糖尿病性腎症が増えている

―腎臓とミネラル濃度バランス―

東京医科大学腎臓科 中尾俊之助教授

QOLの向上が求められる 糖尿病性腎症と透析療法

 昔から極めて重要なことを「肝腎要」という言葉で表現してきたように、腎臓は血液を濾過し、生体内の水分及びミネラルのバランスをとっている大変重要な臓器です。
 腎臓の機能が低下し、ついに「腎不全」ということになれば透析療法が余儀なくされ、患者さんのQOL(Quality Of Life 生活の質)は著しく低下します。透析のために長時間拘束される不便さはもとより、透析療法では改善できない症状が残る他、いろいろな要因で微量ミネラルのバランス異常もおこりやすく、それによる健康障害も心配されます。
 腎臓病の原因はさまざまありますが、今最も注目されているのが糖尿病からくる腎臓病「糖尿病性腎症」です。糖尿病性腎症は予後が悪く、腎不全から透析療法に至る例が非常に多いと言われ、94年度の統計では新たに透析を受ける患者さんの3人に1人が糖尿病性腎症となっています。糖尿病はもともと食事制限や代謝異常によるミネラル欠乏が心配されている病気です。糖尿病で腎臓病を併発すれば、さらに生体に重要なミネラルの欠乏を招くことも考えられます。
 東京医科大学腎臓科の中尾俊之助教授は臨床腎臓学の立場から、糖尿病性腎症の患者さんや透析療法を受けている患者さんのQOLの向上を目指し、糖尿病性腎症や透析療法における微量元素異常を研究されています。
 今月は中尾俊之先生に、糖尿病性腎症と透析療法を中心に腎臓病についてお話を伺いました。

腎臓の働き
血液を濾過し、 尿として排泄する

――腎臓の第一の働きは、血液を濾過して血液中の老廃物、不要物質を尿として排泄することですが、腎臓が血液を濾過して老廃物を尿中に排泄する仕組みを簡単に教えて下さい。
中尾 腎臓には心臓から送り出される血液の約4分の1が流れ込んでいきます。
 腎臓に分岐している血管は、腎臓の内部で非常に細かく枝分かれしていき、最後には肉眼で見えない毛細血管となり、「糸球体(図1)」という濾過装置に血液が流れ込みます。糸球体は図のように毛細血管が糸球状になっており、片方の腎臓に約百万個あります。
 血液はこの糸球体で終始濾過されて、体内で産生される"終末代謝産物”や、不要の水分などを絶えず濾過して尿として排泄しています。
――具体的にどういうものを濾過して排泄しているのですか。
中尾 腎臓は主に蛋白質が最終的に分解・代謝された物質(終末代謝産物)を、水分や電解質(Na+、Cl−など)と一緒に尿として排泄しています。
 具体的な終末代謝産物としては尿素(蛋白質の代謝産物)、尿酸(核酸の代謝産物)、クレアチニン(筋肉中のエネルギー供給物質クレアチンの代謝物)、馬尿酸(肝臓の解毒作用の結果できる)などがあります。

体液の濃度を保ち、 ホルモンを作る

――他に働きはありますか。
中尾 身体の約60%は水分で、血液を含めた細胞外液や、細胞内液など体液として存在しています。腎臓はこうした体液中の濃度をダイレクトにコントロールしている制御器官でもあります。
 体に取り込まれた水分は吸収されて、やがて細胞の外側に入ってきます。これを細胞外液といいますが、細胞は細胞外液から必要なものを取り込んで、不要なものを細胞外液に出して細胞を守っています。この細胞内外の水分や体全体の水分のバランスをとっているのが腎臓です。
 また、血液は常に弱アルカリ性に保たれていますが、腎臓は肺との共同作業で血液の弱アルカリ性を保つようにしています。
 さらに、腎臓は血圧を調整するホルモンや赤血球を作るホルモンなど重要なホルモンを作っています。ですから腎臓の機能が低下すると、高血圧や貧血になりやすくなります。

三大腎臓病
腎臓病は尿検査で発見される

――腎臓病はよく尿検査で発見されると言われますね。
中尾 腎臓病はおおむね自覚症状がないのが特徴的で、学校や職場の健康診断などの検尿、あるいは他の症状で検尿した時に初めて気づくケースが多いのです。
 尿は腎臓でつくられるものですから、腎臓に障害がおこればまず尿に影響が出てきます。健康診断での尿検査は通常、「蛋白」、「糖」、「ウロビリノーゲン」、「潜血」、「沈渣」を調べますが、腎臓病の場合に陽性となるのは「蛋白」、「潜血」、「沈渣」です。
 この中でも「蛋白」が最も重要で、他の項目に異常が出ても、「蛋白」が陰性ならば必ずしも腎臓病とはいえません。しかし「蛋白」が陽性の時は腎臓病の疑いが濃厚です。
――蛋白が陽性というのはどういうことですか。
中尾 腎臓は血液中に含まれる蛋白質は殆ど全くといっていいほど濾過しません(最近の感度の極めて高い検査法で調べると、健常の人でもごく微量の蛋白が尿に排泄されていますが…)。ですから健康な人の尿には蛋白質は含まれておらず、尿検査の「蛋白」は陰性です。
 ところが、糸球体に病変が生じると糸球体のメッシュに狂いがおきて、血液中の蛋白も一緒に濾過されてしまい、尿に排泄されるようになります。このため、尿検査で蛋白が陽性に出た時は腎臓病、特に糸球体に障害が生じている可能性が強くなります。
 ただし、風邪などで高熱の時やマラソンなど激しい運動をした時、また若年で痩せ型の人は立姿勢を長くとっていると、尿に蛋白が出ることがあります。このような場合の蛋白尿は糸球体に病変が生じているわけではないので心配はありません。
 しかし、尿蛋白の異常が続くようだと、腎臓病にかかっている疑いが濃厚です。
――自覚症状がないということですと、時々尿検査を受けることが大事ですね。
中尾 一般に自覚症状が出るのは機能が正常の5〜10%以下と、著しく低下した時です。そうなると腎不全ということで、透析療法が必要になります。検尿を最近受けていない人はぜひ検尿をお勧めしますね。
 それで異常のあった人は、次に蓄尿(24時間分の尿を集めて成分を分析する)などの精密検査が必要になります。

抗原抗体反応でおきる 「慢性糸球体腎炎」が最も多い

――腎臓病の原因はなんでしょうか。
中尾 腎臓病と一口に言ってもいろいろな種類があります。
 一般に腎炎と言われるのは糸球体に障害が生じる「慢性糸球体腎炎」で、腎臓病の中でも最も多い病気です。原因の詳細は不明ですが、アレルギーと同じ様な抗原抗体反応がおきて、糸球体に障害をおこすと考えられています。
 メカニズムとしては、・抗原抗体反応によってできる免疫複合体が血流にのって腎臓のところにひっかかって障害をおこすという考え方と、・腎臓自体に抗原抗体の複合物ができるというような考え方があります。
――抗原は分かっているんですか。
中尾 慢性腎炎では分かっていません。抗原が分かっていればそれをブロックしさえすれば腎炎にはならないわけですが、まだ検出されていないのが現状です。卵や牛乳などの食べ物だとか、またインフルエンザ菌も一部抗原になっていると言われていますけれど、まだ詳しく分かっていません。
 一部には自己抗体といって、自分の体が持っているものが抗原になっているという説を唱える人もいます。
――抗原には複数あって、人によってそれぞれ違うということもありますか。
中尾 同じ慢性腎炎と一口に言っても、軽くすんで自然に治ってしまうものから、どんどん進行してしまうタイプといろいろあります。
 また、電子顕微鏡などで調べてみても、抗原抗体複合物がくっついてる場所が違ったりしています。それによって経過や症状も異なってきますので、おそらくは抗原もいろいろ多様化していて、それに対する生体側の反応もまたいろいろあり、慢性腎炎にもいろいろな症状があるのだろうと考えられます。
――遺伝も関係しますか。
中尾 それもあります。
 遺伝的素因には2種類あって、一つは元々遺伝性腎炎をおこすタイプ、こういう遺伝子を受け継いでいる人は100%腎炎になりますが、数は腎炎の患者さんの1000人に1人くらいと非常に少ないです。
 もう一つは他の原因で腎炎になった時に進行しやすい遺伝子というのがあって、最近、そうした遺伝子の候補が具体的に上がってきました。
――子供などは扁桃腺炎がきっかけで急性腎炎をおこすことが多いと聞いていますが。
中尾 慢性腎炎の場合は抗原がよく分かっていないのですけれど、急性腎炎では溶血性連鎖球菌、その他のウイルスなどはっきり分かっているものもあります。
 溶血性連鎖球菌が抗原の場合は一番最初に扁桃腺がやられ、10日〜2週間で腎臓が悪くなってきます。扁桃腺炎を繰り返しているとなりやすく、子供の急性腎炎はこのタイプが多いですね。それで扁桃腺を取ると腎臓の方も良くなったりする場合もあります。
――自覚症状はないとうかがいましたが、腎炎ではよくむくむとか疲れやすい、あるいは血尿や頻尿がみられると言われますね。
中尾 腎臓病では透析が必要なほど悪化していても自覚症状が現れない場合もあるくらいですが、血尿がひどいと尿の混濁がみられたり、一部のタイプの腎炎ではむくみ(浮腫)が強くなることがあります。
 薬物療法で半年から1年で治るケースもありますが、大部分は長期間の経過をとって完治しないのが現状です。
――完治はないということは、腎臓病では最終的にはみんな腎不全となってしまうのですか。
中尾 蛋白尿や血尿の程度が弱く、進行しなければ何の心配もありません。
 問題は次第に進行悪化していくケースで、腎臓機能が低下して腎不全におちいり、最終的には尿毒症をおこします。
 ですから腎臓病では治らないまでも、定期的に通院してなるべく悪化させないことが大事です。

急速に増えている「糖尿病性腎症」

――最近は糖尿病が原因の腎臓病が急速に増えて、これが問題になっているそうですね。
中尾 糖尿病がもとで糸球体に硬化をおこす腎臓病を「糖尿病性腎症」といい、ここ10年間で腎不全の原因疾患として著しい増加をみせています。
 糖尿病性腎症による腎不全で透析療法が必要となった患者さんの数は1979年度では701人でしたが、94年では全国で新たに継続的な透析療法を開始した患者さんのうち30・7%(2万4千596人中7千376人)が糖尿病性腎症の患者さんで、糸球体腎炎に次いで原因の第2位になっています(日本透析医学会統計調査、表1)。
――これは糖尿病自体の急増で、腎臓の合併症も増えているということですか。
中尾 昭和30年代後半頃から始まった高度成長期以降、日本では少なかった糖尿病が急増したことを見逃すわけにはいきませんね。実際、現在、糖尿病性腎症による腎不全で私達のところを訪れる患者さんの多くは、昭和40年代前後に糖尿病を発症しています。
 また、一昔前は糖尿病では糖尿病性昏睡や感染症などで命を落とす人が多かったのですが、インスリン注射や優秀な抗生物質の開発などでこれらが克服された反面、慢性の合併症である糖尿病性腎症が目立つようになった側面も大きいと思います。
――透析を受けている人が多いということは、糖尿病性の腎臓病は悪化しやすいのですか。
中尾 糖尿病性腎症ではいったん発症すると多くの場合進行性に悪化し、治ることがありません。数年のうちに腎不全に陥って、透析療法をしなければ尿毒症を来すのが普通です。
 また、私達の病院の糖尿病性腎症の透析患者さんのうち、日常生活に介助が必要な人は45・8%を占めていました(表2)。
 ですから、糖尿病の人は血糖のコントロールを良好に保ち、腎症にならないことが非常に大切になってきます。
――血糖値が高くなると、なぜ腎臓組織が傷むのですか。
中尾 血糖が高くなると、腎臓の組織の中まで糖が入り込んで、組織の蛋白質と結びついてコラーゲン繊維などが増え、組織そのものを変性させてしまうことが考えられます。
 ただ、詳細なメカニズムはまだよく分かっていなく、今のところは、血糖が高くなると腎臓を傷める、逆に糖尿病でも血糖を厳密にコントロールしていれば腎症はおこさない――という現象論だけが明白なんです。いづれにしても血糖による腎臓への作用は一つだけではなく、いろいろな作用が複合していると考えられています。
 糖尿病の患者さんで血糖コントロールが良くないと、次第に毛細血管に病気をおこしてきます。これは「細小血管症」とよばれ、糖尿病に独特の病気です。腎臓の濾過装置である糸球体は毛細血管を束ねた構造となっていますので、このような糖尿病の影響がすぐに出てきてしまうのです。
 こうして糸球体に障害が発生して徐々に硬化をおこしてつぶれていき、やがて機能が止まってしまうと腎不全となり、透析療法が必要になります。
 糖尿病性腎症の進行過程(表3)は、第1期〜5期の5段階に分けられ、この順序で進行して行きます。このうち第1期から第3期A(顕性腎症前期)までは、検尿でタンパク尿が検出されるものの、他には何の症状も現れないのが普通です。しかし、第3期B(顕性腎症後期)以後になると腎機能は直線的に低下していき、高血圧やむくみが出て、やがて腎機能が停止に近い状態となります。
――血糖値を良好に保っていれば、糖尿病の人も腎臓病の合併症はおこさないですむのですか。
中尾 血糖コントロールの悪い人だけではなく、糖尿病歴の長い人は腎症を併発する危険性が高まります。また、遺伝的素因として腎症をおこしやすい人とおこしにくい人がいるようですが、その区別を診断する方法はまだ確立されていません。

高血圧が原因の「腎硬化症」

――高血圧が原因の腎臓病もあるそうですね。
中尾 高齢者に多く、若い人でも高血圧が長く続いていると「腎硬化症」をおこします。糸球体を形成する毛細血管が動脈硬化をおこしたもので、予防には血圧のコントロールが大切です。
 高血圧がもとで腎硬化症を発症した人では、高血圧を十分に治療すると腎硬化症の悪化がくい止められますが、逆に血圧のコントロールが悪いと急速に進行して腎不全におちいる場合があります。

透析療法
腎臓がつかさどる体液の ミネラル濃度バランス
──腎機能の低下が進み 調整不能になると透析療法に──

――腎臓は体液を調整して、体のミネラル濃度バランスをとっているわけですが、それがうまくいかなくなると透析ということになるのですか。
中尾 腎臓は、体液のマクロミネラルであるナトリウムとカリウム、カルシウムとリン、あるいはマグネシウムなどの電解質濃度を一定に保つ働きをしています。
 ですから、腎臓の機能低下が進むと、体の中のミネラル組成が変わってきて、ナトリウムやカリウムなどの濃度異常がおきてきます。こうなると、透析療法が必要になります。
 統合元がやられてしまえば制御できなくなってしまって、乱れてくるのは当たり前の話なんですね。
 体の中の液体、つまり体液には細胞外液や内液などがありますが、特に細胞外液は海から生まれた地球生物にとって、海と同じようなミネラル組成を持っています。ですから生物が単細胞で海に浮かんでれば、周りの環境は広く、かつ安定していますから腎臓なんかいらないわけです。
 生物は陸に上がった時、細胞外液と言って自分の細胞のまわりに海と同じ液体を持って上がってきたので、細胞外液はいつも海の組成と同じに保っていないと体の恒常性は保たれないわけで、その役目をするのが腎臓なんです。
 ところが腎臓が狂うと、自分の細胞の周りに持っている海の組成を維持しきれなくなります。人工透析療法はそういう時に、細胞外液の組成を正常に近づけ、体液のミネラル濃度を保つために行われるわけですね。
 また、不要排泄物にしても、生物が海に浮かんでた時には排泄物もふわーっと広がって希釈されますから、排泄物が自分の周りにたまるということもない。ところが、少しの体液を備えて陸に上がった時は常に排泄物で汚れるわけですから、腎臓がそれを尿としてどんどん外に出してきれいにしていく必要があるわけです。
 結局、人工透析療法というのは腎臓が駄目になった時に、体液組成の維持や老廃物の排泄を腎臓の代りに行って、細胞外液をきれいにし、体液の組成を保つわけです。
――血液透析といいますが、血液をきれいにすれば細胞外液がきれいになるのですか。
中尾 血液も細胞外液の中に含まれて常に交流してますから、血液がきれいになれば細胞外液もそれに連動して、殆ど瞬間的といっていいくらいきれいになります。
 細胞外液の量は普通の人では体重の約20%、60kgの人では約12リットルあります。それで、腎臓が1日に濾過している体液の量はおよそ120リットルくらいですから、腎臓は細胞外液を1日に10回くらい濾過して体液の組成を保っているわけです。しかし、全部をお小水として排泄してしまうと体の中にはたちまち液体がなくなってしまいますから、腎臓はその99%を再吸収しています。
 腎機能が弱ってくると、再吸収の機能も衰えてくるので、尿の量が保たれていても意外と本当に濾過している量は健康な腎臓の20分の1くらいということにもなり、細胞外液の濾過効率は極端に悪くなるわけです。
――体液の組成が狂うと、高ナトリウム血症とか高カリウム血症とか電解質の異常が出るというわけですか。
中尾 濃度というのは結局、体液に溶けこんでいる水の量とミネラルの量との比率で決まるわけです。水が少なくなれば細胞外液に圧倒的に多い細胞外ミネラルのナトリウムが濃くなって「高ナトリウム血症」になるし、反対に水の排泄が悪くて水分が溜まってくるとナトリウム濃度が薄くなって「低ナトリウム血症」がおきてきます。
 カリウムの場合はまた別です。カリウムは細胞外液には少なく、細胞の中にたくさん貯蓄されている細胞内ミネラルです。それが、細胞の中から細胞の外に余分に湧き出してきたりすると「高カリウム血症」がおきてきます。
 例えば、カリウムの多い食品を食べ過ぎて体の中のカリウム濃度が上がると細胞内にどんどんカリウムが入り込み、入りきれないカリウムは普通は腎臓からお小水の中に排泄されて、細胞外液は一定の濃度に保たれるわけです。ところが、排泄能力を超えて摂取したり、腎臓に障害が出ていたりすると、細胞外液にカリウムがたまって「高カリウム血症」になるんですね。反対に、腎臓から必要以上に排泄されたり、非常に欠乏してくると「低カリウム血症」がおきてきます。
 また、コレラや今流行っているO―157などでひどい下痢をおこしても、大便にどんどんナトリウムやカリウムが排泄されて、腎臓がいくら尿の中のものを汲み上げて再吸収して、体に必要な量は貯蓄しようとしても間に合わないという場合もあります。
 ですから、こうした電解質の濃度異常は、腎臓の働きが悪くておきてくる場合と、腎臓が悪くなくても過剰摂取やその他の要因が強過ぎて腎臓の働きでは間に合わないという、両方の原因でおきてきます。
 しかし、腎臓さえ正常ならば、多少塩分を多く摂りすぎたり、水分を多く飲んだからといって、こうした体液の異常はおきてきません。能力の限界を余程超えていなければ、大体の場合は腎臓がうまく調節してくれて、体液の量や濃度を本当に正確に維持してくれるものなのです。水なら1日に30リットル、塩分なら1日30gくらいまでは大丈夫だと言われているくらいです。
――塩分の摂り過ぎで腎臓病になるということはないわけですね。
中尾 それはまずないです。ただ、カリウムは欠乏してくると尿細管に障害がおきてきます。
 高カルシウム血症でも、腎臓障害がおきてきます。
 また、まだはっきりしていないのですが、リンが多過ぎて高リン血症をおこしても腎臓に障害をおこすというふうに言われています。
――腎臓病では果物や野菜を制限してカリウムを摂り過ぎないようにしますね。
中尾 それはカリウムの摂り過ぎで腎臓障害をおこすわけではなく、腎臓が障害されるとカリウムを排泄する能力が衰えて体に蓄積してしまい、高カリウム血症をおこして悪い作用が出て来るということで制限するわけですね。
――しかし、低カリウムになってもまた危険ということなんですね。
中尾 ただ、腎機能がうんと悪い人は低カリウムにはなかなかならないんです。排泄能力が衰えてたまる一方ですから。
 女性でむくみっぽい人や痩せたいという人は、よく利尿剤を飲んだりしますね。ナトリウムや水を排泄させますが、その時カリウムも一緒に排泄させるので、利尿剤を連用していると低カリウム血症になって、それが長年続くと腎臓にダメージが来ることはあります。
――反対にむくみやすい人は、腎臓機能が衰えているといえますか。
中尾 確かに、腎機能が衰えてくると、過剰な塩分や水分を摂ると簡単にむくんできます。排泄能力を超えてしまいますからね。
 ただ、腎臓にそういう塩分や水分を排泄するように命令しているのは、ホルモンが命令しているのです。ですから、腎臓の機能は正常でも、命令系統がやられてもむくんできます。
 腎臓は、腎臓自身で感知する機構ももちろん持っていますけれど、それ以上に体液、血液、細胞外液の組成が変わったということを検知するレセプターというか、反応器を持っているんですね。その反応器は心臓や頚動脈や視床下部などにあるのですが、脳下垂体からホルモンの伝達が来て腎臓が働くという仕組みになっていて、腎臓が独自に統括しているわけではないんです。

人工透析の方法

――それで、人工透析ということになるわけですが、透析には血液透析と腹膜透析がありますね。
中尾 血液透析と腹膜透析(CAPD)は基本的には同じです。腹膜透析では腹腔の中に血液透析と同じような、要するに言ってみれば太古の海に似たようなリンゲル液を入れるわけです。そうすると、腹膜に毛細血管がいっぱいきてますから、そこの毛細血管を介して、不要なものを濾してお腹に入れた液と同じような濃度に組成するやり方です。
――透析療法はずっと続ける必要がありますか。
中尾 腎機能が回復すれば中止できるケースもあります。
 また、透析療法が必要になったからといって、決して悲観する必要はありません。決められた治療をきちんと受けさえすれば腎不全はコントロールできるからです。

透析療法と微量ミネラルの異常

――先生のご研究では透析を受けていると微量ミネラルが過剰あるいは欠乏することがあって、それがまた健康を害することにもなるそうですね。
中尾 透析を受けている患者さんでは、種々の微量元素の過剰や欠乏がおき、それによる患者さんのQOL(生活の質)の低下も心配されます。
 腎臓病で透析を受けている患者さんは、
・排泄経路としての腎機能が駄目になっている
・透析液や透析器具からの汚染
・腸管からの吸収機能の低下
・食事制限――などのことから種々の微量元素の異常がもたらされます。
1.アルミニウムの過剰(図2)
 アルミニウムは腎臓が主な排泄経路となっており、腎不全では体内に蓄積されやすくなります。
 アルミニウムの過剰では、アルミニウム脳症(透析脳症)が知られています。アルミニウムに汚染された水道水を無処理で血液透析液に用いたことから、透析を受けている患者さんにアルツハイマー型痴呆症によく似たアルミニウム脳症が見つかったのですが、それ以後、透析液には水処理がなされ、今では透析液による痴呆症は見当たらなくなっています。
 アルミニウムの蓄積では他に、骨軟化症や貧血が知られています。
 制酸剤などアルミニウム製剤からも、アルミニウムは体に入ってくるので、透析を受けている人はこうした薬の服用は要注意です。
2.鉄の過剰と欠乏
 今、透析療法における微量元素異常で最も問題になっているのは鉄です。
 鉄の過剰はエリスロポエチン剤開発以前に、腎性貧血の改善のために頻繁に輸血を受けた人に見られます。鉄の過剰状態は、肝臓をはじめ脾臓、膵臓、心臓、肺、リンパ節、軟部組織などへの鉄の沈着をひきおこし炎症をもたらします。また、最近は骨石灰化前線への鉄の沈着による骨軟化症が注目されています。この例では同時にアルミニウム沈着が多く認められます。
 一方、鉄の欠乏は、鉄摂取量の不足や出血、また消化管での吸収低下に起因し、貧血などをもたらします。鉄が欠乏していると腎性貧血に対するエリスロポエチン療法が無効となります。
3.亜鉛の欠乏(図3)
 透析を受けている患者さんは亜鉛欠乏を生じやすいことが知られています。これは亜鉛の消化管での吸収が低下し、便中への排泄が多くなるからです。その上に摂取量が少ないと、さらに欠乏に拍車がかかります。
 症状としては味覚障害や性機能や免疫能の低下、さらに亜鉛は抗酸化酵素SODの活性に働くので抗酸化作用の低下にもつながることが考えられています。
4.セレニウムの低値、分布異常
 透析患者さんの血清セレニウム濃度は低く、透析期間の長い患者ほど低い傾向がみられます。ただし、血球中のセレニウム濃度は健常者と変わらず、毛髪中の濃度は逆に増加を認める報告もあるので、生体内分布の異常ということも考えられます。
 セレニウムが欠乏すると心筋症を特徴とする中国の克山病や、また活性酸素消去酵素グルタチオンペルオキシダーゼの活性低下がおきますが、患者さんの血清セレニウム濃度とグルタチオンペルオキシダーゼの値には正の相関関係が認められてます。
 透析患者さんでは、心筋症や冠動脈硬化、筋力低下、悪性腫瘍発生率の上昇、免疫能低下などにセレニウム欠乏が関与している可能性もあります(図4)。
5.バナジウムの過剰蓄積
 バナジウムは腎臓が主な排泄経路であるため、腎不全の患者さんでは蓄積しやすい微量元素です。
 血液透析を受けている患者さんのバナジウム蓄積は透析液や飲料に用いた水道水中のバナジウム濃度が高い地域ほど、血清バナジウム濃度が高いことが観察されています。
 産業災害による高濃度のバナジウム吸収では、緑舌や急性腎不全をおこすことが認められていますが、透析の患者さんにおけるバナジウム蓄積の作用はよく分かっていません。
6.銅の血漿濃度の上昇
 銅は主に肝から排泄されるため、腎不全においては排泄障害による蓄積は考えられにくく、亜鉛や鉄の代謝異常と関連していることが考えられます。銅の上昇による障害は分かっていません。
 以上、代表的なものを上げましたが、血液透析やCAPDでは、血清中の遊離型元素濃度よりも透析液濃度が高いものは、透析療法によって体内へ移行します。
 逆に、透析液中の濃度が血清中の遊離型元素濃度より低いものは、体内から透析液中へ除去されます。しかし、血清中の微量元素はほとんどが蛋白質と結合しており、この蛋白結合型元素は透析で除去されることはありません。また血液濾過補充液中の元素は、濃度の高低にかかわらず、血液濾過療法中に全て体内へ注入されることになります。
 このように、血清と透析液の濃度勾配によって各元素が透析液から体内へ移行したり、逆に体内から除去されたりすることになり、これが微量元素の過剰や欠乏をおこす原因となる可能性もあります。
 いづれにしても、透析患者さんの微量元素異常は今後の研究課題で、いまのところ、こうした研究は亜鉛などの補給以外、治療に反映されていません。

改善の鍵を握る食事療法
食事で予防はできない

――くり返しますが、塩分のとり過ぎ、あるいは蛋白質のとり過ぎで腎臓が過重負担になって腎炎になるということはないのですね。
中尾 ある種の食べ物が抗原抗体反応をおこしているという可能性はあるにしても、腎臓は糖尿病などと違って食事が直接の原因となることはありません。塩分や蛋白質の過剰摂取は腎臓病を悪化させる因子にはなりますが、それがもとで腎臓病になるということはありません。
 ただ、腎臓病は糖尿病や高血圧が原因となりますから、一般にいわれる成人病予防の食事は二次的に間接的には、腎臓病の予防につながることはあります。しかし、何といっても腎臓病での食事療法は進行の予防、病気の改善に効果を発揮します。

進行を抑える低蛋白食

――低蛋白食が重要だと聞きますが。
中尾 蛋白質の摂取が過剰ですと、糸球体の過剰濾過ということで、もともとある腎臓病をうんと進める働きをします。ですから、進行性の腎臓病では蛋白質をかなり抑えることが必要になります。
 腎不全がかなり進んだ場合には相当厳しく制限して、人間の体に必要な量の最低限まで制限をすると、あと1年で透析療法をするところが5年も長引かせる例もあるほど効果があります。
 もちろん、極端に蛋白質を抑える場合には、エネルギー量も落ちると有害となるので、食事療法は必ず専門医の指導の下で行うことです。
――成人病では高脂肪食の害だけでなく、高蛋白食の害も言われ始めてきました。植物性蛋白の方が良いとも言われています。これは腎臓病でも言えますか。
中尾 確かに蛋白質の摂取は今厚生省が推奨している量よりかなり少なくていいと言われていますね。
 腎臓病に植物性蛋白の方が良いだろうということも言われています。はっきりした理由は分かりませんが、ある種のアミノ酸の組成が違う、例えば動物性蛋白に比べてアルギニンが少ないのですが、そういうものが少ない方が良いことはあるようです。また、動物性蛋白質が良くないのは、アミノ酸の含まれる量が多いこととも関係するかも知れません。
 エネルギー源も、摂取量だけでなく今は中身が問われています。糖質にしても食物繊維が多くて複合糖質の穀類から多くとる、脂質も飽和脂肪酸を少なくして多価不飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸を多くとった方が良いと言われています。
 腎臓病でも蛋白質は動物性を抑えて植物性を多くとった方が良いという議論もあるわけですが、実際の食事療法ではそこまで検討するところまではいっていません。

塩分のコントロール

――塩分制限も良く聞くことですが。
中尾 高血圧やむくみが出現すれば、塩分の制限が非常に大切です。
 また、高血圧では腎臓に負担がかかるため、腎臓機能の低下が加速されます。このため高血圧をおさえることが肝心です。
 高血圧の治療には降圧薬がつかわれますが、糖尿病性腎症の患者さんの高血圧は塩分過剰が原因となっている場合がほとんどですので、まずは塩分の制限が第一です。

高脂血症に注意

――成人病の敵、高脂肪食に関してはどうですか。
中尾 コレステロールなど血液中の脂肪が多いと、腎症の進行が速まるので、やはり脂肪の摂取も抑える必要があります。

透析者の養生7ヵ条

――他に、何か注意することはありますか。
中尾 QOLの向上に、私は透析を受けている患者さんに日頃からとくに心得るべき点を「透析者の養生7ヵ条」としてあげています。
 2番を除けば、透析を受けていない腎炎の患者さんにも、さらには他の成人病を患っている方にも共通して言えることだと思います。
1.決められた治療をきちんと受ける
2.塩分、水分は指示量を厳格に守る
3.食事療法は正しく行う
4.薬は忘れずに飲む
5.たばこは決して吸わない
6.睡眠時間は十分にとり、医師の指示に従って適度な運動をする
7.自信を持って社会生活を送る
(インタビュー構成・本誌功刀)