お茶のガン予防効果

緑茶の膀胱発癌における抑制効果

東邦大学医学部付属大橋病院院長 松島正浩室長

ガンの予防にお茶をどうぞ

 人間の生活の中でお茶は、切っても切り離せない深い関係にあります。
 食後やティータイムに飲む一杯のお茶は、気分を転換させたりする他、思いのほか健康に良い効果があるようです。
 世界の長寿村を尋ねても、何らかのお茶をよく飲んでいないところはありません。
 単に食後、口がさっぱりするというだけでなく、やはり、長い体験を通して、お茶を飲むのと飲まないのでは、体の調子でかなりの違いがあったからでしょう。
 日本でも、昔からよくお茶を飲む人は健康な人が多いと言われています。
 中国からお茶を伝えてくれた栄西禅師の著書「喫茶養生記」には、お茶は「養生の仙薬、延命の妙術」と書かれています。
 そんな歴史的背景、疫学的効果もあって、近年、お茶やその成分は学者の注目を浴びるようになり、科学的研究もかなり進んできました。
 最近になっては、お茶の中には、今や万病の元ともいわれる活性酸素を体内で無害化してくれる成分もあるらしいということもわかり、非常に注目を浴びるようになってきました。
 もし、活性酸素を消去するのに役立つならば、これはガンを予防したり、増殖を抑制することに、それなりに効果があったとしても当然です。
 そこで今月は、昨年の日本癌学会で、実験動物で確かめた「お茶がラットの膀胱ガンに対して抑制効果があがる」ことを発表した東邦大学病院院長の松島先生に、お茶の効用についてお伺いしました。

緑茶の膀胱発癌に おける抑制効果

・・松島先生が発表された「緑茶の膀胱発癌における抑制効果」の内容からお伺いしたいと思います。
松島 緑茶は長い歴史がありますし、多くの薬効が報告されているわけですが、最近は緑茶の主成分のカテキン類の抗腫瘍効果が注目されているわけです。
 私たちは、BBNといわれる一種のニトロソアミンをラットにあらかじめ与え、膀胱に発癌させたものに煎茶の他、抹茶やほうじ茶を含む緑茶や、ウーロン茶を飲ませ、その抑制効果を検討したものです。
 実験は7週齢の雄のラットを5群に分け、0.05%のBBNを含む水道水を5週間飲ませます。第1群は対照群として6週目から水道水を飲水させ、第2群から第5群まではお茶投与群とし、第2群には煎茶を、第3群には抹茶を、第4群にはほうじ茶を、第5群にはウーロン茶を飲水させたのです(図1、2)。
 第40週に全てのラットを屠殺して、10%ホルマリンを膀胱内に注入し、固定・摘出後膀胱内を観察しました。
 そして、腫瘍の発生数を調べ、腫瘍の大きさを計算しました。
 また、摘出した膀胱を顕微鏡で見て、組織学的に検討しました。
 その結果、緑茶投与群と対照群の間には腫瘍発生率、1匹あたりの腫瘍数には有意な差は見られませんでしたが、1匹あたりの総腫瘍体積は緑茶投与群で有意に低い値になったのです。そして、それは、煎茶、ほうじ茶、抹茶、ウーロン茶の順に効果が見られたという実験です(表1、2)。
 つまり、お茶には膀胱癌の発生そのものは抑制する効果は見られなかったものの、腫瘍の増殖を抑制する効果はかなりのものがあったということです。

膀胱ガンとの関連

松島 もともと、私は泌尿器科医で、膀胱ガンの仕事を昔からやっていました。膀胱ガンの抑制と予防をテーマにずっと研究してきたわけですが、最初はお茶もやってみようかな、といった程度でした。
 それで、実際に動物実験をやってみたら、ガン学会で発表したとおり、よく抑制している。
 ガンをつくってからお茶を飲ませるのでガンはできているわけです。しかし、腫瘍になってから、それが大きくなっていくのをよく抑えていることがわかってきました。
 もし、お茶をスタートの時点から飲ませていたら、どうなっていたかは、今後の課題にしたいと思います。

ガンの抑制

・・実験に使った発ガン物質のBBNというのはどんなものなのですか?
松島 BBNというのは、ラットの膀胱に人間の膀胱ガンと生物学的特性が同じと考えられるガンを100%つくる物質です。
 ですから、人間に膀胱ガンができたのと同じと考えてよいのです。
 それをラットに投与すると膀胱にだけガンができます。
 そういう物質があってそれを0.05%混ぜた水を5週間ネズミに飲ませますと、ある一定の大きさの膀胱ガンができるというのはわかっているわけです。
 その物質を20週飲ませますと完全に大きなガンが出来てしまいますけど、大きい強力なガンをつくってからでは、お茶のように弱い力なんかで抑えられるわけはないのです。
 人間だって非常に微々たるものが発生してくる時に、お茶などのように弱い抗ガン作用があるもので、差が出るかどうかみたいわけですからね。
 そこでBBN0.05%の水溶液を5週間飲ませてそれで打ち切って、2グループに分け、一方には普通の水を飲ませ、他方にはお茶を与えます。それを40週まで飼っていけばガンの出来かたに差が出てくるわけです。
 水道水を与えたラット群に対し、お茶を与えていく群ではどれくらいガンが出来ているか、抑制されているかを調べていくわけです。そして腫瘍は明らかに抑制をうけていることがわかったという実験です。

おとなしいガンとの共存

・・ガンが抑制されるというのはガンがきれいに無くなるということではないようですね?
松島 40週目で全部屠殺して、その段階でみているわけですが、必ずしも全部きれいになくなったものだけではありません。お茶を飲むことによって増殖が抑制をうけて、急速にガンが大きさを増したり転移していなければいいわけです。
 ネズミは少なくとも20週で大人になります。従って40週経ったというのはネズミにしては相当老化しているわけです。
 人間の場合でも、お年寄りのガンというのは、あまり大きくなって悪さをしなければ、ガンと共存していてもよいわけですよね。それでご本人が寿命まで生きられればよい。
 増殖していくパターンはガンによって違うわけですが、お年寄りのガンは多くの場合ゆっくり経過していきますから、一年位の期間で見ていて、大して変化しなければガンがあったって、どうということはないわけです。
 そういうおとなしいタイプのガンが膀胱ガンにもあるわけです。年寄りの場合、7割くらいのガンはおとなしいのです。
 70才以上の人に膀胱ガンができたというケースでは、ちょっと削って様子をみる。又できたら又削る。
 こういうことを繰り返して10年20年やっていても、ガンがどんどん増殖したり、転移しなければいいわけです。
 ガンとともに生きていてもいいでしょう。
 何も目の敵にして、ガンのある臓器をとらなくてもね。
 「ガンあり生存」で、何も支障がなければそれでいいですよね。
 若い人の肉腫の場合は進行も早いことが多いし、治療に耐える体力があればの話しですが、どこかで勝負しないとまずいということもあるでしょうが、それだって限度がありますから、ガンが出来た周辺を全部とったらどうかというのは、神様が与えてくれた臓器ですから、それを神を冒涜するように全部とってしまったら死んでしまいますよね。
 元も子も無くなってしまう。
 薬の匙かげんと一緒で、手術だって匙加減が必要になりますよね。
何でもとればいいっていうもんじゃないわけです。
そういう点では60才以上の方のガンは、性質も対処の仕方も若年の人のガンとは違うわけです。

お茶はガンの どの段階で効くのか?

・・ガンは当初なんらかのキッカケで遺伝子に異常が生まれるイニシエーションという段階、ガン細胞仲間を徐々に増やしていくプロモーションという段階、最後に急速に腫瘍を大きくしていくプログレッションという3段階があるといわれますが、お茶はどの段階でもそれなりに効果があるものなんでしょうか?
松島 それは、確かめたわけではありません。
 私たちがやった実験は、人為的に膀胱ガンをつくったラットに、人間が飲む程度の濃さのお茶を与え続けると、この膀胱ガンが消えたり、大きくならないようになったりするものがかなりの確率であらわれるということを実験で確かめたというものですから、どの段階で効くかということは、この実験だけでは分らないわけです。
 今回はまずガンをつくって、それがお茶でどうなるかを見たわけです。
 ただ、私の印象としてはイニシエーションにも効くんじゃないかと思います。
 日常私たちが飲んでいるお茶はガンになってから飲むわけではありませんし、東洋人の喫茶の習慣は昔からあるわけですから、お茶を飲むということをふまえた食生活自体が、やはり全体のガンを西洋人と比べれば十分の一とか二十分の一に抑えている元になっているんじゃないかとは思いますが…

お茶に着眼したきっかけは…

・・先生がお茶に目をつけられたのは何かキッカケがおありになったのですか?
 松島 以前、静岡の病院に関係して、約二十年位勤めていたのです。
 その時、静岡県はガンの人が少ないという印象を受けていました。
 特に川根町とか中川根町とか、お茶の本場に行きますと、胃ガンなどは全国的にみても静岡は発生率が低いのですが、その中でも川根町あたりは静岡県全体の平均の5分の1位です。
 あのあたりはお茶の産地ですから、一回飲んだらみんな捨てちゃうんです。だからいうなればお茶の一番良いエッセンスを飲んでいる。
 お茶をお店で買う地方では、普通は値段のことを考えて一煎二煎三煎と三回位は出しますよね。
 一煎二煎三煎といってもお茶全体からいえば三割位しか使ってないので、本当はその残りにもいろんな作用をするものがあるのでもったいないですが…。

お茶の種類

・・お茶はいろいろ種類があるわけですが、そのあたりの違いは如何ですか?
松島 一番最初やったのはいわゆる緑茶、煎茶ですが、それで腫瘍が5分の1位に抑えられて、2回目の実験の時に抹茶、ほうじ茶、ウーロン茶とかもやってみました。
 抹茶は期待したんだけど、抹茶はシャーとたてているときは良いのですが、置いておくと沈殿しますね。それで飲み口が詰っちゃうんですよ。それでうまくデータが出なかったのです。
 緑茶のほかにも半発酵させたウーロン茶、完全発酵させた紅茶などがあり、それぞれ同じお茶の葉からつくられるわけですからそれなりに効果があると思いますが、タンニンが変質しているので、多分、緑茶よりは、膀胱ガンを抑制する作用は弱いのではないかというイメージを持っています。

緑茶のカテキンの抗酸化力

・・タンニンというお茶の成分は、抗酸化力で今とても注目を浴びていますね。
松島  お茶の成分といいますと、昔から知られている成分としては、あまり飲み過ぎると眠れないというカフェインのほか、ビタミンC、カロチン、ビタミンE、ミネラルとしてはカリウム、マグネシウム、カルシウム、鉄、亜鉛、マンガンなどもあります。
 そして最近ではお茶の渋味の正体といわれるタンニンの中で、カテキンが実は活性酸素の消去・分解・無害化に意外と大きな役割を果たしているといわれるようになってきました。
 われわれガンの予防・治療に関心を持つ者は、どうしても活性酸素の無害化というところに注目するわけです。
 以前はビタミンEが体内でかなり過酸化脂質の生成を妨げる作用をするということで注目を集めたのですが、今やどうもお茶のカテキンのほうが、ビタミンEよりもその効果が強いのではないかということがわかってきたのです。
 ガンというのは正常なコントロールをはずれて勝手に増殖したり、転移をするわけです。
 これは、遺伝子になんらかの異常が生じたことを意味します。
 ローマは一日にして成らずともいわれますが、ガン腫瘍も突然発生するわけではなく、ステップ・バイ・ステップで段取りを踏んで大きくなってくるわけです。
 はじめは、遺伝子を包んでいる核膜が傷ついて、徐々にガン化する病変が進行していくわけです。
 核膜が活性酸素やそれがもとで生まれるフリーラジカルによって酸化され壊されることが引金になっているわけです。
 つまり、ガンは遺伝子が傷ついて変質したのですが、不飽和脂肪酸で構成される核膜が過酸化脂質化して壊れ、その悪影響で遺伝子が傷ついたと考えられるわけです。
 そこで、核膜を正常に保つためにも抗酸化力を発揮して活性酸素を無害化するものが必要だということになり、お茶のカテキンがガン対策として注目されるようになってきたわけです。
 そして、このことは何もガンだけにいえるのではなく、細胞はそれ自身も、細胞内諸器官も、生体膜で包まれているので、活性酸素・フリーラジカルで酸化され壊されやすいというのが弱点になっているわけです。
 そういう意味では、この生体膜が活性酸素による酸化により破壊されるステップこそ、細胞が壊れて諸病になっていく基礎的な過程といえるのかも知れません。
 だから、不要な酸化をおだやかに抑えるお茶は、ガン予防を含め、さまざまな病気にかかりにくくしてくれるともいえます。
・・カテキンというのは何種類もあるようですね。
松島 そうですね。カテキンはお茶の中で一番沢山含まれている成分で、乾燥重量では15%といわれています。湯呑みいっぱいのお茶では、0・1グラム程度になります。
 お湯に溶けやすく、湯呑につく渋もカテキンです。
 私たちが緑茶に注目しているのは、紅茶ではカテキン自体が製造中の発酵過程で酸化して赤色タンニンになり、抗酸化力が減ってしまうからです。
 緑茶では、カテキンはほとんどそのまま茶葉から飲むお茶に溶けだします。
 お茶のカテキンには、エピガロカテキン、エピガロカテキンガレート、エピカテキン、エピカテキンガレートの4種類が良く知られていますが、抗酸化力はこの順番で強さの差があるようです。
 緑茶のカテキンの中では半分以上がエビガロカテキンガレートといわれますが、これだけでも、ビタミンEの約20倍、ビタミンCの約10倍の抗酸化力があるといわれます。
 そして、ビタミンEやビタミンCと互に協力しあって緑茶全体の抗酸化力をパワーアップしているのです。
 ですから、お茶のパワーはあなどりがたいと思います。
 全体としては、和食の回数をもっと増やし、緑茶を飲む機会を増やすようにした方が、日本人の健康づくり・ガンの予防に良いのではないでしょうか。
・・良くわかりました。今日はお忙しい中、たいへん貴重なお話し、どうもありがとうございました。