一服のお茶で、O‐157を予防
緑茶カテキンの強力な殺菌・解毒作用
昭和大学医学部(細菌学)島村忠勝教授
感染症の増大とO−157
WHOは今年、1995年の世界の死者数のうち、感染症は全世界の死因のほぼ3分の1を占めると発表しました。死因別では、肺炎などの呼吸器感染症が最も多く、以下、激しい下痢を伴うコレラやチフスなど腸管感染症が続いています。今世紀中には根絶といわれたこうした感染症が21世紀を目前に急増している背景には、発展途上国では未だに解決されない極度の貧困、不十分な衛生管理などがありますが、先進諸国では抗生物質に強い耐性菌の出現が大きな問題になっています。
日本でも96年夏、病原性大腸菌「O−157」が猛威をふるい、O−157による集団食中毒としては世界最大規模の被害が記録されました(図1)。
このO−157に対しても、抗生物質がかえって治療のさまたげになっていることがいわれています。
そんな中で、お茶の抗微生物活性では世界でも第一人者である昭和大学医学部の島村忠勝教授は、日常ありふれた食品"緑茶”にO−157の殺菌効果があることを突き止め、さらに予備実験では、O−157が体内で産生するベロ毒素を解毒する可能性も示唆されました。
緑茶抽出物質でなく、ましてや抗生物質にはほど遠い、普段飲んでいるお茶にO−157の予防効果があることは広く報道され、お茶の売れ行きは倍増、島村先生のもとには取材が殺到しています。
しかし、島村先生は10年近くも前から緑茶の殺菌・解毒作用については報告しておられ、以前から国民の健康にお茶の飲用を推進されていました。今さらながらの報道に苦笑されながらも、快く取材に応じて下さった島村先生に、O−157を中心に緑茶カテキンの強力な抗菌作用、解毒作用についてお話をうかがいました。
食中毒菌に対する
緑茶の強力な殺菌作用・解毒作用
お茶一滴でコレラ菌がコロリ
――"病原性大腸菌O−157に緑茶のカテキンが有効”という先生のご研究が新聞に発表されて以来、お茶の売り上げは倍増だそうですね。
島村 あまりの反響に私自身も驚いていますが、いろいろある緑茶の良さが見直されるきっかけになったのは喜ばしいことだと思っています。
ただ、食中毒にお茶が効くというのはO−157と同じ病原性大腸菌O−111の実験で既に分かっていたことで、私としては10年近く前から言っていたことなんです。
――細菌学者として、お茶の抗菌作用に目をつけられたのには何かきっかけがあったのですか。
島村 コレラの研究がきっかけになっています。
コレラという伝染病は文明国では姿を消したものの、開発途上国では今も頻発している深刻な腸管感染症です。
極端に衛生状態が悪いことがその理由として上げられていますが、そうした環境差の中には衛生面だけでなく、食生活の差もあるのではないか。例えば我々が日常とっている食べ物の中に、ひょっとしてコレラ菌に作用する有用成分が含まれているのかもしれないと思いついて実験を試みたわけです。
はじめは約50種類ほどの食べ物、次に対象を飲料にも広げて調べてみたところ、ふつうに抽出したお茶の液一滴で、コレラ菌の動きがピタッと止まったのです。コレラ菌には鞭毛(しっぽ)があって、それがものすごい勢いで動くんですが、その動きがピタッと止まって菌が固まったんですね。顕微鏡を覗きながら、これはすごい効果だと思いました。
そこでさらに、種々の腸管感染症起因菌(腸チフス菌・赤痢菌など)や食中毒菌への抗菌作用を調べたところ、実に多くの菌に対して抗菌効果があることが分かりました(表)。
菌が体内で生み出す 毒素も解毒
――コレラ菌もO−157同様、水溶性のすごい下痢症状をおこしますね。
島村 コレラでは米のとぎ汁様の猛烈な下痢をおこしますが、これはコレラ菌が体内で産生する「コレラトキシン」という毒素のしわざです。
研究の過程で、緑茶は単にコレラ菌の活動を抑えるだけでなく、この毒素の働きも抑えてしまうことが分かりました。さらに研究を進めていくうちに、緑茶の抗菌・解毒作用はコレラ菌だけではなく、三大食中毒菌(サルモネラ、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌)のうちの、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌が出す毒素を解毒することも分かりました。
中でも、腸炎ビブリオが出す毒素は、赤血球を溶かしてしまうほどの猛毒です。ウサギの血液にこの毒素を一滴加えた実験では、赤血球はたちどころに溶けてしまいました。ところが、この時に緑茶を加えてみたところ、赤血球の溶解は見事に阻止されたのです。
――それでは、大腸菌O−157が産生するベロ毒素にも緑茶は期待できますか。
島村 ベロ毒素については現在研究中で、マウスの実験では手ごたえを感じているところです。まだ明らかにはなっていませんが、その可能性は十分あると思います。
O−157への劇的な殺菌作用
――O−157に対する殺菌作用は確かなのですね。
島村 はい。
培養した1万個のO−157を緑茶1ccの中に入れ、経過を追って細菌数を測定した実験では、1時間後から菌が減り始め、3時間後には激減、5時間後には1万個全ての菌が死滅しました。しかも、お茶の濃度はふだん飲む程度の濃さ(2・5%)、それよりやや濃いめ(5%)、さらに薄め(1・25%)の3通りに分けて検討したのですが、殺菌効果には殆ど変わりありませんでした。(図2)
これに対し、対照にした培養液では1時間後あたりから急速に菌が増殖しました。ちなみに培養液では菌が最初一旦減少していますが、この現象は他の細菌でもしばしばみられるもので、細菌が腸内環境に順応するまで時間がかかることを示しています。
O−157がお腹に入ったときも、一時的には死滅したかのように見えるのですが、いったん環境に適応すると急速に増殖に転じます。O−157が抵抗力の弱い子どもや高齢者にかかりやすいのはこのためだと考えられています。
有効成分は
お茶の渋み"カテキン”
カテキンが
抗生物質様の働きをする
――すごい殺菌力ですね。この殺菌効果はお茶に含まれるカテキンによると聞いていますが、カテキンはどういうメカニズムで細菌を殺すのですか。
島村 カテキンは抗生物質と同じような働きで、細菌に瞬時にくっついて細菌の細胞膜を破壊すると考えられます。破壊の様子は電子顕微鏡で確認されていますが、O−157に対する殺菌効果もこれと同じメカニズムによるものと推測されます。
――最近、O−157の治療に用いられている抗生物質(ホスホマイシン)がベロ毒素を大量に放出させる、また、アメリカでは抗生物質に耐性を持つO−157が見つかったと報道されました。カテキンにはこうした心配はありませんか。
島村 今のところ、カテキンに耐性の菌は見られません。
また、お茶が優れていることの一つには抗生物質と違い、感染や発症以前に予防ができる点も大いにあります。
お茶の渋み成分 "カテキン”
――カテキンはお茶の渋み成分ですね。
島村 カテキンは緑茶やコーヒーなどの天然の食品に含まれる渋み成分で、特に緑茶には10〜15%と多く、約半分を占めるエピガロカテキンガレート(EGCg)をはじめ数種類のカテキンが含まれています。
成分的にはポリフェノール構造を持った低分子化合物で、フラボノイドの一種です。
――食品の渋み成分というと、柿などに含まれているタンニンもありま すが、カテキンとタンニンはまた違う成分なのですか。
島村 似てはいますが、別の物質です。カテキンが低分子なのに対してタンニンは高分子と、まず分子量が全く異なりますし、構造も少し違っています。
お茶の中にも、カテキンとは別にタンニンが含まれていますが、インフルエンザウイルスを使った実験ではタンニンには抗ウイルス作用がありませんでした。
一服のお茶で、 食中毒から インフルエンザ、 虫歯も予防
――お茶にもいろいろ種類がありますが、どのお茶も有効ですか。
島村 緑茶は勿論、半発酵茶のウーロン茶などにも含まれていますし、発酵茶の紅茶には多量のカテキン酸化物と、カテキン分子が酸化縮合したテアフラビン(赤色色素)が微量含まれ、それぞれ殺菌効果が期待できます。
ちなみに緑茶に含まれるカテキンの量は、煎茶(約15%)、番茶(約13%)、ほうじ茶、玉露(約10%)の順になっています(表)。
――先生の実験からはお茶をふつうに飲んでいるだけでO−157が予防でき、しかも、濃さはお好み次第。身近な食品で、こんな素晴らしい効果があるなんて嬉しいですね。
島村 O−157は数百個単位の感染で病気を起こすのですが、緑茶1ccでO−157は1万個死ぬわけですから、その殺菌作用は実に強力です。
普通の湯呑み茶碗1杯で120〜130ccですので、これだけでもかなりの摂取量です。食事どきに1〜2杯、普段通りにお茶を飲むだけで、殺菌効果は十分期待できます。
また、カテキンは酸に強いので、胃酸で効力を失う心配もありません。反対に、O−157は胃酸にかなり弱く、食べた物は2時間位は胃の中にありますから、緑茶を飲むことでカテキンと胃酸のダブル効果が期待できます。
緑茶の苦手なお子さんは紅茶も良いでしょう。ただし、ミルクティーにはしないこと。カテキンは牛乳のタンパク質「カゼイン」と結合すると、解毒作用を失う性質があります。
――それでは学校給食にも牛乳ではなくお茶を配膳していれば、子供たちの間にあれほどの被害は広がらなかったでしょうね。
紅茶ということでは、先生のご研究で紅茶のインフルエンザウイルス抑制効果も大変強力だとか…。
島村 インフルエンザウイルスを通常濃度の約4倍に薄めた紅茶液に約5秒間浸しただけで、ウイルスの感染能力はなくなりました。
インフルエンザウイルスは、鼻やのどの粘膜に感染、増殖するので、紅茶(または緑茶でも結構ですが)による鼻の洗浄や喉のウガイはインフルエンザ対策に相当の効果が期待できます。ちなみに、市販のうがい薬8種と紅茶を比較した実験では、うがい薬は細胞毒性を示すものの、インフルエンザの感染力を阻止する力はほとんどなく、紅茶とは比べものになりませんでした。
茶カテキンはさらに虫歯菌にも直接的な殺菌効果があります。昔の人は食後よく、口中をお茶ですすいだものですが、経験的にお茶の殺菌効果を知っていたからでしょう。
食事どきにお茶を飲む日本人の食習慣も、なまものを好む食生活に根ざしたものだったのではないでしょうか。
カテキンはこのほか、百日咳菌や肺炎マイコプラズマなどの呼吸器感染菌、院内感染で問題になったMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)への抗菌効果も明らかになっています。さらに免疫系にも作用することが分かっていますので、お茶を飲む習慣は日本人の健康に大いに役立っていると思います。