アポトーシスと健康

プログラムされた細胞死は、病気の自然治癒とも関連!?

東邦大学医学部 山田武教授

注目を集める細胞の自殺機構

 私達が病気になる時は、患部の組織や器官などに故障が起きているわけですが、組織や器官は細胞から出来ているため、体全体の健康もまた細胞レベルから考えていくことが可能になります。
 母親のたった1つの卵からスタートした私達の生命は、父親の精子との出会いを契機に増殖し、誕生の際には立派な多細胞生物に成長しています。誕生後も細胞は増え続け、ヒトの成人では約60兆個もの細胞から成り立っていると言われています。そしてまた、この細胞の一つ一つも人の一生と同じように、誕生し、やがては死を迎えるというドラマを展開しています。
 細胞の死の迎え方には、大きく分けて二つのパターンがあります。感染や障害を受けて病死するタイプと、もう一つは遺伝子上に予定され、プログラムされている自殺のような死に方をするタイプです。
 後者の細胞自殺死は1972年、英国の研究者達によって発見され、「アポトーシス」と命名されました。これと同時期、日本でも東邦大学医学部の山田武教授らが、放医研(科学技術庁放射線医学総合研究所)で細胞死を研究中、細胞の死の一種に自殺のような死に方があることを見出しています。
 こうした背景の中、最近になってアポトーシスがにわかに注目されるようになり、一般にも耳にするようになりました。ブームの理由は、アポトーシスがガンや免疫の仕組に大きく影響していることが分かってきたからです。
 そこで今月は、山田武先生にアポトーシスと病気との関係についてお話を伺いました。

細胞の自殺死 「アポトーシス」とは
細胞の死に方 「他殺死」と「自殺死」

・・最近アポトーシスという言葉をよく耳にしますので、今日は特に病気との関連でアポトーシスについていろいろ教えて戴きたいと思います。
山田 「アポトーシス」を問題にする前に、まず、「ネクローシス」という言葉から説明しましょう。
 一般には細胞はネクローシス、・壊死”の形で死ぬことが知られています。ネクローシスは、細胞が感染や障害などいろいろな外部的条件でおかしくなり、それで結局細胞が死ぬことを言いますが、今迄、細胞死は全てこのネクローシスによるものだと考えられてきました。
 ところが、今から20年位前、スコットランドの病理学者が細胞の死に方にはもう一種類別なものがあると発表したのです。それは壊死というよりむしろ、細胞が自殺するような感じで、細胞が自ら持ってる仕組によって自らを殺す・・そういう死に方があるというわけです。この死に方はギリシャ語で落葉を意味する「アポトーシス」と命名され、細胞死の一つと分類されました。
 ネクローシスが病的な条件で細胞が死ぬ、平たく言うと・他殺”のようなものに当たる一方、アポトーシスはむしろ細胞が自ら死ぬ・自殺”のようなものに当たります。そして、アポトーシスは「プログラムされた細胞死」とも呼ばれるように、固体の生存のために、元々死ぬ運命にあって死んでいくというところがネクローシスと大きく違います。(表1、図1)
 恐らく、アポトーシスは体の中でいろいろな異常を排除する働きをするのだろうと思われ、アポトーシスが正常に働かないと、例えば発生の場合にも、いろいろ異常、奇形などが出てくると考えられます。

形態形成や変態も アポトーシスの一種

山田 元々、ご用済になった細胞が自発的に死ぬという現象は、発生学の分野では知られていました。
 例えば我々も、胎児の時は水掻きがついて指が全部つながっていたのが、発生過程の一時期に水掻きの細胞は全部死んで、5本の指が形成されます。こうした発生の一定時期に、プログラムされた細胞だけが正確に死ぬのは、「プログラム(細胞)死」と呼ばれ、前から分かっていたことです。もっと分かりやすい例では、ある時期、イモ虫やオタマジャクシの筋肉が一斉になくなって蝶や蛙になるという変態も、非常に見事なプログラム死の一つです。
 このように、予定されていた細胞が死ぬことで、個体全体がちゃんとした形を形成するというプログラム死の機構の正体も、実はアポトーシスであることが最近、発生学の方でも分かってきました。

ネクローシスは大騒ぎし、アポトーシスはきれいに死んでいく

・・死んでしまった細胞は、どのように除去されるのですか。
山田 アポトーシスで死んだ細胞は、周囲の細胞などに食べられて、周囲に迷惑もかけず、きれいに除去されます。指が形成される時に炎症を起こすようでは困りますからね。一方、ネクローシスでは白血球がかけつけて大騒ぎになります。
 図1、2のように、アポトーシス細胞は、断片化されて食べやすくなり、溶解もせずにきれいに処理されます。ところが、ネクローシス細胞では、徐々にふくらんで細胞膜が破れ、細胞内の酵素が流れ出します。数時間経つと発赤、膨張、疼痛などの炎症が起こり、白血球が集って来て、異物に対する攻撃と同じように応答し、有毒な蛋白質や活性酸素を放出し、周辺細胞にまで炎症を広げます。
 この死亡細胞の末路の大きな違いは、アポトーシスは生理的な細胞死としての必要条件から合理的に処理されるのに対し、ネクローシスでは損傷部位の修復として白血球の働きが必要とされるからと考えられます。

注目される アポトーシスと病気との関連

・・アポトーシスが最近になって急に注目されるようなったのはやはり、ガンなどに関係することが分かってきたからですか。
山田 アポトーシスがここ1年位の間に、俄かに注目を浴びてきたのは、一つは細胞自身が自分の細胞の中の遺伝子に組み込まれたプログラムによって死ぬという仕組への興味。そしてもう一つは、病気との関連が段々分かってきて、特に癌との関連で注目が集り、一斉に研究論文が出るようになったのがブームになった原因だと思います。
 癌だけではなく、免疫系統にも関係し、例えば免疫系の中枢器官である胸腺では、細胞が分化して行く過程でアポトーシスが非常に重要な働きをしていることが分かってきました。胸腺でアポトーシスが効き過ぎるとリンパ球が死んでしまって免疫不全が起きます。また逆に、アポトーシスが効かないと、今度は不完全なリンパ球がどんどん出来て、いわゆる自己免疫疾患(リウマチ、膠原病など)と言われる、自分の組織に迄免疫が働いてしまうような病気が起きてきます。
 そんなことが段々分かり、基礎医学だけでなく、臨床医学まで注目してくるようなったのが現状です。

発ガンとアポトーシス
アポトーシスは、 ガン細胞の増殖を抑える

・・発ガンとアポトーシスは、どういう関係にあるのですか?
山田 ガンとの関連で特に最近話題になっているのは、発ガンを抑える「ガン抑制遺伝子」との関係、その中でも「P53」という遺伝子との関連で注目されています。
 P53は、大腸ガンや肺癌に関係するガン抑制遺伝子で、例えば大腸ガンでは、大腸ガンになった人の組織の5割以上にP53という遺伝子の変異が見つかっています。
 P53は、細胞が分裂をしていく時に遺伝子中のDNAなどに異常があるとそれを治す、分裂の周期をみて治すという働きがあります。つまり、正常なP53では、異常な遺伝子を治し、しかも治しきれなかった場合にはアポトーシスを起こさせて異常な細胞を殺してしまうのです。
 ところが、P53が異常になると、DNAに異常が起きてもそれを治すことが出来なくなり、異常を持ったまま細胞がどんどん増殖して、最終的にはガンになってしまうのです。
 ですから、P53の異常は即ち、アポトーシスを起こすか起こさないかということに関係しています。
 例えば、ヒトのガン組織をネズミに植えつけるとガンになるわけですが、その組織にP53の正常な遺伝子を入れてやるとガン組織は消えてしまいます。これは即ち、P53というガン抑制遺伝子の働きがあったということです。
・・つまり、P53はアポトーシスを起こすことで、ガン細胞を自然に自滅させてしまうということですか。
山田 ごく単純化して言えば、そういうことです。
 例えば、P53がガン抑制遺伝子であるのとは逆に、「bcl
―2」と言う人のリンパ系のガンを起こすガン遺伝子があります。このbcl|2は元々は、アポトーシスを抑制するのが本来の働きだったらしく、bcl|2があるということはアポトーシスを抑えることになり、その結果、リンパ腫が起きることが分かってきました。
 つまり、ガン遺伝子として発見されたbcl|2は実は、アポトーシスを抑えるから結果的に癌になるわけであって、本来はアポトーシス抑制遺伝子であるということです。
 要するに、アポトーシスと発ガンは裏腹な関係にあって、恐らく本来は、アポトーシスは異常になった細胞をどんどん殺して、細胞死によって発ガンを抑える役目をしている。ところが、アポトーシスの機構がおかしくなると、異常な細胞がどんどん増えて、ガンになるのではないかと考えられるようになってきたわけです。

免疫とアポトーシス T細胞とアポトーシス

・・アポトーシスは胸腺の働きにもかかわって、免疫系の病気に関与しているということですが、この場合のアポトーシスの作用は?
山田 胸腺はTリンパ球細胞、つまりTセルを作る器官です。このTセルは「細胞性免疫」と言って免疫に関与する細胞で、基本的には自己か非自己かを見分ける働きをしています。
 例えば、他所から異物が侵入する典型的なケースは臓器移植ですが、臓器移植で一番問題になるのは、移植された臓器をTセルがやっつけてしまうことです。このように、細胞性免疫は異物を排除する機構としてあるわけで、ウイルスや細菌などに感染した細胞を我々の体の異物として認識し、感染細胞などを殺すわけです。
 また、胸腺というのは傷を治す働きを持っています。例えば、放射線の暴露等なんらかの事情で遺伝子が傷つくような場合でも、生体には自分で傷を治すシステムがあるわけですが、治す場合には必ずある確率でエラーが発生します。こうした場合、エラーを持ったままで細胞がどんどん増殖していくよりも、生物の戦略としては、治りきらなかった細胞は壊した方が安全なわけです。
 つまり、おかしな遺伝子を持った細胞ができると先ずそれを治す働きが出て、それが治りきらないとアポトーシスを起こして殺してしまう。先程お話ししたガン抑制遺伝子P―53の役割は正にこれなんです。
・・キラーT細胞がガン細胞をやっつける場合も、キラーTがガン細胞にアポトーシスを起こさせるわけですか。
山田 その通りで、最近の研究では、キラーTがガン細胞を殺す時も、アポトーシスを起こさせて細胞死させると考えられています。
 従来、キラーTがガン細胞を殺す時には、パーフォリンという酵素を作って、それでガン細胞に穴を開けて殺すと言われていました。そういう殺し方も確かにあるのですが、キラーTがウイルス感染細胞やガン化した細胞にくっついてそれを殺す時には、何らかの信号を与えて標的の細胞(ターゲットセル)にアポトーシスを起こさせるような仕組を作るらしいとことが分かってきたのです。
 キラーT自身もアポトーシスで死にやすい細胞なのですが、キラーTがガン細胞を殺す時の機構もどうもアポトーシスらしいのです。

エイズと アポトーシス

・・エイズなどの免疫不全症も、アポトーシスが関係しているのですか。
山田 エイズの場合、エイズウイルスに感染したTセル(CD4ヘルパーT細胞)だけが死ぬのではなく、ある時期になると一斉にTセルが死んでしまって後天性免疫不全になるわけですが、その死に方がどうもアポトーシスではないかと推測されています。
 ウイルス感染の場合、アポトーシスを起こさせて感染細胞を殺してしまうのはとても有効な手段ですが、エイズのように、免疫系の防衛手段による細胞死で、免疫細胞が全滅してしまってはかえって障害になってしまうのです。
 何故、エイズウイルスに感染すると全てのTセルにアポトーシスが起きるのか、これは治療にも結びつくので今活発に研究されているところです。つまり、リンパ球のアポトーシスを起こさなくすれば良いわけですからね。

アポトーシスの応用で 難病の治療

・・こうしたアポトーシスの機構をうまく利用して、既に治療にも応用されているのですか。
山田 例えばガンの場合、ガンは正に細胞増殖の異常で、今迄は増殖作用ばかりに目が行っていたわけです。ところが、細胞が自ら死ぬという機構を持っていたことが分かり、逆に細胞死の機構が壊れてもガンが出来るということが分かって、いろいろな謎が解明され、研究も治療への応用段階に入ってきました。
 先程から話に出ている発ガン抑制遺伝子P53については、昨年からアメリカでは、実際に人の大腸癌の診断と治療に使われています。患部の組織を取ってきてP53の変異がみつかるとガンになりやすいという診断が、治療はP53の正常な遺伝子を入れてガンを治すというもので、一種の遺伝子治療になります。
 日本でも最近、いわゆるガマの油の成分が白血病細胞にアポトーシスを起こさせることが確認されています。
 私達の研究では、ごく微量の放射線の暴露により、ガン細胞にうまくアポトーシスを起こすことが分かっています。また、ガン化した胸腺腫細胞の方が、正常な胸腺細胞よりアポトーシスを起こしやすいことも確認しています(図3)。
 従来の抗ガン剤や放射線治療では、ガン細胞にアポトーシスも起こさせますが、主に障害を与えてネクローシスを起こさせるわけですから、結果的に炎症を起こさせて副作用などももたらします。しかし、こうしたアポトーシスを起こしてガン細胞を死なせる治療は、正常細胞に障害を与えず、炎症も起きないので、ガンの化学療法としては大変期待されています。
 今までの研究では、細胞の分裂・増殖ばかりに目が行って、逆に細胞死については殆ど無視されてきたわけです。ところが、細胞死が解明されるにつれて、細胞というのはほんの微妙なバランスで一方は分裂し、一方は死ぬということが分かってきました。その微妙なバランスをどのようにして制御出来るかが解明されてくれば、ガンに限らず、アポトーシスに関するいろいろな治療法が開発されると期待されています。
 さらに、老化や寿命の謎もアポトーシスから解明していく研究もされています。アルツハイマー型痴呆症もアポトーシスに関連しているという研究もあり、ガンを含めていろいろな難病の解明、治療に期待されています。研究対象の全てが、アポトーシスによって解釈出来るかは分かりませんが、病気に関してもアポトーシスに関係しているものがまだまだいっぱいあると思います。
・・アポトーシスの機構は健康の維持に重要な働きをしている事がよく分かりました。最後に、アポトーシスの機構を正常に保つ、異常を起こさせないための日常の注意というのはあるのでしょうか。
山田 やはり老化につれて、アポトーシスの機構も衰えてくることが言えます。ですから、日常では、暴飲暴食をしない、適切な栄養バランスを維持するなどの、老化を防ぐための一般的な注意が言えるかと思います。