新たに解明されつつあるセレンの多様な働き
北里大学薬学部公衆衛生学教室 姫野誠一郎先生
研究の目覚ましい進展で、 新たに解明されつつあるセレンの働き
1817年に発見された類金属元素「セレン(Se)」は、動物の欠乏症が発見された1957年迄、家畜に中毒症を起こす有害元素と考えられていました。
しかし、1967年には生体内で活性酸素や過酸化脂質を消去する酵素「グルタチオンペルオキシダーゼ(GSH―Px)」の活性の中心を担っていることが解明され、さらに人における欠乏症(克山病等)が報告されるなど、セレンは必須微量元素に位置づけられるようになりました。
以来、セレンの体内での働きは主にグルタチオンペルオキシダーゼの活性の中心に働く構成因子として知られてきましたが、ここ数年の間にセレンの研究は著しい進展をみせ、その他にもいろいろな働きがあることが分かりつつあります。
また、セレンの摂取不足はガンや虚血性心疾患の発症の誘因の一つであることを示す疫学データも多く報告され、活性酸素が誘引になる多くの病気の予防や改善が期待されています。さらに、ガンや糖尿病などへの薬理的作用でも注目されています。
今月は、10年来セレンを研究され続けている北里大学薬学部の姫野誠一郎先生に、新たに見つかったセレンの働きと、セレンと疾病の関係、摂取上の問題点を中心にお話を伺いました。
※克山病(ケシャン病)
1935年に中国黒龍江省克山県で発見された中国東北部から西南部チベットにかけての低セレン地帯に多くみられた風土病。心臓筋肉の壊死変性による心筋症が主な症状で、心臓不全で死亡する率が高い。
1960年代後半より、セレンの経口投与で発生が0に近くなったところから、セレン欠乏症と考えられている。
新たに分かってきた セレンの生理作用 数種類みつかった グルタチオンペルオキシダーゼ
・・最近新たにセレンの体内での働きがいろいろ分かってきたということで、今日はお話を伺いに参りました。
姫野 体に取り込まれたセレンは、種々の経路を経て最終的に蛋白質に取り込まれます。
セレンを含む蛋白質(セレン蛋白質)はいくつか見つかっていますが、その働きについてはつい最近迄、活性酸素消去酵素の一つ「グルタチオンペルオキシダーゼ(GSH−Px)」以外殆ど分かっていませんでした。しかし、ここ数年の間にセレンの研究が飛躍的に進み、グルタチオンペルオキシダーゼ以外のセレン蛋白質や、またグルタチオンペルオキシダーゼにもいろいろな種類があることが分かってきました(表1)。
それぞれのグルタチオンペルオキシダーゼは、遺伝子配列やアミノ酸配列が違う別個の蛋白質であることが分かっています。
・・グルタチオンペルオキシダーゼは体内で、細胞内でSODが活性酸素のスーパーオキシドを消去する時に出来てしまう過酸化水素を消去したり、ビタミンEと同様に脂質の過酸化を防止する酵素ですね。
いくつか種類があるということですが、それぞれの種類によって働きは違うのですか。
姫野 グルタチオンペルオキシダーゼは、細胞内で活性酸素の一つ「過酸化水素(HO)」を水に還元して消去する作用と、種々の脂質過酸化物を還元してアルコールに変換する作用とで、細胞を酸化的障害から守っているセレン蛋白質です。
〈classical GSH−Px〉
従来知られていたグルタチオンペルオキシダーゼは、他と区別するためにクラシカルと呼ばれていますが、このタイプは肝臓や腎臓、赤血球などに多く存在し、主に細胞質にあって細胞質における過酸化水素の主要なスカベンジャーとなっています。
また、グルタチオンペルオキシダーゼは過酸化水素の他に、いろいろな脂肪酸の過酸化物と反応します。そのため、以前は生体での脂質酸化防止では最も重要な酵素だと考えられてきました。
しかし、クラシカルGSH−Pxは、実際には、生体膜の構成成分である肝腎なリン脂質の過酸化物と直接反応することが出来ないという欠点があります。一方、セレン欠乏動物に微量のセレンを与えた時、真っ先にセレンが取りこまれていくのはGSH−Px以外のセレン蛋白質であることも明らかになっています。
このように、古くから詳しく研究されてきたクラシカルGSH−Pxの本当の役割は何なのかという点について、実はセレンの研究者もわからなくなってきているという現状があります。
〈plasma GSH−Px〉
一方、腎臓で合成されて血漿中に分泌するプラズマ(血漿)グルタチオンペルオキシダーゼは直接、リン脂質の過酸化物と反応することが最近明らかにされました。
〈PHGPX(Phospholipid
Hydroperoxide GSH−Px)〉
さらに、最近発見されたPHGPXもリン脂質の過酸化物と直接反応することが出来、また、この酵素は他のグルタチオンペルオキシダーゼとは反応しないコレステロールの過酸化物とも反応することが分かってきました。
コレステロールは生体膜だけではなく、一般に悪玉コレステロールと言われる血漿中の低密度リポ蛋白質(LDL)の主要な脂質となっているので、PHGPXがLDLの酸化防止作用を持つのではないかと注目している研究者もあります。
この他グルタチオンペルオキシダーゼには、消化管に多いGSH−Px−GIという種類が見つかっていますが、その働きはまだ良く分かっていません。
セレノプロテインP
・・グルタチオンペルオキシダーゼの他にも、セレンを活性の中心にする蛋白質が見つかっているのですね。
姫野 セレンを含む蛋白質は既に8数種類見つかっています。
その一つで、体内では非常に重要な働きをしていると見られているセレノプロテインP(Pはプラズマ‖血漿のP)は、肝臓や腎臓で合成されて、血漿中に分泌されます。
血漿中のセレンのうち、グルタチオンペルオキシダーゼ(PlasmaGSH−Px)は25〜30%しか存在せず、約60%はこのセレノプロテインPとして存在しています。
働きはまだ良く分かっていませんが、セレン欠乏動物にセレンを微量与えると、優先的にかつ素速くこの蛋白質に取り込まれます。また、ラジカルスカベンジャーとしての働きがあるのではないかとも推測されています。
甲状腺ホルモンの代謝
姫野 甲状腺ホルモンの代謝酵素の1つが実はセレン蛋白質だったことも、最近になって分かってきたことです。
甲状腺ホルモンには「チロキシン(T4)」と、チロキシンから1分子のヨードを取った、より活性の強い「トリヨードチロニン(T3)」の2つがあります。
T4を脱ヨード化してT3にする時には「脱ヨード化酵素」が働くのですが、脱ヨード化酵素には、主に肝臓や腎臓に存在するタイプ・と、脳や下垂体に存在するタイプ・があります。
このうち、タイプ・の脱ヨード化酵素(5′―ID)が、セレンを活性中心の構成因子とするセレン蛋白質だったのです。
では、甲状腺機能障害にセレンが有効かというと、その辺についてはまだはっきりしていません。ラットをセレン欠乏食で飼うと、肝臓中の脱ヨード化酵素の活性は非常に落ちますが、フィードバック機構が働いて甲状腺刺激ホルモン(TSH)の放出が高まるので、血漿中のT3はあまり減少せず、かえってT4が増えるのです。つまり、血漿中では高T4、低T3、高TSHという状態になるのですが、この状態が甲状腺の機能にどんな影響を与えるかは分かっていません。
面白い話があります。アフリカザイールのヨード欠乏地帯では、ヨード欠乏症(クレチン症)が見られますが、そこは同時にセレン欠乏地域でもあるのです。フランスの研究者がヨードの補給とセレンの補給の両方の影響を見たところ、何と、ヨードが足りないなりに体はそれに適応していることが分かったのです。つまり、ヨードが欠乏してさらにセレンも欠乏している時にセレンだけを与えたら、足りないなりに適応していた体のバランスが崩されて、ヨードの欠乏症状が強く出てしまったという不思議な現象が見られたのです。
ザイールのヨード欠乏症では、セレンの欠乏がT4の代謝を抑制して、そのためにかえって甲状腺の機能低下を抑えているのではないかとも考えられます。このような場合は、あらかじめヨードを十分に補給してセレン補給をしないと、むしろ甲状腺の機能低下の悪化を招くと研究者は警告しています。
精子中のセレン
姫野 また、セレンは精子のミトコンドリア中にも存在し、精子の運動性を維持する上で重要な働きをしていると見られています。
・・中国ではセレンを豊富に含むお茶が売られ、それを飲んでいたカップルが目出度く子供を授かったという話を聞いたことがありますが。
姫野 確かに、セレン欠乏食で飼ったマウスはなかなか子供が出来ないという問題があります。また、セレン欠乏により精子の奇形も起きます。それで不妊症にセレンが効くかということに興味を持っている研究者もいますが、不妊症にセレンが有効かはまだ明らかではありません。
セレンと疾病 セレンの不足は、 疾病の主因ではなく誘因に
・・セレンはラジカルスカベンジャーとして、ガンを始め活性酸素が誘引になる多くの病気の予防や改善に役立つのではないかと最近日本でも注目されてきています。セレンと疾病との関係をお話していただけますか。
姫野 セレンは非常に生理活性が強く、体にとって重要な働きをしているミネラルであることは間違いありません。今までお話してきたように、今やセレンは活性酸素の除去だけではなく、体のいろいろなところで重要な働きをしていることが分かってきています。
実際、栄養素としてセレンが欠乏或いは不足している時に、ガンや心疾患になりやすいという疫学的データも多く報告されています。しかしながら、その場合のセレンの欠乏は病気の主因ではなく、修飾因子としての作用が一番強いのではないかと思います。つまり、セレンという栄養素は欠乏だけでは病気を起こさないけれども、そこに癌になりやすいとか、心疾患になりやすいとかいった要因があった時に、その要因を強く出やすくする憎悪因子として働くのだろうと私は考えています。
筋肉の障害(心筋・骨格筋)
姫野 セレン欠乏症として良く知られている病気に中国の克山病があります。心臓の筋肉に壊死を起こす心臓疾患で、心筋細胞の破壊はミトコンドリアの崩壊が原因になっています。
土壌中にセレン濃度の低い地帯に発生し、セレンの補給で治ったとされたことから、セレンが人においても必須微量栄養素であることを決定づけた病気として知られています。しかし、この病気も実はセレン欠乏だけではなく、セレン欠乏プラスαの要因がからんでいると思われます。
と言うのも、夏は南部に多く冬は北部に多いという地域差がある、女性と子供に多く発症し成人男性では殆ど起きない・・など、セレン欠乏だけでは説明できない要素があるからです。付加的要因としてウイルスや低酸素などが疑われていますが、真因は未だ不明です。
また、点滴による完全静脈栄養療法(TPN)では、輸液中に微量元素が含まれていないためにしばしばミネラル欠乏症を起こすことがあります。
セレン欠乏としては下肢痛、筋無力感、心電図変化、心筋障害などの症状が疑われ、セレンの補給で症状の改善が見られる場合もあります。しかし、TPNで低セレン血症を起こしても必ずしも心筋症は発症せず、この場合もセレン欠乏に他の要因が加わって心筋症を起こすのではないかと考えられます。
・・進行性筋ジストロフィーにも関係していると聞いたことがありますが。
姫野 骨格筋と心筋の崩壊を起こすデュシャンヌ型進行性筋ジストロフィーではセレンの代謝異常があり、セレンとビタミンEの併用により、心機能での改善が認められたと1984年に報告されています。
この病気は筋肉中に過酸化脂質が蓄積するので、もし、セレンが関与しているのなら大変興味深いことですが、その後の追試ではセレンの代謝異常も筋力回復の効果も認められていません。
・・リウマチの痛みにも、セレンが効いたという話を聞いていますが。
姫野 リウマチとセレンの関係については多くの研究者が興味を持っていますが、確定的な結論は出ていません。
セレンが何等かの効果を見せるケースもあるかもしれませんが、良く分かっていないのが現状です。
・・セレンの欠乏や不足が、こうした筋肉の壊死、筋肉の障害に関与しているのは、グルタチオンペルオキシダーゼの活性不足によるものですか。
姫野 かつてはそうだと考えられていました。
しかし、セレンの研究が進むにつれ、必ずしもセレンの生理作用イコールグルタチオンペルオキシダーゼ活性、とは言えないのではないかと認識されつつあります。
・・セレンはビタミンEと非常に良く似た働きをするわけですが、逆に、セレン欠乏と見られていても、ビタミンEの補給で症状が改善されることがあるのですか。
姫野 たとえば家畜のセレン欠乏症として、骨格筋や心筋の変性を伴なう白筋症が知られています。この病気はビタミンEの欠乏でも起き、ビタミンE補給で改善されます。動物のセレン欠乏症として最初に報告されたラットやヒナの肝壊死や出血性素因も、実はビタミンE欠乏プラスセレンの欠乏で初めて起こるのです。ですから、純粋な意味での「セレン欠乏症」が存在するかどうかは難しいところです。
冠動脈疾患と アテローム性動脈硬化
・・動脈硬化には活性酸素が大きく関与していると言われますが、動脈硬化や動脈硬化性疾患との関係はどうなのでしょうか。
姫野 セレンの摂取不足が冠動脈疾患の危険因子になるかどうかという疫学調査が、フィンランドを中心に様々行われています。結果はまちまちで、この関係も明確ではありません。
フィンランドは土壌中のセレン濃度が低く、かつ世界的に心筋梗塞などの冠動脈系の心臓病が多いところです。同時にガンと脂肪摂取量が多いところでも知られており、フィンランドの場合も、セレンの不足に高脂肪食など様々な要因がからんで、心疾患やガンが多くなっていると考えられています。
・・セレン不足は、冠動脈系疾患にどのように関与しているのですか。
姫野 セレン欠乏ラットでは、血小板凝集能が高まると共に、血小板の凝集を阻害するプロスタサイクリンの活性の低下が見られます。
このため、セレンの欠乏が冠動脈系疾患の誘因になるのは、血清や血小板中でのグルタチオンペルオキシダーゼの活性が低下し、アラキドン酸代謝のバランスが崩れ、血小板凝集能の増大とプロスタサイクリンの活性低下が起きた結果、アテローム性(粥状)動脈硬化へ進行するからだろうと考えられています。
ところで不思議なことに、セレン欠乏による心臓疾患として最もよく知られている克山病では、実は冠動脈系の病理変化が観察されていないのです。何故セレン欠乏によって克山病のような心筋症が起こったのか、未だにその全容はわかっていません。
ガンは1勝1敗1引き分け
・・セレンと疾病ではガンとの関係が最も注目されていると思いますが、ガンへの作用は如何でしょうか。
姫野 1970年代に「セレンの摂取レベルが低いとガンの死亡率が高まる」と報告されて以来、ガンとセレンに関する多くの疫学調査が行われてきました。
その結果、過去のデータでもここ5年間の新しいデータでも・セレンはガンに有効である、または摂取量の低い人はガンになりやすいといった肯定的なデータ、・全く無効であるという否定的なデータ、・効いたか効かないか不明というデータの3通りのデータが出ており、その割合は1勝1敗1引き分けといったところだと思います。
確かにフィンランドの調査では、「血清セレン濃度の最も低いグループでは、その後10年間のガン(特に消化器ガン)の死亡相対リスクが2〜3倍になる」ことが示されています。
しかし、大事なことは、肯定的なデータは殆どフィンランドや中国など元々セレンが少ない地域(図1)で出ており、セレンが十分足りている地域に当てはまるデータではないということです。
アメリカや日本のように十分足りている所でセレン量が低いといっても、その人達はフィンランドでは高い人並みの水準になってしまうわけで、こうした所では肯定的データはあまり出ていません。
一方、セレンの平均的摂取レベルが高いアメリカでの乳ガンや大腸ガンの死亡率は、フィンランドよりも高くなっています。ガンという複雑な病変をセレンという一元素のみで説明しようとしても無理があるのではないでしょうか。
いずれにしても今フィンランドでは、国を挙げて土壌中のセレン濃度を上げる努力をし、実際、国民の血中セレン濃度は徐々に上がりつつあり、日本人に近いレベルに達しています。今後これをフォローして行った場合に、ガンや心臓疾患の罹患率や死亡率がどうなるかは、セレンの研究者として非常に楽しみにしています。
薬理作用としての抗ガン作用
・・セレンはガンに対してどのように作用するのですか。
姫野 活性酸素は、発ガンのプロモーション(促進)過程を促進することが知られています。それで当初、セレンの抗ガン作用は、グルタチオンペルオキシダーゼ活性の上昇によって抗酸化作用が強まるためだろうと考えられていました。しかし、ビタミンEなどの抗酸化物質ではセレンのような効果は認められず、また、グルタチオンペルオキシダーゼの活性と発ガン抑制効果の相関性も認められませんでした。
また、セレンは発ガンのプロモーションだけではなく、イニシエーション(開始)の時期に与えても有効です。
こうしたことから、現在ではセレンの発ガン抑制作用は、やや過剰量のセレンによる薬理作用であり、それは主にセレンの細胞増殖抑制作用によるものであろうと考えられています。
摂取量の問題点 ガンへの薬理作用は 毒性を発揮する ギリギリの量
・・ガンに対する薬理作用は過剰量で発揮されるということですが、毒性が発揮されることもあるのですか。
姫野 動物実験でセレンがガン細胞の増殖抑制作用を示すのは、毒性が出るか出ないかのぎりぎりの量で、動物では体重抑制が起きます。体重抑制が起こるということは、体の中で何か異常が起きているわけです。
それで、毒性が出るか出ないかギリギリの量のセレンの薬理効果というのは、グルタチオンペルオキシダーゼによる活性酸素の除去作用では全く説明出来ません。というのは、セレンを徐々に増やしていくとグルタチオンペルオキシダーゼの活性は最初の内は増えるもののすぐに飽和状態になって頭打ちになってしまうのです。
にもかかわらず、実験的に作った動物のガンの増殖をなぜセレンが抑制するのか、その作用はよく分かってないんです。
・・セレンが毒性を発揮するメカニズムは分かっているのですか。
姫野 それも良く分かっていませんが、現在考えられているメカニズムの一つとして、抗酸化因子であるセレンも非常に大量に存在した場合は活性酸素の生成に働くことが考えられています。
ですから、セレン即ち活性酸素除去剤という考えでセレンを沢山摂ると、沢山摂り込んだセレンによって逆に活性酸素が出来てしまう場合もあるわけです。
・・それが逆に腫瘍をやっつける可能性もありますか。
姫野 そういう可能性はありますが、逆に中毒症状を起こす可能性も大きいわけです。
セレンによるガンへの効果は細胞増殖阻害作用だろうと考えられていますが、それは結局、増殖してくれなくては困る正常細胞に対しても何らかの作用があるわけで、それだけのリスクをおかして迄、ガン予防のためにセレンを必要量以上に人々に与えるべきかどうかということが、今アメリカで議論になっています。
・・毒性を発揮する量というのはどの位なのですか。
姫野 動物実験では所要量の10倍位で体重抑制作用が現われますが、人に対してはっきりしたことは言えないと思います。
有効性と毒性の幅が狭い セレンの摂取量は…
・・日本では所要量が定められていませんが、微量栄養素としてのセレンの1日の適性摂取量といったものはどの程度でしょうか。
姫野 アメリカのナショナルリサーチカウンシルが出したリコメンデーション(推奨量)では成人男子で70μg、女子で50μgとされています。
食品からのセレンの主な摂取源は日本人の場合、魚、小麦、米などで(表2)、日本人は魚を多食する習慣がある、また、土壌中セレン濃度の高いアメリカからの輸入小麦粉を多く摂っているなど、普通の食生活では大体100μg位は摂っているとされています。
グルタチオンペルオキシダーゼの活性を期待する意味からはこれ以上摂っても飽和状態になってしまうので、平均的な日本人の摂取量は今は丁度、適性なところにあると思います。
・・健康な日本人では偏った食生活をしてない限り、十分量摂取しているということですね。先生は、サプリメントからの摂取についてはどのように考えられていますか。
姫野 元々セレンは毒性の強い元素で、これをサプリメントで気軽に摂るというのは僕は基本的に反対です。
セレンのサプリメントを自由に摂取できるアメリカでは、含有量(1錠150μg)の約200倍もセレンが入っていたという製造ミスで、中毒事故が発生したケースがあります。
このケースでは、毎日飲み続けていた女性に、脱毛(2ヶ月目で殆ど抜け落ちた)、爪の変化(3週間目に全ての爪に化膿性分泌物、圧痛、膨張、横ジワなどの異常が現れ、その後左手小指の爪は完全になくなった)、吐き気、嘔吐、脱力感などの症状が出ています。
3ヶ月間服用した時点での血清セレン濃度は、通常のアメリカ人の4倍に達していたということでしたが、この女性の場合、他のビタミンやミネラルも摂っており、特にセレンの毒性を引き下げるとされるビタミンCを毎日1000mgも大量摂取していたために、毒性を最小限に留めることが出来たとされています。
それで、健康食品は医薬品と違い、濃度のコントロールなどのチェックが甘く、今後もこうした事故がくり返されないという保証はどこにもありません。
・・一般の人ではなく、例えばガンの患者さんが多少過剰量でも摂取するというのはどうなのでしょうか。
姫野 ガンの末期や或いはガンの進行の阻止にセレンが有効であるケースはあるかも知れません。しかし、セレンを臨床に応用する場合には、医師が責任をもって処方するべきで、濃度を管理できない健康食品として摂るべきではないと私は思います。
現在、セレンは医薬品として認められていないので、医師の管理の下にセレンを摂取できる努力はどこかでする必要はあるかも知れません。実際に、TPN患者についてはそういう必要性が生じています。しかし、だからといって、サプリメントとして安易に摂ることが出来る方向は私は反対です。
セレンという元素は他の微量栄養素とは違い、・毒性がはっきりしている、・その毒性と有効性の間が非常に狭い、・しかも実際にサプリメント摂取による事故例が起きている・・といった点から、安易にサプリメントとして摂取すべき栄養素ではなく、仮にサプリメントの濃度コントロールが非常に厳しくされてこうした事故が2度と起こらないとしても、一般の人が健康増進を目的として、わざわざセレンを余計に摂取する必要はないと思います。
・・セレンは主に尿に排泄されるということですが、蓄積性はあまりないのですか。
姫野 例えば農薬やPCBなどは脂溶性で、脂溶性ということは脂肪組織に蓄積性が高いわけです。そういう意味では、セレンの蓄積性はそんなに高くない、多量に摂取すれば尿だけでなく、呼気からも排泄されて硫黄臭やにんにく臭がします。それは、れっきとしたセレン中毒の症状になりますが、代謝関係は案外早い元素です。
・・貴重なお話、ありがとうございました。
(インタビュー構成・本誌功刀)