グルコーストランスポーター(糖輸送体)の役割と糖尿病

群馬大学医学部生体調節研究所 細胞構造分野 高田邦昭教授

糖輸送体の研究、最近10年の歩み

 体にとり込まれた糖(グルコース)は、体のすみずみの細胞に運ばれて、エネルギー源として活用されています。
 グルコースを細胞にとり込むには、「糖輸送体(グルコーストランスポーター)」という蛋白質が働いています。
 この蛋白質はまた、糖の細胞へのとり込み(輸送)だけでなく、糖の吸収、代謝にも働いています。そのため、糖代謝の異常が原因である糖尿病では、糖輸送体の働きや数が深く関係していると言われています。
 糖輸送体の存在は1977年、日本の研究者(帝京大学医学部笠原教授)によって発見、命名されました。
 発見当初は1種類しか見つからず、その働きもよく分かっていませんでしたが、ここ10年余りの間に、分子生物学、細胞生物学、遺伝子工学などの進展で多種類の糖輸送体の存在が発見され、それにつれてメカニズムの解明も進んできました。
 今月は、"エネルギーの受け渡し”という生命活動の鍵を握る糖代謝に重要にかかわっているグルコーストランスポーターの働きについて、糖尿病との関連も併せて、糖輸送体の研究で知られる群馬大学医学部の高田邦昭先生にお話を伺いました。

糖輸送体(グルコーストランスポーター)の働き
糖の代謝と糖輸送体 (糖が血液に吸収され エネルギーになる迄の回路)

――先頃国立科学博物館で開かれた『人体の世界展』で先生のご研究を拝見し、早速今日は糖輸送体について教えて戴こうということで参りました。
高田 『人体の世界展』では糖輸送体を「糖の吸収と配分の分子機構をみる」という広いテーマで紹介してみました。
 糖輸送体というのは、・糖の小腸からの吸収から始まり、・血糖値を感知し、・実際に血糖値を下げ、・或いは「血液組織関門」という臓器などに不要なものや有害なものが入るのを防ぐ関所のようなところで、エネルギー供給のために糖だけは通す――といった糖代謝の全てに関係している蛋白質で、こうした働きはここ10年位の間に急速に分かってきました。
――では先ず、糖の代謝というところから教えて戴けますか。
高田 ご飯やパンなど私達が食べている炭水化物は、消化の過程で酵素(消化酵素)によってブドウ糖や果糖に分解され、それが小腸で吸収されて血液の中に入り、エネルギー源として各細胞に運ばれています。
 小腸から血液中に糖がとり込まれると、血液中の糖(血糖)の値が上がります。血糖値が上がると今度は膵臓の細胞がそれを感知します。(感知するところにもグルコーストランスポーターが関係しているのですが)、正常な膵臓ならここで膵臓のランゲルハンス島(膵島)にあるベータ細胞からインスリンが出ます。
 インスリンが出ることで、主に筋肉と脂肪組織の細胞では細胞膜についているインスリン受容体が刺激され、細胞の中に隠れていたグルコーストランスポーター4(以下GLUT4)が細胞の表面に出てきて、細胞膜の外側にあるブドウ糖(血液から細胞外液に沁み出たブドウ糖)をどんどんとり込んで行きます。
 そうすると血糖値が下がり、今度はインスリンが出なくなります。インスリンが出なくなると、筋肉細胞や脂肪細胞では一生懸命糖を細胞の中に入れていたGLUT4がまた細胞の奥にもぐって隠れてしまいます。
 このように、グルコーストランスポーターが細胞表面に出たり入ったりすることで、エネルギー(ブドウ糖)の細胞への受け渡しが非常にうまくできているのです。
 糖輸送体が何故存在するかと言いますと、細胞中に入ってきては困るものが実はいろいろあるわけです。しかし、糖はエネルギー源ですから取り込まなくてはいけない。そこで、糖だけを特別に通す穴が細胞の中にはあって、普段は隠れているのですが、インスリンの刺激を受けると糖だけを通す穴を細胞表面の膜(細胞膜)に浮上させて、糖を細胞の中にどんどんとり込むわけです。これが糖輸送体の基本的な働きです。
 図(図1)は筋肉細胞でのGLUT4です。インスリンがインスリン受容体にくっつくと何らかの情報が細胞内に伝わって、細胞内にあった袋状のものの中に存在するGLUT4が細胞膜のところに出ていって、細胞の内側から細胞膜に結合すると袋状の膜が開いて細胞膜とつながり、細胞外液からどんどん細胞の中に糖を取り込む──という過程を示しています。
 反対に、インスリンの刺激がなくなるとこの穴を含んだ部分が細胞の中にヒュッと引っ込んで細胞表面には穴がなくなり、糖はもはや細胞の中に入れない――というわけです。
――糖は最終的に細胞中のミトコンドリアに運ばれて、そこでエネルギー源に変換されるわけですが、糖輸送体は糖を細胞の中に入れる仕事だけをして、ミトコンドリアまで運んでくれるわけではないのですね。
高田 それはしていません。ですから、糖輸送体の働きが大分分かってきた今では、輸送体という言葉では誤解を招くかも知れないですね。
 グルコーストランスポーターは細胞膜のところで糖だけを通す特別な穴と考えれば良いと思います。

糖代謝回路と ミトコンドリアへの移動 (クエン酸サイクル)

――それでは、グルコーストランスポーターによって細胞内にとり込んだブドウ糖は、どうやってミトコンドリアに運ばれるのですか。
高田 ミトコンドリアは細胞の中に沢山あるわけですから、糖が細胞の中に入ってしまうと糖は自由に移動して広がっていきます。これを拡散と言います。
 糖はミトコンドリアに行き着く迄に分解されて、もはやブドウ糖の形ではなくなっています。細胞の中には糖を分解する酵素があって、ブドウ糖を半分位にちょん切って、それからミトコンドリアで完全燃焼されます。これが一般に「クエン酸サイクル(図2)」といわれる糖の代謝回路です。
 糖はミトコンドリアで分解されると最終的に水と二酸化炭素になるわけですが、その過程でエネルギーがアデノシン三リン酸(ATP)という形で生まれ出てきて、それを使って我々は生きているわけです。

6種類のGLUT

――グルコーストランスポーターは4以外にも、何種類かあるのですか。
高田 1〜5があって6がなく7が見つかっているので、今のところ6種類の糖輸送体が見つかってます。
 各々の働きは表(表1)にある通りですが、例えば砂糖(庶糖)を食べると、体内でブドウ糖と果糖に分解されますが、果糖はブドウ糖とは別なトランスポーター、GLUT5が輸送しています。
――最初の、腸でブドウ糖を吸収する時は1番なのですか。
高田 ブドウ糖を腸で吸収する時はちょっと複雑で、1、2、3、4、5以外に別の「SGLT1」という、グルコーストランスポーターとはまた少し違うものが働いています。
 いずれにしても、腸でも糖の吸収のところでは糖輸送体が関係してます。

糖尿病と糖輸送体 ・型糖尿病とGLUT4

――インスリンは基本的には出ているのに糖代謝に異常がみられる「インスリン非依存型(・型糖尿病)」では、筋肉細胞や脂肪細胞の中でGLUT4の働きが悪かったり、数が少ないと聞いていますが。
高田 GLUT4は筋肉細胞や脂肪細胞のところに存在しているため、糖尿病に直接関係していると考えられています。
 糖尿病との関連で一番問題になるのは、GLUT4がインスリンに反応してくれないことです。普通はインスリンが出てくるとそれに反応して細胞が糖を取り込むわけですが、・型糖尿病の場合、細胞の中からグルコーストランスポーターが中々、細胞膜のところに出てきてくれないのです。
 また、数も問題になります。GLUT4が沢山あれば、糖が細胞に入る穴が沢山出来るので糖は沢山細胞に入り込みます。ただそうなると一方で、肥満にはなりますね。
――・型の人ではGLUT4が少ないというデータはあるんですか。
高田 そういうデータもあります。
――糖尿病・型は遺伝が深く関係していると言われますね。糖輸送体の数も遺伝に関係しているんでしょうか。
高田 関係するかどうかはまだ分っていません。
 糖尿病遺伝子については、ミトコンドリアの遺伝子とか、ベータ細胞のGLUT2が糖を細胞の中に入れたすぐ次に関係している「グルコキナーゼ」の異常が見つかっています。その他にも幾つかあるようですが、今のところ分ってるのはまだ1%未満で、いずれにしてもこれが糖尿病の遺伝子で、これが大部分の糖尿病の原因だというものは見つかっていません。

血糖値を感知し、  インスリンを出させるGLUT2

――糖尿病で特に関係している糖輸送体はGLUT4以外にどんなものがあるんですか。
高田 インスリンを出すという意味においては、2番目のGLUT2もGLUT4と同じ位大事な働きをしています。
 ものを食べると何故インスリンが出るかというと、それは膵島のベータ細胞が高血糖に反応して出してくれるわけですね。そこのメカニズムでは、ベータ細胞の中に糖が入ることが重要になります。そのベータ細胞に糖が入りこむドア(穴)を開くのがGLUT2なんです。
 GLUT2は血糖が高い時だけ糖を入れて低い時は通さない――そういう性質があります。ですから血糖が上がった時だけグルコースがベータ細胞の中に入っていくわけです。つまり、GLUT2は血糖値の高低を感知しているわけで、グルコーストランスポーターはそういう働きもしているのです。
――糖尿病の人はGLUT2も少ないんですか。
高田 GLUT2も「インスリン非依存型糖尿病(・型糖尿病)」に関係しています。
 GLUT2というのは、ベータ細胞だけでなく小腸にもあるんです。それが異常になると小腸からも糖が吸収できなくなって、糖尿病以前に体全体がおかしくなってしまうのではないかと思われます。

糖尿病合併症とGLUT1

──他にも、糖尿病と関係が深いグルコーストランスポーターはありますか。
高田 糖尿病になると白内障とかいろいろな合併症とか出てきます。
 例えば目。白内障ではレンズが濁ってくるわけですね。レンズには血管がないのですが、ではどうやって栄養が運ばれているかというと、目の中にある房水という水分に、グルコースをどんどん入れているんです。そこに働いているのがGLUT1です。
 房水を作る部位のGLUT1は私達が見つけたのですが、ここではGLUT1は血液の中から糖を絞りとっているんです。それで血糖が上がると、房水の中にも糖がどんどん過剰に入りこんで、それが恐らく白内障などの合併症の原因になるのではないかと考えられるんです。
――目には当然光が当りますよね。するとその中には紫外線もあってその紫外線が活性酸素を生んで、それが白内障の要因の一つになると聞いていますが…。
高田 白内障では勿論、紫外線の悪影響はありますね。
――紫外線はそのレンズの房水を壊して、ヒドロキシルラジカルという活性酸素をつくる。糖尿病の人は、この房水の中にも糖分が今仰ったような理由で増えてくると、抗酸化ビタミンやミネラルにベタベタくっついてしまって、SODなど活性酸素消去酵素の活性が落ち、水晶体を白濁させるということを聞いています。
 砂糖水がベタベタしているように、こういう中のグルコースもベタベタして、特に蛋白質と結合するとまた一段とベタベタするそうですね。
高田 結局、糖尿病で糖に毒性があるというのはどうもそういうことみたいで、体の中のいろんな大事な蛋白などに糖がとにかくベタベタくっついて、本来の働きとは違うものになってしまう、そこが一番問題であるようです。
 ですから血糖が上がらないようにコントロールすることがいわゆる糖尿病によるいろいろな合併症を防ぐ上で一番大事になるわけですね。
――ここでGLUT1をブロックしたら目はあまりやられない?
高田 うまくコントロールされればいいんですけど、調節が難しいですね。全部ブロックしちゃって、目に糖が全くいかなくなったら目の細胞は死んでしまいますからね。
 このGLUT1というのは非常に基本的で大事なグルコーストランスポーターで、目もそうですけれど、脳に特異的に糖を通すのもこのGLUT1がやっているんです(図3)。
――特異的に通すというのは、脳や目に不要な物質を通さない血液関門に関係していることを抑っているのですか。
高田 そうです。目の水晶体などに血液が出てきたらこれは大変なんですけれども、房水に栄養分はちゃんと入ってますから関門になっているわけです。
 最も知られている血液組織関門は脳関門ですが、脳というのは神経活動のためにものすごくグルコースを消費しているところで、血糖値が上がった時下がった時で糖の入り方が変ったんではこれはもう大変なわけです。何があろうと、優先的に糖をどんどん入れなければ神経細胞は死んでしまいます。そこで、脳神経細胞にあるGLUT3は大変効率よく糖を入れます。
 また、胎盤でもお母さんの血液と子供の血液が混ざり合わないようになっています。しかし、ここでもグルコースだけはちゃんと通すんです。胎児はものを食べないですから、お母さんの血液から栄養が行ってるわけで、そこでグルコースを通してるのも実はGLUT1なんです。胎盤の繊毛中に沢山あるのを私達は見つけています。

糖尿病の予防と糖輸送体 GLUT4を増やすには

――GLUT4を増やすと、糖尿病の改善につながりますか。
高田 マウスでGLUT4を例えば5割でも増やしてやると、すごく良くなることは幾つかの研究室でやっていて間違いないみたいです。
――どうすれば増えるんですか。
高田 GLUT4は負荷をかけた運動をすると増えます。
 一方、小腸のトランスポーター(SGLT1)は、食べ物が増やすんです。一杯食べるとどんどん増えてどんどん吸収しちゃうわけですね。食べ物といっても結局は炭水化物なんですけど、分解されたグルコースをどんどん摂取すると、それに伴って腸が糖を吸収する力もどんどん増えていくわけです。
――糖尿病では運動療法が言われますけれど、これは結局GLUT4を増やすということなんですか。
高田 確かに、負荷をかけて脈拍数が一二〇になる位の運動を一日一時間程度すると、GLUT4が増えてインスリンに反応して糖のとり込みが良くなると言われているようです。
 つまり、食べた後というのは誰でも血糖が上昇しますが、糖尿病ではそれがかなり上がってしまう。それが普通の人並にすむようになるということですね。
――GLUT4の数が増えるというのは細胞表面に出てくる数が増えるのですか、または細胞の中に存在している数そのものが増えるんですか。
高田 細胞の中での糖輸送体の密度が上がるというふうに考えてくれれば良いと思います。これらがインスリンで刺激された時に全部細胞表面に出ていくかというと全部は出ないですね。

腸でゆっくり糖を 吸収させるには

――糖尿病では、腸での糖の吸収を抑えるのが良いと言われますね。
高田 はい。糖尿病では食べなければ良いと言われますが、そう言われてもやはり食べたい、でも食べたらやっぱり血糖が上がるというのが糖尿病です。
 では、食べても血糖を余分に上げないためにはどうすれば良いか。それには、ゆっくり消化吸収すれば良いということになります。腸内で糖が分解されるのをゆっくりさせれば、糖は血液に急速に吸収されるということがないので、結果的に血糖値もゆっくり上昇していきます。
 ですから、糖尿病では糖質は吸収の早い砂糖やアルコールからは摂らないで、ゆっくり吸収される澱粉質のものから摂る方が良い、或は、吸収を遅くするために食物繊維を食べるのが良いと言われますけれど、そういう効果を狙った薬が最近2年位の間に開発されています。
――その薬はトランスポーターをブロックするわけではないんですね。
高田 糖の吸収を遅くするためにはいろんな考えがあるんです。腸のトランスポーターをブロックする薬があれば確かに血糖値を下げるのに使えると思いますが、この薬は澱粉が分解されてブドウ糖になるところを酵素の働きを抑えてやってゆっくり分解してやろう――というものです。
──今日は大変貴重なお話、ありがとうございました。
(インタビュー構成・本誌・功力)