水の特性と、命とのかかわり

命を養う水を、確保するには

国際基督教大学理学部 石川光男教授

水が売れる時代とは

 豊葦原瑞穂の国に生まれ、つい最近まで「水と安全はただ」と思っていたのが嘘のような昨今、80年代より順調な伸びを見せて来たミネラルウォーターや家庭用浄水器の売り上げは90年代に入って一気に急上昇し(図1)、今、都会ではこうしたものを利用していない家庭の方が少ないくらいになっています。売り上げ急上昇の背景には、"まずい水”への不満と同時に、安全面、健康面からの飲料水への不安が大きくあります。
 河川や海の汚れは、1970年に「水質汚濁防止法」が制定される迄、工場排水による汚れが8割、生活排水による汚れが2割だったのに対し、今では生活排水によるものが7割以上に達しています(図2)。
 国際基督教大学の石川光男教授は、ミネラルウォーターや浄水器を利用せざるを得ない現代文明の根源を問い質し、今私達に緊急に求められているのは「生命の視点から文化を考える文化運動」だと提言されています。
 水を含めて、生命と自然界とのかかわりを研究されている石川先生に、"水と生命”という大きなテーマの下に、家庭でできる汚染防止対策まで含めて、これからの私達が水とどうかかわっていくべきかについてお話を伺いました。

水の特性と、生命とのかかわり
水の二大特性

――汚染問題を筆頭に近年、水が非常にクローズアップされています。そこで今日は"水と生命”という大きなテーマの下に、健康に良い水という問題を探っていきたいと思います。
石川 水と生き物の関係性を考える時、水のどういう特性が生き物とかかわっているかが前提となります。そこでまず、水の特性からお話していきましょう。
 水の特性には大きく分けて、二つの働きがあります。
 第一の特性として、水はいろいろな物質をよく溶かす。
 人体を例にとれば栄養成分は全部水に溶けることによって、吸収が良くなります。
 逆に、体の中にいらなくなった老廃物をよく溶かすことによって、不要なものを体の外に出すという面もあります。ちなみに、老廃物を排泄する機能としての水は、良い水を朝起き抜けに一杯、さらに午前中に無理をしない範囲で沢山飲むのが非常に有効な方法です。
 近年にわかに問題になっている水質汚染についても、水が有害物質をよく溶かすということに由来しています。人間の仕業によって、有害な物がドンドン河川や湖水、地下水に溶け出して、水質汚染を招いているわけですね。
 第二の特性として、熱の取り入れと放散。
 お風呂や温泉を考えるとよく分かるように、水は有効に熱を吸収して、非常に優れた熱の貯蔵庫の役割を果たしています。また、人体の約3/4、75〜80%近くは水であるわけですが、人体を例にとっても、水は熱の貯蔵庫的な役割をして体温の維持をはかっています。
 逆に、水は熱を放散、放射して外に出す働きもしてくれます。例えば、体温が上がり過ぎないように、汗は四、六時中出ていますし、尿が出る時にも熱を一緒に外に出しています。このように、体の中に水がなければ体温を適正に保つこともできないわけです。
 この、水が熱を吸収したり放射したりする特性は、環境問題とも密接にからんでいます。
 地球は水の惑星と言われ、水が大量に存在することによって生物が生存できる環境になっているわけですが、この地球が安定した温度を保っていられるのも海水、つまり水があるからなんですね。海水が太陽光からの熱を昼間吸収して夜に放射して地球の気温を保っているという具合に、熱の吸収や放出という意味では、生き物にとっての水も、地球という惑星にとっての水も、同じ形をとって欠かせない存在となっています。

水、第三の研究

石川 今までの科学の常識では大体以上で水の役割は終わるのですが、最近「クラスター」、つまり水は分子が単独に存在するのでなく、いくつかの水分子の集合体(クラスター)であるということが言われるようになりました。
 言葉を換えて言うと、これまでの科学が"物質の運び屋”としての水だけに焦点を当ててきたのに対し、ここ10年か20年の間に水分子の集合状態がどうなっているか、それがどういう状態なら生物に良いのかなどの議論がされ始めたわけです。
 ただ、このクラスターに関していえば、まだ仮説の域を出ていません。
 なぜならば、例えば水の分子が6個集まった10個集まったといっても、その状態にとどまっているのはほんの瞬間で、クラスターというのは一瞬にして変わってしまうなどの理由もあります。
 近代科学の特徴として、物質の成分の研究を重視してきたことがあげられますが、そのために、現在の科学技術は成分の分析・測定に関しては非常に発達していますけれども、水が瞬間的にどういう構造になっているか、ましてや、水の分子が5角形あるいは6角形になっているかなどということを調べる技術は大変遅れているのです。
 クラスターの問題だけでなく、最近、水に関しては成分以外、磁気、波動など、いろいろなことが研究されています。しかし、科学の分野では、事実としては存在しても理論的にまだ証明できないことはいっぱいあるわけで、こうした分野の研究はまだまだこれからの段階なのです。

文化生活に連動して 出てきた"水の環境問題”
水はなぜ汚れてきたか

――今のお話に出て来ましたが、その水が近年、非常に汚れて来た…。
石川 水の特性は今お話しましたように、成分については吸収と排出、熱については貯蔵と放散――というように、二つの側面があります。同様に、水の汚れについても相反する二つの側面があります。
 環境問題というと、悪い面だけを前面に出してそれを叩くというやり方が横行していますが、実は水の汚染は"上下水道の普及”という文化生活のシンボルと連動して出てきた問題としてとらえなければ、これからの水と生命の上手なかかわり合いを探ることはできません。
 今の私達の生活は、蛇口をひねれば安全な水が供給され、トイレにしても水洗にして糞尿を流しています。しかし、この一見素晴らしい上下水道の普及という裏側に、水の汚染という問題が潜んでいるわけです。
 下水は、処理槽や処理場できれいになって川や湖や海に流されると思われていますが、100%安全無害になって流れて行くわけではありません。汚れをかかえたまま川や湖、海に流れて、それが巡り巡って再び我々の飲料水(上水)として口に入っていくわけです。
 もう一つ、川が汚れればダムの水も当然汚れているわけですが、たまった水というのは必ず汚れるという性質から、ダムに水を貯めてる間に汚染はさらに進みます。しかも、ダムは大抵観光地になっていて人が集ってくる。そうすると、たとえダムにゴミを捨てなくても、大量の糞尿がダムの近くに貯められ、水の汚染源となります。
 このように、糞尿、動植物の腐敗物質、あるいは合成洗剤に含まれている蛍光増白剤など、有機汚染物質が大量に流されると、今の処理施設では100%は処理しきれず、どうしても水道の中に微量ながら混ざってくるわけです(図3)。それで、飲料水に有害物質、少なくとも病原菌が少しでもあったら困るわけですから、上水処理に塩素を入れています。
 その塩素のお蔭で、我々は有害微生物が生きていない水が飲める。これは実に有難い話なんですね。ところが、塩素の殺菌効果は有害な細菌を殺すだけでなく、我々の腸の中に棲んでいろいろ有益な働きをしてくれる腸内善玉菌も少なからず殺してしまうんですね。
 さらに厄介なのは、有機物質(汚染物質)に塩素が作用すると、今度はまた塩素とは違う有害物質、今、水質汚染では最も問題になっている「トリハロメタン」などが生成されます(図4。図3を参考)。
 いづれにしても問題は、消毒をしなければ飲み水を確保できないところにあるわけです。

地下水の枯渇と汚染

石川 水をとりまく環境問題ではもう一つ、地下水の減少があります。
 森林というのは抜群の保水機能をもっており、雨が木に降り、下草や枯草に貯められ、地下にしみ込み、最終的に地下水として貯えられる――という具合に、段階段階で大量の水を貯める貯水庫となっています。ところが今、その森林が減っています。特に日本では、貯水能力の非常に高い天然の広葉樹林(雑木林)がドンドン減って、代わりに、貯水能力の非常に悪い杉など単一針葉樹林の人工林が、戦後の国策のせいで増えてしまったのですね。
 日本ではまた、水田が大変素晴らしい貯水地として、川の氾濫を防ぐなどさまざまな役割を果たしてきました。その水田も、国民の米離れ、減反政策などによってどんどん少なくなっています。
 かつて日本の水事情が大変良かった理由には、豊かな森林と水田の存在があったわけですが、その森林が減り、水田が減って、さらに都会がコンクリートに蔽われてしまったことが、雨水や下水が地下水にしみこまないで川や海に大量に流れる結果となり、地下水の減少と汚染(表1)、川の氾濫など、日本の水事情を悪くしていることにつながっていくわけです。

命を養う水を 確保していくには 生活排水は土にもどす

――いろいろな問題をかかえているわけですが、少しでもきれいな水を確保するために、個人サイドで気をつけられることは?
石川 例えば、お米のとぎ汁など台所から出る雑排水(表2)は、洗剤のような化学物質が入ってさえいなければ、下水に流さないで土に戻してやるのが一番です。洗剤、特に合成洗剤は駄目ですよ。
 これを仮に、東京都の1/3の家庭が一世代30年間、毎日バケツ一杯土に返し続けたとすると、小河内ダム一つ分位の地下水が出来る勘定になるんですね。
 だから、これは決して小さな運動ではない、私達がそういう感覚を持つことが水事情を良くします。要は我々の生活態度如何にかかっているということですね。
 飲料水の原水は、平均約7割が川や湖から、残り約3割が地下水からとっており、今までは地下水の方が良かったのですが、その地下水が汚れ始めたのだから、もう、元の水(原水)で良い水というのは無くなりつつあるわけです。それでも地下水は有害物質、例えば洗剤のようなものを我々が流さないように気をつけていれば、本来の天然の濾過装置で、体に必要なミネラルを含んだ水を供給してくれる素晴らしい天然の浄水器であるわけです。
 それをいかに確保するかを、これから本気に考えなければいけないだろうと私は思います。

水が売れる時代

――今日本でも水が売れています。2、30年前までは考えられなかったことですね。
石川 日本は長い間水質の良さを誇ってきたわけですが、健康に良いという水を水道水の何倍もの値段で買う、そういう文化を今我々は作っているわけですね。
 この流れの中でもう一つ、清涼飲料水の問題があります。
 ある調査によると、清涼飲料水を飲む習慣は小学生の5割に定着し、その中で1日1リットル以上飲む子は15%もいるということですが、清涼飲料水には保存や発色を良くするなどいろいろな理由で燐酸塩が入っています。この燐酸塩はカルシウムと結びついてそれを体外に出す性質が強いので、ジュース類の多飲によって、日本人のカルシウム不足がさらに促進されるわけです。
 それと、殆どの清涼飲料水には糖分が沢山含まれています。この上、おやつを食べるわけですから、糖分の摂り過ぎで今、日本の小学生には多くの糖尿病予備軍が出始めてます。健康に良い水ということでは、こういう問題も見逃せませんね。

ちょっとした手間暇で 水道水も体にいい水に
 ――汲み置き水に炭を――

――水をきれいにする自衛手段としてまずは、浄水器の購入が考えられますが。
石川 浄水器は確かに有効ですが、それに頼り過ぎる傾向がありますね。フィルターが汚れてもそのまま使っているケースは随分多いと思われますが、フィルターというのは1ヶ月も使えば有害物質をためこむので、かえって健康に悪い水を提供することになりかねません。フィルターを小まめに取りかえる、1週間に1回は殺菌するなど、浄水器を使用する際、その効果を100%生かして使うというのは一般の人にはなかなか出来にくいということを頭に入れて欲しいものです。
 それよりも、水道水の処理に一番簡単で誰にでも出来る方法は、水を一晩汲み置くやり方です。
 塩素もトリハロメタンも揮発性ですから、煮沸なんてしなくても、常温で汲み置いておけば割と簡単に出ていくんですね。だから、汲み置き法というのは有効で、さらに、かき混ぜればもっといい。欲を言えば、容器を2つ用意して、ジャージャー入れ換える。そうすると空気に触れるので非常に効率良く、塩素やトリハロメタンが抜けます。
 最も理想的なのは、汲み置きの時に木炭を入れておく。水1リットルに拳大一つ位の木炭を入れておけば、木炭がいろいろな不純物質、有害物質を吸収してくれます。
――炭はよく、備長炭がいいと言われますけれども。
石川 凝ればいくらでも凝れますけれど、そこまで凝らなくても普通の木炭でも十分効果があります。
 それで、木炭を1週間位使ったら取り出して、半日お日様にあてて乾燥すれば機能を取り戻してくれます。欲を言えば、それに浄水器を補助的に使う、さらに先程お話したように、"かき混ぜる”、或いは"容器を入れ換える”という手間をかければ、非常に良い水になります。
 この程度の手間暇で、今の水道水でも十分良い水になるんですね。こうして、出来るだけ加工しないで体に良い水を飲む生活をする。こうしたことこそが、我々が生きていく上での原理原則になると私は思います。