健康食品として新たに脚光を浴びる"大豆”

大豆サポニンの生体防御作用と活性酸素消去力

東北大学農学部 大久保一良教授

健康食品としての大豆に、新たな脚光

 日本人は昔から、煮豆、豆腐、納豆、味噌、醤油など様々な形で大豆を摂ってきました。
 大豆は「畑の肉」と喩えられる程、良質な蛋白質や脂質に富み、ビタミンB群、ビタミンE、カリウム、カルシウム、マンガン、マグネシウム、亜鉛、鉄、銅など、ビタミンやミネラルの微量栄養素も豊富です。
 今までは主に、大豆はこうした栄養素を豊富に含む食品ということで評価されて来ました。
 近年、大豆を多く食べると乳ガンや大腸ガン、肺ガン等にかかりにくい──などの疫学的研究が進み、最近は生体防御機能物質など、機能成分の研究が盛んになってきました。
 そうした機能面から特に注目されているのが、大豆サポニンです。
 大豆サポニンは活性酸素消去力による生体防御作用に優れ、ガンだけではなくエイズウイルスの働きをも抑えることが解明されています。
 この大豆の抗エイズウイルス効果を解明した東北大学農学部の大久保一良教授は、30年来、品種から成分迄、大豆を多岐にわたって研究されています。最近は特に、生体防衛機能の成分解明及び野性種を含む品種と成分の関連について重点的に研究され、大豆サポニンのエイズウイルス抑制効果もこの研究の一環から解き明かされました。
 大久保先生に、大豆サポニンを中心に、大豆の優れた働きについて伺いました。

健康食品としての大豆

疫学調査から 解明され始めた機能成分

・・先生は、大豆について長らく研究されてこられたと伺っていますが…。
大久保 大豆については30年程前から、様々な角度から研究を進めてきました。
 ここ東北大学のある仙台周辺、特に伊豆沼の周辺は様々な渡り鳥がやってくる関係で、いろいろな大豆の野生種が自生しています。大豆の研究には格好の場所ということもあって、成分だけでなく品種の研究も行なっています。
・・昔から大豆は健康食品として知られていたわけですが、最近は活性酸素のスカベンジャー(活性酸素消去物質)として注目され、ガンやエイズにも効果があるということなので、今日はお話を伺いに参りました。
大久保 大豆や大豆製品を多く摂る地方には乳ガンや大腸ガン、肺ガンなどの発生が少ない・・といった疫学研究が多く発表されるようになって、大豆の成分については栄養的な面からだけでなく、病気を防ぐといった生体防御の面からも研究されるようになって来ました。私達もここ10数年前から、その分野で研究を進めています。
 そうした面から大豆の成分を調べていったところ、大豆に含まれているいろいろな機能性物質の中でも、特にサポニンが優れていることが分かって来ました。

大豆サポニンの 活性酸素消去作用と 生体防御機能
大豆サポニンとDDMP

・・一般に豆科植物にはサポニンが多く含まれていると聞いていますが、大豆のサポニンの特徴と言うのは?
大久保 サポニンは「配糖体」と呼ばれる糖を含む物質の一つで、豆科の植物には多く含まれています。豆を煮た時にプンとくる特有の匂いは、豆科のサポニンの中でも、DDMPサポニンというサポニンから分解して生じるマルトールという香気成分です。
 これ迄多くの種類のサポニンが発見されていますが、大豆サポニンはトリテルペン配糖体に属し、大別するとA、B、及びEグループに分けられます。このうちAグループは種子(図1)の胚軸に多く存在します。一方、Bグループは1種類を除き、種子全体に含まれ、さらに植物全体に存在しています。
 私達は大豆サポニンを徹底的に調べていった結果、BグループはDDMPというユニークな構造をした分子群が結合していることを見つけました(図2)。我々はこのサポニンを「DDMPサポニン」と名付け、このサポニンが、大豆サポニンの中でも特に優れた生体防御物質であることを突き止めたのです。

DDMPサポニンと 活性酸素消去作用

・・大豆サポニンの生体防御作用は何によるものなのですか。
大久保 DDMPは「維管束」という水分や養分の通り道になっているところに沢山存在しています。
 維管束は人間で言うと血液を運ぶ血管部分に相当すると言えますが、こうした養分、もしくは血液を運搬するところで一番怖いのは酸素なのです。
 血管の場合、酸素が血管内に入ると、血管は酸化によってボロボロに傷害されてしまうので、血液が酸素を運ぶ場合、酸素をヘモグロビンの中に閉じ込めて運搬します。
 特に傷害性の強い活性酸素はすぐにこれを消去しなければいけない程傷害性が強く、ガンを始め、いろいろな病気の引金になっていると考えられています。
 そのため生体は、SODなどの抗酸化酵素やグルタチオンなどの抗酸化物質など、「活性酸素スカベンジャー(掃除人)」を備えて、生体を酸化から守っています。その防御システムの一環として、血液成分中のヘモグロビンもあるわけです。
 こうした酸化に対する防御システムは、植物も同じように持っています。というより、常に炎天下にさらされている植物は一般に、より強いラジカルスカンベンジャーを備えています。強烈な活性酸素を生成する紫外線の下では、強力なラジカルスカベンジャーを備えていないと植物は生きていけないわけで、炎天下にさらされても植物が死なないのは、強力なラジカルスカベンジャーを備えているからなのです。
 そうしたことから、私達は、DDMPは大事な栄養分を運ぶ維管束を、酸化の害から守るラジカルスカベンジャーとして、維管束に多く存在しているのではないかと推測しました。
 そこで、DDMPのSOD様活性を測ってみたところ、果たして、DDMPは人のグルタチオンに相当する程単位の高い消去力を持っていることが分かりました。
・・SODはスーパーオキシドの消去酵素ですが、DDMPは他の活性酸素に対してもスカベンジング効果があるのですか。
大久保 スーパーオキシドを分解、消去すると、今度は別の活性酸素が出てくるわけですが、DDMPが他の種類の活性酸素をどこまで消去してくれるかは今見ているところです。ペルオキシダーゼまで消去してくれたら最高だと思っています。DDMPは油にも水にも溶けるので、両方の活性酸素やラジカルに作用するのではないかと期待しています。
・・大豆の抗ガン効果というのは、この活性酸素消去作用によるものなのですか。
大久保 微生物を使った「抗変原性試験」で、DDMPサポニンの発ガン抑制効果を調べたところ、強い作用を示しました。
その結果からも、DDMPサポニンが抗ガン物質である事は間違いありません。
 また、この効果は、DDMPサポニンの活性酸素消去作用によるものと考えられます。

優れた健康食品・大豆” 成人病予防に 強力なパワーを持つ大豆

・・ガンやエイズだけでなく、大豆は成人病に多くの効果が言われていますね。
大久保 もうそれは、大変多くあります。
 サポニンは配糖体という糖を含む物質だと先程説明しましたが、この糖は消化されずに水分を吸収するタイプの糖で、つまりは食物繊維の仲間なのです。ですから、腸の働きを促して腸を掃除し、便秘を予防します。そうなると、便に含まれている発ガン物質の滞留もなくなりますから、それによってガンを防ぐことにもつながります。
 また、この糖は脂肪を分解する胆汁酸を吸収してしまうために、脂肪分が分解されにくくなります。動物性脂肪には多くのコレステロールが含まれていますが、分解されなければコレステロールも吸収されず、これは血中コレステロールの低下につながります。
 さらに、サポニンは水にも油にも溶ける性質があるため、石鹸と同じような働きを持ち、血管に付着したコレステロールを取り除く働きがあります。この結果、動脈硬化を防ぎ、動脈硬化を原因とする心臓病や、脳卒中、また血栓などの予防につながります。
 大豆サポニンのBグループには、血中の中性脂肪を減らす作用もあります。これは高脂血症や肥満を予防し、ひいては糖尿病や高血圧症、肝臓病に役立つと期待されています(図3)。
 この他、Aサポニンには食欲抑制効果もあり、この性質はダイエット食品に利用出来ます。粘膜を保護する働きもあって、喉のトローチ薬にはサポニンが配合されているものもあります。
 サポニンだけでなく、栄養分が豊富なことは言うまでもなく、肉と殆ど同じアミノ酸組成を持つ良質な蛋白質は40%、リノール酸の豊富な脂肪は20%もあるのに加え、ビタミンCを除いて、体に必要とされるビタミンやミネラルなどの微量栄養素も、殆どが含まれています。
 特に特筆されるべきはビタミンEで、ビタミンEは1日7〜8mg摂るの理想とされていますが、大豆は100mg中に1・8mgも含まれています。
 このビタミンEもサポニンと並ぶ優れた抗酸化物質で、特に脂質の酸化を防ぐことで知られています。このため、大豆の油脂に多い不和脂肪酸のリノール酸の酸化も防いでくれます。大豆は、抗酸化物質のビタミンEとコレステロール低下作用のあるリノール酸がセットされていることからも、成人病や老化予防に多大な効果を発揮しています。

エグ味を除去して 大豆、大豆加工食品を より美味しく より沢山摂る

・・大豆の加工食品は昔から様々ありますが、こういうものからもサポニン成分は摂取できるのですか。
大久保 味噌や醤油などの調味料からも、納豆や豆腐などの加工食品からも、こうした成分は摂ることができます。
・・大豆が非常に優れた健康食品であることは良く分かりましたが、しかし、加工食品も含めて大豆はそう多くは食べられませんね。
大久保 その通りなのです。
 大豆サポニンの中にはエグミのような美味しさとは反対の、人間の喉を刺激する働きがあります。大豆特有のエグ味ですね。アクとも言われますが、これはAグループのサポニンに多く、品種によって沢山持っているものと持っていないものがあります。
 これが大豆の大量摂取を妨げる大きな要因となっています。
・・豆乳や黄粉なんか飲むと、喉がなんとなくイガラっぽく感じるあれですね。
大久保 そうです。
 我々はこの不快味成分を、カエルの舌咽神経を使って確認したのですが、これはまた、食欲を抑える働きも持っています。ですから、大豆は食欲を抑制する働きがある故に、沢山食べようとしても途中で嫌になってしまうのです。しかし、この成分を取り除くことで、大豆を美味しく沢山摂ることが可能になります。
 このAサポニンは大豆の胚軸の部分に集中しています。ということは、どの大豆でも胚軸を取り去ってしまえば、大豆はとても美味しく、いくらでも食べられるようになるわけです。豆腐などもとても美味しくなります。
 こうした私達の研究から作られた豆腐は、仙台では「大学豆腐」という名前で人気を呼んでいます。これは実は昔ながらの豆腐と同じもので、昔の人は経験的にこのことを知っていて、胚軸を除いて豆腐を作ったと思われます。今の豆腐より昔ながらの製法で作った豆腐の方が旨いと言われる理由は、この点も大きく関係していると思います。
 これからの研究課題としては、活性酸素スカベンジャーとしてのDDMPと、グリチルリチン様の生体防御に役立つ分子構造を持ち、さらにエグ味の元であるAサポニンを無くし、しかも多収量で病害虫に強い・・といった高品質の品種開発を考えています。
 大豆は栄養的にも優れ、生産効率も非常に良い、さらに安価でもあり、この上に、ガンを予防するなどの生体防御機能物質が優れているとなれば、これは非常に素晴らしい食品と言えます。こうした大豆をもっと美味しく改良して、今よりずっと多く食べられるように、また、機能性成分を損うことのないように、品種から加工の改良、開発まで、研究を進めていきたいと思っています。
・・健康に良い大豆をもっと美味しく食べることが出来る…、消費者には嬉しい研究ですね。研究の進展を期待しております。貴重なお話有難うございました。