身近にしのびよる猛毒ダイオキシン

乳児・胎児の影響が懸念

摂南大学薬学部 宮田秀明教授

ダイオキシンは「人類が生んだ史上最大の毒物」

 ダイオキシンは、"人類が生んだ史上最強の毒物”と言われ、わずか1グラムで約83万人を殺せる猛毒性を持ち、ごく微量でもがんや奇形を起こします。もとになっている元素は炭素、水素、酸素、塩素で、これが300度以上に熱せられるとダイオキシンが発生します。
 水に溶けにくく、一度体の中に入ると排出されにくい性質を持っています。脂肪にたまりやすいことから、母乳にも含まれることになり、母乳と一緒に体外に排出されます。このため、乳児への影響が懸念されています。その他、免疫力の低下、さらには生殖能力への影響が近年指摘されています(表1)。
 ダイオキシン類の分析、毒性評価の第一人者である摂南大学薬学部の宮田秀明教授にダイオキシンの体内的メカニズムと被害から身を守る方法についてお話を伺いました。

日本は世界一の汚染国
ゴミの年間焼却量は 先進国中トップ

――ダイオキシンの被害について、日本が世界一の汚染国となり、大気中の濃度が欧米の十数倍も検出されている原因はなんでしょうか。
宮田 原因の一つは日本の場合、ゴミを燃やす量が非常に多いことです。一般家庭から出るゴミの年間焼却量が約3700万トンあり、これはアメリカの1・3倍、ドイツの4倍、フランスの5・9倍と全世界で一番多いのです(表2)。
 物が燃やされるのは、埋める場所がないためです。日本はゴミの処理法として減量化のため焼却の道を選びました。現在、ゴミの約74%が燃やされています。アメリカやドイツでは埋め立てが多く行われ、ドイツではリサイクルも進んでいます。

欧米に比べ10年もおくれた規制

宮田 もう一つは、焼却に対するダイオキシンの規制がおくれたことです。規制するためには「耐溶一日摂取量」という体に入った時どの位まで安全かという数値の設定が必要で、これを元に排ガス規制が考えられます。
 日本ではこの設定が96年までなく、96年6月に初めて耐溶一日摂取量が設定されました。これにより、ゴミ処理に関わるダイオキシンの排ガス規制がなされ、97年12月に、大気汚染防止法の一部が改正され、産業廃棄物焼却施設や製鋼用電気炉の規制も決まりました。欧米からちょうど10年おくれています。

単なる環境ホルモンではない 猛毒ダイオキシンの健康被害
微量で女性ホルモンのバランスが崩れる

――現在、環境ホルモンとして73種類確認されていますが、ダイオキシンも環境ホルモンの一つと考えてよろしいのでしょうか。
宮田 環境ホルモンとは、ホルモンのレセプター(受容体)と結合する物質と定義づけられています。例えば環境物質の中で、女性ホルモンのレセプターと結び付くもので一見女性ホルモン的な作用をするものを中心に環境ホルモンと言われています。
 ところが、ダイオキシンはレセプターと結合する作用はあまりなく、非常に微量でホルモンバランスを崩すことがわかっています。ですからダイオキシンはホルモンのバランスを崩す内分泌撹乱物質というのが正しい表現だと思います。
 女性では、肝臓でダイオキシンが女性ホルモンを分解し減少させます。もう一つはそのレセプターの数を減らす作用です。レセプターが減ると、同じ量の女性ホルモンがあっても、働く場所が少なくなります。事例としてアメリカ五大湖のミシガン湖での魚食鳥の調査では、卵の殻が薄くなる現象が起きています。卵の殻を作るための女性ホルモンが減り、卵の殻が薄くなり割れて孵化ができないということがあります。
 また、ダイオキシンが原因の子宮内膜症が疑われています。
 子宮では女性ホルモンの分解と、アレルギーを誘発するサイトカイン(生理活性物質)が分泌されていますが、ダイオキシンはサイトカインを異常に多く分泌させます。
 またダイオキシンは肥満細胞(白血球の一種)から、炎症因子や成長因子を放出させ、さらにサイトカインを多く分泌させます。
 これが子宮内膜症を起こさせると言われています。

男の精子が減っている

宮田 男性ではダイオキシンによる精子の減少が見られます。男性ホルモンは精巣の間質細胞で作られますが、この間質細胞に男性ホルモンをつくらせるのは黄体形成ホルモンです。
 ダイオキシンは間質細胞自体に障害を与えるため、男性ホルモンが減少します。また男性ホルモンを運ぶには蛋白質が必要です。
 これは精巣の中のセルトリ細胞(精巣内での精子の産出を調整・管理する)で作られますが、ダイオキシンはこの蛋白質を合成する機能も阻害するため、精細管で精子が作れなくなるのです。

ダイオキシンで貧血も

宮田 ダイオキシンで、血色素の異常な代謝が起きて、尿中から血色素のもとが排出し、貧血も起きます。
 骨髄で赤血球が作られるとき、成熟赤血球の出来方が悪くなり、貧血が起き、全般に酸素運搬機能が低下し、細胞機能が正常でなくなります。このようなことが原因となってセルトリ細胞の機能が低下すると考えられています。

甲状腺ホルモンへの作用胎児に影響、脳の発達にも打撃が…

――ホルモンバランスを崩すことでは、他にどんな作用がありますか。
宮田 甲状腺ホルモンへの作用が見られます。甲状腺ホルモンは胎児に大きな影響を及ぼします。
 一つには物質代謝の促進です。これが不足すると、体が大きくならない、脳の発育が悪くなるなどの現象が起きます。
 マウスの実験では、ダイオキシンを投与すると親自身の甲状腺ホルモンが減少します。胎児がいる場合は、胎児への補給が少なくなります。特にT3、T4と二種類あるうちのT4(チロキシン)が減ると、脳の発育に影響があると言われます。ダイオキシンを投与した時、生まれた子供に学習能力の低下、体温調節の障害が現れるのはこのためです。
 高い濃度で暴露された台湾の油症や日本のカネミ油症の子供の場合、両方とも知能の低下が見られます。台湾の例では、体重、身長が小さいなど成長抑制も同時に起こっています。また免疫抑制も現れます。風邪をひきやすい、ペニスが小さい、初潮が遅れる、陰毛が生えてこないといった症状に加え、知能指数の低下が8歳以降有意差を持って現れています。日本の場合も同様です。台湾患者の子供の場合は、胎盤経由の汚染だけで起こっています。

ダイオキシンは他の環境ホルモンとは異なる

――環境ホルモンとひとくくりにされがちですが、ダイオキシンと他の種類のものと作用が異なるわけですね。
宮田 そうです。環境ホルモンとして騒がれているのは、ビスフェノールA、ノニルフェノール、DDT類です。これらは女性ホルモンのレセプターと結合し、また、脳下垂体から黄体形成ホルモンの分泌を少なくし、精巣の間質細胞で男性ホルモンの生成を抑制するため、メス化すると言われています。
 また、PCB水酸化体は、甲状腺ホルモンと構造がよく似ているため同様のレセプターと結合し、甲状腺ホルモンが沢山あるように錯覚して、減らせというフィードバック現象が起き減少します。ダイオキシンはこれらとは全く別個のものです。

ダイオキシンの摂取経路と体外排泄
高脂肪食が危ない! 三大摂取源は魚・肉・牛乳

──ダイオキシンの体内への摂取ルートは?
宮田 ダイオキシンは食事、大気、土、水を通して蓄積されます(表3)が、やはり魚や肉、牛乳など脂肪が多く含まれる食品から多くとりこまれます(図1)。
 特に多いのが魚です。中でも汚染のひどい近海の脂肪の多い魚、太刀魚、鯖、鰯、鰺、鮗、サッパなどが要注意です。ですから、脂肪が多くても遠洋の鮪、鰹、秋刀魚などには少ないです。
 ちなみに日本では、大都会の沿岸ほど汚染されている傾向にあり、日本海、北海道、沖縄周辺、長崎、高知沖などはまだそれほど汚染度は高くありません。
 イカ、タコ、カニなどの甲殻類は、食べる部分に脂肪がほとんどないので心配ありませんが、ワタリガニだけは多く含まれています。貝類のアサリ、蛤、赤貝、また、エビも汚染度の低い海にしかいません。こういうものを選択して食べると良いでしょう。
 野菜類は、葉っぱ類は大気汚染の濃度の高いところでは呼吸を通じて汚染が高くなります。松の葉は、非常に多くためています。大都会の松の葉は魚よりもはるかに汚染度が高いです。
 トウモロコシや米などの穀類は皮をかぶっているので大気汚染から逃れられます。豆類などは汚染地帯でも比較的影響を受けません。根菜類も皮をむくようにすれば、比較的汚染度が低くてすみます。

特に問題な母親の体内汚染

宮田 ただし、それ以前に、胎盤を経由した胎児への毒性が問題になります。ダイオキシンの半減期は非常に長く5年から10年ですが、生まれてからは母乳から大量に入るので、年齢とともに蓄積量が増大します。ですから母親の摂取量を減らしていくことが最も重要です。
──母乳のダイオキシン汚染は世界一と言われる日本では母乳育児は危険でしょうか(表4)。
宮田 化学汚染の観点から母乳は赤ちゃんに危険だと言わざるを得ませんが、一方で母乳には様々な免疫力があり、乳児は母乳から免疫抗体を受け取ります。免疫効果を含む母乳育児と人工乳育児との疫学的比較データがあれば、正確に判断もつきますが、今のところこの種の調査はありません。
 当面は3ヶ月迄は母乳、後は人工乳という選択肢もありますが、結論的にはダイオキシンの規制が急がれるということです。

食物繊維や葉緑素による体外排泄

――蓄積されたダイオキシンを排出させる方法はないのでしょうか。
宮田 体内に蓄積されたダイオキシンは、一定の場所に溜まっているのでなく、その場所から血液に入り、体内を始終動いています。その一部は、腸肝循環といって、肝臓から出て胆汁を経由して十二指腸に排出され、また小腸の空腸や回腸から吸収されます。
 そこで、これまでカネミ油症、台湾の油症の被害者や、また動物実験で試みられ無難と思われるのは、食物繊維による吸着排出効果です。食物繊維は腸から吸収されず、大便とともに排出されます。ダイオキシンはこれに物理的に吸着して大便とともに出て行く傾向があります(図2)。
 また葉緑素にも同様の効果があります。ですから食物繊維(表5)や葉緑素の含まれるものを食べていくとよいでしょう。またダイオキシンは汗でも出ていきますから、適当に運動して汗をかくことも必要です。

ダイオキシンを減らすには ゴミを減らすことから
過剰包装をやめ リサイクルを進める環境を

――ダイオキシンを減らすために、環境上どのようなことを心掛けていけばよいのでしょうか。
宮田 今、全地球的にダイオキシンの汚染があり、大気とともに地球を回っています。そこで発生量の多いところは、抑制していくことが大事です。ダイオキシンの多くは廃棄物を燃やすところから排出されます(図3参照)。ゴミを減らしていくことが必要です。例えば買い物の時、ゴミになるものは持ち帰らないようにします。袋を持参するとか、過剰包装を拒否するようにするのです。
 ビールはカンやアルミ缶ではリサイクルのときダイオキシンが発生しますので、ビンにします。紙は広告などの裏を使うようにします。新しいのを買えばまたゴミになります。メモ書きとか、子供が何か勉強したりするときに十分使えます。またプラスチックゴミの分別が不十分な傾向にありますので、協力していくことが大事です。
 野焼きや小さな簡易焼却炉は、設備が十分でなく焼却管理が悪いためダイオキシンが多く発生しますので、これをやめるようにします。
――産業界については何を要望されますか。
宮田 過剰包装は産業界もやめるべきです。またビンの場合、作り直すときにダイオキシンが発生しますので、何回でも使用できるよう規格を統一することが望まれます。
 リサイクルできる製品作りが必要です。リサイクルしようとしても、小さいメーカーが多いのが現状です。排ガス処理施設、排水処理施設をつければ、ダイオキシンは発生しませんが、それではリサイクルと生産コストが合いません。やればやるほど赤字です。新しく作る方が安いのです。分別しても使うところがありません。自治体によっては分別をやめたところもあります。私たち自身もできるだけリサイクルを使っていくようにしないと、はけ口がなくなります。リサイクルに向けた抜本的経済改革が必要です。
――焼却ということでは、他にどんな問題があるのでしょうか。
宮田 二つあります。一つは1秒間位で一つのものから数千種類の化合物ができることです。合成と分解が同時に起きます。非常に早く出来て、しかも殆どが分からないものです。分かっているのは氷山の一角で、そのなかにダイオキシン類があるのです。
 もう一つは燃えてしまうと無くなるということです。エネルギーの枯渇です。その意味で人間はあと60年位しか生きられないと言われています。
 リサイクルは避けて通れません。10年、20年と食い繋いで新しいエネルギー開発の方法をまだ可能な時代にしていかないと人類は消滅していくだけです。生活スタイルを変革し、大量破壊を止めていかなければ人類の存続は非常に危ぶまれます。
(取材構成・本誌編集部)