骨粗鬆症の予防と納豆

納豆をよく食べる人ほど、骨粗鬆症になりにくく、骨折しにくい

東京大学医学部附属病院老人科教室 細井孝之先生

骨粗鬆症の予防に見直される日本的生活

 骨がもろくなる骨粗鬆症では、簡単に骨折しやすくなります。
 特に、骨粗鬆症の代表的な合併症「大腿骨頸部(もものつけ根)骨折」は、それがもとで寝たきりになり、ひいては痴呆症を引き起こすケースも多く、高齢化社会を迎えた今大きな問題になっています。
 高齢者人口が増えるにつれて、骨粗鬆症や大腿骨頸部骨折も急増し、大腿骨頸部骨折ではこの5年間で1・5倍にも増えています(図1)。
 その一方で、日本では昔からカルシウムの摂り方が欧米より少ないのに、大腿骨頸部骨折にかかる率は欧米より少ないことが知られています(1980年代の調査では約3分の1。図2)。
 その理由として、・高齢者人口の割合が最近まで比較的低かったことの他に、・小魚や海草、大豆や大豆加工食品を多くとる食生活や、・立ったり座ったりすることの多い生活様式との関連が推測されていました。
 こうした中、東京大学医学部附属病院老人科の研究チームは、"納豆をよく食べる人ほど骨折しにくく、骨粗鬆症になりにくい”ことを突き止めました。
 日本の伝統的な健康食「納豆」が、骨粗鬆症の予防につながることを裏付けたこの画期的な研究は、95年10月に開かれた日本老年医学会で報告され、大きな反響を呼んでいます。
 「骨代謝学」がご専門で、長年骨粗鬆症の研究にたずさわってきた細井孝之先生に、納豆の骨粗鬆症予防効果について、ビタミンKとの関連でお話を伺いました。

納豆に多いビタミンK2は 骨の量を増やし、 骨の破壊を防ぐ
生活習慣の改善で 骨粗鬆症は改善・予防できる 部分がある

――カルシウム不足を指摘される日本人にとって、"納豆をよく食べると骨粗鬆症になりにくく、骨折しにくい”という今回の研究発表は大変嬉しいニュースですね。
細井 骨粗鬆症は遺伝的な因子と、環境因子つまり日常的な食事や運動などライフスタイルが複雑にからみあって起きる病気です。
 遺伝的素因を別にすると、ライフスタイルについては個人の努力で改善が可能で、骨粗鬆症の予防のある部分は手の届くところにあると言えます。その一つとして、納豆を食べると良さそうだということを私達は見つけたわけです。
――納豆の何が良いのですか。
細井 骨の形成に必要な栄養としてはカルシウムや蛋白質がよく知られていますが、最近注目されているものに「ビタミンK」があります。
 自然界に存在しているビタミンKにはK1とK2がありますが、骨を作るのに特に関係していると思われるのはビタミンK2で、そのビタミンK2が納豆には非常に多く、他の食品の何百倍も多く含まれているのです。

ビタミンKは 骨量を増やし 骨の破壊を防ぐ

――ビタミンKは、血液を凝固させるのに必要なビタミンだと聞いていますが。
細井 そうです。ビタミンKはもともと血液を固まらせる「凝固因子」を体内で生合成するのに必要な栄養素として1950年代に発見されました。
 骨との関係を言われるようになったのはその10年後位からで、ビタミンKがウサギの骨折治癒を促進する、或いは、ビタミンKの拮抗阻害剤(ワーファリン)を飲んでいる人は骨端部の骨塩量が低下している――など、いろいろ報告されるようになりました。
 その後、1980年前後に、骨の中にビタミンK依存性蛋白(オステオカルシンなど)が沢山含まれていることが明らかになり、骨との関係が決定づけられたのです。
――ビタミンKは、どういう作用で骨に良いのですか。
細井 骨は絶えず新陳代謝して、新しく骨を作る一方で、古い骨を壊しています。このバランスがうまくとれていれば良いのですが、年をとってくると、骨を作る方の働きが弱くなって、壊す方の働きが高まってくるので、だんだんと骨の量が減ってきます。
 「ビタミンK依存性蛋白」は骨を作るのに重要な働きをしていると考えられ、この蛋白質の合成にビタミンKは必須なのです。
 また、培養細胞を使った実験では、骨を作る細胞の「骨芽細胞」にビタミンKを加えると、骨の石灰化を促進することが分かっています。反対に、骨を壊す方の細胞「破骨細胞」を培養する過程でビタミンKを加えると、破骨細胞の形成が抑えられることが分かっています。
 また、骨を吸収する時にはプロスタグランディンE2というホルモンが働くのですが、ビタミンK2はプロスタグランディンE2が出来るのを抑えることも分かっています。
 ビタミンK2はこうした骨を作る作用と、骨を壊す(吸収する)のを抑える両方の作用で、骨粗鬆症に効くのだろうと考えられています。

画期的な 骨粗鬆症治療薬
ビタミンK2製剤

――最近、ビタミンK剤が骨粗鬆症の治療薬として認可されたそうですね。大変画期的な骨粗鬆症の治療薬だそうですが。
細井 ビタミンKと骨との関係がいろいろ明らかになってきた1982年頃、教室の前教授である折茂肇先生(現・大蔵省東京病院院長)を中心に、世界に先駆けてビタミンK2を骨粗鬆症の薬として使うことで臨床開発が始まりました。
 国内の多くの研究機関と共同で、多岐にわたる臨床試験を経て、やっと今年(95年)の10月に薬として認可されました。今まで使われていた骨粗鬆症の薬としては、カルシウム剤やビタミンD剤、女性ホルモンのエストロゲン製剤や甲状腺ホルモンのカルシトニン製剤などがありますが、ビタミンK2は先ほど述べたように今までの薬と異なったメカニズムで作用し、骨の量そのものを増やすという効果で注目されています。
――腰痛にも効くそうですね。日本人に腰痛を訴える人は多いそうですが、日本人の腰痛は骨粗鬆症が原因になっていることが多いのですか。
 また、ビタミンK剤は腰痛一般にも効くのでしょうか。
細井 確かにビタミンK2剤は骨粗鬆症による腰痛に効果が期待されます。
 ただし腰痛をきっかけに骨粗鬆症が分かるケースもありますけれど、腰痛イコール骨粗鬆症とは限らず、骨粗鬆症は腰痛の原因疾患の一つに過ぎません。
 たとえ、骨粗鬆症の人で腰痛があっても、必ずしもその全てが骨粗鬆症によるわけでもなく、関節や筋肉、或は内臓疾患や神経系からくる腰痛もあります。そうしたものにビタミンK剤が効くとは思われません。

骨粗鬆症患者の 血中のビタミンK2濃度は低い

――なる程、骨粗鬆症にビタミンKが良いのは分かりましたが、逆に、ビタミンKが不足すると骨粗鬆症になりやすいと言えますか。
細井 ビタミンK剤の臨床研究を背景に、私達は数年前より、ビタミンKと骨との関係を詳しく見ようということを研究しています。
 その一つとして、骨粗鬆症の患者さんの血中ビタミンK濃度を調べてみました。
 年をとって骨粗鬆症になると背中が曲ってきますが、それは背骨の圧迫骨折によることが多いのです。この背骨の圧迫骨折がある人と、ない人の血中ビタミンK濃度を比べたところ、圧迫骨折のある人、つまり骨粗鬆症の人はそうでない人に比べて、血中のビタミンK濃度、特にビタミンK2濃度が低いことが分かりました(図3、表1)。
 この結果から、ビタミンK2は骨粗鬆症に対して臨床的効果がある上に、実際に骨粗鬆症の患者さんの血液中のビタミンK2濃度が低いということが分かり、骨粗鬆症とビタミンK2との因果関係が示唆されました。
 この時にもう一つ、骨の代謝状況を「骨の代謝マーカー」で調べてみました。血中ビタミンK2濃度が高い人と低い人を比べたところ、大きな差はなかったものの、ビタミンK2濃度が低い人の方が、カルシウムの出入りが活発な傾向にあることも分かりました。

納豆を食べて 骨粗鬆症を予防しよう
納豆を食べる地域、人ほど ビタミンK2濃度が高い

――なる程、血中のビタミンK2濃度を高く保つことは骨粗鬆症の予防につながりそうですね。
 そこでビタミンK2の多い納豆をよく食べると、骨粗鬆症の予防になる?
細井 "納豆を食べると骨粗鬆症の予防になる”というのはまだ仮説の段階ですが、納豆を食べると血中のビタミンK2濃度が上がることは私達の研究で明らかになっています。
 血中のビタミンK2濃度が骨粗鬆症に深く密接に関係しているとすると、食品の中でビタミンK2が圧倒的に多い「納豆」をよく食べる地域と食べない地域では、血中ビタミンK2濃度に差が出るだろうということが考えられます。そこで、私達のグループは現在留学中の金木正夫先生を中心に、納豆を食べる頻度と骨粗鬆症との関係についても調べることにしました。
 納豆を食べることについての地域的な特徴として、関西以西の方はあまり食べないことがあります。一方で、骨粗鬆症の合併症として代表的な「大腿骨頸部骨折」は関西を中心に西日本に多く、東日本では少ないことが、私達を含めた厚生省の調査で分かっていました(図4)。
 そこで、・納豆をよく食べる習慣のある東京(半数以上が約週2回)と、・殆ど食べない広島(9割以上が週1回未満)、そして、・全く食べないロンドン──の女性の血中ビタミンK濃度を比較してみました。
 その結果、ビタミンK2の濃度は東京で非常に高く、広島でぐんと下がり、ロンドンでは非常に低いことが分かったのです(東京の女性はロンドンの女性の約15倍、広島の女性の約5倍)。
 さらに、ビタミンK2濃度の高かった東京の女性の中でも、納豆(1パック80g)を週2回以上食べる人、1回の人、殆ど食べない人とで比較したところ、週2回以上食べている人はかなり高く、殆ど食べない人に比べて8倍も高いことが分かりました(表2)。

納豆は週2回食べればよく、 多食しても害はないが…

――それでは、骨粗鬆症の予防を期待する上で、納豆はどの位食べたら良いのでしょうか。
細井 納豆はどの位の割合で食べたら良いのか、また、食べ過ぎの副作用はないかということも念頭において、私達は実際に納豆を食べて、血液中のビタミンK濃度がどう変化するかを調べてみました。
 そうしたところ、納豆を食べると血中のビタミンK濃度は明らかに上がり、週2回の摂取で非常に高くなった一方で、それ以上食べても殆ど変化がないようです。
 ですから、骨粗鬆症の予防には納豆は週2回食べるのが適当で、また、コンスタントに毎日納豆を食べても血中濃度が上がり過ぎる、つまり過剰になる心配はなさそうだということも分かりました。
 ただ、多食しても害はないのですが、「ワーファリン」という血栓の予防薬を飲んでいる人は納豆は食べてはいけません。ワーファリンは体の中でビタミンKの作用をブロックして、血液を固める働きをする蛋白質を働けないようにしています。しかも、大変微妙に量が調節されている薬なので、ワーファリンを飲んでいる人は納豆を避けて下さい。
――これはビタミンK1でも同じですか。
細井 はい、ビタミンK全てに言えます。ただ、ビタミンK1は海藻に多いのですが、納豆ほど大量に含まれているわけではないので、いっぺんに多量の海藻を食べるというのでなければ心配はないと思います。味噌汁の中のワカメ程度なら、ワーファリンを飲んでいる人でもそんなに心配することはないと思いますね。
――日本人の中にも納豆を全く食べないという人は結構いると思いますが、ビタミンK2不足になる心配はないのですか。
細井 ビタミンKは血液の凝固に必須の栄養素で正常な血液を作るためにはビタミンKが必要なのですが、出血を防ぐ量というのは割合と低いレベルで作用しているのだろうと思います。一方、骨に対しては高いレベルで作用するのだと思います。
 そうした働きによっても必要量は違ってくると思いますが、ビタミンK2は腸内でも腸内細菌が多少合成しているので、納豆を食べなくても最低限は確保することができ、欠乏症を来す迄にはいかないと思います。
 ただし、抗生物質を大量にとっている人はビタミンK不足になります。抗生物質は腸内細菌を殺してしまうので、自分で作っている最低限のビタミンKがなくなってしまうからです。抗生物質を使わざるを得ない人や、経管栄養に頼っている人は、ビタミンKの補給が必要になってきます。

ビタミンK2摂取源として 最高の"糸引き納豆”

――ビタミンK2は納豆に圧倒的に多いということですが、他に含まれている食品は?
細井 ビタミンK2は細菌が作るのでヨーグルトやチーズなどにも含まれていますが、圧倒的に多いのはやはり納豆ですね。
 納豆の納豆たる所以は「バチラスナットウ」という納豆菌にあり、納豆のビタミンK2もこの納豆菌が作っています。しかも、納豆菌は腸内でも生きていて、そこでもビタミンK2が作られています。ですから、納豆は納豆自身にビタミンK2が大量に含まれている上に、さらに腸の中でもビタミンK2を作っているわけです。
 その上、納豆菌が作る酵素は栄養素の吸収を良くしています。また、ビタミンKは脂溶性なので、納豆の中に適度に含まれている脂肪が吸収を良くしている面もあります。
 このように、納豆は量の面からも吸収の面からも、ビタミンK2の摂取源として大変優れた食品だと言えます。
 ちなみに、糸をあまり引かない納豆菌が最近研究されていますが、糸をよく引く納豆菌の方がビタミンK2をよく作ると聞いています。
――納豆菌を殺さないために、納豆は加熱しないで食べる方が良さそうですね。
 納豆は、ビタミンK2以外にも、骨の基質となる蛋白質も、骨塩の主体であるカルシウムも多いので、骨粗鬆症の人は是非摂りたい食品ですね。
細井 初めに申し上げた通り、骨粗鬆症はいろいろなファクターが絡み合って起きる多因子性の疾患なので、納豆だけで事足れりというわけではありません。運動などや他の生活習慣も非常に重要です。しかし、納豆が骨粗鬆症の予防に期待できる優れた食品であるのは間違いないだろうと思います。
 その他にも、納豆には血栓の予防効果がある酵素「ナットウキナーゼ」や、万病の元といわれる活性酸素を消去する作用もあります。納豆が今、骨粗鬆症だけでなく、成人病全般の予防に期待される食品として新たに注目されているのもうなづけることです。
――納豆が大好きなので、今日はとても嬉しいお話が聞けました。貴重なお話、ありがとうございました。
(インタビュー構成・本誌功力)