痴呆症予防で脚光を浴びるイチョウ葉

その多彩な効能・効果

東京大学大学院理学系研究科 東京大学理学部付属植物園長
長田敏行教授

高齢化時代到来で痴呆症対策にイチョウ葉エキスが脚光を…

 高齢化社会を迎え、老人性痴呆症の増加が深刻な問題となっています。現在、痴呆症患者は全国で100万人を超え、2000年には150万人に達すると予想されています。しかも40代、50代の働き盛りを襲う若年性痴呆症も急増中で、痴呆症対策は重要課題となっています。
 そんな中、痴呆症予防に効果があるとして世界的に脚光を浴びているのが、日本人には街路樹などで馴染みの深いイチョウの葉から抽出したエキスです。
 古くからギンナンは漢方薬として知られていましたが、葉の薬効はほとんど注目されていませんでした。それが、1960年代からドイツやフランスを中心にイチョウ葉エキスの研究が始まり、今や両国では、血行障害や老人性痴呆症の治療薬として、医療の現場でイチョウ葉エキスが用いられるまでになっています。それを受けて、日本でも健康食品や入浴剤、育毛剤などにイチョウ葉エキスが使われ、人気を集めはじめました。
 折しも、昨年は帝国大学理科大学(現東京大学)の助手だった平瀬作五郎氏がイチョウの精子を発見してからちょうど100年にあたり、それを記念してフォーラムやシンポジウムが開催されました。ヨーロッパからは植物学者の他に、医学、薬学の分野からも研究者が参加。イチョウの現代的意義が追求される中、イチョウと健康とのかかわりにも焦点があてられました。
 イチョウ精子発見100周年記念事業で実行委員長として活躍された東京大学大学院理学系研究科の長田敏行教授に、注目を集めているイチョウ葉エキスの多彩な効果についてお話を伺いました。

精子発見から100年
今、脚光を浴びる イチョウ葉エキス
イチョウの精子発見の偉大な功績

――イチョウの精子発見から100年、様々な角度からイチョウの価値が見直される中、健康面でもイチョウ葉エキスが注目を集めていますね。
長田 1896(明治29)年、当時、帝国大学理科大学の助手であった平瀬作五郎は世界で初めてイチョウに精子がつくられることを発見しました。日本にはまだ帝国大学というたった一つしか大学がなかった、そんな時代です。
 ヨーロッパの権威ある研究者たちもみつけられなかったような植物学史上の大発見を日本人がしたという事で、これは当時世界的にも話題になり、現在多くの教科書にも載っているくらいのすごい発見なんですね。
 同じようにソテツの精子も日本人が発見しているのですが、一方で、日本にはそれらの木が比較的多いから発見できたのだとする意見も実はあります。
 しかし、今から100余年前のドイツの有名な植物学者シュトラスブルガーの論文には、イチョウの花粉が発達する過程が調べられて図まで載っているのですが、精子が出来るところまでは書かれていない。つまり、当時のヨーロッパではこの分野の研究が活発に行われていたにもかかわらず、その頃の権威ある人達にも見つけられなかった事を日本人が見つけたわけです。ですから、この平瀬助手の発見は国際的競争に日本人が勝ったという意義も大きいと思います。
 その大発見から100年を記念して昨年9月にシンポジウムとフォーラムを開催したのですが、開催にあたっては、イチョウ葉エキスを扱っているドイツ・シュワーベ社等の製薬会社からも協力をいただき、「イチョウと人類の健康」というテーマでの講演も行われました。
──イチョウは日本に多いということで、精子発見につながったという説も出されたそうですが、ヨーロッパにも勿論分布しているんですよね。
長田 イチョウは地球上で、かつては世界中に分布していました。今から約2億年前の中生代、恐竜の時代に最も栄え、そのころは南半球にもあったのですが、その後衰退の一途をたどり、新世代の第3紀になってくると少し分布が狭められてきました。それでも、なお、それこそ今何も植物のないグリーンランドとか、北極の辺りにもあったんですよね(図1)。それが第4紀になると日本にももう残っておらず、最後に唯一残ったのが中国でした。結局一旦滅びて再度、日本にイチョウを持ち込んだのは遣唐使ではないでしょうか。
 その後、ヨーロッパに伝わったのは日本からです。オランダの東インド会社によって、長崎の出島からジャワを通じてオランダへ行ったのがだいたい1710年くらい、そこからずっと世界中に広がっていったんです。例えば、ゲーテは1815年に"イチョウ”という詩を書いています。だから、その頃にはもう相当広い範囲で広がっていたと考えられます。

ヨーロッパで注目されたイチョウ葉

――イチョウの効能は、どのようにして注目されるようになったのですか。
長田 イチョウの薬としての歴史をみると、ギンナンは白果と呼ばれ、去痰、鎮咳などの効能がある漢方薬として古くから知られていました。日本のイチョウはおよそ1000年前に中国から伝来したものなのですが、最初は多分医薬品として白果が持ち込まれたと考えられています。
 ギンナンが漢方薬として親しまれていた一方、葉の方はほとんど注目されていませんでした。イチョウの葉に含まれるギンコリックアシッドという酸にはかぶれる作用があるので、漢方式に単純に煎じて用いるのではかぶれてしまって、それで薬に使われなかった可能性は多分にあると思います。ギンナンも生で食べ過ぎると中毒を起こしますが、その原因として、やはり一つにはギンコリックアシッドがありますね。
 イチョウ葉エキスが薬として登場するのは1960年頃、ヨーロッパにおいてです。チベットでイチョウ葉の効果が認められているという話がきっかけでして、その時のドイツの処方として、ギンコリックアシッドを除いたところがミソなんですね。
 日本やアメリカでは健康食品扱いですが、ドイツ、フランスでは、イチョウ葉エキスは医薬品として認められています。しかも驚いたことに、両国では多くの薬の中で売り上げがトップクラスだというデータも出ているんです。たまたま用事があってドイツに行ったときにも、週刊誌にイチョウ葉エキスの広告をみつけて、ごく普通に出回っているものだということを知りました。

イチョウ葉の有効成分 活性酸素スカベンジャーとして働くフラボノイド

――イチョウ葉には20種類以上の成分が含まれているそうですが、有効なのはどのような成分なのでしょうか。
長田 イチョウ葉の有効成分は2種類あります。
 一つは植物の色素であるフラボノイドで、量の多寡や種類の違いはありますが、これは植物にごく一般的に含まれている成分です。フラボノイドはフラボノールに糖がついた配糖体です。本来の働きとしては、紫外線を吸収して植物を紫外線から守るという説明があります。それから、これは人間の勝手な解釈かも知れませんけど、花がなぜああいう色素を持っているかということについては、昆虫との関係が指摘されています。
 フラボノイドには活性酸素を除去する作用があり、過酸化物を抑えるという事で話題になっています。そして、活性酸素は色々な病気に関わっているといわれてますから、最終的に症状が現れるまでの、前段階に効くのではないでしょうか。どの植物のフラボノイドでも効果があるというわけではなく、イチョウ葉の場合には、少なくとも活性が認められているということのようです。

血栓を予防するギンコライド 

長田 それから、今のところイチョウにしか見つかってない成分にテルペンに分類されるギンコライド類(A、B、C、J、M)、あるいはビロバライドがあります。
 テルペン自体は植物に普通に含まれていますが、ギンコライド、ビロバライドはイチョウ特有の成分なんです。植物にとっての役割は分かっていませんが、この中の少なくともギンコライドBは、いわゆる有効成分に関係すると言われています。
 ギンコライドBには血小板活性化因子(PAF)を抑制して、血小板の凝集を防ぐ作用があり、したがって血流を良くし、血栓を予防します。
 ギンコライドの構造決定をしたのは日本人ですが、アメリカのコーレーという学者は、その化学合成に成功した功績で1990年にノーベル化学賞を受賞しています。
 ちなみに、黄色く紅葉すると成分が変わってきますから、イチョウ葉は緑のものでないと効果がありません。収穫されるのも新緑の葉だけで、しかも年をとった大きな木ではなく、若い、手が届くくらいの木から収穫しているようです。

イチョウ葉エキスの多彩な効果
痴呆症、肩こり、動脈硬化、アレルギー…

長田 つまり、今言われているイチョウのさまざまな効果は、・フラボノイドが活性酸素を除去する、・ギンコライドBが血小板の凝集を防いで、血流を良くする――という両方の作用の総合的な結果として、動脈硬化、脳梗塞なども抑えられ、痴呆症にも効果があるという事なんですね。
 血流が良くなるわけですから、肩こりにも効くし、疲労の回復にもいい。それから脳の血流も良くするわけですから、耳鳴りや難聴、記憶力、集中力の低下などにも効果があるといわれます。
 昨年のフォーラムではさらに、ドイツ・ミュンヘン大医学部のミヒャエル・ハップス教授がイチョウ葉抽出物(EGb761)の効果を次のように説明しています。
・血液流動性の改善
 血管の透過性を抑制し、血管外に液体成分などが染み出して血液が濃くなり、粘性が上昇するのを防ぐ。また、血小板や赤血球の凝集抑制、血液凝固因子であるフィブリノーゲンの減少、赤血球と白血球の弾性の増加など、血液の流動性を良くする。
・活性酸素除去
 主にフラボノイドが活性酸素の不活性化に働く。
 過剰な活性酸素が血管壁を傷害し、損傷部に血小板が凝集して血栓が形成されるのを防ぐ。また、細胞膜脂質が過酸化され、細胞機能が低下するのを防ぐ。
・血小板活性化因子(PAF)抑制作用
 主にギンコライドBがPAFに拮抗して、過剰なPAFの作用を抑制する。
 PAFは血小板を凝集させて血栓や動脈硬化を形成したり、血管に炎症を起こしてアレルギー疾患や喘息の原因にもなる。また、細胞内のカルシウム濃度を上昇させて細胞死を引き起こしたり、潰瘍や膠原病の発症にも関与していると言われる。
・神経保護作用
●エネルギー代謝にかかわるミトコンドリアの機能を強化して酸素を効率的に利用できるようにするため、低酸素状態でのエネルギー代謝系の耐性を高め、神経細胞を保護する。致死的な低酸素状態においた動物にEGb761を投与した実験では、投与群は非投与群に比べ生存時間が2〜6倍延長。また、血液不足(=酸素不足)の実験動物にあらかじめEGb761を投与しておくと、死亡率が低下し、脳の神経障害も軽減した。
●細胞内にナトリウムと水分が過剰に浸透すると浮腫が生じるが、EGb761は細胞膜ポンプを活性化し、浮腫を抑制する。細胞毒性脳浮腫をおこしたラットにEGb761を与えたところ、脳組織での水分とナトリウムの上昇は完全に抑制された。
●加齢にともなって神経伝達物質の受容体が減少するのを抑制し、記憶力の減退など脳の働きの衰えを防ぐ。
●脳内で記憶にかかわる領域といわれる海馬周辺で、神経伝達物質のアセチルコリンの取り込みを高める。

痴呆症への優れた効果

――痴呆症に対しては、脳血管型、アルツハイマー型共に効果があるのでしょうか。
長田 ドイツやフランスの臨床試験では、確かにそういうデータがたくさん出ているようですね。フォーラムでは、ハップス教授より次のようなデータが紹介されました。
・痴呆症患者156人(脳血管型31人、アルツハイマー型125人)を対象としたプラセボ(偽薬)との比較で、精神や症状、日常生活などへの影響を調べたところ、EGb761には統計学的に有意な効果が認められた(表1)。
・健常人と痴呆症患者の脳電図(EEG)と、健常人にEGb761を投与したときの脳波パターンを比較
すると、痴呆症患者では、健常人と比較してアルファ波の減少、ベータ波とデルタ波、シータ波の増加という脳波パターンが現れる。EGb761投与ではこれと全く逆の脳波パターンを示し、イチョウ葉エキスが脳機能の改善に大きく貢献することが示唆される(図2)。
 また、シータ波が異常に高い不規則な脳波を示す高齢者や器質的精神疾患患者にEGb761を投与した研究でも、脳波の正常化、アルファ波の増加が確認されています。

再認識される イチョウの役割

――これから高齢化社会を迎えるにあたり、イチョウ葉エキスの需要はますます伸びていきそうですね。
長田 最近では浴用にも使われているようですね。これもやはり、血流を改善し、血行を良くするという効能からのようです。また、脳の活性化を促すという作用から、イチョウ葉エキスは普通の人、若い人が飲んでも構わないという特徴があります。この他、イチョウ葉エキスに関しては、効果は即効性ではなく遅効性、副作用は殆どない――などが言われています。
 健康とは関係ありませんが、耐火性があるということでもイチョウは注目されているんです。大正12年9月1日の関東大震災の時の記録によると、今でいう建設省の職員にあたる人達が色々な被害状況を見て、火事の類焼を防ぐにはやっぱりイチョウが一番いいらしいと。浅草の浅草寺でも、イチョウの木のお陰でお堂が残ったという説があります。
 イチョウの葉は水分を多く含む性質があり、火が攻めてきたときに水分が蒸発するので効果があるようです。最近の研究では、イチョウは冬になると葉が落ちるから、イチョウと他の常緑樹とを街路樹に組み合わせるのが防火に効果的だと言われていますね。現在、国内のイチョウの街路樹は約50万本でナンバーワンですが(表2)、阪神大震災の後もイチョウの延焼防止効果が注目され、街にたくさん植えられたそうです。
 イチョウの精子発見から100年、昨年のシンポジウム、フォーラムの反響も大きく、各方面からイチョウの特性や意味が見直されてきています。