食物アレルギー増加の背景に、腸の粘膜バリア(粘膜免疫)の破壊が

人工食品の氾濫など急激な食生活の変化が腸のバリア機能を壊す

東北大学大学院医学系研究科病理学教授 名倉宏先生

腸の粘膜バリア(粘膜免疫)の強化が、 食物アレルギー予防の基本

 アレルギー疾患の急増に対応すべく、厚生省は平成4年、長期慢性疾患総合研究事業の一環として「アレルギー総合研究」を発足させました。
 現在は、「免疫・アレルギー等研究事業」に改組されていますが、そのうち、東北大学大学院の名倉宏教授が班長をされている食物アレルギー班は食物アレルギーの予防と克服に、図(図1)の三つの柱を掲げています。
 それら三つの柱は全て「腸の粘膜障害の防止と、粘膜バリア(粘膜免疫)の強化につながっている」と、名倉先生はおっしゃっています。
 食物アレルギーには、腸管の粘膜が備えている免疫機構がそれほどにも重要な鍵を握っているわけですが、腸管の粘膜免疫、あるいはバリア機構について一般にはあまり知られていません。
 そこで名倉先生に、3本の柱の中でも腸の粘膜バリアを中心に、食物アレルギーの予防と対策についてお話ししていただきました。

急増かつ重症化している 食物アレルギー

――アトピー性皮膚炎の急増が取り沙汰されて久しいですが、最近は食物摂取によるアナフィラキシー(食物を摂取して1時間以内に急激な症状が発現する即時型のアレルギー)や、高蛋白食品とは言えない野菜や果物(図2)などにもアレルギーを起こす人が増えてきて、食物アレルギーをとりまく環境はますます悪化しているように思えます。
名倉 おっしゃるように食物アレルギーは年々増え、かつては乳幼児期に多く加齢と共に改善がみられたのが、最近は大人になってから発症する人も増えて、また、それによるアナフィラキシーも少なからず報告されています。
 さらに、症状の重症化、アレルゲンになる食品の増加など、食物アレルギーはいろいろ解決すべき問題をかかえています。
――食物アレルギーが原因となる疾患は、じんましんやアトピー性皮膚炎などの他にどんなものがありますか。
名倉 アレルギー疾患では、消化器症状の他に、やはりアトピー性皮膚炎が多く、直接の原因となっているものや症状を促進しているケースも含めて、アトピーで食物アレルギーの関与が認められる人は、乳児で10%、低年齢幼児で34・4%、高年齢幼児で23・7%、子供で15・4%、成人で26・3%に達しています(厚生省疫学研究班の報告)。
 その他のアレルギー疾患では、気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アレルギー性結膜炎もかなりの頻度でみられ、そのほとんどが湿疹を併発すると報告されています。
 さらに、食物アレルギーで偏頭痛、めまい、てんかん、発熱、関節痛などが起きることも報告されており(表1)、食物アレルギーは潜在的なものも含めると想像以上に多いと考えられています。

増加の背景に 腸の粘膜バリア機能の破壊が
食物アレルギーの人は 腸のバリア(防御)機能が低下している

――食物アレルギーには、腸の免疫機構が大きく関係しているということですが。
名倉 食物アレルギーの人の腸を大腸ファイバースコープで調べてみると粘膜が壊れて、腸のバリア機能が低下していることが分ります。食物アレルギーがバリア形成の未熟な子供に多いのはそのためですが、大人の場合も何らかの形でバリアが傷害され、それが食物アレルギーの背景となっていると考えられます。
 食物はそれ自身が体にとっては異物ですし、細菌などいろいろな微生物も腸管内に常在し、また食物などと一緒に口から入りこんできますから、消化管には幾重にもバリアが備えられ、そのお蔭で私達の体は食物などから体に必要な栄養だけをとりこんで、アレルゲン(アレルギーの原因になる物質、抗原物質)など体に害になるものは入りこまないようになっています。
――消化管は、どのようなバリアを備えているのですか。
名倉 消化管のバリアは、次の三つに大別されます。
1.物理的なバリア 簡単に言うと分子のふるいで、これは腸の壁が、例えばアミノ酸の段階まで分解されない蛋白質など、分子の大きな物質が侵入しないようにメッシュ(網目)の役割をしています。この役割は、腸壁の構造的なものと荷電的な性質によっています。
 さらに腸管は盛んに運動し、内容物をたえず移動させて、粘膜表面への接着が不完全な微生物や有害物質を排除しています。
2.化学的なバリア これは、蛋白の消化酵素による分解や、酸・アルカリによって、食べ物中の細菌(バクテリア)を殺したり、食物中の抗原性をなくす働きです。
3.免疫的なバリア 腸管の表面は粘膜におおわれていますが、粘膜の表面をおおっている粘液中には「分泌型免疫グロブリンA(S―IgA)」という抗体が多く存在して、外から入りこんだ物質を選択して、細菌やアレルゲンなど体に害となるものが体の中に侵入するのを防いでいます。
 分泌型IgAはアレルギーを防ぐ抗体とも言え、アレルギーの原因となるIgE抗体による過剰防衛反応(アレルギー反応)を抑える働きがあります。
 また、大腸の腸内細菌叢も食物の消化吸収を助け、バクテリアが持っている抗原、あるいは食物中に含まれる様々な抗原から生体を守る働きをしています。
 こうしたバリアが破壊されると栄養物を選択的に吸収することができなくなり、体に有害な、あるいは我々の体が過敏に反応する様な物質が入ってしまう結果、様々な過剰な生体反応が起きます。
 その一つが食物アレルギーであり、また、バクテリアが入れば腸管のいろいろな感染症も起こすわけです。

最も重要な腸管粘膜の免疫バリア
――粘膜免疫は第一線で体を守っている――

――腸の直接的な免疫は粘膜が司っているわけですね。
名倉 そうです。
 体の防御(バリア)機構には、初期の段階で侵入物を無差別に排除する「非特異的な防御機構」と、特定のものに反応する「特異的防御機構」があります。
 先ほど言った、物理的なバリアや化学的なバリアは「非特異的防御機構」に当たり、これには選択性がありません。
 「免疫」は自己、非自己を見分ける能力を持つマクロファージやリンパ球が、侵入物を見分けて選択し、それを反応処理する「特異的防御機構」で、・T細胞が直接異物をやっつける「細胞性免疫」と、・B細胞が抗体を産生して、異物(抗原)を排除・処理する「液性免疫」の二つがあります。
 粘膜免疫でも、細胞性免疫と液性免疫があり、もちろん後者が優位と考えています。
 このうち、抗原抗体反応によって異物を処理する液性免疫反応である抗原抗体反応では、・外から異物(抗原)が初めて体に入ってきた時はそのまま腸管から吸収されて粘膜免疫を誘導するリンパ装置に入りこみ、それで1回感作され、その時にその抗原に対する抗体が作られます。ですから、・2回目に同じ抗原が入った時はその通過がものすごく抑制されます。それは抗体が抗原を認識して処理するからです。
 「抗原抗体反応」による免疫は大きく、「粘膜免疫」と、「全身免疫」の二つに分けられます。
1.「粘膜免疫」による防御は、抗原が体の中に入りこまないうちに、体の表面、つまり粘膜の表面で抗原の侵入を防ぎます。ここでは、分泌型のIgA抗体(免疫グロブリンS―IgA)が主に働きます(図3)。
2.「全身免疫」は抗原が体(血液)の中に入ってしまった時に、主にIgG抗体(免疫グロブリンG)が働いて、抗原を排除、あるいはそれを中和します。
 全身免疫が体の中に入りこんだものを叩き潰すという非常に攻撃的な免疫であるのに対し、粘膜免疫は体の表面で防衛するという、言ってみれば日本の自衛隊のような第一線で防衛する免疫機構で、異物の生体内への侵入の阻止と、さらに、全身免疫をコントロールして生体が過剰に反応しないように体を守っています(図4)。
 この二つがうまくバランスをとって生体は免疫的に防御されているわけです。
――それでは、消化管だけではなく、粘膜は全て免疫機構を持っているわけですね。
名倉 粘膜は皮膚と同様、外界と直接接するところです。腸管粘膜の表面積はテニスコート1・5面分にも及び、さらに口腔の粘膜、気道の粘膜、生殖器の粘膜、目の粘膜といった、粘膜系組織が存在しています。それらには共通に存在する「粘膜免疫」と呼ばれている免疫機構が備えられ、互いに関連して一つのシステムをつくっています(図3)。
 粘膜の表面は、粘膜細胞から分泌される粘液でおおわれていますが、粘液には粘膜にあるリンパ装置で作られ、上皮細胞から分泌された分泌型IgAなどの免疫物質が含まれています。ただし、口腔の粘膜や食道の粘膜は、食道腺とか唾液腺から分泌された分泌型IgAや分泌液が粘膜の表面をおおって、外敵(抗原)から体を守っています。
 ですから、食物抗原であれ、細菌抗原であれ、粘膜表面で感作されたものについては、粘膜表面で対応できるわけです。
――そうすると、アレルギーや感染症を防ぐ上で、丈夫な粘膜を持っているのは非常な強みになりますね。
名倉 粘膜がしっかりしていれば栄養もとりやすいし感染も起こしにくい、もっと長生きできます。
 粘膜免疫は生まれた時は未熟で、老人の場合はリンパ装置などが退縮して免疫グロブリンの分泌が悪くなりますから、子供とお年寄りは弱いのです。
 年をとると、粘膜からの分泌はIgAも含めて唾液も少なくなりますし、消化液も少なくなります。そうするとどうしても粘膜が弱くなる。ですから、子供の問題を解決した次には、高齢化社会の問題もからめて成人の粘膜バリアをどのように強化していくか、この解決は長寿の一つの鍵となると思います。

食物アレルギーの予防に重要な 粘膜の〃経口免疫寛容〃

――アレルギーと似た自己免疫疾患も最近増えていると聞きます。クローン病や潰瘍性大腸炎など消化器系の自己免疫的機序の関与が考えられている炎症性疾患も、消化管の粘膜バリアが弱くなったのと関係していますか。
名倉 自己免疫疾患にも、「経口免疫寛容」の破綻という現象を含めた何らかの粘膜免疫のトラブルが働いている可能性が高いと考えられてます。ただし、まだ未解明の部分が多いのが現状です。
――免疫寛容というのは?
名倉 アレルギーの場合は食物にしろ花粉にしろ、自分以外(非自己)のものが抗原となって、それに対して生体が過剰な免疫反応を起こすわけですが、自己免疫疾患は自己の組織が抗原になってそれに対して抗体ができて過剰に反応するわけですね。
 免疫には「免疫寛容」といって、自分の組織に対しては寛容になる、つまり自分自身に対しては攻撃しない、あるいは、食物成分のような常に経口的に摂取されている我々の体にとっては好ましい異物に対しては反応が抑制され、過剰に反応しないように抑制する働きがあります。
 ですから、免疫寛容はアレルギーの予防にも非常に重要な一つのキーワードになっておりまして、特に食物アレルギーには「経口免疫寛容」がかかわっています(図4)。
 経口免疫寛容は、例えば卵を食べたことのないネズミに、いきなり卵白のアルブミン(オボアルブミン)を注射して体内に入れると、全身免疫の反応が起こります。ところが、初めに口からどんどんアルブミンを与えて、それから注射すると何の反応も起こさない。それは、口からアルブミンをあらかじめとった時にはアルブミンに対して、生体が無反応になるわけですね。
 この経口免疫寛容を利用して、アレルギーの予防に経口ワクチンの開発も試みられています。経口ワクチンは安全で簡便な上に、まず粘膜免疫に作用し、それから全身免疫にも作用するという大きな利点があります。

腸の粘膜バリアを弱くする 人工食品・人工乳・ストレス
〃嗜好の変化〃と 〃人工食品の氾濫〃による 急激な食生活の変化

──腸の粘膜バリアが壊われてしまった人が増えてきたのはなぜですか。
名倉 日本人の食文化は2000〜3000年の歴史の中でつくられ、蛋白質は海産物と植物性蛋白を中心に支えられてきたわけです。例えば、牛を食べるようになったのは明治維新後の100年、しかも庶民が日常的に食べるようになったのはこの50年以内で、そうすると長い歴史の中で形成された消化管の防御機構が、こうした食生活の急激な変化に無力である、あるいは十分機能しない可能性があるわけで、私自身はそのことが近年、アレルギーが多くなった大きな原因の一つになっていると思っております。
 さらに、輸入食品の増加、人工化学添加物、バイオテクノロジーを駆使した合成人工食品の開発などによって今まで口にしたことのない食材が氾濫し、それらがアレルゲンとなって食物アレルギーを増加させていることが考えられます。
 給食の問題点もまさにそこにあり、給食は子供の栄養摂取の上で多大な貢献をしていますが、唯一問題なのは家庭の食生活とは別に新しい食材が入ってくるわけで、新しい食材に対応する備えが十分でない時期に、バリア形成の遅れた子は給食によってアレルギーが引き起こされる可能性もあるわけです。
 バリアの未熟な子に学校給食はどう対応していくか、・アレルギーを起こしやすい食物の調査、・新しい食材のアレルゲン検定法の確立、・それによってアレルゲンを除去、あるいは低アレルゲン食品の開発――など、対策が急がれています。

人工乳の普及

名倉 もう一つには人工乳の問題があります。人工乳で育った子供はバリアの形成が悪く、消化管の感染症や、アレルギーを含めた自己免疫疾患が非常に多いことが知られています。
 免疫のバリアが完成するまで、赤ちゃんの免疫的な防御機能は母乳に含まれている分泌型IgAとIgGが司り、その中には母親の年齢分の歴史の中で得られた全ての免疫情報が入っています。母親と子供は基本的には同じ環境にありますから、これによって子供は立派に防御されるわけですね。
 ところが人工乳の場合、栄養学的には完璧に揃っていますが、唯一、欠如しているのはそういった免疫グロブリン、免疫活性を持った蛋白です。そうすると、粘膜表面には粘液のバリアが十分に形成されていないので抗原がするする入ってしまう。
 そうすると、赤ちゃんが自分で免疫グロブリンを作れないうちはまだよいのですが、作れるようになるとそれによって感作され、次に同じ抗原が入ってくるとそれに対して過剰に反応してしまうのです。
 ただし、母乳でも、母親が牛乳などをたくさん飲んで蛋白質を過剰に摂取していると、母乳を通してそうした情報も入ってしまいますから、それが子供のアレルギーを誘発してしまう場合もあります。

精神的ストレス

名倉 さらに、粘膜免疫には気候とか、我々のホルモン環境とか、さらに精神的なストレスも非常に関連しています(図5)。
 特に、最近問題になっている育児環境からもたらされる情動ストレスはアレルギーの発症に関しても無視できない問題で、心因的な要因を取り除くということがアレルギー疾患の予防にも治療にも重要になります。

お袋の味を大切にしながら、 いろいろな食品を満遍なく 調理・加工にも工夫を

――最後に、食物アレルギーを防ぐ食生活の知恵を。
名倉 食文化には、代々お袋の味として一つの家庭の中でつながっているという面があります。百年、数十年単位の歴史の中で、同じ遺伝子を持った人間が同じ食べ物を食べてきているということは、それにふさわしい腸管の構造、バリアシステムが出来上がってきているわけで、そういう意味で、お袋の味、住んでいる地域の味、広くは民族の味というのは我々の体に合っていると思います。
 さらに、偏らずにいろいろな食品をとることが非常に大事です。いろいろな食べ物をとるということは、たくさんの抗原を少量、万遍なくとるということですから、ある特定の食品に対して過敏な反応をとらずに済みます。反対に、特定のものを大量に食べるのは、特定の抗原に感作されることになるので、そこに過剰防衛反応(アレルギー反応)も起きてくるわけです。特に、現代の食生活では、高脂肪食・高蛋白食に偏らないことが大切です。
 日本の食文化を考えた場合、縄文の丸山遺跡の発掘物などから、古代縄文人は非常に豊かな食生活をしていたことが分ります。その時には、食物アレルギーなどあったのかと思います。いろいろな食物を満遍なく適量にとるのはアレルギーだけでなく、日本の食文化の豊さを守り、築いていく上でも大切なことだと思います。
 食べ物の抗原性は調理・加工によっても大分違ってきます。例えば抗原となる蛋白質は、加熱した方が消化もよくなるし、抗原性自体も薄れます。同じ食材でも、調理・加工によっても味はもちろん抗原性も変わりますから、新しい食材もいたずらに忌避するのではなく、我々の体に合うような調理法、加工法を考えて適応していく道を探るのも、人口・食糧問題を考える上でも追及すべき道だと思います。
 他に、塩をなめくじに与えると溶けるように、高塩食ですとどうしても粘膜を荒らす方向に働きますから、濃い味付けは避ける。
 食物繊維は、粘液の分泌を促進し、消化管の運動を盛んにする働きがありますから、日本の伝統食はその意味からも好ましい。
 また、昔から「長生きする方はよく噛む」と言われていますが、これは唾液の分泌を促進し、食物の抗原性を最初の入り口で薄めることになります。
 高脂肪・高蛋白に偏らない伝統的な日本食の豊さの中で、よく噛んで、味つけは薄目に、そうした食生活の知恵が、アレルギーの予防につながっていくと思います。
(インタビュー構成・本誌功刀)