肝臓病ラット(LECラット)に見る炎症と活性酸素とミネラル

京都薬科大学 桜井弘教授

難しい話には、コーヒーで 脳をリフレッシュして
コーヒーには抗酸化能力もいっぱい

 本誌93年12月号でセレニウムのがんや糖尿病への効果を中心にお話を伺った桜井弘先生に、今回改めて、LECラットという生体内でミネラルの動態や炎症反応を見るのに大変興味深い肝臓病のモデル動物を通して"炎症と活性酸素とミネラル”をテーマにお話を伺いました。
 こうした難しいお話は、脳を余程覚醒しておかなければついていけません。そこで我々はコーヒーを戴きながらお話を伺うことになりました。
 難しい研究の合間に、先生ご自身もコーヒーブレイク。大好きなコーヒーを分析してみたところ、コーヒーには活性酸素消去酵素に含まれている銅、亜鉛、鉄、マンガンばかりか、不足を指摘されているマグネシウム、ビタミンB12の構成要素コバルト、他にもカルシウム、クロム、ナトリウム等と多種類のミネラルが含まれていました。さらに、コーヒーにはミネラルの他にもラジカルスカベンジャーとなるポリフェノール物質も多いことから、コーヒーの抗酸化作用をSOD活性で測ったところ、果たしてコーヒーには高い活性があることが分かっ
たのです。適度に摂ればコーヒーは格好の健康飲料になると言われていますが、桜井先生の研究からもそれが証明されました。
 コーヒーの話はこれ位にして、いよいよ炎症をテーマに語って戴きましょう。

肝臓病ラットに見る 炎症部(肝臓、腎臓)の銅の蓄積
銅の代謝異常動物 LECラット

――今日はミネラルのお話を、がんなど炎症に焦点を絞って伺いたいと思います。
桜井 それでは、今研究中のLECラットという肝臓病のモデル動物を例にとってお話しましょう。このラットは遺伝的にある時期が来ると黄疸、急性肝炎、肝がんなどを起こして死んで行きます(図1)。
 当初、何故このラットが肝臓にこうした炎症を起こすか、いろいろ調べても原因が分かりませんでした。
 我々もその原因を探求する機会を与えられまして、活性酸素やフリーラジカルに関する研究をしているところから、まず、「SOD(活性酸素スーパーオキシドの消去酵素)」の活性を調べて見たんです。その結果、特に差異は見い出せなかったのですが、解剖した時にLECラットの腎臓が少し黄緑に変色しているのに気が付きました。急性肝炎を起こしたLECラットは最後は腎不全を起こして死ぬケースが多いのです。
 その色からひょっとしたら、LECラットは遺伝的に非常に銅の蓄積度が高い、それも肝臓や腎臓に特異的に銅が高濃度に蓄積されるという"銅代謝異常動物”ではないかということに思い当ったのです。電子スピン共鳴(ESR)スペクトルで測定してみたところ、果たせるかな、銅のシグナルが出ました。
 さらに金属分析では最も精密な中性子放射化分析法(NAA)と原子吸光法(AAS)で調べたところ、LECラットの肝臓や腎臓、特に肝臓では異常に高濃度に銅が蓄積されていることが分かったのです(表1、図2)。

炎症部位に蓄積されていた  「銅―メタロチオネイン」

桜井 LECラットでは、肝臓や腎臓、つまり炎症を起こしたところに銅が高濃度にたまっていたわけですが、その後の研究で銅は「メタロチオネイン(MT)」という金属と硫黄を多く含む誘導蛋白質の中に取り込まれていることが分かりました。
 では何故炎症部位に「銅―メタロチオネイン(Cu―MT)」が誘導されるのか。これについては2つの考え方があります。
 メタロチオネインは体の中で・重金属の解毒、・必須ミネラルの代謝調整の他、・活性酸素の消去、ラジカルスカベンジング――等に働いていると考えられています。
 炎症を起こしている部位ではスーパーオキシド(・O−2)や過酸化水素(H2O2)など、活性酸素が大量に生成されています。そうすると、先ず第一にメタロチオネインは炎症を食い止めるために炎症組織の中に誘導されていると考えられます。
 私達も初めはこうした捉え方で、試験管内でメタロチオネインをラジカルと反応させてみました。ところが試験管内ではラジカルを消去するどころか、活性酸素の中でも最も反応性の高い「OHラジカル(ヒドロキシルラジカル、・OH)」を産生していることが見い出されたのです。
 この結果、LECラットに限っては、――メタロチオネインはラジカルを産生するために、逆に肝炎や肝がんを起こしている――という従来とは相反する考え方が推測されました。つまり、LECラットの肝細胞の核や細胞質ではOHラジカルが盛んに産生され、それが細胞毒性やDNA損傷の原因となり、やがて肝炎や肝がんを引き起こすということですね。
 メタロチオネインはラジカルに対して、"消去”と"産生”という2つの相反する作用があると考えられたわけです。
――メタロチオネインの働きをもう少し詳しく知りたいのですが。
桜井 ・最初に分かったのは重金属の解毒。カドミウムや水銀などの重金属の毒性を押さえるためにメタロチオネインが誘導されて、その中に金属をくわえ込む、蓄積してしまうという働きですね。特に日本人の場合はカドミウムのメタロチオネイン(Cd―MT)が多いと言われています。
・2番目には栄養元素(ミネラル)の捕獲。銅や亜鉛、或いは鉄などの必須ミネラルを蓄積して、欠乏気味になった時にそこから補足するという働きがあります。
・さらに、ストレスでも誘導され、抗ストレス蛋白質としても働きます。たとえば動物を水に浸けたりするとメタロチオネインが誘導されます。
・さらに、ラジカルスカベンジャー(掃除役)としての働き。
・5番目は、逆にラジカルを産生するという働き。我々が出したこの5番目の考え方はLECラットに限ったことだと思いますし、まだ良く分からない部分も多いのですが、『現代化学』96年3月号に発表したところです。

肝炎の治療と金属を排出する「キレート療法」

――この場合、過剰に蓄積された銅を排出させる方法というのはあるんですか。
桜井 金属と結合する化合物を投与して、尿中に金属を排泄させるキレート療法というのがあります。
 キレート剤にはEDTAとかDTPAなどがあります。EDTAは毒性が非常に高いのでそんなに使われていないと思いますが、とにかくそういうものを投与すると金属濃度は下がります。
 日本ではウイルソン病の患者さんが何人かいて、そういう人達にはトリエチレンテトラミンという銅と非常に強く結合する化合物がキレート剤として投与されています。
――有毒金属を解毒する場合、例えば体の中で銅と拮抗している亜鉛を多く与えたら、銅の毒性はなくなりますか。
桜井 銅と拮抗するのは強いて言えば亜鉛でしょうね。
 それで亜鉛をどんどん与えて銅の毒性を軽減するということですが、それは十分考えられることであって、実は我々も今実験中です。ただ、今の段階ではLECラットに亜鉛を投与しても死亡率が低下するというデータは得られていません。
――LECラットは人間の肝炎のモデル動物だということですが、人間の肝炎や肝がんでも炎症部に銅が異常にたまっているということがあるのですか。
桜井 人においても、慢性肝炎から肝硬変の進行と共に肝臓中の銅レベルが上がり、亜鉛レベルが下がる、さらに、がんの部分とがん周辺の正常部分では、がんの部分に銅が高いことが見い出されています。
 こうした臨床研究からも、LECラットは人の肝炎や肝がんのモデル動物としてかなり信頼のおける動物であると考えられます。LECラットは北大の実験生物センターで発見され、初めは人間の「劇症肝炎」のモデル動物として使われていたのですが、我々と北大とがほぼ同時期にLECラットは銅代謝異常動物であることを確認してから以後、肝臓に銅がたまる「ウイルソン病」のモデル動物に、さらに我々はがんを起こして急激に死んでいくことから「老化」のモデル動物としても捉えており、LECラットの果たすべき役割は今後ますます大きく
なっていくと思っています。

炎症と活性酸素と金属
炎症部位には 金属が多くたまっている

――糖尿病で壊疽などを起こしている人にキレート療法をすると、壊疽が治ると聞いたことがありますけれど。
桜井 もしそうなら、糖尿病の壊死の状態では何か金属がたまってきてるんでしょうかね。
 それはともかく、私自身、炎症を起こしているところには、やはり何か金属が多くたまっているという印象を持っています。
 私達の研究とは別に、先程申しました臨床分野でも――人の肝がんでも銅がたまっている、また、腎臓がんでは亜鉛などが蓄積されている――と報告されています。こうしたことからもどうも炎症部位には金属が蓄積されていると思われるのですね。
――何故、炎症部位にはこうしたミネラルがたまっているのですか。
桜井 どうして炎症の部位に金属がたまるのか。炎症を治す方向でたまっているのか、または炎症部位にそういうものが積極的に蓄積して炎症を拡げている方向でたまっているのか、その辺はまだ明らかではありません。

炎症と活性酸素

――がんを含めて人間の体の中では炎症がよく起きますね。そして、一旦炎症を起こすと悪循環的に拡ってしまうということがありますね。
桜井 そうですね。ラジカルなどはその典型だと思いますね。金属もそういう反応をするのかも知れません。
――LECラットの場合は、銅―メタロチオネインがOHラジカルを産生して、それが肝炎やがんなどの炎症を起こすということでしたが、活性酸素と炎症の関係をもう少し知りたいのですが。
桜井 普通の正常の細胞でも酸素はいっぱいありますね。それが例えばミトコンドリアの電子伝達系統のところで酸素が活性化されますと、最初はスーパーオキシド(・O−2)に、さらにスーパーオキシドから電子を奪ってプロトンがつくと過酸化水素(H2O2)が出来ます。そこに金属、例えば鉄などがいっぱいあって反応すると、非常に反応性が高くて有害なOHラジカル(・OH)が出来ます。このOHラジカルが細胞膜を攻撃するのですが、OHラジカルは膜にアタックすると水素を引き抜いて水に還元されます。
 ところが、水素が引き抜かれた所にはラジカルが出来て、非常に素速いチェーン反応(連鎖的自動酸化)が起こって細胞膜が次々に変性していく、それの繰り返しで細胞はやられていくと考えられています。その細胞膜の構造が変化した辺りからが炎症と捉えられるわけですね。
 例えば赤血球に活性酸素をちょっと与えると膜の構造がガタガタになってしまって水がドンドン入って来てしまうんです。本来は水を入れたり出したりしてある形を保っているわけですね。ところが膜がおかしくなると水がドンドンドンドン入って来て終いにパンクしてしまうんです。その膨れた状態、水ぶくれみたいな状態になっているのが炎症と言われています。
 こうした活性酸素による細胞膜の傷害は、全体の細胞膜にも起こりますし、細胞核の膜でも起こりますので、細胞は次第に糜爛(ただれ)状態になっていきます。ですから、本当に目に見えないところで行われているこうした酸化反応、炎症反応がいつか、がんなどの恐ろしい形になって行くと思います。

活性酸素の消去と ミネラル
体が備えている 活性酸素消去物質

――そうした活性酸素から身を守るために、体は「活性酸素消去酵素」などを備えているわけですね。・O2−に対しては銅、亜鉛、マンガンを含む「SOD」、H2O2に対してはセレニウムを含む「グルタチオンペルオキシダーゼ」、ヘム鉄を含む「カタラーゼ」があるわけですが、最も怖いOHラジカルに対する消去酵素は備えてないんですよね。OHラジカルはどうやって消去しているのですか。
桜井 我々の体はこうした活性酸素消去酵素の他にも、例えばグルタチオンとか、メタロチオネインとかいろいろな抗酸化物質、還元物質を備えて、幾重にも酸化傷害から体を守っています。それでOHラジカルに対してはNADPHという還元物質等で消しているのではないかと思います。ただ、こうした体が備えている抗酸化物質、還元物質はある一定レベルまでしか抑えられない。ラジカルは先ほど申したように連鎖的に産生されますので限度を越すと、もうそうしたものでは抑えることが出来なくなってしまいます。
 OHラジカルはまた、ビタミンCやビタミンEなどの抗酸化物質、特にビタミンCと良く反応します。しかし、これもラジカルの産生が増大し、炎症が拡大して行きますと、逆にアスコルビン酸が金属と反応してラジカルを産生する方向へ働いてしまいます。ですから、こうしたものもあまり多量に摂るのは良くないという考え方が出されていますね。
――がんなどでビタミンCを大量投与する場合、Cの構造を変えて入れてやるとがんが無くなるという新聞記事を読んだばかりですが、そういうことも考えられているのですか。
桜井 少し化学的に構造を変えてやって、それを体の中に入れると体の中で分解してビタミンCにするという療法ですね。
 ビタミンCを薬として使おうという試みは沢山あるんです。少し脂溶性に変えるとかですね。
――先ほどからお話を伺っていると、活性酸素に対してはOHラジカルを制するのが最も大事なようですね。今、メラトニンの活性酸素消去能力が話題になっていますが、これなどはどうなのでしょう?
桜井 OHラジカルというのは結構面白くて、ベンゼン環にポンと入ってしまうんですよ。ですから、本来的にいろいろな有機化合物に反応するんですよ。そうすると、メラトニンがいいと言われている理由の一つに、やはりその反応しやすい部位があるんですね。

セレニウム

――炎症、特にがんなどに効くミネラルとして、グルタチオンペルオキシダーゼの中核に働いているセレニウムが良く言われていますね。
 今はCTスキャンとか胃の透視とか、病院等で放射線を浴びる機会がやたら多いですね。それと電磁波。そうした体の中に活性酸素を作るものに対する有効な防御策が、例えばセレニウムなどの摂取で出来れば良いと思うのですが。
桜井 私も放射線防御という観点から最初にセレニウム化合物の合成にチャレンジしました。
 その後、抗がん剤のシスプラチンの毒性軽減にセレニウムが効くのではないかということで試したところ、シスプラチンの毒性が下がると共に、セレニウム自体にも制ガン効果が見られました。そこで、シスプラチンを用いずにセレニウム単独で試しましたら、やはり単独でもがん細胞に効く。むしろ、シスプラチンよりも有効というデータが出たんです。
 これは面白い結果が出たと思ったのですけれど、大学が変わってその後研究は中断してしまい、現在、セレニウムに関しては糖尿病でやっています。
 試験管の実験でセレニウムにはインスリン様作用、インスリンに似た作用があることを確認して、実際に動物に投与したところ、やはり血糖値が下がりました。その他にも糖尿病に良いというデータがいろいろ出ましたので、糖尿病とセレニウムに関してはこれから少し本格的にやっていこうと思っているところです。
――これはセレニウムがインスリンのレセプター(受容体)を刺激するということなんですか。
桜井 むしろ「グルコーストランスポーター4」というグルコース(糖)を筋肉細胞や脂肪細胞の中に取り込む部位に作用しているのではないかと考えています。
 バナジウムも糖尿病に効果があるミネラルなのですが、これはインスリンレセプターやグルコーストランスポーターなどに作用しています。セレニウムも部分的にはレセプターに作用している可能性がありますが、その辺のデータは取っていません。
――セレニウムは過剰症が心配されていますが。
桜井 セレニウムは、栄養量と毒性量の幅がものすごく狭い元素で、がんに効く一方で、多く取り過ぎるとがんの引き金になったりもします。
 過剰症では爪が曲る症状が昔からよく知られていて、マルコ・ポーロの『東方見聞録』にも出てきます。北米の赤土地帯はセレニウムが高濃度に含まれていて、そういう所の牧草を食べた牛や馬の蹄が曲ってくるんですね。人間の場合も爪が寄ったり、割れて来たり、波打ってくるといった症状が出ます。
 ただ、食べた物からは多少多く摂っても大丈夫なんです。食べ物の場合、胃で酸性の中を通りますので分解されますから比較的安全なのですね。
――サプリメント(栄養補助食品)で摂る場合では?
桜井 その辺の事が私達も知りたいところですけれど、データが無いんです。ですから、アメリカのように自由に購入出来るというのは心配な面があります。
 疫学調査、例えばアメリカのシュラウツアーという有名なセレニウムの研究者などは、食品として摂った場合、所要量より少し多目に摂るとがんになりにくく、過剰に摂り続けていくとがんになりやすいと言ってます。ただ、どちらにしても本当のところは良く分かっていないのが現状です。
 ですから、我々がセレニウムの研究を発表しても、濃度が高過ぎると叩かれるんです。とても人間には使えない量だと。
 しかし、アメリカでは実際にサプリメントが飲まれているわけですから、是非そういう人達のデータをとって欲しいと思います。そうした実際のデータがあれば、例えばお医者さんがそれは高過ぎて駄目だと言ってもアメリカでは皆さん飲んで健康ですからということが言えるんですね。そうすると人間でも試してみようかと日本でもなると思うのですが、残念ながらそこ迄行ってません。
――是非、実際に摂っている方のデータが欲しいですね。今日は貴重なお話、有難うございました。
(インタビュー構成・本誌功力)