潰瘍薬シメチジンの高い免疫力増強効果で、大腸がんの生存率アップ
藤田保健衛生大学医学部 松本外科 松本純夫教授
免疫力を強めて、がんに打ち勝つ
近年、がんの治療では、手術(切除)、化学療法(抗がん剤)、放射線に次ぐ第四の療法として、免疫療法が脚光を浴びています。体の持っている免疫力を高めてがんを克服する療法で、広くは食事・栄養療法もこれに入ります。
西洋医学では一般に、種々の免疫細胞(T細胞、NK細胞、マクロファージ等)の活性を高める「免疫賦活剤」が用いられます。免疫療法では、直接がんをたたく抗がん剤と異なり、強い副作用がないために、手術や放射線療法が不可能な目に見えない微小の転移がんを抑える効果が特に期待されています。
藤田保健衛生大学の松本純夫教授は、開発当初から免疫力を高める働きが指摘されていた胃や十二指腸の消化性潰瘍薬「シメチジン」に着目。効果の穏やかな抗がん剤5フルオロウラシル(5FU)との併用で、シメチジンが大腸の進行がんを抑制し、生存率を上げるという臨床効果を得ました。
現在、様々な免疫賦活剤が開発されていますが、アメリカ国内ではドラッグストアでも売られている大衆薬シメチジンで高い臨床成果を得たことは各方面に注目され、英国医学雑誌『ランセット』にも取り上げられました。
シメチジンががんに効くメカニズムはまだ良く分っていませんが、今後さらに研究が進めばがん予防薬としての期待も不可能ではありません。
現在は内視鏡手術で有名ですが、元々は腫瘍免疫学がご専門で、「がんに対しても人間の免疫応答を利用しない手はない」と仰る松本純夫先生に、シメチジンの免疫力増強効果、がん抑制効果について伺いました。
※シメチジン
20年前、米国スミスクライムビーチャム社が開発、胃酸の分泌を強力に抑えるH2ブロック剤として認可された。商品名「タガメット」で販売されている。
胃酸を強力に抑える効果があり、この薬の開発で消化器性潰瘍の手術は激減した。
米国では今夏から自由販売が許可されたが、今のところ日本では要指示薬とされ一般には売られてない。
抗ヒスタミン薬
「シメチジン」
胃酸を抑える作用と
免疫増強作用
・・自然食の世界では食事・栄養の摂取によるがんの自然治癒が言われています。シメチジンの服用で免疫力がアップし、結果的にがんを抑えたという先生のご研究も、自然治癒につながるのではないかということで今日はお話を伺いに参りました。
まずは、消化性潰瘍の薬をがんに用いられたきっかけからお聞きしたいのですが。
松本 我々の研究では免疫力を上げてがんを抑えるのは確かですけれど、自然治癒はちょっと無理ですね。
シメチジンは元々、胃潰瘍や十二指腸潰瘍の特効薬として世に出たわけですが、当時から免疫を強める作用があることは分っていました。ところがあまりに潰瘍の効果がドラマティックで明快だったものですから、免疫効果については長い間置き忘れられていたんです。
では何故、大腸がんで試してみたかというと、消化器では胃に比べて大腸の方が、潰瘍性大腸炎やクローン病など免疫が関係している病気が多いのです。
免疫が関係する病気が多いということは、大腸の方が免疫の反応が出やすいのではないか、もし大腸におけるがんが免疫に関係しているのだとしたら、シメチジンを飲ませればきっと良い結果が得られるに違いないという臨床医としての直感からこの研究が始まりました。7年前から臨床での研究を始め、今年の春にまとめが出て、自分でも予想以上の結果が出てびっくりしているところです。
私が研究を始めたその頃、偶然にデンマークのトレンセンという研究者も胃がんでシメチジンの効果を試していたんですね。それでやはり、シメチジンを飲んだ人の方が長生きしているという報告を出しています。
・・がんのお話にいく前に、シメチジンについて簡単にご説明下さい。シメチジンはH2ブロッカー(ヒスタミン受容体拮抗剤)と言われる抗ヒスタミン薬の一つと聞いていますが、何故、抗ヒスタミン薬が胃酸の分泌を抑えるのですか。
松本 胃壁の粘膜からは、胃酸が分泌されていますね。胃酸の主体は塩酸で、食べ物も溶かすけれど、胃袋自身も溶かしてしまう程の強い酸です。一方で、粘膜では粘膜を保護し、治す因子も働いて、全体としてのバランスをとっているわけです。この胃壁の粘膜を溶かす作用を少なくすれば、治ってくる力の方が勝ってくる、それで潰瘍が治るわけです。
胃酸を分泌する胃の粘膜細胞は一方で、ヒスタミンという、アレルギー反応を起こす物質のプールになっています。一般的にはヒスタミンは主に肥満細胞の中にあって、肥満細胞からヒスタミンの放出が亢進すると、いろいろなアレルギー反応が起きてしまうわけです。
一般的なアレルギー反応とは違いますが、胃の粘膜細胞もヒスタミンのプールになっていて、胃の粘膜細胞からヒスタミンが放出されると、胃酸の分泌が促進される仕組みになっているのです。
ヒスタミンが放出される時にはヒスタミンの受容体(リセプター)が介在します。それには、H1とH2の2つがあって、H2をブロックして働けないようにすると胃酸の分泌が抑制されるのです。それで、H2ブロッカーを飲むと胃酸が出なくなるので、消化性潰瘍の薬として用いられるわけです。
シメチジンの
がん抑制効果
大腸の進行がん患者の
生存率アップ
・・そのシメチジンを、病巣を完全に切除出来た進行性大腸がんの患者さんに投与されたわけですね。
松本 結腸がんの患者さん46人と、直腸がんの患者さん18人、トータルで64人の患者さんに対して、手術後2週間目から1年間毎日、・抗がん剤(5FU150mg)だけを服用した群、・抗がん剤(同)とシメチジン(800mg)を服用した群に分けて生存率を比較しました。
その結果、結腸がんでは・群の19人が手術後4年間で5人死亡したのに対し、・群は27人中1人、直腸がんでは・群の11人中3人が死亡したのに対し、・群は7人全員が生存と、合計した4年間生存率は、抗がん剤単独投与が73%であるのに対し、シメチジン併用投与群は97%と高い結果となりました(P12図参照)。
・・がん組織を完全に切除できたものも進行がんと言うのですか。
松本 早期がんと進行がんというのは、粘膜と粘膜下層迄を早期がん、それを超えて筋肉の層以上にいくと進行がんと区別されているんです(図1)。ですから、がんが粘膜下層迄で止っている時はリンパ節に転移していようとしていまいと、早期がんなんです。
粘膜下層まで進行していると、がん細胞が血管やリンパ管に流れ込む可能性があり、ある程度のレベルまでいってしまうと、目には見えなくてもそういうものに乗ってどんどんがんが広がっていく可能性があるんです。それがほんのちょっとづつ静脈にこぼれている場合は、肝臓にいって、肝臓にはマクロファージなどの免疫細胞がありますから、ちょっと位流れただけでは簡単には転移しない、そこで殺されてる可能性はあるわけです。
転移は、がん細胞がある固まりになってドーンといった時にポンとひっかかる。そうするとそこに着床して転移が始まる例が殆どです。
ですから目に見える範囲内の、ある程度以上の大きさになったがんがあると思われるところを全部きちっと取ってしまうことを治癒切除と言うのです。
実際には、現実に転移が起こる前のような大きさのレベルまでいってないところでシメチジンを飲ませたところ、効果があったということです。
・・早期がんには効かないんですか。
松本 早期がんはそういう監視機構を逃れてしまったからがんになってそこで定着しているわけです。それを排除できる程の力はシメチジンでは期待できないのです。やっぱり切除手術した後に、効果が期待できるということだと思います。
・・この5FUとはどういった抗がん剤なのですか。シメチジンと相性がいいとかあるのですか。
松本 5FUは世界で一番最初に合成された飲める抗がん剤で、最もポピュラーな抗がん剤です。肺の腺がんや消化器のがんに効くと言われています。
シメチジンとコンビネーションの良い抗がん剤に関しては結論は出ておらず、5FUは私が設定した薬の中でも一番副作用が出ないものを選びました。ある意味で一番効果の薄い抗がん剤と組合せたわけです。
いずれにしろ、シメチジンの効果を薄めないことが重要で、抗がん剤もシメチジンも両方とも昔から使われている比較的安全な服用薬を、誰でも飲めるようなごく少量で組合わせて行ったというのが今回の仕事です。
・・そうすると、シメチジン単独でも同様な効果が得られるのではないかと思いますが、先生は単独投与では試されていませんね。
松本 日本では健康保険制度上、シメチジンはあくまで消化性潰瘍の薬ということで、がんには用いられないんです。それで、抗がん剤との併用が必要なんですね。
実は、オーストラリアのモーリスというプロフェッサーが単独でしかもたった2週間飲ませただけで効いたという報告を昨年、ランセット誌に出したんです。それで、実は僕もこうした研究をしていると手紙を出したところ、掲載されたんです(頁12)。
作用機序の解明はこれから
・・シメチジンは、免疫力を上げる作用でがんに効くということですが、それは具体的にはどういうことですか。
松本 ここから先が分らないんです。作用機序に関しては、現在の進んだ免疫学を駆使してもう1回、研究をやり直さなくてはならないと思っています。今は、シメチジンががんに効く、そうした現象をつかまえた段階です。ただ、デンマーク、日本、オーストラリアと3ヵ所で同じ結果が出ていますから、その現象には間違いないと思っています。
作用機序に関しては、私が研究していた頃はがんの免疫学が今程進歩していなかったので、武器が殆どなかったのです。しかし、がんと免疫力に関しては急速に進歩し、遺伝子も分ってきた今、もう1回やり直してみようと思っているところです。
シメチジンの作用機序が分かれば、癌を治す新しい糸口が見つかるかもしれない。そこに今来ているんです。
・・今の段階での先生の推測というのは?
松本 がん細胞というのはがんの中に、自分のリンパ球が沢山混じり込んでいるのです。
がん細胞の中にも、臓器移植で問題になっている組織適合抗原というのがあって(我々はまだ、がん抗原というのを、悪性黒色腫以外は見つけてないんですけれども)、それには「クラス1」、「クラス2」があります。それで、がんがどうして大きくなってくるか、自分の免疫監視機構の中を逃れてくるかというと、組織の適合抗原がなくなってしまうからなのです。だから、免疫細胞がそれを見つけても、異物として認識できなくなるんですね。
ところが、組織適合抗原「クラス1」というのは、ちょっと修飾を受けて本来の自分の個体と形が変わってくると、免疫細胞の白血球が接触した時、これを異物として認識して排除できると推測されているんですね。
シメチジンはその修飾をする、つまり、自分の「クラス1」を変えて、免疫細胞が癌になってしまった細胞を異物として認識しやすくするようなところに働いているのではないかと考えられるのです。
この推測については、来年からでもオーストラリアのモーリス教授とも連携して研究したいと思っているところです。
シメチジンを飲むと がん組織中のヒスタミン濃度が下がる
松本 それと、シメチジンを飲むと、がんの組織中のヒスタミンの濃度が下がります。
ヒスタミンの濃度が下がると、マクロファージ(リンパ球以外の、他の異物を貪食して排除する免疫細胞)などの機能が高まることが分っています。それが、シメチジンの効果に関与しているのかもしれません。
マクロファージは外から異物が入った時にそれを食べて、それが何であるかを認識して、その抗原を自分の表面に出します。そうすると、それを周りのT細胞などのリンパ球が認識して、さらにそれが次にその異物に向かって排除にかかるわけです。
シメチジンが実際にそれに働いているかどうかは、これから確認しないといけませんが、マクロファージが異物を食べて、食べた後にそのDNAをバラバラにしてどういう抗原を持っているかを読み取り、その抗原がマクロファージの表面に出てくるかなどということは、シメチジンが売り出された当時は全く推測すら出来なかったことです。
がんと免疫力
・・がん遺伝子が見つかって、人は皆体の中にがんを持っていると言われていますね。それで、毎日、3000〜6000個位イニシエートされると言われていますけれど、実際にがんにかかる人は3人に1人、死ぬ人は4人に1人しかいないんですよね。
松本 人間というのは、がんの細胞数が1万個位の重さになると、自分の免疫力で破壊して排除しているらしいのです。それが自分の免疫、要するに感染症などに対する抵抗力と同じように、自分の体の中に備っている免疫機構の働きだと思います。
Tリンパ球とか、キラーTとか、或はマクロファージといった免疫細胞がそれを担当して、体の中でがんがちょっと出来ては殺してパッと排除するように働いてるわけです。
ある時に、その排除する機構が弱くなってしまうと、がんを殺せなくなってしまうのです。それで1mgの大きさに成長してしまうと、自分だけの力ではもう排除できないと言われています。
シメチジンの服用で、がんは予防できるか
シメチジンの副作用
・・シメチジンは今年の夏から、アメリカでは大衆薬として一般に販売されるようになったということですが、副作用の心配はないんですか?
松本 やはり薬ですから、副作用は若干あるわけです。
まずお腹がはる、ガスがたまるという腹部膨満感。
それと、肝臓の機能の落ちてる人はチトクロームP450といった肝臓の薬物代謝をする酵素が少なくなるので、そうした場合は、精神不安症状が出たりすることがあります。
また、喘息の薬を飲んでる、動脈硬化があって血栓溶解剤を飲んでいるようなケースでも、これらは皆肝臓で代謝される薬ですから、長期間服用していると肝臓の機能が落ちてしまうことが考えられるので、同じ様な理由で要注意です。
・・飲んだら胃酸が出なくなる心配は?
松本 出なくなります。だから食べたものの消化がその分悪くなるということはあります。
・・そこで人工的な胃酸を同時に飲んだら消化力は抑制されないわけでしょうか。
松本 消化酵素などと一緒に飲めば、抑制されません。
また、消化作用は胃酸だけによるものではなく、胃酸は食べた肉などを分解してアミノ酸に変えるのに役立つわけですから、実際には、我々のような植物性澱粉を主に食べている民族は唾液腺から出るアミラーゼによって消化が助けられているので、ひどい副作用が出るとは思えないですね。自然食、菜食をやってる人にはあまり副作用はでないかもしれない。
がん予防の可能性
・・シメチジンが免疫力をアップしてがんを制するということであれば、肝臓が弱かったり、他の薬を飲んでいるという人でなければ、定期的に微量服用することでがんを予防するということも夢物語というわけでもないようですね。
松本 予防に越したことはないわけですが、シメチジンでがん予防ということは随分、大胆な質問ですね(笑)。
まあ、それに関してはこれからの研究如何ですね。作用機序がきちっと分って、例えばシメチジンががんの抑制遺伝子を助けるなどということがはっきりすれば、予防の可能性も見えて来ますが、現時点では何とも言えません。予防に関しては将来、作用機序が分ってきた時に改めて検討するということでしょう。
そうしたことよりむしろ、40歳を過ぎたら絶対に過労を避けること、タバコを飲まないことですね。
ストレスがあるだけで人間というのは血液が濃くなる。血液が濃くなると、血液の粘稠性が高まる。それでタバコを一服すれば血管内皮細胞がバラバラと離れる。そうすると血管にデコボコが出来て、そこに血小板が付着する。そこに固まりが出来て血栓ができる。それが運ばれて脳梗塞や心筋梗塞を起こすということになりやすい。胃潰瘍の薬を飲んでも、ストレスとタバコはせっかくの防御因子を壊してしまいますよ。
・・本日は大変貴重なお話ありがとうございました。
(インタビュー構成・本誌功力)