牛乳摂取の問題点
牛乳はカルシウム摂取源として有利な食品ではない
新潟大学医学部名誉教授(小児科)新潟医療技術専門学校長
堺薫先生
食生活の欧米化は批判されても、 牛乳は依然と推奨され続けている
肉や牛乳・乳製品の消費拡大に象徴される食生活の欧米化は、近年、アレルギーや心臓疾患の急増、大腸がんに代表されるがんの欧米化などがいよいよ顕著になって、医学の世界でもその弊害が言われるようになりました。
しかし、成人病の予防に肉や卵の摂取を控えることは言われても、牛乳だけはどういうわけか、理想的なカルシウム摂取源、あるいは骨粗鬆症の予防に有利な食品であると、相変わらずその摂取が勧められています。
背景にはいろいろな利権が絡んでいることが囁かれていますが、新潟大学医学部小児科教授として長く活躍された堺薫先生は、小児科医のお立場からも、骨粗鬆症の予防の面からも牛乳摂取に疑問を呈されています。堺先生に、牛乳摂取の問題点についてお話を伺いました。
育児は なんたって母乳が一番
――小児科医のお立場からすると、牛乳は決していいものではないと。
堺 そうです。牛乳が人間に良いものなら、ネズミの乳だって、猫の乳だっていいということになりますね。牛の乳は量産出来るからという理由で人が勝手に拝借しているわけですが、牛乳は牛の赤ちゃんを育てるための乳ですから、人間の赤ちゃんに良いものでは決してありません。
動物はそれぞれ特有の乳を備え、それぞれ濃度も違うし、成分の配合も違います(表1、2)。牛のおっぱいは牛の赤ちゃん、ネズミのおっぱいはネズミの赤ちゃんを育てるのにちょうどいい具合になっているわけで、人間の赤ちゃんは人間のおっぱいを飲むのが自然の姿なんです。
――自然界には自然界の掟があって、自然界の掟から見たら、牛のおっぱいを人間が飲む、ましてや赤ん坊でもないのに学校給食に牛乳をつける、骨粗鬆症の予防にと老人に勧めるというのは、考えようによってはおかしいですよね。自然界の育てのルールを守らなくても良いと、身をもって教えているのが文部省や厚生省ではないかと思うくらいです。
堺 一般に、発育の早い動物ほど、蛋白質やミネラル濃度が濃く、人間のように生長がゆるやかな動物ほど蛋白質が少なく、その代わりに生きるためのエネルギーを確保するために糖分が多くなっています(表1、2)。
昔は牛乳を赤ちゃんに飲ませる場合、濃すぎるということで倍近く薄めて、糖を添加したりしたのですね。
――今は赤ちゃんに、成分を調整した粉ミルクが用いられていますね。
堺 粉ミルクは日本では80年の歴史があって、限りなく母乳へ近づけるという努力のもとで、牛乳の成分をかなり大胆に変えて、今、日本の粉ミルクは世界で一番良質というまでになりました。それでも、どんなに優れた粉ミルクでも、赤ちゃんにとって母乳に優るものはないのです。
――英国の研究では、母乳で育った子の方が人工栄養だけで育った子よりIQが高い、粉ミルクで育った子供の脳障害発生率は母乳で育った子の2倍――という報告がありますね。
堺 人間の乳には脳や神経の発達に重要なDHA(ドコサヘキサエン酸)なども含まれています。DHAについては今、粉ミルクへの添加が許可されましたが、どんなに科学の粋を集めても、今後も母乳に優る粉ミルクを作るのはまず無理だろうと思います。
新生児に牛乳を 与えてはいけない
――初乳が特に大事と言われますね。
堺 母乳の成分は、子供の生長に従って変化してくるのです。初乳には特に乳糖が多いのですが、お母さんの免疫グロブリンやマクロファージなども入っていて、新生児を感染症から守ってくれます。粉ミルクにはそれがないのです。母乳には人の細胞が入っていますから、これを人工的に作って添加するということはできないのですね。
――それは免疫系にとって非常に重要なことですね。
堺 そうです。母乳の持つ感染防御作用は、粉ミルクにはない。母乳で育った子が感染症やアレルギーに強いというのは、こうした理由があるのです。
一方、新生児に牛乳を与えてはいけないというのはこれはもう小児科医の鉄則で、新生児に牛乳を与えると10日も経たないうちに、低カルシウム血症から起きるテタニー(筋肉痙攣などの症状)が起きます。
――これは、赤ちゃんが牛乳のカルシウムをうまく吸収できないせいですか。
堺 牛乳中にはリンが母乳の約6倍も含まれているのですね。そうすると当然、母乳に比べて牛乳のカルシウム吸収率は悪くなります。
また、牛乳中のカルシウムイオンは蛋白質と結合してカードを作って、牛乳蛋白(カゼイン)を不溶性にしてしまうので消化吸収を悪くするのです。ですから、調整粉乳はカルシウムの含有量を半分に減らしたり、一方で、カルシウムの吸収を助けるためにはビタミンDを人工添加しているのです。
赤ちゃんだって 5ヶ月たったら乳ばなれ
――離乳期は生後何ヶ月位が理想的ですか。
堺 5ヶ月から入って1歳迄にはもう3食とるようにすべきです。
講演会でもよく言うのですが、離乳というのは「乳から離れる」と書きます。要するに、乳から離れる、ミルクから離れる事が目的ですから、離乳食を食べさせながらミルクをやってる母親がいますけど、あれは最初の1週間だけのことで、大きな間違いです。
大体、哺乳類は乳糖(ラクトース)を消化する酵素「ラクターゼ」の活性が生まれた直後に最も高くて、生長に従って低くなり、離乳期には殆ど成人並になってしまうのです。動物の仔は自然に乳離れするのですが、人間だけはどういうわけか、牛のおっぱいにいつまでもしがみついているのですね。
――最近は反対に、離乳を早めようと3ヶ月ぐらいから離乳食を与えたりするケースも多いようですね。
堺 最近のお母さんは忙しすぎるのですかね。母親の都合で、早期の離乳を強いられるのは、赤ちゃんにとっては不幸ですね。
母乳には乳児に必要な成分が全て含まれているのですから。
牛乳は骨粗鬆症予防に 有利な食品でない
――お乳は5ヶ月ぐらいまでの赤ちゃんの食べ物。赤ちゃんには母乳が一番。そうなると、人間が、ましてや大人が牛の仔の食べ物をとるというのは大変おかしな話になりますね。
牛乳の摂取が、特に日本人のカルシウム不足や骨粗鬆症の関連で盛んに勧められていることに対して、先生は疑問を呈されているということで今日は伺ったわけですが。
堺 先ほどお話ししたように、牛乳中にはリンが多く(P16表2参照)、リンが多いとカルシウムの吸収は悪くなるのです。
血液の中では、カルシウムイオンと、リン酸イオンの掛け合わせた値(溶解積)がコンスタント係数として一定しています。ですから、リンが多く吸収されて血中のリンイオン濃度が高くなると、それだけ血中のカルシウムイオン濃度が低下してきます。
そうすると、副甲状腺からは上皮小体ホルモン(パラソルモン)が分泌されて、骨からカルシウムを動員して血中のカルシウムイオン濃度を高めるように働くのです。
ところが、赤ちゃんの骨は軟骨でカルシウムを殆どたくわえていないのですね。だから、リンが多く入ってくると、簡単に低カルシウム血症を起こしてしまうのです。
大人の場合は、低カルシウム血症は容易には起こさない代わりに、骨からどんどんカルシウムが奪われてしまうのです(脱灰)。そうすると、骨のカルシウムのたくわえがなくなってきて骨がスカスカになってくる。これが骨粗鬆症です。
――それなのに、牛乳カルシウムは吸収率が良いと言われるのは、どういうわけでしょうか。
堺 一般に、牛乳のカルシウムの吸収率は30%と言われていますが、外国の研究者では10%しかないと言ってる人もいます。
また、一旦吸収されても、それが骨にたくわえられず、殆どが尿に排泄されてしまえば骨粗鬆症の予防にはならないわけですね。医師の側から言うと、骨粗鬆症には、食べ物からカルシウムがどれだけ吸収されて、それが体内でどう動いているかが問題なのですね。
まあ、牛乳が骨粗鬆症に有利な食品であると喧伝されている一つには、いろいろな利権が絡んでいるとも聞いています。
――牛乳などの高蛋白食ではリンが必然的に多く入ってくる、加工食品にもリン酸が多く含まれている。骨粗鬆症の関連で言えば、現代人はカルシウムの不足も問題ですが、リンの過剰摂取も問題ですよね。
堺 蛋白質にはリンが多く含まれていますからね。また、清涼飲料水は砂糖とリン酸と水でできているようなものが多いですから、ああいうものをガブガブとっていれば脱灰現象が起きて、骨は当然もろくなってきます。
カルシウムは野菜や海藻からもとれるのですが、ミネラルの吸収率や体内での動態を無視して、単にカルシウム含有量を多くすれば良いという理由で、牛乳や小魚などが良いという従来の食品分析学的発想には疑問を感じますね。
日本人は遺伝的にも 牛乳は合わない
――特に、乳糖不耐症の多い(約9割)日本人には牛乳は合わないという意見もありますね。
堺 東大の生理学の今は名誉教授になられておられる星猛教授。この方は、日本人は農耕民族であって遊牧民族ではないから、乳糖不耐症だけは人種的にどうしようもないと言っておられますね。
星先生は、ある時期、突然変異で牛乳の耐性をもった人が出現して、そこから遊牧民族、農耕民族が分かれたと考えられているようですが、いずれにせよ、農耕民族の日本人のほとんどは乳糖を分解する酵素「ラクターゼ」の活性が欧米人よりかなり低く、成人後は牛乳が飲めない。飲んでも習慣的に下痢をしてしまうということです。
ですから、日本人のお年寄りでは、骨粗鬆症の予防ということではなく、便秘の予防に牛乳を飲んでいる人も結構多くいると思います。
しかし、結果的には牛乳中のカルシウムは吸収できなくて、リンがカルシウムを体や骨から追い出すので骨粗鬆症はかえって進行してしまう人が出るのではないでしょうか。
乳糖不耐症では 白内障の原因にも
――乳糖不耐症の人が、牛乳をとると白内障になりやすいとも言われていますね。
堺 乳糖(ラクトース)が分解されると、ガラクトースとグルコースになります。
グルコースは最終的に水と炭酸ガスになってしまって悪さをしないんですが、ガラクトースには神経毒があるんですね。
乳糖不耐症が多い日本人はガラクトースを分解する「ガラクトキナーゼ」も遺伝的に少ないのですから、組織にガラクトースの神経毒の影響があるのですよ。眼にガラクトースが影響すると、白内障になりやすいのです。
免疫系の破壊
――小児糖尿病・アレルギー――
――牛乳は、小児に多いインスリン依存型糖尿病の発症因子にもなると聞いていますが。
堺 インスリン依存型は、成人に多い非依存型と発症機序が全然違って、免疫とウイルス感染の関係があります。ウイルス感染などで抗体ができてそれが膵臓を攻撃して、その結果インスリンの分泌がうまくいかなくなってしまうのですね。
小児糖尿病と牛乳の因果関係が立証されているかどうかは知りませんが、牛乳蛋白が免疫系に悪影響を及ぼすことは十分考えられます。
異種蛋白が分解されずペプタイドの形で体内に入ってアレルギー作用を起こすのです。
実験的に、人間は成人でもわずか1ccの牛乳を静脈注射されたらサーッと死んでしまうことでも分かります。ところが、母乳を乳児に静注した時は何ともないのですね。母乳にも夾雑物はいっぱい入っているのにもかかわらず、大丈夫なんです。
――異種蛋白が分解されずに血液の中にそのままの形で入ってくると、それを排除しようと、体の中ではすさまじい抗原抗体反応が起きる。
堺 牛乳や牛肉など人間の蛋白質以外の蛋白質は、おなか(小腸)の中に入って、アミノ酸の段階まで分解されて、それから吸収されるので害はないんです。アミノ酸は、体の中で人間の体に合った蛋白質に合成されていくわけです。
ところが赤ちゃんの場合には、腸の消化能力が弱いものですから、蛋白質がこのアミノ酸の一歩手前のペプタイドの段階で吸収されてしまうのです。それで、低年齢ほど非常に異種蛋白には敏感であるし、また、食べ物によるアレルギーを起こしやすいんですね。
ですから、ある牛乳メーカーは最新の粉ミルクに牛乳蛋白ではなく、ペプタイドにまで消化した物を粉乳にしています。
アミノ酸迄に分解すると、不味くて飲めません。僕も飲んだことがありますが、とても不味い。やっぱり、自然は非常に美味い物を造っているんですね。それを、人間があんまり考え過ぎて、手を加えると結局は食べられないものになってしまうのかも知れません。
――先ほどの注射のお話ではないですけれども、お母さんの母乳でも小腸からはペプタイドの形で吸収される場合もあるのでしょうが、それは大丈夫。危険なのは消化されない牛のおっぱい、異種の蛋白質であるということですね。
堺 そういうことです。赤ちゃんは消化能力もまだ弱い上に、腸管壁のメッシュが非常に粗くて、ペプタイドのような分子の大きな物質も吸収されやすいんですね。
異種蛋白が血中に入り込むと、抗原抗体反応(アレルギー反応)が起きて、血中、組織の細胞を破壊してヒスタミンやロイコトリエンなどいろいろなアレルギー症状や炎症を起こすケミカルメディエーター(化学伝達物質)が放出されて、それが周辺の組織や細胞に影響を及ぼして炎症を起こすということなんですね。
食生活の欧米化と大腸がんの増加
――異種蛋白質の変性刺激が、大腸がんの発生と関係があることも考えられますね。
堺 食生活の欧米化で大腸がんが多くなるのは、動物性食品の過剰摂取でアミン類ができやすくなることが大きく関係していると思いますね。
アミンは蛋白質の分解によって生じる毒素ですから、アミン類の停滞によって大腸壁がなんらかの刺激を受けてがん化が始まるのでしょうね。
――私共は牛乳の摂取に反対の立場をとっていますが、お話を伺いまして、ますます牛の赤ちゃんの食べ物を人間がとるべきではないという思いを強めました。
堺 牛乳はカルシウムに関しても、それほど有利な食品とは思われず、今お話ししたような諸々の体内環境の面から見ても決して難点がない食品ではありません。健康向上について、ことさら牛乳が有利な食品であるとは思いませんね。
(インタビュー構成・本誌功刀)