アルツハイマー型痴呆症に朗報

ビタミンB12の投与で、7割が改善

山口大学医学部 神経精神医学教室 山田通夫教授

ビタミンB12の投与で、 アルツハイマー型痴呆症患者の7割が改善

 老齢期に入って発症する痴呆症には、大きく分けて「脳血管型痴呆症」と「アルツハイマー型痴呆症」があります。
 そのうち「脳血管型痴呆症」は主な原因となる脳梗塞(脳卒中)の予防が進んで減少傾向にある一方で、日本では少なかったアルツハイマー型痴呆症が急速に増加しています。
 脳の血管障害によって局所的に神経細胞がやられる「脳血管型痴呆症」と異なり、「アルツハイマー型痴呆症」では神経細胞が広い範囲で変性化して減少して脳が萎縮します。症状は物忘れに始まり、妄想や興奮などの意識障害「譫妄」がみられ、次第に精神活動は不活発になり、最後には人格崩壊に至ります。
 患者の脳には「神経原繊維(PHF)変化」や「老人斑」などの特有の変性蛋白がみられ、アセチルコリンなどの神経伝達物質が減少するのも特徴的です。いまだに原因は確定されていませんが、種々の要因が考えられており、その一つにアセチルコリンの合成に不可欠な微量栄養素「ビタミンB12」の不足が考察されています。
 山口大学医学部の山田通夫教授は、動物実験の段階ではなく、実際の患者さんにビタミンB12の投与を試みたところ、そのうちの7割が劇的に改善するという成果を得られました。
 人間の尊厳を奪うアルツハイマー型痴呆症の急増は、高齢化社会に入った今最も懸念されている問題です。その問題に朗報をもたらしたこの臨床結果を中心に、山田教授にビタミンB12とアルツハイマー型痴呆症についてお話を伺いました。

高齢化社会に入って 最も心配されている アルツハイマー型痴呆症
ついに高齢者人口が 子供の人口を上回る!

――日本もいよいよ高齢化社会に入って、やがては我々も辿る道であるわけですが、行く手に待ち受けるものとして最も心配なのは痴呆症ですね。
山田 老人とは65歳以上の人をさすと定義されていますが、先頃、発表された6月1日時点の人口推定(総務庁発表)では、日本の老人は1954万人に達し、それに対して15才未満の子供は1949万人と、高齢者人口がはじめて子供を上回りました。高齢者人口は年々増加する一方で、子供の人口は減少していますから、これから痴呆老人の問題はますます深刻化していくと思います。
 痴呆老人の割合は現在、65歳以上の在宅老人で5%弱というデータが出ていますから、75歳以上の後期老人ともなると1割以上が痴呆症であると推測されます。今盛んに論議されている老人の医療費改定や公的介護法などの問題も、もろに痴呆症に結びついていると思いますね。
 もちろん、おめおめと惚けてなるものかという問題もあります。
――そのためには、先生のご研究にもあるように、食事・栄養の問題を含めてライフスタイルの改善が鍵を握っていると思うのですが。
山田 特に、脳血管型痴呆症では、日常生活の中で予防できることが多くあると思いますね。脳血管型では、例えば糖尿病であるとか、高脂血症であるとか、高血圧であるとか、痴呆症をきたす以前に痴呆症の原因となる病気が必ずありますので、いわゆる成人病、今で言うところの生活習慣病を上手にコントロールしていくことは非常に重要だと思います。

アルツハイマー型 痴呆症とビタミンB12大量療法
アルツハイマー型痴呆症の 原因の一つに ビタミンB12の不足!?

――やっかいなのは、原因が確定されず、長い間有効な予防・治療法がないとされていたアルツハイマー型痴呆症ですが、このアルツハイマー型も、先生のご研究も含めて最近いくつかの食物成分、微量栄養素が有効というデータが出てきていますね。
 特に、先生のビタミンB12のご研究では、動物実験の段階ではなく、実際の患者さんに大きな効果があったということで我々も大変注目しております。
山田 アルツハイマー病というのは1種類の病気ではなく、いろいろな形態の病気が寄り集った総称と考えた方が良いと思います。
 ですから、原因も何種類もあって、例えば遺伝子の異常、アセチルコリンの減少などさまざまなことが言われています。
 ビタミンB12と老化、痴呆症の関連では、大脳の海馬を中心とする場所でのビタミンB12の低下、アルツハイマー型痴呆症など脳が萎縮している患者さんの髄液中のビタミンB12濃度は低い──などの報告があります。
 私達の研究でも、アルツハイマー型痴呆症の患者さんの血清と髄液中のビタミンB12量を測ったところ、患者さんのビタミンB12濃度はかなり低いことが分かりました(表1)。そこで、そうした人にビタミンB12を試したところ、症状の改善がみられたのです。
 お話ししましたように、アルツハイマー病と一口に言ってもいろいろタイプがあって、患者さんの中にはビタミンB12が一般のお年寄りとそんなに変わらない方達もいますから、そうしたケースではビタミンB12の効果はあまりみられませんでした。
 ですから、ビタミンB12をもってアルツハイマー病の改善全てを論ずる事は出来ませんが、アルツハイマー病の人達の中で血中のビタミンB12が足りない人が一部いて、そうしたビタミンB12に関して問題のある人にビタミンB12を大量に投与すると、症状が改善されたというわけですね。

患者は ビタミンB12をはじめ  栄養の吸収が極めて悪い

――アルツハイマー型痴呆症の患者さんは何故ビタミンB12が低下しているのでしょうか。
山田 患者さんには、点滴による静脈注射でビタミンB12を投与したのですが、実は最初は口からの投与も試みたのです。ところが、経口摂取では血中濃度がなかなか上がらなかったんですね。
 その頃、岡山大学で老人病の研究をしている佐々木先生から「アルツハイマーの患者さんというのはどうも消化が悪いようだ。食べ物を沢山食べ、排泄物も多いのに体重はあまり増えない。消化器のどこかがやられている可能性がある」というお話を伺ったんですね。
 そこで私の方でも調査してみたところ結局、どこがどう悪いということは分からなかったのですが、やはり、アルツハイマーの患者さんは栄養の吸収が悪い、ビタミンB12に限らず、栄養効率が極めて悪いという印象をもちました。
 脳に良いという物質や栄養素も、体の中に入って、それが胃や腸を通り、腸から吸収されて肝臓へ入って血中に吸収され、最後は脳に到達しないと話になりません。また、経口摂取で効果を発揮するには相当の量をとらなければならないという事情もあって、静脈注射で直接血液にとり込んでみたわけです。

ビタミンB12大量投与で 症状が劇的に改善
――特に、情緒の安定には大きな効果――

――大量投与ということですが、どの位の量を?
山田 1回に注射する量は、500〜1500マイクログラム(1μgは100万分の1g)です。健康な人の1日の推奨量は1〜2マイクログラムですから、相当な量になります。これを1日おきに注射したところ、4〜8週目に入って血中濃度が上がってきて、患者さんの症状にも変化がみえてきたわけです(図1、2)。
――大量投与による副作用の心配はないのですか?
山田 水溶性ですから、過剰なものは殆ど尿に排泄されて出て行ってしまうので、副作用の心配は殆どありません。
――症状の改善ということでは、実際にどんなふうな改善がみられたのですか。
山田 記憶力や判断力の改善とともに、特に効果が大きいのは情緒の安定ですね。
 アルツハイマー型痴呆症の患者さんには妄想や興奮が続く「譫妄」という意識障害がみられ、夜間に「徘徊」したり、介護者に暴力をふるったりという異常行動が起きやすくなります。それが介護者の負担をさらに重くするわけですが、ビタミンB12を注射すると患者さんの聞き分けが良くなり、夜もよく眠れるようになって徘徊が止むなど、介護が楽になったとご家族の方には喜ばれています。
 例えば、夫を数年前に亡くされて息子さんご家族と元気で暮らしていた61歳の女性のケースでは、「家に帰らないといけない」と言い出したのが症状の始まりで結局家とは結婚前の実家をさしていたのですが、そのうち家族の名前や顔を間違えたり、夜中にイライラしながら部屋の中を徘徊するようになったのですね。この患者さんに入院してもらって、ビタミンB12を1日おきに500マイクログラム注射しましたところ、1週間後にはイライラや怒りっぽさがなくなり、夜も良く眠れるようになって、徘徊がピタッとおさまったんです。1ヶ月後
には記憶も戻り、家族の名前もしっかり言えるようになり、一人で通院できるまで回復しました。

子供の成績向上効果も!?

――それはすごい効果ですね。
 今のお話で、ビタミンB12を飲むとクレペリンテストの成績が上る、それで、子供に「勉強しろしろ」と言うより、ビタミンB12を大量に与えた方が成績向上にはよほど効果があるという研究を以前聞いたことがあるのを思い出しました。
山田 あり得ることですね。
 私も実は痴呆老人の親に効いたところから、自分の子供にビタミンB12を飲ませてみたいが、副作用の心配はないかという質問をされた経験があります。
 副作用の心配は殆どありませんが、子供さんにということもあって食後に決められた量を飲んで欲しいと答えたのですが、その結果、非常に落ち着きが出たと感謝されました。
 ファックスと電話のやりとりだけで、果たして薬の効果がどうかははっきり分からないのですけれど、我々としてはお薬が半分、親御さんが終始、愛情をもって注意深くお子さんにあたったということが半分あったとみています。

ビタミンB12は なぜ痴呆症に効くのか神経修復作用

――ビタミンB12は神経の修復に働くということですが、アルツハイマー型痴呆症の改善にはどのように作用しているのでしょか。
山田 結論から言いますと、なぜ効くかはまだよく分かっていません。しかし、いくつかのことが推測されています。
 一つは、先ほど申し上げたように、ビタミンB12は傷ついた脳や脊髄の神経(中枢神経)や、中枢神経から出て全身を走っている末梢神経を修復します。また、脳の神経から枝のように伸びている軸索突起から再生にも関与しています。
 こうしたことから、アルツハイマー型痴呆症の脳の修復にもビタミンB12が関与していることが考えられます。
神経伝達物質
アセチルコリンを合成する
山田 もう一つは、ビタミンB12は、頭を良くする栄養素といわれている脳内の神経伝達物質「アセチルコリン」の産生に関与している点です。
 アルツハイマー型痴呆症の治療薬として、脳内でアセチルコリンの分解を阻止して、アセチルコリンを長く脳内にとどまらせておく薬が開発されており、ある程度効くことが分かっています。ただし、アセチルコリンなどの神経伝達物質は細胞と細胞の間隙が残ってないと、効果を発揮する場がなくなって、脳の中に無駄にアセチルコリンがうごめいているという状況になります。そこが非常に難しいところで、そうするとやはり、ビタミンB12のような神経成長因子とでもいったものが必要とされると思うのです。
 ちなみに、アセチルコリンを沢山つくる物質ということでは、ビタミンB12だけではなく、大豆などに多く含まれている「レシチン」もよく知られています。やはりこれも食べるだけでは患者さんへの効果はあまりなく、3年位前、フランスで患者にレシチンを1日何10g単位で大量摂取させた実験でも、摂取群と非摂取群には殆ど変化がなく、やはり吸収に問題があると思われています。

ビタミンB12と 必須ミネラル「コバルト」

――ビタミンB12の化学名「コバラミン」で分かるように、ビタミンB12は必須ミネラルのコバルトを含んでいる物質ですね。
 例えばビタミンB12に含まれているコバルトにボケの改善効果があるということは考えられますか。
山田 ビタミンB12のグループはメチル基のついたメチルコバラミン(Mecobalamin)でないと効果が出ないということはあります。
ですから、ミネラル(微量元素)の問題もあるかも知れないという可能性は考えられないことはないですね。


  ――痴呆症も欧米化―― ビタミンB12の 摂取不足が続くと 体が受けつけなくなる!?

――治療には注射でも、ボケの予防にビタミンB12を日頃から多めに摂取するということはどうなのでしょうか。
山田 家の補修にたとえると、メンテナンスだけで表をペンキ塗るだけだったらほんの僅かですむのに、家が壊れてしまったら全部造り直さなければならないということがありますね。つまり、ビタミンB12にしても1日10〜20マイクログラム摂れば補修に十分であるのが、一旦脳の神経が壊れてしまったら1日に1500マイクログラムも、それも吸収不全ということがありますから、注射で摂り込まなければならないということがあります。そうすると、患者さんへの負担は大変ですから、私達も経口摂取による有効な方法を今考えているところ
です。
 ビタミンB12そのものは魚介類や乳製品に多く、バランス良くいろいろな食品を摂っていれば不足ということはありません。しかし、飽食の時代、好きなものだけを偏って食べる傾向があり、特に今の若い人は食行動異常による拒食、それでなくてもダイエットブームで食べ方が少ない、なおかつジャンクフードを多食する傾向があります。そうすると、カロリーだけはまかなえても、ビタミンB12などの微量栄養素を十分量摂ることは考えられません。ジャンクフードではミネラルなど無きに等しいですからね。
 こうした食生活が続いて、ビタミンB12を含む食品を殆ど摂ってこなかった場合、次第に体がこの成分を受けつけなくなって、中枢神経や末梢神経の働きに影響が出てくるという可能性はあると思います。

食生活の欧米化と 痴呆症の欧米化

――恐ろしいことですね。
 遺伝性のものでは、食生活などでの予防は期待できないのでしょうか。
山田 遺伝性、つまり家族性のアルツハイマー病は日本には少ないのですが、アルツハイマー病になりやすい遺伝子を持っているといっても、その人達全部が発症するわけではないんですね。やはり、なる人ならない人がいる。
 ということは、食べ物も含めて日常生活の中でそうした遺伝子が発動しないように注意することは非常に重要だと思います。そこを悪くすると、元々持っているDNAの情報が全部出て来てしまうわけです。
――アルツハイマー型痴呆症は欧米人に多い痴呆症だとされてきました。がんの欧米化は食生活の欧米化が主な原因だと国立がんセンターの阿部総長は明言されていますが、アルツハイマー型痴呆症の急増の背景にもやはり、食生活も関係しているのでしょうか。
山田長い間、日本人はアルツハイマー型痴呆症が非常に少ないと言われて来ましたが、急増の背景には、高齢者の増大だけでなく、やはり食生活など環境の変化も関係していると思います。
 ハワイの研究では、日系人は日本人よりアルツハイマー型痴呆症にかかりやすいというデータが出ています。これにはストレスも関係していると思いますが、日本人の遺伝子をもってしても食生活などの環境が変わったら、やはり病気も変わってくるということを示唆しているものと言えるでしょう。
 日本でも、大豆自給率3%に代表されるように、輸入食品の割合が多くなっています。先祖代々、長い間食べ続けてきた食物ですと、DNAがどうやって消化し、どうやって体に摂り込んだら良いかを記憶しているわけですが、同じ大豆でも土地が違うと消化が悪いとか、アレルギーがおきやすいという問題が出てくることは十分考えられます。
 脳血管型痴呆症を含めて、痴呆症の予防においても、日本型のバランスのとれた食生活を心がけたいものですね。
(インタビュー構成・本誌功刀)