亜鉛不足が、肝炎・肝硬変症を悪化させ、肝炎・肝硬変症が亜鉛を不足させる

肝臓病とミネラル

日本大学医学部 第三内科 荒川泰行教授

急増する肝臓病、21世紀には国民病に?!

 我が国での死亡原因の4位は肝臓病です。うちわけは、肝がん約1万7千人、肝硬変症約1万7千人、劇症肝炎約2千人となっており、年間約4万の人がなんらかの肝臓障害で亡くなっています。
 肝臓病は年々増える傾向にあり、21世紀には国民病になるという声もあります。実際、人間ドックの利用者を対象にした調査でも肝臓障害は全体の2割弱のトップで、増加の背景にはアルコール消費量の急増も指摘されています。
 今のところは日本での肝臓病は圧倒的にウイルス肝炎(表1)が多いのですが、これからは飲酒量の増大や、また新しい薬剤の開発にともなって、解毒の中枢である肝臓がやられてくるケースも増えてくると思われます。
 さて、代謝の中心的な臓器である肝臓では、ミネラルの過不足によって代謝異常がもたらされ、また逆に、肝臓病の進行によってもミネラルの代謝異常が起きやすくなります。このように、肝臓の健康にミネラルは密接に関係していますが、中でも亜鉛の不足は肝臓の機能低下につながるという研究報告が、日大医学部の荒川泰行教授を中心に出されています。
 今月は、肝臓を含めて消化器病と微量元素(ミネラル)の研究をしている荒川先生に、肝臓病について特にミネラルとの関連でお話を伺いました。

 肝臓の障害
急性肝炎↓慢性肝炎↓肝硬変症↓肝臓がん

――肝臓は「沈黙の臓器」といわれ、少
々の障害にあっても音を上げないといわれていますが、その肝臓に障害をもたらす原因には何がありますか。
荒川 肝臓は予備能力、再生能力が共に高く、例えば肝臓の7割近くを切り取っても再生が可能で、肝不全となるのは障害が肝臓の8割近くに達した時です。
 肝臓に障害をもたらす主な原因はウイルスと、アルコールを含めて薬物(化学物質)で、食事や栄養、過剰ストレスなどが誘因になります。
 この他、特殊な病気として、微量元素の代謝異常によるウィルソン病(銅が過剰にたまる)やヘモクロマトーシス(鉄が過剰にたまる)、原発性胆汁性肝硬変症、さらに自己免疫性肝炎などがあります。
 これらのうち日本では、飲食物を介して経口的に感染するA型肝炎、主に血液などを介して感染するB型肝炎とC型肝炎が多いです。特に慢性肝疾患では、C型ウイルスが原因のものが7〜8割と圧倒的に多いですね。
――ウイルス性にしてもアルコール性にしても肝炎という炎症そのものは同じで、いづれも進行すれば肝硬変、肝がんに移行していくのですか。
荒川 形態学的にも原因的にも、急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変、肝臓がんは一連のつながった病気で、肝硬変や肝臓がんは急性肝炎の終着駅、なれの果てともいえます。
 ウイルスであれ、アルコールを含めて薬剤であれ、肝臓になんらかの細胞障害を起こす原因がある程度以上加わると免疫反応が起き、多くの場合肝機能異常を示すGPT、GOT(肝細胞に含まれる酵素で、肝臓に障害が起きて細胞が壊れると、血中の濃度が高くなる)といった値が上がってきます。これが急性肝炎の状態で、それで治ってくれればいいのですが、そうした状態が持続して細胞の変性壊死と再生がくり返されるうちに慢性化し、そうなると肝臓に線維がたまってきて慢性肝炎を起こし、それがまた10年、20年と経過する中で肝硬変症
になり、さらに肝臓がんになったりするわけです。
 輸血後肝炎で肝がんまでに進行するのは平均30〜40年くらいかかりますね。

日本で圧倒的に多い「ウイルス肝炎」

――日本では圧倒的にウイルス肝炎、それもC型肝炎が多いということですが、原因はやはり輸血ですか。
荒川 肝炎ウイルスは最近発見されたG型まで含めると6種類見つかっています(表1)。
 C型は遺伝子が突き止められるまでは非A非B型と呼ばれていたわけですが、C型肝炎が日本に多いのは昔の輸血が原因です。これはかつての日本では、輸血の大部分を黄色い血といわれた売血に頼っていたことが大きい理由ですね。
 それが1965年、当時のライシャワー・アメリカ駐日大使が暴漢に襲われた際に輸血で血清肝炎を起こしたのを契機に、輸血は売血制度から献血制度に変わり、さらにウイルス検索などの研究が進んで、供血者に対する肝炎ウイルスマーカーのスクリーニングが実施されるようになった結果、先ずB型肝炎が減少し、さらに今日ではC型肝炎も激減し、今では輸血による感染者は0・5%以下という目覚ましい結果になっています。
――C型肝炎の方が肝臓がんに移行しやすいといわれますね。
荒川 同じ血液感染型肝炎でも成人になって感染したB型肝炎は急性肝炎で治ってしまうケースが多いのに対し、C型肝炎ウイルスでは一旦感染・発病すると60〜80%は慢性化して、長引けば着実に肝硬変症に移行してしまいます(表1)。
 また、発がんの時期からみると、B型は必ずしも肝硬変症までいかなくても発がんし、症状の出ない無症候性のキャリアでも、あるいは慢性肝炎の段階でも、発がんすることがあります。一方、C型では多くの場合、肝硬変症までいってから発がんします。
――ワクチンも開発(表1)されているように、肝炎の免疫抗体を持った人が多くなると、ウイルス肝炎は少なくなるのですね。
荒川 結局、ウイルスに感染したからといって全部が発病するわけではなく、その一部の人が発病つまり急性肝炎を起こすわけですね。それで発症するしないは、抗体のあるなし以前に、抵抗力とか免疫力、体のコンディションなどにかかっています。
 不幸にして急性肝炎になった場合、普通はそれに対する免疫応答が出てきて、ウイルスを排除する様に体の免疫系が働き、さらに、感染防御抗体である中和抗体というものができて、ウイルスが排除されていくわけです。そして肝炎が終了すれば(治れば)、その後多くは終生免疫を獲得して再感染しても二度と再び肝炎にはならないわけです。
――肝炎ウイルスに対しては、体はインターフェロンを作って対抗するわけですか。
荒川 肝炎ウイルスに限らず麻疹でも風疹でも、体にウイルスが侵入すると、まず最初に防御物質として、サイトカインの一種であるインターフェロンが産生されます。これは生体が自ら作り出す生理活性物質で、ウイルスの増殖を抑えたり、正常な細胞や免疫細胞に働きかけてウイルスを排除する様に働きます。さらに時間とともに、中和抗体が作られて、それがウイルスに追い討ちをかけて排除していくわけです。

増加傾向にある 「アルコール性肝炎」・「脂肪肝」

――新たにウイルス肝炎にかかる人が減る一方で、最近は日本でもアルコール性肝炎が多くなってきたそうですね。
荒川 欧米では肝硬変の7〜8割がアルコール性なのに対して、日本ではアルコールが原因の肝障害は1〜2割となっています。
 しかし、日本でも経済的に豊かになったことや社会生活の上でストレスが増えたことなどからアルコールの摂取量が増えて、その結果として確かに今日、アルコール性の肝障害は増加しています。
――アルコールでは何故肝臓をこわすのですか。
荒川 薬もアルコールも肝臓で分解されて解毒されます。その肝臓がアルコールを代謝できるキャパシティーは大体決まっていて、健康な人でも日本酒にして5〜6合で肝臓はアルコールの代謝、処理に24時間フル活動を強いられます。そういう状態が長い年月続きますと肝臓にとっては大変負担になり、まず肝細胞には脂肪がたまってきてアルコール性脂肪肝となり、そこに活性酸素や免疫反応などが関与すると炎症が起こり、アルコール性肝線維症、さらにアルコール性肝炎を起こし、最終的にはアルコール性肝硬変症になるわけですね。
 また、アルコールはそれ自身肝臓障害の原因になるだけでなく、C型肝炎の患者に過剰飲酒が加わりますと、肝硬変症への移行が速くなり、さらに肝がんを起こしやすくなることもわかっています。
――脂肪肝はアルコールだけでなく、糖質のとり過ぎなども原因になると聞きますが。
荒川 肝臓に中性脂肪が30%前後たまると、臨床的には脂肪肝になるわけです。原因は多岐にわたりますが、主なものはアルコールによる脂肪肝、糖尿病による脂肪肝、あとは肥満ですね。
 特に今日飽食の時代を迎えて糖尿病の患者数が増えていますが、過栄養に伴う脂肪肝が非常に多くなってきています。
――脂肪肝も慢性化して肝炎に移行するんですか。
荒川 脂肪肝ではそう簡単には肝硬変症までには至りませんが、やはり若い時期に脂肪肝になってその状態が20年、30年と続けば炎症が起こり、線維増生が起こり、脂肪性肝硬変症になることはあります。

炎症と活性酸素

――炎症はつまるところ細胞傷害で、そこには活性酸素が関与していると思いますが、肝炎の場合はウイルスなりアルコールなりが活性酸素を生成するわけですか。
荒川 そこはやはり難しいところですが、細胞傷害が起きる時に活性酸素が生成され、活性化されているのは確かです。それが、細胞膜成分の脂質を過酸化させ、その結果として、肝細胞の変性壊死が起きてくる可能性は考えられます。
 ただし、活性酸素は生きてく上で一方では必要なものなのです。それが過剰になったりすると細
胞を傷害するわけですね。
――炎症を止めるには、活性酸素の勢いをなくす。そのために活性酸素を分解する酵素を働かせるミネラルを投与すると、炎症がおさまってくるわけですね。
荒川 活性酸素の消去酵素系の機能発現に不可欠な亜鉛・セレニウム・マンガンなどのミネラルや、ビタミンE等の抗酸化剤を投与して活性酸素の毒性を緩和するというのは理論的には考えられることで、それが一つの治療になって、炎症が下火になるということはありますね。

肝炎とミネラル 代謝の中枢である 一大生化学工場「肝臓」とミネラル

――先生は肝臓と微量元素(ミネラル)について研究されているわけですが、肝臓とミネラルは特に密接な関係があるのですか。
荒川 肝臓は生命活動の元である代謝の宝庫で、よく生体の化学工場にたとえられます。この化学工場を人工的に作るとなると、東京全域にわたるほどの巨大な設備になると予測されています。それほど多くの働きをしているわけですが、主には、
・肝臓に送られてきた栄養素を体に合うように分解再合成して貯蔵し、必要に応じて血液を通して全身に送り出す、
・脂肪の消化吸収や、脂溶性ビタミンや鉄やカルシウムの吸収に必要な胆汁を合成する、
・老廃物や毒性物質を分解したり抱合して無毒化し、尿や胆汁から排泄する――などの3つの働きに分けられます。
 その肝臓という生化学工場を円滑に運転させるには、どうしても酵素が必要で、肝臓には約2千種類の酵素がそれぞれの仕事を受け持って、1万種類以上の化学反応を行なっているといわれています。
 肝臓の酵素の多くは、亜鉛や銅その他の微量元素を必要とする金属酵素で、そうした酵素の中核に働く微量元素が欠落するあるいは低下していると、酵素がうまく働かないために代謝サイクルの機能が低下し、生体の維持に重要な支障をきたしてくるわけです。
 また逆に、慢性肝炎から肝硬変に進行する過程で、いろいろな微量元素の代謝異常が起き、血清中のカルシウム(Ca)、マグネシウム(Mg)、リン(P)、亜鉛(Zn)などが低下し、他方、銅(Cu)などが上昇し、それがまた肝臓病を悪化させるということがあります(表2)。

亜鉛不足が肝臓機能を悪化させる

――先生のご研究によると、肝炎では特に亜鉛が有効だそうですが。
荒川 亜鉛は肝臓だけでなく目や皮膚、生殖器など体に重要な組織に多くあるミネラルです。
 肝臓ではアルコールの代謝にしてもアンモニアの代謝にしても亜鉛は必要で、例えば肝硬変症などではアンモニア代謝が著しく低下して脳にアンモニアがいき肝性脳症を起こす場合があります。その場合も亜鉛の投与で脳症が改善したという報告もあります。このように、肝臓に亜鉛が不足すると亜鉛酵素の働きが鈍って肝臓機能に支障が起きるだけでなく、深刻な病態が引き起こされることもあるのです。
 逆に、先ほどもお話ししたように慢性肝炎から肝硬変症に進行する過程で、亜鉛をはじめとするミネラルバランスが崩れて、それがまた肝臓障害を悪化させます。
 肝臓病で亜鉛欠乏になる原因には次にあげる4つがあり、それらの因子もまた互いに影響し合ってますます悪循環的に肝臓の機能低下を招くわけです。
・まず、慢性肝臓病、とくに非代償性肝硬変症では食欲低下や食事制限から、亜鉛そのものの摂取量が少なくなります。
・次に、肝硬変症になると腸の機能が低下して消化吸収能力が落ち、亜鉛などの吸収も必然的に低下してきます(図)。
・もう一つ大きな原因として、微量元素は血液の中では蛋白質と結合して運ばれますが、特に亜鉛の場合は、約66%が肝臓で合成されるアルブミンという蛋白に、残りはマクログロブリンとアミノ酸に結合します。
 肝機能が低下するとアルブミンの合成機能が落ちて、本来結合すべきアルブミンではなくアミノ酸との結合水準が高くなります。そうするとアミノ酸は低分子ですから、尿中から排泄されやすくなり、肝障害が悪化すればするほど亜鉛は尿に排泄されます。そうして必要な臓器に貯蔵されにくくなっていきます。
・あとは肝臓における亜鉛の貯蔵が低下するということですね。
――そういう時に亜鉛を補給するといいわけですね。
荒川 十分な栄養評価を行なった上で肝臓機能の低下に応じて、亜鉛をはじめとして必要な微量元素は適正な範囲内で補充するといいと思います。特に、長期間低アルブミン血症が見られる時には亜鉛の補充療法が必要になることが多いと思います。
――亜鉛には感染症の防御効果があるようですが、ウイルス肝炎に直接的に効くことはないのですか。
荒川 亜鉛などのミネラルが直接、侵入してきたウイルスに対抗して排除するという作用はありません。
 ただ、肝機能が低下して蛋白の合成が悪くなって蛋白栄養障害を起こしますと、今度はそれに続いて免疫能力が低下してきます。そうなれば結果的に免疫機能が落ちることに伴って、いろいろな感染症を起こしやすいということになります。
――ストレスがあっても亜鉛は消耗されますね。
荒川 そうです。例えば、極端なストレス状態が加わって肝臓の機能を脅かすくらいになりますと、皮膚や他の亜鉛が多い組織から亜鉛が肝臓にドーンと動員されることがわかっています。

C型肝炎と鉄の増加

荒川 ミネラルと肝炎ということでは、C型の慢性肝炎などでも鉄の代謝異常が注目されていまして、鉄が血液あるいは肝臓の中で増えてくることがわかっています。その鉄が活性酸素を活性化して、細胞傷害性に働いているといわれています。
――つまり鉄が、肝臓の中で悪さをするわけですね。
荒川 そうです。ですからこの場合は逆に鉄を減らす治療ということになりますが、それは瀉血によって鉄を除くわけですね。
 鉄そのものは肝臓に蓄積されているのですが、肝臓から鉄を直接除くのではなく、血液成分から除くわけですね。それをくり返しながらインターフェロン治療を加えると効果が上がるという報告もあります。

銅と肝炎

――銅も過剰になるとかなりのダメージを肝臓に与えるといわれていますね。
荒川 銅の過剰による肝臓病は昔からウィルソン病として知られ、これはいろんな組織に過剰な銅がたまってくるのですが、肝臓に蓄積してくると細胞障害を起こします。
 ミネラルは不足しても過剰になってもいけないということですね。

肝炎の急増と食生活
2010年までは増加傾向に

――今日、肝臓病は増えているといわれますが。
荒川 確かに1975年位から肝臓がんが増えて、今、年間17000人以上の人達が肝臓がんで死んでいます。男女比で見ると、女性は横這いかむしろ多少減少傾向にあるのに対し、男性の肝臓がんが増えているんですね。
 冒頭でもお話ししたように、肝臓がんはある意味で慢性肝炎、肝硬変症のなれの果てで、B型肝炎やC型肝炎の輸血対策がまだ定着しない昭和30年〜40年代に、外科手術その他で輸血を受けてB型やC型の肝炎ウイルスに感染し、その後にいわゆる血清肝炎を起こした人達が20年、30年経って今、慢性肝炎、肝硬変になり、こうした人達は今後いつ肝臓がんができてもおかしくない状況にあるわけです。
 しかし、こうした増加傾向は2005年〜2010年位までで、新たな輸血後肝炎とか新たな肝炎ウイルスキャリアの発生はここ5年から10年の間に確実に減少していますから、その後の30〜40年後は肝臓がんになる人は少なくなると思われます。
――食生活の影響もあるのでしょうか。
荒川 アルコール性の肝障害や過栄養性脂肪肝などはこれからも増えていく傾向にあるのは確かですね。
 肝臓病の予防と食生活――ウイルスに対しては食生活などに気を配るなどして、日頃から体調を整え抵抗力や免疫力をつけることが大事になるでしょうね。
荒川 それは非常に大事ですね。
生体の感染防御機能を維持していくためにはやはり、栄養は重要なポイントです。今日、がんや重症感染症を含めていろいろな病気の経過・予後が昔と異なって非常に改善されてきている背景の一つには、中心静脈栄養を含めて栄養療法が進歩してきたことがあると思います。栄養状態あるいは栄養管理が悪いと、病気は治らないです。
 肝炎・肝硬変症にしても、三大栄養素をバランスよくとり、中でも良質の蛋白質の十分量の摂取、それに、亜鉛をはじめとするミネラル、そしてビタミンも利用効率が悪くなりますから、こうした微量栄養素の十分かつ適正な補給がすごく重要になります。
 特に、亜鉛もそうですが、最近はファストフードに代表されるように精製食品や加工食品が多くなって、このようなものばかりとっていると確実に微量栄養素は不足してきます。そうすると、体の抵抗力は確実に落ちて、感染症にも他の病気にもかかりやすくなるし、また治りにくくなってきますね。
(インタビュー構成・本誌功刀)