生理学的にも牛乳は日本人にあわない

ピンピンコロリと死ぬには生理学に適合した生活を

静岡県立大学学長・東京大学名誉教授 星猛先生

本誌97年11月(287)号、堺薫先生の「牛乳摂取の問題点」からバトンタッチ
牛乳は生理学的見地からも 体に合わない

 今月ご登場いただいた星猛先生は、本誌97年11月(287)号のインタビューで「牛乳摂取の問題点」をお話しして下さった新潟大学名誉教授の堺薫先生からご紹介をいただきました。
 星先生のご専門は生理学で特に腎臓生理の研究で知られ、腎臓生理学に関する論文で国内外から多くの賞を贈られています。一方で星先生は、生理学的に腎臓と非常に似た面がある小腸にも造詣が深く、そうした小腸の生理学から見て牛乳摂取は体に合わないとおっしゃられています。
 星先生は堺先生の本誌インタビュー記事全てに「その通りである」と頷きながら、ご専門の生理学のお立場から牛乳摂取の問題点についてあれこれ指摘して下さいました。

体の機構からも ミルクは体に合わない
――哺乳動物は離乳機構を持っている――
マスコミ・企業が つくった牛乳信仰

――私どもは牛乳の摂取を疑問視しているのですが、一般の者の目には牛乳が良くないという科学的根拠がなかなかふれる機会がなくて…。
星 牛乳がいろいろ問題を持っているというデータはいっぱいありますよ。
 マスコミや商業ベースで牛乳は良いと喧伝していますが、今の人はテレビや新聞のマスコミ情報を信じきっているから実質的なことがなかなか伝わらない。おまけに、医者や栄養士までそういうことを言っていますから、ついつい正しいと思っちゃう。必ずしも学問的に十分に検討されたものではないことが広く言われ、信じられていることが結構ありますね。まあ、こうした傾向は日本だけでなく全世界的なもので、致し方ない面もあるのですけれどね。

神様が与えてくれた 「反ミルク体制」

――先生は、ご専門の腸の生理学から牛乳の摂取には否定的なご意見をお持ちですね。
星 生理学の観点からはまず、体の機構はどうなっているかというところから研究するわけですが、生理学的に言うと、哺乳類は離乳機構というのを持っていて、子供の方から乳離れ(離乳)するのが自然の姿なんです。それは神様がちゃんと「反ミルク体制」というものを体につくってくれているからなんですね。
 哺乳動物というのは体温が高いでしょう。だから、生まれた直後に赤ちゃんの体温を維持するためには高脂肪、高蛋白の栄養をすぐにでも与えなければいけない、それを用意してくれているのが"おっぱい”です。
 赤ちゃんはおっぱいを美味しく飲んでどんどん発育するんですが、もし反ミルク体制ができないと子供はいつまでも温かくて美味しいおっぱいにしゃぶりついて自ら餌を探す能力が発達しません。さらに困るのは、外敵が来た時に、子供にぶら下がられていると親も逃げられなくなって親子共々やられてしまうんです。それで、神様は子供の方に反ミルク体制をつくって、自然に乳離れさせていくというわけです。
――反ミルク体制というのは、具体的にはどんな仕組みになっているんですか。
星 反ミルク体制というのはミルク特有の糖「乳糖(ラクトース)」を分解する酵素「ラクターゼ」の活性低下です。
 ラクターゼの活性(働き)は、生まれた直後の新生児期にピークを迎えて、成長するにつれて急速に低下し、離乳期には大人と同じレベル、つまり殆どなくなってしまうんです(図1)。
 ラクターゼの活性が落ちると、子供はミルクを飲むと乳糖が消化されないために腸内発酵を起こしてお腹の具合が悪くなりますから、独りでにおっぱいから離れて自分で餌を探すようになります。ところが、もしラクターゼが減らないとするとなると、子供はいつまでも母親の懐の中でおっぱいを飲み続け、そうすると外敵に襲われた時に母子ともにやられてしまう。
 ですから、"反ミルク体制――ラクターゼ活性の急速な低下”という自然離乳を促進する機構がなければ、種の保存は弱体化して、滅びてしまうのです。

神様はなぜ乳にしかない糖 「乳糖」をつくったのか

――哺乳動物は種の保存のために、ミルク離れする運命にあるんですね。
星 そういうことです。それで面白いのは、乳糖(ラクトース)はミルクにしかない糖で、神様はなぜこんな糖をつくって母乳に仕込んだのかというと、大人になっても栄養として必要な糖、例えば澱粉の分解物である麦芽糖(マルトース)でも、庶糖(スクロース)でも、そうした成人後も必要な糖を分解する酵素を離乳のために急に下げることはできないので、大人になって要らない糖を母乳の中に入れたと考えられるんですね。それで、哺乳類のほとんど全ては、1%から7、8%くらいの割合で乳糖(ラクトース)を持っています。それはもともと
乳糖が離乳機構に必要なものだからです。
 ところが唯一、哺乳類で乳糖を持っていない動物がいるんですよ。アシカとかトド、オットセイのひれ足動物です。
 では一体、彼らはどんな離乳機構になっているんだろうかと、江ノ島の海獣動物園に行ってみたら、彼らが飲んでいるミルクというのはドロッとしたグリース(油脂、獣脂)のような凄いミルクなんですな。彼らの乳に乳糖がないのはアラスカなんかのすさまじく寒い環境では、エネルギー源として糖なんかよりはるかに熱量の高い脂肪がどっさり入っている必要があるからなんですね。
 ああいう動物は大体において4月〜5月、暖かくなってくると島に来て出産し、そこでハーレムみたいなものを作って2〜3ヶ月くらい子供を育てる。そして、秋風が吹く頃になると親は子供を残して次の島に行っちゃうんです。すると子供は自分でしゃにむにもがいて、海にもぐって餌の魚を捕るようになるんですね。
――否が応でも離乳しちゃう。
星 そうです。この動物だけは乳糖不耐機構に頼らず母親から離乳していく。

小腸の機能だけは 人種差がある
離乳機構が正常な農耕民族 対 突然変異で出現した牧畜民族

――いづれにしても哺乳類は乳離れするのに、なぜ人間だけが自然の掟に逆らって大人になってもお乳を飲んでいるかということですが…。
星 我々東洋人、農耕民族は離乳機構が正常なんです。日本人をはじめ東洋人にミルクをなんぼ強制的に飲ませてもこの離乳機構は崩れません。つまり、他の糖の分解酵素、例えばご飯を食べればマルターゼが、砂糖を食べればスクラーゼの活性が上がってくるんですけど、ラクターゼの活性だけはいくらミルクを飲んでも絶対上がってこないです。
 ところが進化の過程で、人間だけに大人になってもミルクを飲める人種が生まれた。ラクターゼの活性が大人になっても高い人種は、牧畜を行なって、牛だとか羊だとかの動物のミルクと肉を食糧にする生態を確立するようになったんですね。ヨーロッパの人達(白人)と、一部アフリカの人達がそれです(図2、3)。
 私は東大の生理で心臓、東北大で腎臓、また東大に戻ってから腸を研究したんですが、臓器の機能を動物差や人種差から見ると、ポンプ機能で動いている心臓は下等な動物まで殆ど同じ、ところが腎臓は生態を強く反映して種によって随分違ってくる、しかし人種差はない。ところが小腸になると、食生活に強く関係しているのですが、その機能に人種差があるのです。何が違うか、一番違うのがラクターゼ活性が大人になってもあるかないかということです。
 農耕を主として生活してきた民族、東洋民族やエチオピアなど一部を除いたアフリカ民族は飲めない方に属し、ヨーロッパなんかの牧畜民族はラクターゼの活性が大人になっても結構高く、ミルクが飲めるということです。
――ラクターゼの活性が大人になっても落ちない人種が出現した理由には環境適応説も言われていますが、先生は突然変異で遺伝子に大きな変化が起こったとお考えですね。
星 生理機能には適応の限界がありますからね。蒙古人はいまだにミルクを飲み続けていますが、あれはラクトースを発酵させた発酵乳(羊の)を飲んでいるのであって、大人になってもミルクを飲める遺伝子を獲得しているわけでは決してないんです。
 私は本来、猿でも豚でもラットでも種として残っているものは全て神様が自然に遺伝子の中に反ミルク体制をつくってくれて、今日まで生き延びていると考えています。
 で、その遺伝子機構が弱くなった民族が白人ではないかと考えているんですが、そのミルク民族の出現も進化のかなり後期の段階で、ある程度人間社会というものが出来て外敵に対して戦う武器がある程度備わった時期だと思いますね。本当に野性の時代では、そういう人種は生き残れなかったでしょう。
 しかし、この小腸の人種差というのは言語などにも非常に影響しているということを考えると相当、古い時期であろうとは思います。
 いや、本当に言語は面白いんですよ。ミルク民族では女性、男性名詞があるし複数単数の違いがある。一方、言語に単数複数も女性名詞、男性名詞の区別もないところではミルクは飲めない。
 文化というのは極めて人間のエコロジー、どういう農耕やってるか、牧畜やってるかということに非常に関係いたしますし、その基本がやっぱり腸にあるわけですね。これだけはどうしようもないんです。
――確かに、東洋人種とヨーロッパ人種では言語も文化も宗教も全く違いますね。
星 ミルクを飲める民族は1回1リットルとして1日にまあ3リットル飲むとそれで完全に栄養がとれる。そういう状態の人はもう完全にミルクに依存するようになりますが、こういう人達の持つキリスト教なんてのはやはり血をみる宗教ですから、農耕民族には非常に受けつけにくい。こちらの方は、むしろ虫も殺さないような仏陀さんみたいなものでないと駄目なんですね。
 音楽でも、西洋文化、牧畜文化では動物の歩くリズム、或は人間の心臓の鼓動が基本になっています。だから、踊りもロンドにしてもギャロップにしても馬が飛び跳ねるような動物の運動リズムで忙しく動くものが生まれていますね。ところが、農耕民族の人の典型的な踊りは盆踊りでもそうですが、稲穂が風に揺れるようなリズムでしょう。

飲めない民族がミルクを飲むと

――日本人の95%は乳糖不耐症って病気みたいな言われ方をされてますけれども、哺乳類は本来が乳糖不耐性なんですね。
 先程ミルク民族は1日3リットルは飲めるということでしたが、我々乳糖不耐性の民族はどのくらいの量の牛乳を飲むと腸内発酵を起こして下痢してしまうんですか。
星 日本人のミルク耐性について、弘前大学の医学部の吉田先生の研究グループがかつていろいろ調べていられましたが、乳糖20〜25gも飲める人は日本人では少ないと思います。牛乳には5%の乳糖が含まれていますから、乳糖20gというと牛乳400ccですね。400ccの牛乳を一度に飲める人はまずいないんじゃないですかね。
 ですから、今、登校拒否児童が多いのも原因の一つには、小学校に入って給食で強制的にミルクを飲まされて学校嫌いになったというケースもずいぶんあると思いますよ。
――学校給食はいろいろ問題がありますが、特に牛乳を飲ませるというのは大いに問題ですね。
星 生理学的に言えば、生理に合わないことを無理強いしてるようなもんです。
 もっとひどいのは老人ホーム。栄養士さんがミルクは良いと言ってただでさえ消化器機能が衰えている老人に、もともと飲めないミルクを飲ませている。それで老人達はあっぷあっぷしているんです。
 静岡県には150の老人ホームがあるんですが、この間そこの所長を集めてそんな話をしたら「先生、間違ったことばかりうちではやってますね」と。牛乳だけでなく、他の食品にしても食事にしても。
 だから75%以上の人がぼけて寝たきりになって、縛りつけられて、まさに老人地獄。そんなのはもうやめちゃえ、一掃できないかというのが私の考えでね。

ミルクの飲み過ぎと健康障害
ミルク民族の方が骨粗鬆症が多い
――"高脂肪食”はカルシウム吸収を阻害する――

――ミルクが体に害になるという具体的なデータはあるんですか。
星 ミルクというとまず対象にされるのはカルシウムの問題ですが、カルシウムの摂取率は、ちょうどミルクが飲める飲めないのと関係があって、北欧などは高カルシウム摂取群、日本人などは低カルシウム摂取群に分かれます。
 ところが、どちらがカルシウムをたくさん吸収しているかというと、これは世界32カ国で一斉に同じ方法で24時間きちっと尿をとって調べたら、日本人の方がよっぽどカルシウムをたくさん吸収して排泄していることが分かったんです(図4)。だからミルクをたくさんとっているからといってカルシウムをたくさん吸収しているわけじゃないんです。
 もう一つ、骨粗鬆症の問題。老人の骨折がどちらの群に多いかというと、圧倒的にミルク摂取群に多い(図5)。骨折患者は日本とかシンガポールは非常に低いのに対して、北欧とかアメリカは4〜6倍多く、ミルク民族はだいたいにおいて、骨粗鬆症になりやすい。一般の人の考えていることと全く逆なんですね。だから、カルシウムの摂取や骨粗鬆症の予防にミルク飲め飲めというのは全く無意味です。
 高ミルク群の方に何故骨折が多いか、そういう疑問にも答えるわけですが、秣(まぐさ)と野菜しか食ってないのに何でサラブレッドなんかは死ぬまであんな立派な骨を持っているんだろうと。結局、カルシウムは野菜からでも、炭酸カルシウムでも何でも構わないわけですよ。
 カルシウムというミネラルはそのままでは難溶性で吸収されないんですね。イオン化されないと吸収されない。その吸収の機構は我々ずいぶん研究したわけですけど、小腸の上皮の表面に酸性層があるわけです。そこに難溶性のカルシウムが入ってくるとそこで解離してイオン化され、イオン化されたカルシウムが吸収されるんです。ですからその点においては、口から入るカルシウムは炭酸カルシウムでもリン酸カルシウムでも差がないわけです(図6)。
 ところが、この酸性層に脂肪酸が入って来ると、脂肪酸のカルシウムと不溶性の塩をつくる力は凄くて、この表(表)を見てもわかるように、例えばパルミチン酸カルシウムだとかオレイン酸カルシウムなんてのはイオン積定数が10のマイナス10乗以上でしょう。これは全然溶けないです。そうすると、みんな不溶性になって便中に出て行っちゃうんですね。つまり、脂肪酸が結合したカルシウム塩は吸収されないんです。
 このケリーの研究(図7)によると、それは難溶性カルシウムでなく塩酸カルシウムでやった仕事ですけど、欧米型の朝食、バターとパンと一緒にとるとカルシウムの吸収がガタッと減るんですね。ところがシリアルといって穀物のテスト食ではカルシウムの吸収がグッと上がるんです。
――高ミルク摂取群の方に何故骨折が多いか、それは体質じゃなくて結局、高脂肪食が原因ということになるんですか。
星 一番大きな原因はそれだと思います。
 ただ体質的なことをいうと、ミルク人種はビタミンD受容体の働きが悪いということが分かっています。それも関連するでしょうね。
 あとは、しゃがんだり立ったりするなどの生活様式も影響していると言われていますね。
――高脂肪食だけでなく、例えば高蛋白食などリンのとりすぎもカルシウムの吸収を阻害すると聞きますが。
星 リンとの関係は研究していないので直接的なことは分かりませんが、カルシウムを多くとっている欧米人にかえって骨粗鬆症が多いのにはその問題もあるでしょう。

白内障の問題

――乳糖は分解するとガラクトースとグルコースに分解されますね。
星 まずそうですね。それで、小腸にはグルコース・ガラクトース吸収系というのがあるんです。これがない民族はありません。突然変異でまれにその系を持たない、つまりグルコースとガラクトースを吸収できない子供が生まれることはありますけれども、そういう家系の人はみんな自然淘汰で早く死んじゃいます。
――ガラクトースは吸収されるんですか。
星 ガラクトースは肝臓でちゃんとグルコースに変換する系もありますし、ガラクトースの代謝系というのもあって体の中で使われています。
――ガラクトースは目にたまって白内障の原因になると聞きますが。
星 ガラクトースを先天的に代謝できない子がたまに見られますが、そういう子がミルクを飲みますと高ガラクトース血症になり、その子は殆ど白内障なんですね。
 ガラクトースと白内障とどういう関係かというと、北欧の人はミルクをちゃんと分解できますし、そして出来てきたガラクトースを体で代謝する能力も割合高い一方で、我々東洋人はガラクトースを吸収もしないし、体内に入ったガラクトースの分解代謝も弱いんです。ところが、イタリアの学者が研究したんですが、ラテン系の民族には東洋人に近いタイプと北欧人に近いタイプの2グループがあって、東洋人に近いタイプのラテン系の人には白内障はほとんどない。なぜならガラクトースを吸収できないから目にたまることもない。ところが、北欧に
近いタイプの人の中には吸収はできるけれどもガラクトースの代謝が弱い人がいて、そうすると吸収されたガラクトースが目にたまっちゃう。だから、スペイン系の人には白内障が多いんです。

大腸がん、腸の難病
(クローン病・潰瘍性大腸炎)の急増の背景にも

──白人はミルクを飲めるといっても、やはり牛乳摂取の害を受けているんですね。
星 そういうことです。日本人は牛乳を飲んでもせいぜい100ccくらいのもんですから、それで救われているのかも知れません。ですけれど、それでも毎食毎食飲んでいる人はちょっと危ない。
 食生活の欧米化と大腸がんの増加も戦後、ミルクを飲み、肉を多くとるようになって段々増えてきた。私が今から50年前に医学教育を受けた頃は、大腸がんの患者さんは見たことがなかったくらい日本人には少なかったんですよ。
 もう一つ、私は厚生省の難病対策委員会の委員をしてたんですが、その時、難治性の腸疾患というのが取り上げられたんです。クローン病や潰瘍性大腸炎などですね。これらの病気もかつては日本には殆どなかったんですね。それが最近、大腸がん同様に増えてきた。原因も治療もわからないということで、いろいろ議論しておったんですが、その時、当時の班長さんに特別にお願いして「食事因子が相当強いように思うが是非、食事調査をして欲しい」とお願いしたら、1年かかって大変な数の調査をしてくれて、その結果、そういう病気の人達は大腸
がんと同じで、圧倒的に西洋食をとっていることがわかったんです。
 その中でも、何が一番大きなリスクファクターになっているかというと、マーガリンというのが出てきたんです。これは、日本食をとり、味噌汁を食べている人達の30倍かそれ以上だったと思います。
 とにかく、大腸がんや乳がんなど西洋型のがん(ユーロピアンスタイルキャンサー)になりたくなかったら日本食にして、マーガリンやミルクなんか控えた方がいいということです。

死ぬまでピンピン
――生理に合った生活で"ヘルシーダイイング”――

星 ただですね、一方で胃がんや脳卒中が減っていますから、だんだん日本人というのはなかなか死ななくなってきて、それで長寿社会対策を考えなくてはならないのです。
 百歳老人の人口もどこまで増えるか、わからないんですよ。1997年で7373人という数になっていますが、今から約30年前の1965年なんかに比べると150倍も増えている。今のまま増え続ければ2005年では4万人にもなる見込みです。そうすると600倍。
――すごいことですね。
星 すごいことでしょう。大変なことだ。
 今、私はその問題に一生懸命になって力を注いでいるんですが、ただね、医療費がかかるのは60代、70代なんですよ(図8)。80歳以降になるとあまり医療費がかからない。だから、60歳、70歳をどう過ごすか。
 これからは100歳まで生きなきゃいかん覚悟をして、定年になってもダラダラ過ごさないで、60歳近くなったらこれからいかに我々生きてやろうかと新たな希望と新たな努力、新たな構想で人生を立て直さなきゃいけない。それが一番大切なんです。そうしないと、60歳、70歳を無事乗り切れない。それで元気に過ごして、寿命がきたらポロリと死んでいく「ヘルシーダイイング」でいかなければならない。ヘルシーダイエットじゃありませんよ(笑)。
 野生の動物はみなヘルシーダイイングなんです。
――ナチュラルダイイング=ヘルシーダイイング。なるべく自然に即した生きかたをすればいい。食生活でも体に合わない牛乳なんか飲まないでということですか。
星 そうです。生理学を大切にして自然に生きることですよ。だから、人ももともと自然に死ぬようになってる。ヘルシーダイイングでピンピンと元気に生きてコロリと死ぬようになってるんだから、その通り生きるようにしなければなりません。
 これからの日本の世の中で何が大切かって言ったら、いかにこのヘルシーダイイングを増やすか、そして、いかに日本において、老人医療施設、福祉施設を少なくしていくかってことですね。
 これからは100歳まで生きるようになりますから、私は人生を三つに分けて、定年後の60歳から80歳までを前期老年期、80歳から100歳までを後期老年期として、前期老年期の人は後期老人の面倒を見るというのを提案しているんです。逆でもいいんですよ。前期老年期で少し具合が悪くなった人がおれば、元気な後期老人が面倒を見ればいいんです。
 そして、何か世のため人のためになることに意欲をもってすれば、老害社会だのなんだの言われなくなる。
 私の究極の理想は日本から老人病院をなくし、老人福祉施設をなくすことです。「そうでないと日本はつぶれる」、このくらいの激しい意気込みで皆が取り組んでいただければありがたいと思います。
 お年寄りはお医者に頼ることを考えないで、これからはピンピンコロリ、ヘルシーダイイングを増やすことに皆で努力をしていくことです。

ヘルシーダイイングに重要な 植物の生理活性物質
――細胞レベルの栄養学――

――ヘルシーダイイングを目指すには、食生活も重要ですね。
星 栄養学の変遷を考えると大体、昔は不足の栄養学で、蛋白が足りないだとか、ビタミンが足りないだとか、栄養士さん達は食品分析をうんと重視したんです。これはこういう食品に多く入っている。それで、そういう良い食品を食わせれば栄養学が成り立つと考えておった。
 ところが戦後、特に高度成長期以降は過剰の栄養学が問題にされてきました。どんな良い食品であっても、体によってはうまく消化されず、毒になるという概念が導入されてきました。
 その後ここ10数年間は、いかに体の細胞を守るかという栄養学になってきましたね。つまり細胞レベルで栄養を考える。
 その中で、特に注目されているのがフラボノイドなどの植物成分中の抗酸化物質です。例えば、がん細胞に抗酸化物質を与えるとがんの抑制に働くという実験を今の学生たちは一所懸命にやっています。大根やほうれん草やラッキョウなんかのしぼり汁を培養したモデルがん細胞に与えたりしてね。
 ある種の植物性の生理活性物質はがんだけではなく、骨粗鬆症にも良いということがわかっています。女性ホルモン様の働きをするので、フィト(植物の)エストロジェンと呼ばれていますが、植物にはこうした生理活性物質が豊富に含まれています。
 フィト(ファイト)ケミカルと総称されていますが、今後はこうした食品中のある種の疾病予防効果をもつ物質が注目されると思いますね。
(インタビュー構成・本誌功刀)