脳の動脈硬化を防ぎ、脳梗塞・痴呆症を予防する

"マトウ細胞”の働きと、その老化を防ぐビタミンE

国際医療福祉大学教授 自治医科大学名誉教授 間藤方雄先生

脳の健康に貢献する"マトウ細胞”

 脳梗塞や脳出血などの脳血管障害は、1970年代まで日本人の死因のトップを占め、今もなお、がん、心臓病に続く三大死因の一つです。
 命はとりとめても、脳血管障害ではマヒが残ったり寝たきりになってしまうことも多く、また、脳梗塞などが引き金となっておこる脳血管型痴呆症も日本人の痴呆の6割を占めています。高齢化社会にあたり、脳の健康を維持することは大きな課題です。
 そんな中、近年になって、脳実質の中で動脈硬化やボケ予防に大きく貢献している細胞の存在が明らかになりました。
 その名は「マトウ細胞」。
 発見者である自治医科大学名誉教授の間藤方雄先生の名前にちなんで名付けられました。
 マトウ細胞の発見は1978年に遡りますが、あまりにも画期的な発見であったため、当初はなかなかその成果が認められず、発見から18年後の1996年、ようやく脚光を浴びることになった細胞です。
 マトウ細胞とは一体どのような細胞なのか、どのようにして脳梗塞や痴呆症の予防に役立っているのか、発見者である間藤先生にお話を伺いました。

脳の掃除屋〃マトウ細胞〃
マトウ細胞の発見

――脳梗塞や痴呆症の予防に役立っているという「マトウ細胞」ですが、この細胞は先生が20年ほど前に発見されたそうですね。
間藤 1978年当時、私は血液中のドーパミンなどの生体活性物質の動きについて研究していたのですが、その際、その研究とは別に、細動脈の血管のまわりに黄色く光る粒をもった細胞が分布しているのに気づきました。
 脳の血管を研究するときには普通、血管を輪切りにしたり、組織の一部を取り出したりして調べるものなのですが、私は長い血管をそのまま調べようと、脳の組織を押し広げて伸展標本というものをつくり、血管が長く浮き出てくる工夫をしたのです。こうした標本を顕微鏡で調べたところ、血管に沿って点々と光る細胞をみつけたというわけです。
 輪切りにした血管を調べてもこの細胞はたまにしか出てきませんから、そういう意味で非常に見つかりにくい細胞だったのではないかと思います。そうでなければ、もう随分昔に発見されていていいはずの細胞なんですよ。

堅固な関所に守られている脳は マトウ細胞の働きが必要

――マトウ細胞は、脳の中でどのような役割をしているのですか。
間藤 脳は体の中でも特に重要なところです。そのため、脳は頭蓋骨によってしっかりと守られ、さらに硬膜、くも膜、軟膜という3枚の脳膜に覆われて脳脊髄液の中に浮いているという、何重にも守られた構造をしています。
 また、脳の血管には、外部の毒性から脳を守るために「血液・脳関門」という関所のようなものがあり、脳に必須の酸素やブドウ糖などしか脳の中に入れない仕組みになっています。
 血液・脳関門は19世紀末に発見されたのですが、そのきっかけは、黄疸で体全体が黄色くなっていても脳だけは白いままなのは何故かという疑問からです。これは、脳の血管の一番内側にある内皮細胞が互いに強く結合することで、毒性をもつ高分子の化合物は通さず、低分子の物質しか通れないようになっているからです(図)。
 しかし、こういう関門があるということは逆に、死んでしまった神経細胞や不要になった神経伝達物質など、脳内で出た不要なものを外に捨てるシステムがなければ、脳の中にはゴミが溜まりっぱなしになってしまいます。
 また、脂質性の物質は血液・脳関門を通りやすいと言われますが、血管から脳の方に物が入っていくときにも、このような脳にとって好ましくないものを処理するシステムがいります。
 そこで、こうしたゴミを処理する脳の掃除屋の役割を果たしているのが、「マトウ細胞」(写真1)です。

脳内のゴミを食べる

間藤 マトウ細胞は、脳の血管にしかない大変特殊な細胞で、脳内で1mmの半分以下くらいの細動脈の外側にツタのようにからまっています。
 そして、血管の内側の壁から入り込んでくる脂質、特に、活性酸素によって酸化された悪玉の酸化脂質を取り込んで、それらが脳に入り込むのを防いでいます。同時に、脳実質の中で生じた神経細胞の死骸なども、このマトウ細胞が取り込んで、脳内に蓄積するのを防いでいます。(図)
――マトウ細胞が食べたものはどうなるのですか。
間藤 マトウ細胞の中には、消化酵素を含んだ小さな粒(ライソソーム性顆粒)が豊富に含まれており、酸性ホスファターゼやエステラーゼ、リパーゼといった、脂肪や蛋白を溶かす何十種類という酵素が入っています。
 マトウ細胞が食べた酸化脂質や神経細胞の死骸などは、この顆粒の中に取り込まれ、酵素の作用で消化・分解されて、低分子の物質にして血液中に流されます。

酸化脂質を食べて 脳梗塞、痴呆症を防ぐ

――動脈硬化の元凶となる酸化脂質をマトウ細胞が食べてくれれば、脳梗塞や脳血管型痴呆症にもなりにくくなりますね。
間藤 その通りです。マトウ細胞には、脳内に異物が侵入したりゴミが溜まったりするのを防ぐと共に、血管壁に脂肪が沈着するのを防ぐという役割もあるわけです。
 一般に動脈硬化は、白血球の一つであるマクロファージが血管壁に入り、酸化脂質を食べ過ぎて身動きがとれなくなり、血管内膜に沈着してアテローマ(粥状硬化)をつくることでおこります。しかし脳の場合は、血管壁に沿って分布しているマトウ細胞が酸化脂質をパクパクと食べて、マクロファ
ージの沈着を防いでいるのです。
 脳の中でマクロファージが活動を始める時には、血管中には酸化脂質が相当だぶついており、血管壁はすでにダメージを受けている状態だと考えられます。
 なお、痴呆症の予防ということでは、アルツハイマー病との関係も注目されます。アルツハイマー病では脳の中に変性蛋白の蓄積がみられますが、こうした異物をマトウ細胞が食べてくれれば、病気の発症を防ぐことができるかもしれません。
 あるタイプの痴呆症では遺伝的にコントロールされている面も強いのですが、問題はそういう遺伝子がいつ発現するかということ。一般に、痴呆というのはある程度年をとってから出てくるものですよね。つまり、血管の変化や脳の細胞の老化が発症の引き金になっていると考えられます。
 ですから、脳のおかれている微小環境を整えることは非常に大切で、マトウ細胞のような特別な細胞が脳に必要なのも、そのためなのではないでしょうか。
――脳以外の体の血管には、マトウ細胞に相当するものはないのですか。
間藤 多くの研究者がいろいろ調べていますが、まだよく分かっていません。精巣や卵巣など、子孫を残すのに重要な場所には割とそういうバリアーがあるものなのですが、脳ほど完璧なバリアーではないのではないでしょうか。脳はとにかく特殊ですからね。
 血液・脳関門は生後形成されるのですが、興味深いことにマトウ細胞も胎児の時にはなく、生後、脳が活動し始めてからつくられます。人間だけでなく、すべての動物の脳細血管にあることが確認されており、脳の機能を維持するのに不可欠な細胞なのです。

マトウ細胞の老化が 脳の動脈硬化の原因に
加齢にしたがって マトウ細胞の力は弱まる

間藤 しかし、マトウ細胞のスカベンジャー(掃除)能力にも限界があります。
 若い人と老人とを比べると、若い人のマトウ細胞はライソソーム性顆粒に酵素がたくさん入っているのに対し(写真2)、老人のマトウ細胞には酸化脂質が溜まっているのが分かります(写真3)。
――年をとるにつれ、だんだんマトウ細胞の活性が落ちてくるということですか。
間藤 そうです。長年老廃物をたくさん取り込んでいくうちに、老人のマトウ細胞はゴミを取り込む力も、取り込んだゴミを消化する力も弱くなってしまうのです。
 そうなると、血液から脳の中にさまざまな異物が侵入しやすくなりますし、脳内には老廃物が溜まっていきます。

肥大したマトウ細胞は 脳梗塞の危険因子に

――処理しきれなかった酸化脂質が血管壁に沈着すると、動脈硬化にもつながりますね。
間藤 それだけではありません。マトウ細胞が処理能力を超えて脂質や老廃物を取り込んでいくと、細胞は10倍にも20倍にも大きくなって、いわゆる動脈硬化とはまた別に、血液の通り道を狭める方向に圧迫します(写真4)。
 そうなると、それまで動脈硬化の予防に働いていたマトウ細胞が、今度は一転して脳梗塞をおこす危険因子になってしまうのです。
 脳出血を一番おこしやすいのは250ミクロン(1mmの4分の1)くらいの血管ですが、こうした細い血管はマトウ細胞がとび出すだけで狭まって血流が妨げられ、脳の組織に酸素や栄養が行き届かなくなって、梗塞をおこしやすくなります。さらに、マトウ細胞が弱ると血管自体も弱くなってしまいます。
 脳梗塞の中には、無症候性脳梗塞と言って自覚症状のないままひそかに進行するものがありますが、このような時にも、よく調べればマトウ細胞が大きくなり血管を塞いでいる像があるだろうと私は思っています。
 また、マトウ細胞がとび出した周辺では血流が渦を巻き、血栓ができやすくなることも分かっています。

マトウ細胞の老化を防ぐ 食事・栄養因子
──鍵となるビタミンE──
脂肪のとり過ぎは マトウ細胞を肥大化させる

――脳の健康には、マトウ細胞が大きな鍵を握っているわけですね。
 それでは、マトウ細胞の老化を防ぐにはどうしたらいいのでしょうか。
間藤 まず第一に、マトウ細胞に取り込まれて、細胞を肥大させる原因となる脂肪のとり過ぎに気をつけること。
――若い人でも、血液中にコレステロールが多い人では、マトウ細胞の肥大化は早まりますか。
間藤 それはあると思います。ある研究者の話では、屠殺場でもらってきた牛を調べたところ、今は牛を太らせるためにかなり脂質性のものを食べさせているため、比較的若い牛でも肥大したマトウ細胞を持っていたということでした。人間でも同じことが言えると思いますね。

ビタミンEが欠乏すると マトウ細胞が死ぬ

間藤 そして、脂質の酸化を防ぐために、活性酸素・フリーラジカルに対抗する抗酸化物質を積極的にとることが大切です。中でも私は、ビタミンEが役立つと考えています。
 ラットをビタミンE欠乏食で飼育した実験では、マトウ細胞がだんだん退化し、変性することが確認されました。細胞膜にデコボコが出来て、核が変な格好になってきて、最後はマトウ細胞が死んでしまうのです。
 一方で、ビタミンEを与えればある程度はマトウ細胞の老化を防ぐことができます。
 このことからも、ビタミンEがマトウ細胞の機能に重要であることが分かります。
――マトウ細胞の活性を保つには、ビタミンEはどれくらいの量が必要ですか。
間藤 日本では普通、1日5〜10mgと言われますが、私は、毎日15〜30mg程はとる必要があると思っています。年齢に応じて少しづつ量を増やすよう心がけておけば、それなりの効果は期待できるはずです。
 これだけの量は食事だけではなかなかとれませんから、栄養補助食品などで補う必要もあるでしょう。
 しかし、もちろん自然の食品を豊富にとることも忘れてはいけませんよ。食品の中では、ビタミンEはアーモンドをはじめとする種実類に特に多く含まれています。
 種にビタミンEがあるというのは、エネルギーの貯蔵のためだけでなく、種の保存にビタミンEが必要だからだろうと私は理解しているんです。種の成分が酸化されて変化してしまったら、種は種子としての機能を保てなくなってしまうわけですから、種に含まれているビタミンEの作用というのは見逃せないですね。やはり自然というのはうまくできているものだと感心してしまいます。
――ビタミンE以外の抗酸化物質ではどうでしょうか?
間藤 抗酸化作用をパーフェクトにするために、ビタミンEはビタミンCと併用してとることが大切です。
 ビタミンEは自らが酸化されることで活性酸素やフリーラジカルの害を食い止めますが、今度は酸化されたビタミンE自身が悪玉になってしまいます。それを元に戻すのにビタミンCが必要だからです。
 また、抗酸化ビタミンとしてはβカロチンも有効ですね。

マトウ細胞は 新生する?

間藤 マトウ細胞は、まだ細胞自体の寿命がはっきり分かっていないのですが、年をとっていよいよ老廃物をとれるマトウ細胞がなくなってくると、新しいマトウ細胞がつくり出されるということがあるようなのです。
 私は当初、マトウ細胞の数はあまり変わらないという印象を持っていたのですが、生体にはそういう機能が備わっているようですね。
 だから、それを促進するにはどうすれば良いか、それに対してビタミンEはどう働くかという問題があるのですが、それは今後の研究課題です。

脳の健康を保つには、 頭を使うこと

――この他に何か、脳の健康を保つ秘訣はありますか。
間藤 脳の健康のためにはこの他に、昔から言われていることですが、高血圧に気をつけ、睡眠を十分にとること、散歩など適宜な運動をすることが必要です。
 それからやはり、日々頭を使うことが大切ですね。何も、嫌なことを無理して考えろというわけではありません。例えば、自分のプログラムの進め方を考えたり、本を読んで感動するなどという些細なことが、脳の血流を保つのに必要だろうと思います。頭を働かせることで、脳の血液の循環が良くなり、脳梗塞や痴呆症予防につながるのです。