子供の簡単な皮膚炎が、急増化・成人化・難治化したのはなぜ?

おとなのアトピー性皮膚炎、原因も経過も多種多彩

千葉クリニック院長 千葉友幸先生

より複雑で治りにくい、成人のアトピー性皮膚炎

 アトピー性皮膚炎はなかなか治りにくい病気とされていますが、東京江戸川区の千葉クリニックでは、皮膚科的なスキンケアを指導するとともに、産婦人科医、精神科医、歯科医、栄養士、漢方医、鍼灸師などと連携を取り、チーム医療を行って成果を上げています。
 院長の千葉友幸先生が、アレルギー性疾患、特にアトピー性皮膚炎に対して全身的治療を掲げているのは、アレルギーの専門医として長年疾患の治療に取り組む中、アトピー性皮膚炎の原因・治療には、――食生活の急激な変化、環境中に氾濫する化学物質、社会の複雑化に伴う心身ストレス――などが複雑にからみあっていることを確信されたからです。
 中でも、思春期以降のアトピー性皮膚炎の要因は多彩であり、その治療には患者との信頼関係に基づいた多角的・全身的なアプローチが大切であるとアドバイスされています。
 千葉先生に、特に治りにくいとされる成人のアトピー性皮膚炎を中心にお話を伺いました。

原因はさまざま 全身的な治療が必要
乳幼児の簡単な皮膚炎がおとなにも

――かつては乳幼児期のみで、就学までには軽快していたアトピー性皮膚炎が、今では成人にも数多く見られ(図1)、また、なかなか治らないやっかいな皮膚炎の代表のようにいわれています。
 今やアトピー性皮膚炎は社会問題になっていると言っても過言ではない状況ですが、一体、どうしてそうなってしまったのか、また、それではどうしたら良いか、今日はそんなお話をお願いします。
千葉 以前は予後の良い疾患といわれたアトピー性皮膚炎ですが、近年、思春期・成人の患者が増えています。
 成人のアトピー性皮膚炎は大きく分けて
・小さい時に発症して治ったのが思春期になってぶり返すケース、
・小さい時から持ち越すケース、
・思春期以降、突然発症するケース――の3つのタイプがあります。中でも再発ケースが約7割を占めており、グラフに書くと昔は赤ちゃんの時をピークにだんだん低くなっていた山が、今は思春期以降にもう一度出るといった格好になっています。
 症状も難治化し、西洋医学でも漢方でも、また食事療法や民間療法などの方面でも、皆口を揃えて"アトピー性皮膚炎が一番大変、難しい”と言ってます。
 喘息や鼻炎など、他のアレルギー疾患はある程度コントロールが出来るのですが、アトピー性皮膚炎はなかなかコントロールしにくいのですね。

アレルギーとは限らない
――アトピー・アトピー皮膚・アトピー性皮膚炎――

――アトピー性皮膚炎はよく食物アレルギーの代表のように言われますが、このようにやっかいな病気になったのは、やはり食生活の急激な変化が大きいのですか。
千葉 アトピー性皮膚炎の難治・蔓延化の背景に、食生活の変化があるのは間違いないと思います。しかし、アトピー性皮膚炎の原因はさまざまで、単に食生活だけが原因ではありません。また、アトピー性皮膚炎では非アレルギーの面から病態を理解することも大切で、必ずしもアレルギーだけが問題となるわけではありません。
 アレルギーの面から抗原(アレルゲン)を見てみますと、小さい時は食物の占める割合が大きいのですが、だんだんダニ、ホコリ、花粉、カビ、動物の毛と吸入性抗原の割合が増えてきます。そこに、自律神経系や内分泌系の失調、さらに心の問題も加わってきます。ですから、子供たちよりも大人の方が原因が多様化し、治りにくくなります。
 もともと、「アトピー」という言葉はギリシャ語で"奇妙な”という意味で、アメリカのコカらが1933年、遺伝や家族的素因の強い枯草熱(花粉症の一種)や気管支喘息などの過敏症に用いたのが始まりです。アレルギー疾患を発症しやすい家系を"アトピー家系”、発症しやすい体質を"アトピー素因”といい、「アトピー性皮膚炎」は1933年、ザルツバーガが"アトピー素因のある人に発生する特殊な皮膚炎”という意味で提唱した用語です。
 アトピーとは今でいう「・型アレルギー」にあたり、・型アレルギーは、抗原が入ってから反応が出るまでの時間が早い即時型のアレルギーで、IgE抗体が関係しています(表1、図2)。
 ところが、"アトピー”という名を冠しているにもかかわらず、アトピー性皮膚炎は必ずしもアレルギーというわけではないことは、先に述べたとおりです。
 患者の多くが血液中のIgEやヒスタミンが高い値を示す一方で、IgE値の低い人もいるし、またIgE値と湿疹の消長(出たり消えたり)とは必ずしも一致しない。皮膚のアレルゲンテストで陽性と出ても、血中のIgE値が高くても、何ともない人もいます。
 このように、アトピー性皮膚炎は、I型アレルギーが強く関与しているものもあれば、そうではない他の要因が強いものもあって、いまだにはっきりとは解明されていない病気なのです。
 さらに皮膚科的に加えるならば、患者たちが持っている「アトピー皮膚」の存在を知っておく必要があります。
 正常な皮膚は病原菌や紫外線、化学物質など、外界のさまざまな異物から体を守るバリア(防御)の役目をしていますが、アトピー皮膚は保水性が乏しく、外界からの刺激を受けやすいのです。いわゆるドライスキンですが、これにかゆみによる掻破(掻き崩し)が加わると、さらにバリア機能が低下し、ブドウ球菌やカンジダ菌などの皮膚感染をおこしやすくなり、また異物もより侵入しやすくなります。思春期以降は日光や薬剤の過敏、あるいは化粧品や金属による皮膚の異常を訴える例も少なくありません(表2)。
 そして、これらのトラブルが蕁麻疹(I型)、薬疹(・型)、接触性皮膚炎(・型)と、異なった機序でおこるのもやっかいなところです。
 さらに現状では、患者が受診した科によっても主たる治療法が異なり、もろもろの事情を一層、複雑なものにしています。
 ですから、喘息や鼻炎でも生活環境を変えなければいけないのは勿論ですが、特に、アトピー性皮膚炎では心の領域も含めて、生活全般を改善していかなければなかなか良くならない。皮膚のケアと同時に、食生活から住環境、さらに、身体の姿勢、歯の噛み合わせ、心の在り方を含めて全身的な治療が求められます(図3参照)。
 私は、治療の一環として、よくアトピー合宿や交流会などを企画しますが、そういう場でストレスを発散してやると、皆、別人のように元気になるんです。普段いかに抑えられているかが分かりますね。

自律神経系のアンバランス

――食物やダニや花粉など、アレルゲン以外にはどのような原因、または誘因がありますか。
千葉 私たちはアトピー性皮膚炎を「皮膚にも症状が出る病気」と考えて対応しています。
 皮膚以外の症状を調べていくと、自律神経系や内分泌系の失調を訴える人が多いんですね。女性の場合なら生理不順、月経前緊張症状(PMS)、体の冷えや全身の倦怠感――に悩むという具合です。
 ですから、自律神経を鍛え、ホルモンバランスを良くしてやると、治っていくケースもかなりあるんですよ。

心の歪み――アトピー性鬱

千葉 一番大切なのが心の歪み。
 よくアトピー性の鬱と言われますが、アトピー性皮膚炎の人の鬱は本物の鬱病とは違って、やる気があり、気力が余っているにもかかわらず、行動が制限され、それで鬱になっていくんです。初めからやる気がない本物の鬱とはそこが違う。そこを理解して発散してあげないとどんどん溜まっていく。
 思春期以降になりますと、病気に逃げ込むケースが増えてきます。病気を口実にすれば、勉強をしなくてすむ、働かずにすむ、親も言うことを聞いてくれるから、余計に治りにくくなります。例えば、僕達の前では大人しいお嬢さんが、家に帰ると物を投げ、親をののしり、しつこく責任を追
求するというケースもあります。
 集団の場に連れ出し、個々の患者に、自らの「気づき」の機会をくり返し与えることが必要だと思います。

化学物質や活性酸素も関与

千葉 それと、現代の大量の化学物質。食物に入っている農薬や添加物なども含めて、環境ホルモンといわれるものの影響も指摘されています。
 例えば、石油精製コンビナートとか、製鉄所のコンビナートがある所では、患者さんの重症化がみられ、やはり化学物質の影響の可能性が高いと考えられています。
 そういう問題はすでに70年代から指摘されており、当時来日したアメリカのランドルフ博士は「日本は生産と消費の場所が近いので、ひとたび汚染が始まると止めるのが大変だ」と指摘していました。
 アレルギーに関心の深い医師たちは、彼の言葉に耳を傾けていましたが、当時の人々には振り向かれることのない、早過ぎる警鐘だったのです。
――化学物質は、体内で活性酸素の生成物質となって、炎症を起こさせるわけですね。
千葉 アトピーの部分では、活性酸素を消去させるSODなどの酵素や生理活性物質が少ないために、炎症の元になる活性酸素を消去できないと言われています。
 しかし、それとは別に、化学物質そのものがアレルゲンとなってアレルギーを起こすこともあります。
 化学物質の中では、「シックビル症候群」と呼ばれる建築材料に関連したトラブルがよく知られていますが、食品添加物や農薬、薫蒸剤などの問題も無視できません。

食物の問題点
新しい食材
――食品添加物・遺伝子組み換え食品――

千葉 食品添加物の中では色素や防腐剤が有名です。食品については、アレルゲンとして縦割りで探すことと、添加物などの化学物質を横割りで探すということを、両面から平行して行わねばならないわけです。単に卵の成分が入っているとか、いないというレベルでは駄目なんですね。
 さらに、最近、問題になっている「遺伝子組み換え食品」も、新たなアレルゲンとなる可能性があり心配です。

高蛋白食品

――食物アレルギーでは、特に子供の場合は卵、牛乳などの高蛋白食がまず問題になりますね。
千葉 今でこそ、卵や牛乳、大豆は三大アレルゲンといわれてますが、20年くらい前までは僕らが「この子は卵のアレルギーがありますから、卵を抜いたら治りますよ」と言うと、「そんな大事なものを抜いても良いと思っているのか、子供の成長はどうするのか」という批判すら出たのが、20年前の学会の状況だったんです。
――子供が特に高蛋白食品に影響されるのは、やはり腸のバリア形成が未熟だからですか。
千葉 そういうことが言えると思います。消化・吸収能力および免疫機能が未熟なため、過敏反応がおきやすいのです。
 最近では成人でも腸管の防御機能が低下した人が増えてきたと言われますが、これについても、やはり食生活の変化と氾濫する化学物質の影響および抗生物質の乱用などが指摘されています。

同じものを大量にとり続けるとアレルゲンに
――北海道の沿岸は卵、内陸は牛乳アレルギー――

千葉 それと、食物がアレルゲンになるのには、食習慣も関係してきます。
 同じ高蛋白食品でも、例えば北海道なら、海寄りの方は卵のアレルギーが多い。それは鮭の卵とか魚卵を多く食べる習慣があるからです。一方、十勝など内陸部では牛乳アレルギーが多いんです。
 つまり、同じ物、特定の物を大量に食べ続けていると、それがいつしかアレルゲンになりやすいんですね。ベテランの蕎麦職人がある日、突然蕎麦アレルギーになることもあります。また、自分の代では大丈夫でも子供や孫の代に出てくることもあります。

腸内細菌叢の破壊と 〃イーストコネクション〃

――そういうことからいうと、日本でも、小麦アレルギーがかなり増えてきて問題視されていますが、これも、現代の米離れの反面にある、小麦嗜好が関係していますか。
千葉 パンやパスタなど小麦食が多くなったことに加えて、輸入小麦が圧倒的に多くなってポストハーベスト農薬などの影響も考えられます。
 実際、日本人が食べる小麦の量は年々増えていますが、腸内の細菌叢も違ってくることが推測されます。
 小さな子供では牛乳、卵、大豆が三大アレルゲンとして有名です。もちろん魚介肉類、甲殻類、穀物などもありますが、思春期以降に発症するケースでは、腸内細菌のバランスが崩れて出てくるアレルギーが問題になっています。
 パンにイースト(酵母)はつきものですが、イーストはカビの一種です。今から10年以上前、アメリカのクルックが、腸の中にカビが生えるのを発見し、これは「腸管カンジダ症」、あるいは「カンジダの異常増殖症」と名付けられていますが、「イースト・コネクション」とも呼ばれています(表3)。
 僕達は便の中で見ますが、カビは健康な人の便中に少ないのに対して、アトピー性皮膚炎の人は多い。それで、血液検査をすると、カビに対して反応が出ます。ですから、異様に強く反応が出るケースでは、カビを抜いたイーストフリーの食事を指導すると、善玉の腸内細菌が増えてきて、今まで駄目だった食物アレルギーが治ってきます。
 イーストには、パン酵母、ビール酵母、ワイン酵母、日本酒酵母といろいろありますが、体に悪さをする真菌(カビ)のカンジダは、生物学的に酵母とよく似ています。ですから、カンジダに過敏反応を持つ人の中には、酵母にも反応してしまう人がいるのです。高温多湿の日本は発酵食文化で、環境中にはカビが多く、その上に、幾種類もの抗生物質を乱用して抵抗力を落したり、化学物質を介在すると、腸にカビが生えやすくなります。
 そうなると、日本酒なども含めて酵母を使った食品全てに対し、摂取すると、気持ちが悪くなるとか体の具合が悪くなるアレルギーが起きてきます。
 ですから、アルコールを飲むと調子が悪い人は、本当にアルコールが駄目な場合と、小麦や米などの穀物アレルギー、或いはカビが原因の場合があるわけです。
 カビが腸に生えてしまったら、強力な薬で一度に全部殺すのではなく、徐々に殺すのが得策です。それには薬も徐々に、また、カビに餌、すなわち甘い物を与えないこと。甘い物を無性に欲しがる場合は、それは自分が欲しがっているのではなく、お腹の中の菌が欲しがっているんです。

高蛋白食と発酵食品

――日本は発酵食文化ということですが、納豆やチーズなどの発酵食品、要するに、高蛋白食品でも、蛋白質が食品の段階である程度分解されたものは腸に優しいと言えますか。
千葉 それは蛋白質の分解が進んでいるという面からは優れていると言えます。
 例えば、同じ醤油や味噌でも、"三年味噌”とか、よく寝かせて熟成したものの方が良く、最近の速成醸造の味噌や醤油は添加物の問題からだけでなく、そういう意味からもすすめられません。
 しかし、発酵食品に特異的にアレルギーが出る場合もあります。 子供の場合は牛乳が駄目ならチーズもヨーグトも駄目となりやすいのですが、成人の場合はそんな単純ではない、牛乳は飲めてもチーズが駄目という人もいます。

日本人の 大豆・米アレルギーの本体は
〃油〃と〃小麦〃

――では、アレルギーの見地からは、いつも納豆や味噌を食べるというのは、あまり良いことではない?
千葉 そうではないんです。
 大豆のアレルギーは昔からありましたが、そんなに強い過敏症状をおこすことはなく、治療にもよく反応してくれました。それが、大豆油をふんだんに使うようになって(図4)症状が強くなり、また難治化してきたように感じます。
 つまり、大豆油をとるという事は、大豆を過剰にとるということになりますからね。
 ですから、大豆の過敏症を疑った場合は、まず大豆油を替える、或いは、油をカットすればいい。それでも治らなかった場合に初めて、大豆そのものを調査すれば良いんです。
――最近、日本人に米アレルギーが増えてきたのも、そういうことですか。
千葉 日本人の米アレルギーは、米を伝統的に食べない人種の米アレルギーよりずっと軽いんです。
 日本人で、お米や大豆で下痢してしまう、つまり、そういう食品を食べられない人は当然、何世代も前のとっくの昔に淘汰されているはずで、本来、日本人の腸に最も合っているはずの、そうした日本の伝統食でアレルギーが出てくるのはおかしいんです。
 それを歪めてしまったのは何故か。米も麦も同じイネ科ですから、先ほどお話しした小麦の大量摂取と化学物質の影響があるわけです。
 日本人は長い間、蛋白質を米や雑穀、大豆を中心にとってきたわけです。それで、お互いに補い合って、アミノ酸や蛋白質のバランスをとってきた。
 ですから、穀類に納豆、味噌汁という日本の伝統的な食事は、体質的に日本人にあっているわけで、糖尿病などの成人病に限らず、アレルギーにとっても最高の食事なんです。
 我々は、治療食に除去食、回転食を取り入れていますが、アレルギーの一番の治療食は和食。日本食が基本なんです。食事については「四の五の言う前にすぐ和食にしなさい」と、それだけなんです、本当は。
 しかし、日本人の食物の好みがここまで変化してしまった今、いきなり全部は戻せない。伝統的な日本食への回帰を目指しつつ、「カップ麺は添加物だらけだから止めよう」とか、「油は極力控えよう」とか、動物性食品が食べたければ「なるべく少々の魚にしよう」とか、どうしても肉が欲しければ「特に危ない牛や豚は止めよう」とか、そういう知識を日本人の多くに持って欲しいと願っています。