腸のバリアー(防御壁)とクローン病(食物性アレルギー)

腸のバリアーを増強する食物繊維

菅沼内科消化器科医院 菅沼登先生

腸の健康とアレルギー

 アレルギー反応を起こす原因物質(抗原、アレルゲン)は、吸入性のもの(ハウスダスト、花粉、カビ、大気汚染物質等)、薬物性のもの(抗生物質、ホルモン剤等)、接触性のもの(化粧品や洗剤、衣類等の化学物質)と様々ありますが、毎日の生活の中で最も大量に体内に侵入するのは食物性のものでしょう。
 実際、乳幼児のアトピー性皮膚炎の約7割は食物性アレルゲンであるとも報告され(国立小児病院)、食物以外のものがアレルゲンになっている場合も、乳幼児期の食物性アレルギーが元になって、他の物質にも抗体を持つようになるケースが多いとも言われています。
 端的に言うと、アレルギー反応は異蛋白から体を守るための免疫(防衛)反応です。私たちの体の構造は主として蛋白質によって組み立てられていますが、この蛋白質は、食物中の蛋白質が消化・分解されて最終的にアミノ酸にまでなったものを主原料として、自分特有の蛋白質として組織されています。
 腸の壁は一種のバリアーの役目をして、消化・分解されないものは通さない仕組みになっています。しかし、なんらかの原因で腸のバリアーが壊されると、食物中の異質な蛋白などが血液中に吸収され、全身の細胞に達します。そうなると、体はそれを異物としてやっつけようとします(免疫反応)。この時、免疫反応が過剰に働いて、種々の炎症を起こす反応をアレルギー反応と言います。
 このように考えると、アレルギー性疾患は食物を消化・吸収する「腸」の健康に大きくかかわっていることがお分り戴けると思います。
 今月は、消化器の専門医で、腸とアレルギーの関係を研究されている菅沼登先生に、腸の健康とアレルギーについていろいろお話を伺いました。

腸のバリアーとアレルギー
食べ物の消化・吸収と 食物アレルギー

・・腸の壁のバリアー(防御壁)と食物性のアレルギーとの関係について、今日は伺いに参りました。
菅沼 食べ物がお腹の中に入ると消化されるわけですが、食べ物が腸(小腸)で最終的に消化されると、蛋白質だったらアミノ酸、糖分だったらブドウ糖とか、非常に小さな単位になり、本来は、その小さな単位になったものしか吸収されません。
 腸管の中ではまだ、最終的に分解される前の多種類の蛋白質や多糖類が存在しているわけですが、普通、それらの大きな物質は腸管の壁を通過できないようになっています。
 それは、腸の壁が大きな物質が侵入しないように、体に不要なものが勝手に家の中に入ってこないように防ぐ網目、バリアー(防御壁)の役目を果しているからです。この大きな物質を通さないバリアーの状態を「腸管透過性」と呼び、これは測定することができます。
 図1は正常な腸管を輪切りにしたものです。大きな分子は吸収されず、一番小さな分子だけが腸管の壁を通過しているのが分りますね。
 最終的に消化・分解された食べ物は、腸管の一番内側の「腸管上皮」に吸収され、血液にのって各細胞に栄養分として運ばれるわけです。
 例えば砂糖は、ブドウ糖と果糖の2つの分子が結合したものですが、腸壁のバリアーが正常であれば、分子が結合した状態では吸収されません。パカッと割れてブドウ糖とか果糖とか一個づつになって初めて吸収されて、吸収されたブドウ糖はそれを体の細胞が食べて燃やしてエネルギーにします。ところが、2個とか3個とか分子が結合したものは体の他の細胞は食べられない。しかも、役に立たないというだけではなく、実はそういう大きな分子は体の中に入ってくると邪魔者、異物になります。
 図2は腸管透過性が増大して腸のバリアーが壊れてしまった腸管です。分解の途中段階のものや、大きな分子のもの迄が腸の壁を通過してしまっています。
 そこで、異物を排除する、邪魔ものを掃除するような反応、一種の免疫反応が起き、これは大体炎症反応を起こします。例えば、バイ菌が体の中に入ったり、体が壊れた時にはそういう炎症反応が起きて体を修復しますが、そういう不完全に消化されたものが体の中に入ってしまうと人によっては、アレルギーのもと「アレルゲン(抗原)」として働き、体を傷めてしまう場合もあるわけです。

20歳以下の子供は、   腸が完成されていない

・・アレルゲンには花粉やダニなど様々ありますが、やはり食物性のアレルゲンが一番多いのですか。
菅沼 アレルギーの原因で一番明らかなのが食物アレルギーですね。ジンマシンが出たり、下痢しやすい人は、本来吸収されない筈のものが吸収されてしまうということが起きているわけです。
 アトピー性皮膚炎もダニなどの外因性ではなく、食物によって起きるケースも報告されています。一方で、アトピー性皮膚炎の場合はバリアーの異常、本来吸収されないものを防ぐ仕掛けの異常はあるという報告が多いのですが、ないという報告もあり、その辺、まだはっきりしていません。しかし、その可能性は大きいと思われます。
・・乳幼児のアトピー性皮膚炎では、食物がきっかけになっていることが多いと聞いていますが。
菅沼 実は、20歳以下の子供はこういう腸のバリアーが弱いということが分かっています。本来、大人だと吸収されないようなものが子供だと吸収されてしまうわけです。それが子供にアレルギーが多いことと関係しているのかも知れません。

腸のバリアーが 壊れているクローン病

菅沼 普通の人はそういうアレルゲンになるような大きな分子は吸収されない筈ですが、それが吸収されるような状態になっている病気の一つに「クローン病」があります。
 クローン病では、腸管壁のバリアーが壊れているために、大きな分子、つまり、体にとっては異物であるものが腸の壁の中に入って来て、そこで防衛反応というか炎症反応が起き、腸壁に傷(潰瘍)が出来てくる事が原因の一つになっていると言われています。
・・クローン病は腸の炎症の病気なのですか。
菅沼 そうです。腸に潰瘍が出来てその周りがむくむ。腸がむくむと働きが悪くなって、下痢や吸収不良を起こすわけです。
・・それは二糖類とか、幾つかの分子が結合したものが吸収されて炎症を引き起こすのですか。
菅沼 そう言われています。本来は腸の壁の中に入ってはいけないものが入って、それが炎症の引金になることは確からしいのです。

バリアーの異常を測定すると

菅沼 吸収されるべきではないものが吸収されてしまうというバリアーの異常、言ってみれば防御壁の性能は化学的に測ることができます。
 物質の通過性、つまり腸管透過性を測るわけで、測定するのには吸収されにくい物質を使います。研究では、ラクツロースという人工的に合成した二糖類を使いました。
 このラクツロースを普通の人が飲むと、大体0・5%〜1%位しか吸収されず、残りの約99%以上はそのまま大便と一緒に出てしまいます。
 ところが例えばクローン病の場合、2%弱と普通の人の約2倍が吸収されます。ですからアレルギーやクローン病では、この腸の壁のバリアーにほころびのあることが、確かめられています。
 アレルギーやクローン病の予防・治療には、一つは腸管透過性を下げて腸のバリアーを補強すること、もう一つはアレルゲンとなるような物を摂取しないことがあげられます。

砂糖は、 腸のバリアーを壊す

菅沼 その前に、腸管透過性を高め、バリアーを壊す食べ物が実は分かっています。
・一つは砂糖です。砂糖を沢山食べると腸管透過性が上がることが分っています。
 ですから、例えば牛乳に対してアレルギーを持っている人が、牛乳と一緒に砂糖を沢山食べると、アレルギー反応が強く出やすくなることが推測されます。
・また、食塩や、尿に排泄される一種の体の老廃物である「尿素」。そういうものを多く摂って、消化管(胃や腸)の塩分濃度を濃くする、つまり浸透圧を上げると、腸管透過性が増大することが分っています。
・胆汁酸という腸の中の一種の石鹸を沢山食べさせても、透過性が上がることが分かってます。
・それと動物実験では、高蛋白食。蛋白質が多い食事でも上がることが確かめられています。
・他に解熱鎮痛剤。アスピリン、バファリン、インドメタシンなど強力な解熱鎮痛剤は、今いった条件がなくても、単独で腸管透過性を上げることが分っています。アレルギーの人が風邪などでこういった薬を飲む、或いは病気によって長期間飲み続けた場合、アレルギー症状が出やすくなります。アレルギーのある人は風邪薬に気をつけた方が良いですね。
・・砂糖の摂り過ぎ、高塩分、高蛋白食というと、現代型食生活の一つの代表的パターンですね。
菅沼 実際、クローン病の場合、砂糖を沢山食べると発症しやすいという調査結果があります。
 また、アトピー性皮膚炎などを治療しているアレルギーの専門医は、砂糖や油の多い食事を控えるように指導している場合があります。具体的数値として出ているわけではないので、経験的に分かったからだと思いますが、それは腸管透過性の改善ということに関係するのかも知れません。
 食事においてはまず一番の対策として、砂糖を減らす、或いは塩辛などの非常に濃い塩分の食品はやめることが必要だと思います。特に、砂糖は別に摂らなくても困らない食品ですから、なるべく避ける努力をした方が良いだろうと思います。

食物繊維は、 腸のバリアーを補強する

・・逆に、腸管透過性を下げるものとしては何がありますか。
菅沼 腸管透過性を高める因子は結構分っていますが、反対に、透過性を減少させる因子は殆ど分っていません。ただ、破れたバリアーの綻びを治す方法として、食物繊維が良いことが分っています。
 食物繊維と砂糖はちょうど裏腹な関係にあり、糖質を摂取する場合、同じカロリーでも砂糖が主体か、または複合糖質といわれている澱粉(穀類、芋類等)が主体かで、様子がかなり違ってきます。同じカロリーでも、アレルギーにとっては、透過性を増やす砂糖が多ければ不利だろうし、芋など、ブドウ糖からできた澱粉と食物繊維からなる複合糖質は不利にはならないわけです。

 米の繊維(糠)による実験

菅沼 クローン病の人に、砂糖を制限し、繊維を増やす食事をさせると、病気の悪化を防いだことが報告されています。
 そこから、食物繊維が何か特別な作用を持っているのではないかと、主に動物実験で研究したグループが幾つかあります。それらは、発癌を抑える目的の研究でしたが、その結果から、食物繊維には腸管透過性を下げる作用があるらしいことが分かったのです。
 そこで実際に、人ではどうだろうかということで、私達は日本人が元々摂ってきた米の繊維「糠」で調べてみました(図3)。
 そうすると、図3で見られるように、殆どの人で「米糠なし」に比べ、「米糠有」の方が腸管透過性が下がっていました(低下率の平均は13%)。要するに、米の繊維がバリアーの機能を増強したわけで、繊維を多く摂れば、アレルギーを起こす可能性のあるようなものを食べても、その吸収を抑えられる可能性があることが示されました。
・・食物繊維には糖分や脂肪などの吸収を阻害する作用がありますが、ラクツロースの吸収が抑えられたのは、繊維の吸収阻害作用ではなく、透過性を下げる作用によるのですね。
菅沼 吸収されやすい糖分であるマニトールの吸収率は、糠を添加した場合も添加しない場合も同じでしたので、この時の繊維の作用は、単なる吸収阻害ではないと考えられます。
・・やはり米糠が透過性を下げたということですね。これは、繊維がいろんな糖分を中に抱え込んだということですか。
菅沼 だと思います。繊維が網目みたいになっていて、その中に糖分を抱え込む、それがこういう作用の源と言うか、腸の内容物を繊維の構造の中に引っ張り込んで、透過性に影響するのだと思います。
 繊維が腸管透過性を減少させる理由を整理すると、
・一つは繊維が腸管内で、水を保持するのと同時に、ブドウ糖などの栄養素やナトリウムなどの電解質を取り込み、それらの浸透圧作用を低下させたこと
・もう一つは、繊維が消化酵素の作用を阻害して、糖類や蛋白質の分解を遅らせることで、浸透圧の上昇を抑えたこと
・さらに、繊維が脂質や胆汁酸を吸着したために、それらの物質の腸管の浸透性を上げる作用が低下したことがあげられます。
・・透過性を下げる作用は糠だけでなく、食物繊維全般にあるのですか。
菅沼 糠の様な水に溶けない繊維だけでなく、ペクチンやマンナン(コンニャクの繊維)、カンテンなど水溶性の繊維にも、その作用があると思います。
 その後、コンニャクのグルコマンナンでも実験しましたが、やはり糠と同じ作用がありました(低下率平均10%)。
・・クローン病の人はラクツロースを、正常の人の約2倍吸収するということでしたが、正常な人でも多少(0・5〜1%)は吸収するし、クローン病の人並みに吸収している人もいますね。
 それで何故、クローン病やアレルギーにならないかというのはやはり免疫の機能が正常だからですか。
菅沼 そうなのです。クローン病の場合は、こういった大きな分子が腸壁の中で炎症のきっかけになっているわけですが、普通の人はそれを、白血球などが分解して無害なものにしてしまうといった免疫機構がうまく働いているのだと思います。
 ところが、クローン病の人はそのへんもうまくいっていない。要するに体の中に入ってしまった異物を処理する白血球などにも異常があると言われています。
・・食物性のアレルギーによく似た病気なのですね。
菅沼 そうなのです。今、クローン病は食物性アレルギーに近い病気だと言われています。

砂糖や牛乳を避け   脂肪を減らし 食物繊維を多く

・・そうすると、クローン病も食物性アレルギーも食事療法が有効になるわけですね。
菅沼 私が浜松医療センターで診ていたクローン病の患者さんに、食事療法だけの治療を指導したところ、薬だけの治療と殆ど同じ結果になりました。
 食事療法の内容は、
・5分搗米を主食に豆類や緑黄色野菜を多く摂って、食物繊維を増やす
・砂糖や精製穀類を避ける
・動物性・植物性脂肪を減らす
・魚を多く摂る
・牛乳、乳製品を避ける・・といったものです(表)。
 ・と・は腸管透過性を下げ、腸のバリアーを強くする可能性があります。
 ・は、白血球の過剰反応を抑え、血栓をできにくくします。
 脂肪を多く摂り過ぎると、白血球が過剰に働いて炎症を広げる他、炎症が起きてしまった時にそこに血栓が出来やすくなります。すると、そこの組織の修復が遅れるとか、血栓が出来るとそれがまた炎症の元になったりして、悪循環を起こします。
 ・魚は血栓を予防する作用があるので勧められます。但し、油を多く使う揚げ物は避けます。
 ・牛乳・乳製品が、腸の壁で起こる免疫反応の一つの原因になっているというのはかなり確実なので、牛乳は止めて貰います。
・・よく食物性アレルギーは、一番起こしやすいものが牛のもので、牛乳や牛肉。第二番目が鳥のもので、特に卵の白身が悪さをすると聞きますが。
菅沼 まあ私の印象だとやっぱり牛乳ですね。アレルギーで一番は。
・・骨粗鬆症の人によく牛乳が勧められていますね。牛乳はカルシウムの吸収にも問題があるし、アレルギーがこんなに増えているのに、どうしてそんなおかしいことを言うのだろうと不思議なんですよね。
菅沼 その通りで、あれは間違いだと思います。牛乳を飲んでカルシウムが吸収されるかというと疑問があります。おそらく欧米人はそうなのでしょうけれど、日本人の場合には逆に、牛乳と一緒に飲むことによってカルシウムが吸収阻害を受ける可能性が高いと思います。欧米での実験ですが、牛乳の成分の乳糖とカルシウムを一緒に飲ませると、欧米人はカルシウムの吸収が乳糖によって増強されます。ところが「乳糖不耐症」といって乳糖を吸収分解できない人では、その場合逆にカルシウムが漏れてしまう、吸収が悪いどころか全然吸収されずに逆
に体の外に出てしまうという研究もあります。まして、乳糖不耐症が殆どである日本人には、牛乳による骨粗鬆症の予防は望めないと思うのですね。
 また、牛乳を沢山飲んでいる人の方が、I型糖尿病(インスリン欠乏型糖尿病)になる危険率が高く、それはどうも牛乳の中の蛋白成分に対する抗体が膵臓もやっつけてしまうからだという説が最近報告されています。だからなおさら牛乳は控えた方が良いと思います。
・・腸の健康を保つ上にも、食物アレルギーやクローン病を予防するためにも、いわゆる美食は慎むことですね。
菅沼 今、アレルギー性疾患が急増し、戦前の日本では滅多に見られなかったクローン病も微増とは言え増えている背景には、肉や脂肪、乳製品、砂糖などの摂り過ぎが大きく影響していると思います。
 栄養の消化・吸収を担っている腸の健康はアレルギーだけではなく、多くの成人病を予防する可能性が大きいと思います。腸の健康を守り、体の代謝機能を円滑にするためにも、先程あげた食事療法は、一般の人にも良い参考になると思います。
(インタビュー構成・本誌功刀)