確認作業に尽力された中村明子先生は、SE急増の背景には、食糧流通の問題だけでなく、食物の工業化、欧米化した食生活、過剰な清潔志向、ストレス過多――など現代社会の歪みが人々の抵抗力を弱めていることも大きいと指摘されています。

急増するサルモネラ食中毒
最大の原因は"卵”
イン・エッグ―― 新鮮な卵でも危ない!

――サルモネラというと昔は卵の殻が危ないと言われていましたね。
中村 サルモネラは家畜や家禽の腸にいる菌で糞に排泄され、主な原因食品は食肉やその加工品、また殻が汚染される可能性のある卵も原因になるとされてきました。
 ところが今、世界的に流行っている「サルモネラ・エンテリティディス(以下SE)」は、鶏卵が主な感染源となっています。
 しかも、SEは生み立ての新鮮な卵の中にすでに菌がいる「イン・エッグ型」で、従来多かった菌が排泄された糞が殻につく「オン・エッグ型」のサルモネラとはそこが大きく違います。
――親鶏を通して直接卵に感染するわけですね。
中村 そうです。垂直感染ですね。SEは、親鶏の輸卵管に菌がいて、卵が輸卵管を通るときに卵の中に菌が入るのだろうと考えられています。しっかりした固い殻ができるのはその後ですから、最初から卵の中に菌が入ってしまっているわけですね。
 ですから、殻に菌がついているのでしたら殻をきれいに洗えば安全なまま長期間保存ができるということでしたが、生まれ落ちた新鮮な卵の中にすでに菌が入っていれば、長期保存しているうちに、卵黄の膜が壊されて卵黄の成分が白身の方に出てきて急激に卵の中で菌が増えてしまうのです。白身には細菌の増殖を防ぐリゾチームという酵素があってある程度コントロールされているのですが、卵黄膜が破れると急激に増えるのです。
 そういう卵にたまたま遭遇した人が食中毒を起こすわけです。

輸入ヒヨコがもたらした 日本のSE感染症

中村 SEは1986年にイギリスで急増し、87年にはアメリカでも急増し、全世界的に広がって問題になっていました。日本への上陸は時間の問題だろうと注意していたところ、89年になって急にサルモネラ中毒が増えたんです(図2)。
 日本で広がったサルモネラがイギリスやアメリカで流行している菌と同じものかを、緊急に調査する事態になり、当時、国立予防研究所(現国立感染研究所)にいた私がファージ型別の責任者として急遽、イギリスからSEのサンプルを持ち帰って菌の解析が始まったのです。その結果、ファージ型別で見事に一致し、その後の遺伝子解析でも一致しました。
――どういう経路で日本に入ってきたのですか。
中村 国産の鶏は繁殖力が弱いために、日本は年間150万羽のヒヨコを輸入しています。
 イギリスから輸入した、卵を産むためのヒヨコから分離された菌とも一致して、輸入した産卵鶏が日本にSEを持ち込んできたということがわかりました。
 当時、解析にあたっていた私達は「卵は危ない」と言い続けていたのですが、汚染されている卵は1万個に3個程度で、農水省は検疫に引っかからないから白だと言ってなかなか動かなかったのです。今は届け出伝染病に指定し、鶏用のワクチンも承認しています(8頁表1参照)。
 また、厚生省は食品衛生法を改定して、今年の11月から賞味期限と低温流通を義務づけ、家庭でも冷蔵庫保存をすすめるという具合に、かなり積極的に予防対策がとられるようになりました。

他のサルモネラに比べて 感染力、増殖力が強く 死亡率が高い

――日本でSEが急増し始めてすでに10年ですから卵への対策が遅かったということもありますが、今までのサルモネラと違ってSEがすごい勢いで急増したのは何故ですか。
中村 最大の原因は、SEの感染力がサルモネラ属の他の菌に比べて強く、少量の菌数で感染・発症するからです。
 これまでのサルモネラ食中毒では菌数が100万〜1000万個で発病するとされてきました。ところが、SEはきわめて少ない菌数、例えば94年に米国で発生した22万人にも及ぶアイスクリームによる食中毒事件では、一人当たりわずか6個の菌で感染していたのです。日本でも、100〜1000個での感染が報告されています。
 また、増殖力も強く、割った卵を室内で一晩置くと、1個のSEが1000万個に増殖するほどです。
 さらに、通常のサルモネラ食中毒の平均潜伏時間が12〜24時間に対し、SEは29時間27分となっています。潜伏時間が長く発症が遅いと、原因食品を見つけるのに手間取って、それだけ感染が広がるわけですね。
 97年に群馬県で480名の患者を出した自家製マヨネーズを使用した調理パンによる食中毒では、平均潜伏時間は35・5時間、最も短い人では5・5時間、最も長い人では140時間後に発症し、潜伏時間に幅があるのも特徴的です。
――どんな症状が出るのですか。
中村 サルモネラにかぎらず、食中毒の症状は腹痛や下痢、嘔吐を伴う急性胃腸炎で、発熱や血便が出ることもあります。
 SEがサルモネラ属の他の菌に比べて違うところは、重症化の傾向があり、死亡率が高いことです。米国の研究では、通常のサルモネラ食中毒の死亡率が0・05%なのに対し、SEでは3・1%であったということです。
 群馬県の調理パンによる食中毒事件では、死亡した76歳の女性はお昼に調理パンを食べ、翌日の午前中に腹痛を訴え、その翌日には顔面浮腫・緑便・意識不明で入院し、その夜に急性腎不全で死亡するという急激な経過をたどっています。
――お年寄や幼児など抵抗力の弱い人ほど重くなるわけですね。
中村 そうです。サルモネラは細胞内増殖菌で、免疫力が低下していると、腸管感染から全身感染に移行して重い症状になることが多いのです。
 集団給食施設では、保育園、老人ホームでの発生が最も多く、次いで学校、病院など、いずれも抵抗力の弱い人々に食事を提供する施設であることは注目すべきことです(図3)。

急増の背景に 工業化した鶏や卵の生産も
――鶏のストレスと環境汚染――

中村 今、鶏も卵も生産が工業化されてます。そこにも問題があります。
 鶏の場合、SEは呼吸器からも感染するといわれていますので一旦、汚染が起こると、菌に汚染された埃や糞を鶏が吸い込んで水平にバーッと広がってしまうのです。
 しかも、狭いケージに閉じ込めて大量に飼育し、大量に卵を産ませるので、鶏にとっては大変なストレスになります。鶏はストレスがかかるほど、菌を大量に便に出すのです。
 日本では現在は禁止されていますが、歳をとって卵を産まなくなると、もう一遍卵を産ませるために、餌や水を与えずにストレスを負荷して強制的に羽を換える「強制換羽」というひどいことも行なわれていました。
 いろいろ難しい問題がありますが、検疫を含めて産卵鶏の大量輸入の問題、飼育施設の環境整備、それと共に生産体制の見直しも考えないといけないのではないかと思います(表1参照)。

逞しい体力作りが予防の原点 
卵料理に気をつけて

――予防ということになると、消化の面で問題のある卵を食するのに我々は反対の立場をとっていますので、卵を食べなければよいかと…。
中村 成人病の予防ということでは、高脂肪・高蛋白の現代型食生活に問題があるのは確かですし、特に安価で栄養価が高いということで、日本の卵の消費量は世界で一、二というところにも問題があるかも知れません。
 ただ、私の立場としては卵を安全に食べるように指導することがまず第一です。
 加熱がしっかりしていれば、サルモネラの食中毒は防げるのです。サルモネラ食中毒をおこす卵料理では、ティラミスやアイスクリームなど卵を使った冷菓、自家製マヨネーズや卵納豆、とろろなど生卵を使った料理、また、加熱していてもオムレツとか卵とじ、茶わん蒸しや丼物など卵を半熟に仕上げる料理も意外に多いですね(表2・表3参照)。
 家庭での発生件数は2・2%と少ない(図4)のですが、集団給食施設などでは、卵を大量に調理しますからミキサーの中で卵をかき混ぜて液卵にします。そのミキサーの洗いが不十分ですと、わずかに残っているSEが卵の黄身を栄養源に室温に置かれている調理器具の中で増え、そのミキサーを使って、パセリのみじん切りなどをすればそれが食中毒発生の原因にもなります。
 卵を使っていない料理、例えばクラムチャウダーや、ホウレンソウのピーナッツ和えでSE食中毒が出てくるのはなぜかということで現地調査したら、卵を使った調理器具の洗浄が不十分だった二次汚染によることがわかりました(表2参照)。
 菌の増え方は、1000万倍と殆ど無きに等しいくらいに薄めても、それでも菌は二分裂してどんどん増えるというデータがあります。それくらいSEは逞しい菌なのです。
――サルモネラの食中毒はやはり夏場に多いのですか?
中村 高温・高湿の環境で菌が増えますから、やはり夏は多く、ピークは9月です(図5)。
 サルモネラに限らず、食中毒の予防は徹底的な温度管理が必要です。しかも、卵は今迄常温(室温)流通が普通でしたから菌が増えやすいのですね。菌がついていても極端に増やさないようにすることが大切で、特にイン・エッグ型の感染では低温で保管することが大事になります(表3参照)。
 今年の11月からは低温流通が義務づけられますが、とにかく新鮮なうちに新鮮なものを食べることが食中毒の予防では最も重要です。
 来年以降は、民間団体による認定マークがついた卵も出回ります(図6)ので、それを目安に買うのもすすめられます。

伝統食で抵抗力をつける
──納豆など伝統的発酵食品の効用──

中村 食中毒を防ぐには、少々の食中毒菌が体内に侵入しても負けないくらいの抵抗力を養うことも非常に重要です。
 そのためには私自身も、食生活はもういっぺん原点に戻って伝統食や家庭料理の大切さなどを見直すべきだと思っています。
 自給自足の時代、そこまでいかなくても住んでいる地域の旬にとれた食べ物を主体にとっていた時代ではSEやO157のような問題は起らなかったでしょう。
 特に和食には納豆など、細菌を利用した発酵食品が多いため、和食をよく食べると食中毒菌に対する抵抗力が強まるというデータがあります。
 O157の例では、汚染された食物を体内にとりこんでも、納豆を週3回食べる子は食べない子に比べて発病率が極端に少ない。また、戸外で遊ぶ子ほど発病しないというデータが出ています。
 納豆のような発酵食品を食べていることで、一つは整えられた腸内細菌叢が外から入ってきた菌を排除する、或いは毒素を産生させないようにしていることも考えられます。納豆菌のもつ殺菌力も影響していると思います。

自然の生体系を無視したツケが
──薬づけ・抗菌グッズ・ 地球温暖化etc.──

──新聞報道によりますと、SEの薬剤耐性菌も検出されているそうですが…。
中村 抗生物質については今は、飼料に入れても出荷前には止めることになっていますから、かつてほどは使ってないと思います。
 しかし、薬剤耐性の遺伝子は菌から菌に容易に移っていくので、食卓にのぼる食べ物の中には残留抗生物質はなくても、抗生物質に耐性になったSEが検出される可能性はあると思います。
 また、20年前に強い発がん性で使用禁止になった豆腐のAF2並の殺菌剤が一時、卵に使われていた時期もありました。
 さらに、世界ではまず最初に緯度の高いイギリスでSEが爆発的に増え、日本でも同緯度の北海道で増えているという事実は、SEの世界的な急増に、地球温暖化の問題も関係しているのではないかと思えます。
──SEの問題は卵を食べなければ解決するという単純な問題ではなく、食生活を含めて現代社会のいろいろな歪みが複雑にからみ合っているのですね。
 今流行の抗菌グッズも抵抗力を弱めることにつながりますね。
中村 消毒のやり過ぎ、抗菌グッズなど行き過ぎた清潔志向は、人類がますます弱くなって感染に対して弱い体をつくることに加担しています。
 食中毒を必要以上に怖がった生き方をしないということが私のスタンスです。
 洗浄を十分にすれば病原菌の数は減る、SEを含めてほとんどの食中毒菌は加熱すれば殺されて病原菌があったとしても大丈夫だと――そういった基本的な情報をきちんと身につけておけば、抗菌グッズなどに振り回されることはないし、必要以上に神経質になることも避けられます。
 特に、子供たちは逞しい体作りが、食中毒を避ける原点だと思います。それには、自然の中で或いは戸外で遊んで普段から細菌にふれて抵抗力をつけることも大切です。
 食中毒の予防は車の両輪みたいなもので、一つはできるだけ食中毒菌の付いてない食材を選ぶということ、もう一つは受け取る側の人間がその菌を増やさないような体を作っていくことですね。
 食中毒の集団発生を防ぐには、抵抗力の弱い人に照準を当てる必要がありますが、健康な子供たちまで巻き添えにすることもない。健康な子供たちをどうやってさらに鍛えるかは家庭の、親の役割です。学校教育にしても、人は自然界の一員で菌とは共存していかなければいけないという面からの教育も必要だと思います。
 衛生管理も病原体をむやみに叩いて排除すれば、他の良い菌も一緒に巻き添えにして殺してしまうことにもなります。
 そういった無菌的な食べ物を食べさせていたら、子供たちはますます弱くなってしまうのではないかと心配されます。
(インタビュー構成・本誌功刀)