高ビタミンE食は、胸腺内で成熟T細胞を増やす
胸腺内でT細胞の分化と成熟を促進
徳島大学医学部 森口覚助教授
高ビタミンE食は、 加齢による細胞性免疫機能の低下を遅らせる
ビタミンEは、体内で害になる過酸化脂質の生成を防ぎ、細胞膜をはじめとする生体膜を保護することで、老化にブレーキをかけていることがよく知られています。このビタミンEに、胸腺の働きを活発にし、その結果、胸腺で分化・成熟する免疫細胞「Tリンパ球細胞(T細胞)」を増やしてくれる働きがあることが分かりました。
T細胞は「細胞性免疫」と言って、体内で出会うものが自己か非自己かを見分ける免疫細胞で、体の中に細菌やウイルスなどが侵入した時やガン細胞などが体内で増殖する時に、これらの異物を非自己と認識し、排除・攻撃する・・といった免疫システムの中心的な働きを担っています。
このT細胞が持つ自己か非自己かを見分ける認識力が衰えると、異物であるのに排除しなかったり、或いは、本当は自分自身の細胞や組織なのにそれを攻撃して、リウマチや膠原病などの自己免疫疾患を起こすことがあります。胸腺やT細胞の働きは加齢によって低下し、そのため、高齢になる程、ガンや自己免疫疾患にかかりやすくなります。
徳島大学医学部の森口覚先生は、ビタミンEが胸腺内でTリンパ球の分化・成熟を促し、結果的に免疫機能を高めることを突き止めました。この研究によって、高ビタミンE食が加齢によるT細胞の働きの低下を遅らせる可能性が見い出され、また、副作用も毒性も出ないところから、新しい免疫療法の手がかりになることが期待されています。
森口先生に、ビタミンEの胸腺免疫系を賦活化する作用を中心にお話を伺いました。
低栄養から 高ビタミンA食、高ビタミンE食へ
・・先生は栄養学がご専門ですか。
森口 一言で言えば栄養学ですが、大学院の頃から栄養と免疫をテーマに研究しております。
栄養と免疫という分野は元々、低開発国の子供達が下痢や感染症で死亡するのは何故かということで、低栄養、つまり栄養不良だと免疫力が下がるということが分かったのが始まりです。この場合の栄養は、エネルギーをはじめ3大栄養素、特に低蛋白が問題になります。
ところが、低蛋白食では細胞性免疫が一時期亢進することが報告され、私もそれを実験で確認しました。食事中の蛋白質は普通、20%がコントロールなのですが、5%の低蛋白食で約3週間ラットを飼ったところ、肺のマクロファージの機能が高まるのを見付けたのです。つまり、一時期栄養制限をすると、かえって体の防衛機構が働いて免疫力が上がるわけです。但し、低蛋白食ではどの位の期間、どの位の摂取量かが問題となり、極度の栄養不良の状態が長く続けば勿論、免疫力は下がります。
その後、今から約10年位前にアメリカのアリゾナ大学に留学し、そこでは主にビタミンAと皮膚ガンについて研究しました。アリゾナ大学のあるツーソンはアメリカの中で紫外線が一番強い所で、皮膚ガンが多く、皮膚ガンの治療にビタミンA軟膏の塗付が行われていました。私は、ビタミンAを肌に塗るのではなく、食事から摂ることで皮膚ガンの発生が抑えられないかと考え、マウスを使った実験で、ビタミンAを沢山食べることによって、マクロファージの、ガン細胞を殺す働きが上がることを見つけたのです。
こうして微量栄養素と免疫に関する研究を始めたわけですが、帰国してから偶然、どうもビタミンEが免疫系に作用しているらしい・・という報告を知り、それではビタミンEを沢山含んだ食事ではどうなるかと、今度は高ビタミンE食でラットを飼ってみたのです。そうしたところ、やはり免疫が亢進したわけです。
※細胞性免疫、液性免疫
免疫には、リンパ球やマクロファージ(貪食細胞)などの細胞が中心になって働く「細胞性免疫」と、血液中の抗体や補体が中心になって働く「液性免疫」がある。
細胞性免疫の活性は年齢と共に低下し、加齢につれて感染症にかかりやすくなったり、ガンになりやすくなったりする。
一方、液性免疫の活性は加齢によって殆ど変化しないが、自己の細胞や組織に対して抗体を持つケースが増えてくる。
※マクロファージ(貪食細胞)
異物を食べて消化したり、ガン細胞を殺す働きをする白血球の一つ。
高ビタミンE食は 成熟したT細胞を増やす 老化ラットとビタミンE
森口 ご承知のように、ビタミンEは「抗酸化ビタミン」としてよく知られているビタミンです。老化が起こるのは、体の中に過酸化脂質などの酸化物が溜まるからだという説がありますが、ビタミンEは抗酸化作用によって過酸化物の産生を抑える結果、老化を抑えるということで「抗老化ビタミン」とも言われています。
一方、免疫のシステムもやはり老化によって低下し、特に細胞性免疫能の低下が分かっています。だとすると、ビタミンEの抗老化作用が免疫系にも作用しているのではないか・・ということが考えられます。そこでまず、老化モデルの動物でビタミンEの効果を見てみました。
SHRというラットは本来、ヒトの本態性高血圧症のモデルラットですが、非常に早い時期から、細胞性免疫系が低下することが知られています。そこで、このSHRを老化モデル動物として選び、その元の系統のWKYというラットを対照に比較したわけです。
まず、飼料1kg当たりビタミンE50mgを含むコントロール食(ビタミンE標準含有食)で飼ったところ、SHRでは血清と胸腺と脾臓中のビタミンE量が、WKYに比べて約半分に減っていました(表1)。この結果から、コントロール食を食べている限り、SHRはビタミンE欠乏状態になることが分かりました。そのため、SHRが早い時期に免疫が低下するのは、ビタミンE濃度の低下に関連するのではないか・・ということが推測されました。
それで、Eを沢山与えたら免疫系の低下が防げるのではないかと考え、今度は10倍量のビタミンEを含む食事で飼ったところ、WKYとほぼ同レベルの回復を見たのです(表1)。
両者の結果から、老化ラットの血清や胸腺等におけるビタミンE濃度の低下は、小腸でのビタミンEの消化・吸収不良というより、むしろ生体内でビタミンEの消費が亢進したことによるものと考えられました。
しかし、SHRへの高ビタミンE食の効果は2週間位迄で、6週間も経つと無くなってしまい、結局、遺伝的に免疫系が早い時期に低下することが決定しているSHRでは、効果は一時的なものでしかないことが分かりました。
それならば、正常なラットではどうかということで、今度は、普通のラットに高ビタミンE食を与えて、細胞性免疫系の主役である胸腺でのT細胞の成熟について見てみました。
胸腺とT細胞の分化・成熟
森口 その話しに入る前に、T細胞について簡単に説明しておきます(図1)。
免疫細胞は全て、骨髄の幹細胞が分化して出来ます。このうちT細胞は、骨髄から血中に出て来て胸腺に入り、胸腺で分化・成熟します。つまり、胸腺に入ってくる時にはT細胞はまだ未熟で、胸腺で教育を受けてはじめて一人前の成熟したT細胞になります。
胸腺では、正しく非自己を認識できるT細胞だけが選択され(ポジティブセレクション)、自己を攻撃するようなT細胞はアポトーシス(細胞自殺死)によって排除されます(ネガティブセレクション)。この2つの選択を受けて生き残った細胞が成熟細胞となり、全身、末梢に流れて行くわけです。
それで、胸腺で教育を受ける前の未熟なT細胞は、成熟したT細胞が持つCD4やCD8等の抗原をまだ持っていません。胸腺の皮質に入って最初に両方共ネガティブ(ダブルネガティブ、CD4−CD8−)になり、途中で両方共ポジティブ(ダブルポジティブ、CD4+CD8+)になって、やがて胸腺の上皮細胞の影響を受けて選択され、CD4またはCD8のどちらかの抗原を持つようになります。こうなってはじめて「シングルポジティブ」という成熟したT細胞になり、末梢血流から、全身を回るのです。
・・成熟したシングルポジ(ティブ)のT細胞が増えると、免疫力は高まるわけですか。
森口 成熟したT細胞というのは、胸腺という学校で立派に教育を受けて一人前になったということです。こうした成熟細胞が増えるということは、それだけ細菌などの異物に対する攻撃力を強化するので、免疫力が上がったと言って良いでしょう。
正常なラットに対する ビタミンEの効果
森口 正常なラットを用いた実験ではまず、胸腺中のCD4またはCD8を持つシングルポジのT細胞の割合が高ビタミンE食ではどう変化するかを、普通食とビタミンEが全く入っていない食事とで比較して見ました。
そうすると明らかに、ビタミンE欠乏食ではCD4のシングルポジが減って、逆に、高ビタミンE食では増えたのです(図2)。
高ビタミンE食が 細胞性免疫能を高める作用
1.T細胞の増殖因子を増やし
抑制因子を減らす
・・高ビタミンE食では何故、T細胞のシングルポジ(ティブ)が増えるのですか。
森口 T細胞が増えるメカニズムにはいろいろありますが、第一に、T細胞増殖因子「インターロイキン2(IL―2)」によることが考えられます。IL
―2の作用が高まるとT細胞は増えてくるわけですが、高ビタミンE食では、このIL―2の産生が2〜3倍も増えているのです(図3A)。
それでは何故、ビタミンEを添加するとIL―2が増えるのかと言いますと、結論的にはビタミンEの作用によって、リン脂質からのアラキドン酸合成が低下し、その結果、免疫系に対して抑制的に働く「プロスタグランジンE2(PGE2)」という生理活性物質の産生が抑えられるからなのです(図3B)。
つまり、細胞は主としてリン脂質で出来た二重膜で囲まれているわけですが、このリン脂質は、酵素(ホスフォリパーゼA2)の働きでアラキドン酸に変換され、そのアラキドン酸がさらに別の酵素(シクロキシゲナーゼ)によってPGE2に合成されます。
ビタミンEはリン脂質をアラキドン酸に変換する酵素をブロックするので、結果的に、ビタミンEが細胞膜に多く存在すると、細胞膜中のリン脂質はアラキドン酸に変化しにくくなり、その結果、免疫に抑制的に働くPGE2の産生が抑えられるわけです。
・・ビタミンEがリン脂質をアラキドン酸に合成する酵素をブロックするということは、胸腺におけるビタミンEの効果も、抗酸化作用によるものではないのですか。
森口 このメカニズムが抗酸化に関連しているのであれば、他の抗酸化剤も効果があると言えます。しかし、私の研究では今のところ、他の抗酸化剤ではこのような効果は見られず、胸腺内のT細胞の分化・成熟を高めるのは、ビタミンEに特異的な免疫調整作用によると思われます。
2.未熟なT細胞と
上皮細胞の結合を高める
森口 高ビタミンE食がシングルポジのT細胞を増やす作用としてはもう一つ考えられます。
胸腺でのT細胞の教育、つまり未熟なT細胞の選別と振り落しというのは、T細胞が上皮細胞(胸腺皮質上皮細胞)に結合した時に盛んに行なわれるのです(図1)。
試験菅内での実験では、高ビタミンE食で未熟なT細胞が上皮細胞に沢山結合するのが確かめられました。恐らく、高ビタミンE食投与により細胞が安定化し、結合因子の配列や数が上がり、T細胞と上皮細胞との結合を高めて、十全な教育が行なわれるのではないかと考えられます。
ビタミンEの摂り方
ビタミンEの大量摂取と
細胞性免疫の活性
・・胸腺は成長後は萎縮してしまうそうですが、ビタミンEを多く摂ることで成長後も胸腺の働きをある程度高めることが出来るのですか。
森口 加齢に伴う胸腺の働きの低下を或る程度遅くする可能性はあると思いますが、いずれにしろ、胸腺は成長期の生体防御の中心を担っているもので、胸腺の退縮を止めることは出来ません。
しかし、T細胞の分化は胸腺だけでなく、実はいろいろな場所で行われており、加齢に伴って胸腺が退縮すると、例えば肝臓とか小腸の腸管膜リンパ節等で行なわれます。ビタミンEはこうした場所でのT細胞の分化にも期待できると思います。
また、私達は高ビタミンE食で、脾臓でのリンパ球の幼若能や、肺でのマクロファージの貪食機能が亢進されることも見つけています。
これらのことから、高ビタミンE食が、加齢に伴う細胞性免疫の低下を遅らせる可能性は大だと思います。
・・脂溶性であるビタミンEの大量摂取で副作用の心配はありませんか。
森口 ありません。ビタミンEを平常食の10〜100倍与えても、血清や臓器中のビタミンE濃度はせいぜい2倍位しか上がらないのです。
ビタミンEの吸収は、食事中のビタミンE量によってコントロールされ、ビタミンEを沢山摂るとそれだけ吸収が落ちて便に排泄されてしまうからです。つまり、ビタミンEの吸収は許容量を越えると低下するわけで、逆に言うと、あまり沢山摂っても無駄なのです。
・・しかし、やはりある程度大量に摂らないと、胸腺での免疫活性は上がらないわけですよね。
森口 大量といっても、実験では通常食の10倍量で見ていますね。つまり、50倍も100倍も摂る必要はないわけです。但し、エイズにかかったマウスの実験では、10倍量よりも50倍量の方が高い効果が現れました。
・・エイズの患者さんはある時期になるとT細胞が一斉にやられて最終的に免疫不全になるわけですが、ビタミンEを大量に摂ることで多少とも効果があるのですか。
森口 発症前のキャリアの段階では、発症を遅くする効果が期待出来ると思います。
ただ、発症してしまったら恐らく効かないと思います。先程のSHRの場合もそうですが、ある程度正常な細胞が残ってる場合に投与すれば免疫系の機能が亢進する可能性はありますが、細胞の生命力に低下が見られると効果は現れないのです。
日常の食生活と ビタミンEの摂取
・・抗老化ビタミンということで、ビタミンEのサプリメントを摂っている人は沢山いると思います。一般の人が健康を維持する上で、ビタミンEはどういう摂り方をすればよろしいですか。
森口 今までの話しはビタミンEの薬理的な作用ですから、一般の方が健康維持にビタミンEを摂るということであれば、やはり他の栄養素のバランスが大事で、極端にEだけを大量に摂るのは好ましいことではありません。過剰症は特に心配しなくても良いのですが、やはり血清中のビタミンE濃度が上がりますから、他の脂溶性ビタミンの作用に何等かの影響を及ぼす可能性が考えられます。
但し、運動を定期的にする人ではビタミンE濃度は確実に低下しますから、そういう人は多目に摂る。また、ガン年齢に入った方もサプリメント等で補うのは良いと思います。
いずれにしろ、ビタミンEに限らず、栄養素は全て食事から摂るのが基本であり、食事から栄養素を満偏なく過不足なく摂ることが可能ならば、それに越したことはないと思います。
・・ビタミンEはCと相性が良いとよく聞きますが。
森口 ビタミンEは生体膜に多く存在するビタミンで、ビタミンEが膜内で酸化されると、水溶性のビタミンCがビタミンEに水素を与えることによって活性型のビタミンEに還元します。つまり一旦、酸化されてしまっても、Cがそこにあればまた使えるようになるわけで、併せて摂ることを勧めます。
免疫機能を維持する
栄養・運動・休養
免疫活性に関する他の栄養素
・・加齢による免疫機能の低下を防ぐ微量栄養素としては、今までお話し戴いたEやAの他に何かありますか。
森口 人の場合、加齢による免疫機能の低下を防ぐ食事中の微量栄養素ということでは、実はビタミンDが重要なのです。
動物実験による裏付けはまだされていませんが、疫学調査では、食事中のビタミンDの摂取が高いお年寄ほど免疫能が高いことが確かめられています。
そして今、ビタミンの中で一番不足を心配されているのがこのDなのです。欠乏症を起こす程不足しているわけではありませんが、私達が行なった徳島市近郊での栄養調査でも、他のビタミンは十分足りていたのに比べて、ビタミンDの少ないことが印象的でした。一方、ビタミンDが十分量足りていた人は、魚をよく食べていることが分かりました。ビタミンDは魚の脂肪部分に多く、最近の魚離れの風潮がビタミンDの不足に関係していることが推測されます。
・・「風邪の予防・治療にビタミンC」とよく言われますが、ビタミンCはどうなのでしょうか。
森口 Cの還元作用が関係していると思われますが、免疫の分野から言うとあまり関係はないと思います。
免疫と栄養素ということではまず蛋白質(アミノ酸)があげられますし、ミネラルでは亜鉛やセレニウムも関係してきます。ですから、何をどれだけ多く摂るということでなく、免疫に関しても、全て必要な栄養素を過不足なく摂取するということが一番重要だと思います。
適度な運動は 免疫活性を高める
森口 栄養の他に、適度な運動も免疫活性を上げることが分かっています。
継続的に運動している人では、体の中のSODとかカタラーゼといった抗酸化酵素の活性が高いことが認められています。
また、私達の行った老化ラットを使った実験では、適度な運動が細胞性免疫能を高めることを確認しています。
・・運動は活性酸素やストレスを生むと言われていますが。
森口 確かに過度の運動では、体内で過剰の活性酸素やストレスの生成や、血中ビタミンE濃度の低下が見られます。ですから、運動に関してはその人にあった適度な運動ということが大切ですし、また栄養と休養とのバランスが非常に大事になるわけです。
人生80年と言われる今日、病気の予防と健康増進を図るために、栄養、運動、休養の3本柱がクローズアップされはじめていますが、これらの3本柱は免疫系の機能低下の阻止に関しても言えることだと思います。