糖尿病では、微量栄養素が不足する

ミネラル不足は、「合併症」の誘因に

国立健康・栄養研究所臨床栄養部 江崎治室長

微量栄養素は殆ど掲載されていない 糖尿病患者の食事指針『糖尿病食品交換表』

 日本人の糖尿病の90%以上を占める「非インスリン依存型糖尿病」では食事療法が不可欠で、現在、患者の大半は『糖尿病食品交換表』に基づいて食事療法をしています。
 糖尿病の食事療法はカロリーを抑え尚且つ、必要な栄養素をバランスよく摂ることを目標にしています。
 ところが、『糖尿病食品交換表』ではミネラルやビタミンなどの微量栄養素については十分な記載がされていません。糖尿病に対する国全体の保健衛生指導のレベルとして、微量栄養素についてはまだ研究段階だという理由から、確実な指針を出せないのが実情です。
 しかし、カロリー制限をやむなくされる糖尿病の患者さんは少食にせざるを得ないため、必然的にミネラルやビタミンなどの微量栄養素が不足になりがちです。また、代謝性の疾患であるところから、糖尿病自体の代謝異常による微量栄養素不足も推測されています。
 実際、これ迄の研究から、糖尿病の人には、不足するミネラルやビタミンがあることが知られています。
 国立健康・栄養研究所で臨床栄養学を研究されている江崎治・臨床栄養部室長は、その中でもミネラルのマグネシウム、亜鉛、セレニウム等は、合併症の予防の観点からも、必要・十分量摂る必要があると警告しています。
 江崎室長に、糖尿病の人に必要とされるミネラルについて、特に合併症の予防の観点からお話を伺いました。

糖尿病とは どんな病気?
糖尿病の殆どを占める 「インスリン非依存型」

・・先生はかつて糖尿病を、臨床医の立場からも研究されていたそうですが、本題に入る前に糖尿病について簡単にご説明下さい。
江崎 糖尿病は、インスリンの作用不足で体内の代謝(特に糖の代謝)が狂った結果、種々の異常が出る病気です。主としてインスリンが作られなくなる「インスリン依存型(糖尿病・型)」と、遺伝的要因が引き金になってインスリンは少しは作られているけれども、うまく作用できない「インスリン非依存型糖尿病(糖尿病・型)」の2つのタイプがあります。
 ・型は、膵臓の「ランゲルハンス島」がウイルス感染などにより、炎症を起こすなどしてうまく機能できず、インスリンの分泌能力が著しく低下した結果起きる糖尿病です。治療にインスリンの注射は欠かせません。
 ・型では、膵臓のインスリンを作る能力は比較的正常なのですが、必要に応じてすばやくインスリンを分泌する能力や、インスリンの働きによってエネルギー源の糖(グルコース)をとりこむ細胞(脂肪細胞、筋肉細胞)の、インスリンに対する感受性が鈍ったり、血中のグルコースをとり込む仕組にトラブルが発生した結果起きる糖尿病です。治療に食事療法が不可欠です。
 この2つのタイプのうち、日本人の糖尿病の90%以上は・型で、肥満、高脂肪、運動不足などが主要な誘因になります。
 
インスリンとは
・・インスリンはどのようなメカニズムで、細胞がエネルギー源の糖をとり込むことに関係しているのですか。
江崎 インスリンは、膵臓の「ランゲルハンス島(のβ細胞)」で作られるホルモンで、血液中に入って、ブドウ糖や脂肪、蛋白質などの栄養分と共に、全身の毛細血管経由で各細胞の周りに達します。そして、ブドウ糖が細胞内にとり込まれるようにします。
 また肝臓内では、糖を分解し、グリコーゲンを増加させ、血糖量を減少させる作用を持ちます。
 筋肉細胞や脂肪細胞の中には「グルコーストランスポーター(糖輸送体)4‖GLUT4」という糖の運び屋が存在します。インスリンのレセプター(受容体)が刺激されると、GLUT4は細胞の中から細胞の表面に出てきて、血中の糖をとり込みます。
 ですから、GLUT4がうまく働かないと、糖は細胞内に入っていけません。糖尿病・型では特に、このGLUT4の量や働きが十分にあるかどうかが大きな問題になってきます。
 そうして、糖はGLUT4の働きで細胞の中に入り、リン酸化の反応を受けていろいろなものに代わり、最終的にはミトコンドリア内に入り、「クエン酸サイクル」のコースにのって、「ATP(アデノシン三リン酸)」の原料となり、それがエネルギーとして使われるのです。
・・インスリンの作用で糖が細胞内にとり込まれるのは、筋肉細胞と脂肪細胞だけとのことですが、他の細胞では?
江崎 他の細胞では、GLUT4とは違うタイプの輸送体が使われ、それは細胞の中にはなく細胞の表面にあって、インスリンとは無関係にいつでも糖をとり込める仕組になっています。

糖尿病の危険因子
肥満・高脂肪・運動不足

・・糖尿病の最大の危険因子は「肥満」と言われますが、太ると何故、糖尿病になりやすくなるのですか。
江崎 肥満の人ではGLUT4の量が減って、インスリンが細胞表面で接触しても、糖が筋肉細胞や脂肪細胞に入らなくなるからです。特に、脂肪細胞ではGLUT4が減ってきます(筋肉細胞では下がったり下がらなかったりする)。
 そのため、糖はいつまでも血液中にあるので、血糖値が上がります。そうすると、尿に排泄されるしかないわけです。
・・その場合、GLUT4を増やせば血糖値は下がってくるのですね。GLUT4を増やすためには?
江崎 一旦、GLUT4が減った人でも、運動すると増えます。糖尿病や肥満の人は一日一万歩運動が勧められていますが、歩くことによって筋肉細胞や脂肪細胞の中のトランスポーターが増え、インスリンが効きやすくなることは殆どの人に認められています。
 しかし、一日一定量運動するのは誰にもできるものではなく、運動が適さない人もいます。やはり、日頃から脂肪を摂り過ぎないよう食事に気をつけ、太らないようにすることが大事です。
・・糖尿病の人は最初太って、最後には痩せてくるのはどうしてですか。
江崎 摂取エネルギーが消費エネルギーを上回れば太ります。そして、太るとトランスポーター4が減少してインスリンが効かなくなり、血糖値が上がります。そうすると、膵臓のβ細胞にインスリンを出すシグナルが出て、インスリンの分泌量を増やします。その時、必要に応じてインスリンが出れば良いのですが、β細胞の働きにも限界があり、常時オーバーワークさせるとインスリンの分泌能力は次第に落ちてきます。そうなると、インスリンが必要量に達しなくなるケースも出てきます。そうすると、インスリンが不足して血糖値はますます上がり
、やがては本格的な糖尿病になります。
 そうなってしまうと、最終的には尿にどんどん糖が捨てられてしまうので、痩せてくるわけです。
・・遺伝的に、日本人は欧米人に比べ、インスリンの分泌能力が弱いと言われますね。
江崎 アメリカ人などでは超肥満の人がみられますが、それは多分、インスリンがまだ出るために肥満を維持できるからだと思います。ところが、日本人は遺伝的にインスリンの出が悪く、肥満してしまうと膵臓が簡単にオーバーワークになってしまうので、インスリンが十分出なくなり、欧米人より簡単に糖尿病になりやすいと考えられます。
 日本人の方が高脂肪・高カロリーの食事に対して体質的に弱いのかもしれません。その代わり、超肥満にはなりにくい。超肥満になる前に、インスリンが出にくくなるから脂肪細胞を維持できず、痩せてしまうのです。日本人はより一層、食事に気をつけ、肥満にならないよう心掛けないといけないですね。

糖尿病合併症とミネラル
糖尿病で減少しやすい ミネラル

・・糖尿病の人がミネラル不足になるのは、食事が制限されるためですか。
江崎 それも関係しますが、他にも大きな理由が考えられます。実は糖尿病は糖代謝だけでなく、脂肪やアミノ酸の代謝異常もきたす代謝異常全般の疾患です。当然、ミネラルの代謝も障害されることが推測され、それで不足する場合もあります。
・・どんなミネラルが不足しやすいのですか。
江崎 いろいろなミネラルの減少が推測されますが、今のところ確実に糖尿病で減るミネラルとして、亜鉛とマグネシウムが分かっています(表1)。
 この2つのミネラルが不足すると、「糖尿病合併症」を引き起こしやすくなり、糖尿病食ではこの2つのミネラルの摂取が最も重要になります。
・・何故、この2つが減るのですか。
江崎 血糖値が高いと尿に糖が出ます(糖尿)ね。その時、糖と一緒に亜鉛やマグネシウムが強制的に尿を通して捨てられてしまうのです。ですから、糖尿病の人は特に食事制限をしなくても、この2つのミネラルが不足しやすいのです。
・・健康な人の尿には排泄されないのですか。
江崎 健康な人の尿にも排泄されますが、尿に糖が多量に排泄される程度に応じて、亜鉛やマグネシウムが多量に排泄されることが分かっています。そのため、血糖値のコントロールが悪い人程、このようなミネラルが多量に排泄されやすくなり、「低マグネシウム血症」等の傾向が強く出ます。

亜鉛と感染症・潰瘍

・・亜鉛も普通の人より、大量に尿に排泄されるわけですね。
江崎「高亜鉛尿症」といって、普通の人の2倍量位排泄されます。
・・糖尿病で亜鉛が欠乏してくると、合併症がらみでは、どういう症状が出ますか。
江崎 亜鉛が不足してくると、リンパ球のT細胞の機能が低下します。T細胞が働くのに亜鉛は必須なのです。糖尿病では「感染症」になりやすくなることが知られていますが、これはT細胞の機能が落ちることも関係していると思います。
 もう一つ、糖尿病では足などに潰瘍ができやすくなります。いわゆる「壊疽(えそ)」ですね。動脈硬化を起こして血流が悪くなるためや、神経も破壊されて、手足の末端部から腐ってくるわけですが、この時亜鉛が足りないと、亜鉛は傷口をよく治すので傷口が治りにくいということがあります。
・・合併症ではなく、亜鉛が不足すると、糖尿病そのものになりやすいとも聞きますが…。
江崎 そういうことも言われていますが、亜鉛の不足が糖尿病を引き起こすことは確実ではありません。
 ただ、亜鉛がインスリンの作用に関係していることは研究されており、糖尿病ラットに亜鉛を高濃度に与えると血糖値が正常化してくることは、動物実験で認められています。
 しかし実験は大変高濃度で、人間に使える濃度ではなく、亜鉛の場合もマグネシウムと同様、合併症を防ぐことを目的に多目に摂って欲しいミネラルです。
・・亜鉛は摂りにくいミネラルですね。
江崎 特に糖尿病の人は摂りにくい。亜鉛が比較的多いものは数の子やカキ(貝)ですが、数の子はコレステロールやカロリーが高い。カキ(貝)もそう多くは食べられない食品です。多目に摂って欲しいミネラルですが、摂りにくいのは確かですね。
・・やはり、サプリメントで補った方が効率的ですし、特に、食事制限が必須の糖尿病の方では他に方法はないと思われますが…。
江崎 論理的にはそうなりますね。
・・感染症や動脈硬化ということでは、活性酸素も関係していますが、亜鉛は活性酸素消去酵素「SOD」の活性にも必須のミネラルですね。
江崎 活性酸素の問題は特に研究していないのではっきりしたことは言えませんがやはり、それも関係してくるとは思います。

血糖値を下げる ミネラル
インスリン様作用の強い  セレニウム、バナジウム

・・インスリン様作用のあるミネラルとして、セレニウムやバナジウムが知られていますね。
江崎 インスリン様作用のあるミネラルはいろいろあります。マグネシウム、カルシウム、マンガン、亜鉛といった比較的生体内に多く含まれている元素と、セレニウムやバナジウムなど生体に少量しか存在しない元素の化合物に、インスリンと同じ様な働きがみられます(表2)。
 このうち、特に作用が強いものとしてセレニウムやバナジウムが知られており、中でもセレニウム化合物(セレネート)は、強力なインスリン様作用を発現することで注目されています(図1)。
・・これらのミネラルは、どのような働きでインスリン様作用を示すのですか。
江崎 先程インスリンの働きを説明しましたが、セレニウムやバナジウムなどを細胞にパッとふりかけると、インスリンと同じようにGLUT4が細胞の表面にバッと増えて、細胞内に糖をガッと入れるのです。
 しかし、インスリンがほんの少量で糖を細胞に入れるのに対し、セレニウムやバナジウムの化合物では高い濃度が必要です。だから、糖を細胞にとり込む強さはインスリンに比べて弱いのです。
・・セレニウムも比較的、摂りにくいとされるミネラルですね。
江崎 食品として、小麦、酵母、豆類、レバー、魚などがあり、マグネシウムを多く含む食品と割と共通しています。ただし、セレニウムの化合物は化合物の形態によって生理活性が異なるので、セレニウムと食品という分野での研究が待たれます。

耐糖因子とクロム

・・よく聞く「グルコーストレランスファクター(GTF)」というのは何ですか。
江崎 GTFは日本語で耐糖因子、血糖値を改善するファクターという意味です。GTFにはクロムが含まれているのではないかと言われていますが、まだ良く分かっていません。
 クロム自体はインスリン様作用はなく、摂取すると血糖値が下がるケースが報告されています。一方、その後の追試でそれを否定する報告もあり、良く分かっていません。
 結論的には、クロムを投与すれば糖尿病が改善するデータは報告されていますが、糖尿病の発症には関係していないだろうと考えられています。
 しかし、なんらかの状態では効くのかも知れません。
・・クロム(三価クロム)も摂りにくいミネラルで、ビール酵母を大量に摂ること以外からは殆ど摂取できないと言われます。やはりサプリメントから摂取する以外にない。
江崎 害がなければ、総合的にクロムなども入れた方が良いかもしれません。

糖尿病では、 ミネラルやビタミンなど 微量栄養素不足に

江崎 食事からのミネラルの摂取ということでは、生体にとって必要なミネラルで且つ、糖尿病では確実に減るものを多目に補い、合併症が起きるリスクをできるだけ少なくすることが非常に大事だと思います。
 またミネラルだけでなく、糖尿病ではビタミンBやCなどのビタミン欠乏症もきたしやすいことが知られています(表3)。
 食物が制限されるので、どうしても普通の人よりもこうした微量栄養素が不足しやすいわけです。例えばビタミンCでは、果糖が多い果物は一単位しか許可されないですから、なかなか必要量摂れないのですね。
 また、脂溶性ビタミンも、脂肪の摂取が制限されることで、ビタミンAやベータ・カロチン、E、Dなどが不足してくる可能性があります。
 では、糖尿病の人はこうした微量栄養素をどういう風に摂ったら良いかと聞かれると、なかなか難しいわけです。摂取源を食べ物だけに限定すると、無精白穀類や豆類、野菜や海草など制限されていない食品から積極的に摂るしかない。しかし、それでも不足してくるものがどうしても出てきます。
 そういったことから、総合ミネラル・ビタミン等の微量栄養素が確保できるタイプのサプリメントを摂るという方法は、個人的には僕は賛成です。
(インタビュー構成・本誌功刀)