成人後失明ではトップクラスの(加齢)黄斑変性症が増えている
ミネラルの亜鉛が有効
日本大学医学部眼科学教室 石川弘講師
人口の高齢化と食生活の欧米化で、
欧米人に多かった
「(加齢)黄斑変性症」が日本でも急増
今、老化に伴って起きる目の病気の一つ「(加齢)黄斑変性症」の急増が問題になっています。
中高年で発症し、目が見えなくなってしまうこともある黄斑変性症は、欧米では以前から成人後の失明原因のトップクラスとなっています。
動脈硬化など成人病の危険因子が引き金になり、年をとるに従って発症する(加齢)黄斑変性症は、日本ではあまり見られなかった病気ですが、食生活の欧米化や、高齢化社会が本格化してくるのにつれ、日本でも急速に増えてきました。
治療はレーザー光線による凝固方法が一般的で、インターフェロンによる薬物投与もありますが、いずれも効果は確実ではありません。
このような状況の中、日大医学部眼科の石川弘先生は、ミネラルの亜鉛摂取という、安全で副作用のない方法を用いて治療の成果を上げています。
今月は石川弘先生に、(加齢)黄斑変性症について、特に亜鉛との関連でお話を伺いました。
黄斑変性症とはどんな病気?
年をとると起きる目の病気
・・年をとるに従って起きやすくなる目の病気では(老人性)白内障が有名ですが、最近、黄斑変性症という病気も増えてきたということで今日はお話を伺いに参りました。
今まで聞いたことがない病気ですが、日本にも昔からあったのですか。
石川 黄斑変性症は欧米人に多い病気だったのですが、1980年以降、日本でも多く見られるようになり、問題になっています。
年をとることが最大の引き金になるので勿論、日本でも昔からあった病気だと思いますが、やはり高齢化社会に入って目立って増えてきてますね。
・・白内障にかかる率よりは少ないんですか。
石川 白内障は70歳以上にもなると殆ど100%近くの人がかかります。しかし、黄斑変性症の場合は100%と迄はいきません。
ただ、目の黄斑部の働きは、誰でも年をとるに従って少しづつ下がってきます。その変化がより強い場合、黄斑変性症という病気として症状が出ると考えて良いと思います。
物を見る中心的な 働きをする黄斑部
・・黄斑というのは眼のどの部分で、どんな働きをしているのですか。
石川 黄斑というのは眼の奥にあります(図1)。
眼の奥、つまり眼底には網膜があって、網膜はカメラにたとえるとフィルムにあたります。そのフィルムの一番感度が高い所が黄斑部で、黄斑部は網膜の中心と考えていただければ良いと思います。
網膜の中心ですから感度が非常に高く、物を見るという働きの中心的な役割を果たしています。
写真のフィルムの場合は一様に感度が決まってますが、網膜の場合は黄斑部の機能が極端に高く、それ以外の部分は極端に低いのです。ですから、網膜周辺部の視力は何かがぼんやり映っているだけなのに対し、何か物を判断する、字を読むといった物の判別は全部、黄斑部の仕事なのです。
・・視力の中心に働いているのが黄斑部で、ここが駄目になってしまうと、物の識別が出来なくなってしまうわけですね。
石川 そうです。
黄斑部、特にその中心部の構造的な特徴としては、一つは血管(網膜血管)がないこと。もう一つとして、(網膜は視細胞のある「外層」と、脳に情報を送る神経節細胞がある「内層」に分かれていますが、そのうちの)内層がありません。
このため、黄斑部には光や物の形(像)が視細胞に直接、効率良く当たるようになっています。
このように、黄斑部は機能的に一番感度が高い場所である上に、さらに、それを高めるような構造を伴って形成されているので、物を見て判断するのは全てこの部分で行われているわけです。
また、黄斑部は色覚の機能も担っていますから、病気が進むと物の形や色をきちんと見分けることが出来なくなって、ぼんやりしたモノクロの世界になってしまうわけです。
引き金は加齢・血管障害・喫煙・女性
・・年をとることが最大の引き金になるということですが、その他の要因は?
石川 加齢が一番の引き金となるのは確かですが、それをさらに促進するものが幾つかあります。
第一に、血管障害を起こす危険因子。高血圧、糖尿病、動脈硬化などからくる血管のトラブルですね。こうした危険因子があって、血液の循環が悪くなる傾向のある人はなりやすいです。
最近分ってきたところでは喫煙。統計的にも実際的にも、喫煙者では圧倒的に多くなるというデータが出ています。この喫煙も血液の循環障害につながります。
あとは女性。ですから、高齢の女性でタバコを吸うというのが一番比率が高いですね。
また、ミネラルの一つ、亜鉛の代謝異常も引き金になっている可能性が考えられます。
・・昔から欧米人に多いそうですが、紫外線も引き金になりますか。
石川 紫外線は水晶体までで殆ど吸収されてしまうので、黄斑変性症に及ぼす影響は少ないと思います。
欧米人との頻度の差はやはり、食生活の違いによるものと思います。
食生活の欧米化が進み、糖尿病や動脈硬化などの循環系のトラブルが増えているところに、高齢人口の増加が重なったのが、この病気の急増をもたらしている最大の原因だと思います。
・・黄斑変性症では最終的に、血管のない黄斑部に血管ができてしまって目が見えなくなると聞きますが、何故、血行が障害されることで血管が出来てしまうのですか。
石川 血行障害が起きると、網膜ではまず真っ先に、網膜では一番栄養(血液)を必要とする「網膜色素上皮」に障害が起きます。
そうすると、それを修復しようとして、網膜の外側にあって、網膜に栄養を運ぶ「脈絡膜」というところから血管が伸びてくるんです。それが「新生血管」と言われるもので、それが悪さをすることが黄斑変性症の原因とされています。
・・女性に多いのは何故ですか。
石川 一つは単純に女性の方が長生きであるということ。それと、女性の方が男性よりも亜鉛が低下しやすいということと関係しているのかも知れません。
理由は不明ですが、特に60歳以上の女性は食事性亜鉛欠乏になりやすいことが分かっています。
目に多いミネラル亜鉛
亜鉛の摂取で、0.4が1.0に
・・亜鉛ということでは、先生は亜鉛の経口摂取で治療の成果を上げられていますね。
石川 今のところ8例行って、そのうちの1例は極端に良くなってます。初診時の視力0.4が今1.0に戻っています(表1)。
・・投与開始より視力が落ちている方が1名いますが(70歳・男性)、これは亜鉛が悪い結果をもたらしたということではなく、単に効かなかったということですか。
石川 そうです。自然経過を辿ればこの病気は悪化していくのが普通で、亜鉛による治療が効を奏さず、視力低下がどんどん進んだということですね。
また、視力にあまり変化がなかった方は、亜鉛が悪化を阻止したということだと思います。
実は黄斑変性症には、今迄お話した「新生血管型」と、「萎縮型」といって初めから黄斑部の機能が落ちて固まってしまう種類のタイプがあります。萎縮型は患部が固まって広がらず、新生血管型より良性なのですが、この萎縮型に効くかはちょっと疑問です。
新生血管型の場合も、新生血管が出来る直前では有効だと思いますが、「円盤状黄斑変性症」といって、網膜下で出血が起きて黄斑部が円盤状に盛り上がってくるようになると、亜鉛で視力の向上が期待できるかは分らないですね。
一般には治療は、レーザー凝固術といって、新生血管が出来始めた時にその血管をレーザーで焼き潰す方法が行われています。この方法も、出血を起こすようになった後では余り期待出来ません。また、この方法ではかえって視力が低下することもあります。
亜鉛の場合は、単に新生血管を抑えるというだけではなく、組織の修復効果もありますから、もう少し遅れた時期でも多少の効果があるのではないかと考えています。方法も簡便で、副作用がないので、今後、試みる価値のある治療法だと思っています。
いずれにしろ、治療は早い時期の方が効果が期待できます。
亜鉛は網膜色素上皮の 機能を維持している
・・亜鉛は黄斑変性症に対してどのように作用しているのですか。
石川 黄斑変性症は網膜色素上皮の障害から始まると言いましたが、網膜色素上皮の機能を維持させるための栄養の一つに亜鉛があります。
亜鉛は人の眼に多く存在するミネラルで、特に網膜色素上皮を含む網膜ではものすごく高いのです(表2)。また、実験動物を亜鉛欠乏にさせると、網膜色素上皮の変性がまず真っ先に起こることが分っています。
このようなことから、網膜色素上皮の機能を維持するためには、亜鉛が非常に重要なのではないかという仮説の下に、この治療が始まっています。
・・亜鉛は網膜色素上皮に対して、どんな働きをしているのですか。
石川 まだ良く分っていませんが、大きく言えば細胞の維持だと思います。
例えば蛋白質(酵素)の合成、核酸の合成、酵素の働きを高めるといった機能が一番強いのではないか、それで様々な酵素の働きが活発になることで、老廃物を排泄したり、脈絡膜からの栄養素を網膜に送ったりすることが、うまく出来るようになっているのではないかと推測されます。
では、どんな酵素が働いているかと言うと、これはまだ見つかっていません。
・・亜鉛を含んだ酵素というと、活性酸素消去酵素の一つ「SOD(銅・亜鉛SOD)」がよく知られていますね。白内障などは活性酸素と深くかかわっているそうですが、黄斑変性症ではどうなのでしょうか。
石川 SODは過酸化的な障害が起こった時にそれを抑えるといった、生体に対して防御的な働きをしているわけですね。そうした働きも関係していると思いますが、黄斑変性症では亜鉛は、先ほど言った細胞の維持というもっと積極的な働きをしているのだと思います。
亜鉛は物を見る働きに
直接結びつく
──亜鉛欠乏でも夜盲症に──
石川 一方で、網膜そのものに対しては亜鉛の働きは非常にはっきりしています。網膜では亜鉛は、物を見るという機能に直接結びつく物質なんですね。
物を見る時、網膜ではロドプシンという物質が働きます。ロドプシンは活性型ビタミンAが中心になって出来る物質で、血液中の循環型ビタミンAからこの活性型ビタミンAに変換する過程で「アルコール脱水酵素(アルコールデヒロゲナーゼ)」という酵素が必要とされます。その酵素の活性に働くのが亜鉛なのです。
ですから亜鉛が減っても、ビタミンAの欠乏と同じように、夜盲症(鳥目)が出てきます。この場合、亜鉛を投与すると回復するという臨床報告が多くあります。
糖尿病網膜症と 亜鉛、ビタミンC
・・糖尿病になると亜鉛が大量に尿中に排泄されると聞いています。今までのお話を伺うと、糖尿病網膜症などにも亜鉛は非常に良いのではないかと思えるのですが。
石川 網膜症の治療に亜鉛は試みていませんが、糖尿病が亜鉛と関係が深いことは私達の研究でも非常にはっきりしています。
私が微量元素の研究を始めたそもそものきっかけは糖尿病なのです。糖尿病の合併症には網膜症や白内障など目の合併症が非常に多いですね。その手掛かりの1つに微量元素、特に目に多い亜鉛が関係しているのではないかというのが研究の始まりなんです。
特に今、糖尿病で私が興味を持っているのは、ビタミンCと亜鉛の関係ですね。ビタミンCは体内で、亜鉛の動態に非常に関係しており、血中のビタミンC濃度が低下すると亜鉛濃度も低下して、低亜鉛血症を必ず起こすのです。
・・それでは黄斑変性症にも、亜鉛とビタミンCを一緒に摂ったらもっと効果が上がりますか。
石川 糖尿病に関しては、ビタミンCを補給すれば亜鉛の濃度も正常に戻るのではないかという考えで研究しているのですが、ビタミンCと亜鉛を一緒に補給すればもっと効果が上がることは考えられます。
実は今、糖尿病の動物にビタミンCと亜鉛を結合させた「アスコルビン酸亜鉛」という試薬を用いたらどうかということで、実験を進めるところなのです。
亜鉛の摂取で 予防は可能か 亜鉛は多目に摂っても副作用はない
・・亜鉛治療は副作用がないということでしたが、亜鉛の推奨量は1日15mg程度ですね。治療で用いられた硫酸亜鉛200mgは随分多いように思います。4年近くも毎日摂っていらっしゃる方もいますが(表1)、過剰摂取の心配はないのですか。
石川 硫酸亜鉛200mgの中に亜鉛そのものは80mgなのですが、副作用は認められていません。
亜鉛は比較的毒性の弱い金属で、セレンなどと違って摂取量の幅が広いと言われています。
ただ、亜鉛と銅は反比例するので、亜鉛濃度が高くなると銅が下がり、銅が下がると血管の新生が抑えられることが分っています。また、亜鉛を過剰に摂ると白血球が下がってきます。白血球というのは血管の新生を促進する因子ですから、亜鉛治療はその相乗作用で効いているのではないかという反論もアメリカではあるんです。
しかし、低銅血症や白血球減少の効果だとしたら、他に悪い作用が出て来るはずですが、副作用は認められていないので、投与量に問題はなく、亜鉛は色素上皮の機能を維持するということで効いているのだと私達は考えています。
黄斑変性症の予防
・・副作用の心配がないのでしたら、亜鉛を多目に摂ることで予防は可能でしょうか。
石川 予防に関しては試していないので、はっきりしたことは言えませんが、不足しないようにすることは勿論大切です。
ただ亜鉛濃度は、組織レベルでは変化があるのかもしれませんが、血清中では、正常の人も黄斑変性症の人も変らないのです。組織レベルで潜在性の亜鉛欠乏が分るようになれば、予防にも応用できるかと思います。
・・食生活の変化で、今、日本人は亜鉛が足りない傾向にあると聞いていますが。
石川 亜鉛は、貝類、大豆などに多く(表3)、バランスの良い食事をしている限り、不足の心配はないと思います。
ただ、添加物の多い食品を多く摂っていると、そのうちのポリリン酸が亜鉛の吸収を妨げるので、不足してくることはあるかと思います。吸収阻害ということでは、薬や食物繊維も亜鉛の吸収を妨げますね。
予防ということでは、網膜色素上皮の障害を起こす因子となるのが・年齢的なものプラス血管障害”ですから、やはり、糖尿病、高血圧、動脈硬化を予防する食生活、適度な運動、ストレスの解消といった、成人病一般の注意が重要になると思います。
それと、黄斑変性症の発症には直接関係していませんが、目の健康を維持する上で重要なのは、とにかく目を酷使しないことです。目を使っている限り、網膜から老廃物を排泄しなければいけませんし、逆に栄養も摂り込まなければなりません。目を酷使すれば、そうした網膜の栄養代謝を司どっている網膜色素上皮は、オーバーワークになってしまいます。また、目を酷使しないということでは、視力をレンズで適性に矯正することも大事です。
障子の桟が歪んで見えたら要注意
・・診断は難しくはないんですか。
石川 難しくないです。眼底検査をすれば殆どの例が分かります。
自覚的なものでは、患者さん自身が見づらいということで来られます。特に、中心部が見えづらい時は要注意ですね。
像が歪んで見えるということから多く始まるので、年をとって障子の桟など真っ直ぐのものが歪んで見えたら、黄斑変性症を疑う必要があると思います。
視力低下というのはなかなか患者さん自身がよく分かりませんから、そうした注意が早期発見につながりますね。
・・加齢って言いますけれども、いつ頃から始まるのですか。
石川 一般的にはやはり、50代半ばから60歳以降の方ですね。
・・アメリカでは中途失明の原因の1位だそうですが。
石川 日本でも中途失明の原因はやはり、糖尿病網膜症とこの黄斑変性症が最大だと思います。日本では糖尿病網膜症の方が多いと言われてますけど、実際は程度問題を入れなければ、この黄斑変性症の方が多いかも知れません。
ただし、いたずらに失明を強調するのは不安感が増すばかりで良くないと思います。色覚もなく、字はよく読めませんが、周辺視野ではぼんやりとは見えるわけです。それだけで結構生活出来る人もいますので、そういう意味では救いのある病気ですね。
・・今日は貴重なお話、有り難うございました。
(インタビュー構成 本誌・功刀)