健脳、ボケ・ガン・アレルギー・成人病予防
こんなにもあるDHAの効果
農林水産省食品総合研究所機能生理研究室 鈴木平光室長
「魚は頭を良くする」キャンペーンから4年、 魚離れに歯止めをかけたDHAの健脳効果
1989年、英国の栄養生化学者マイケル・クロフォード博士は著書『原動力』で、「人類は、魚を主体にした水産物を通してDHAを多量に摂取することにより、脳を発達させることができた」と発表。さらに「日本の子供の知能が欧米の子供に比べて高いのは、魚を多く食べてきたことがその理由の一つである」と指摘しました。
日本人の魚離れに歯止めをかけようと必死だった農林水産省は、クロフォード博士の報告に早速、魚を「知能食品」としてアピールすることに決定、90年10月にクロフォード博士を招いて開催した「DHAシンポジウム・・魚を食べると頭がよくなる」を皮切りに、キャンペーンの展開に乗り出しました。
クロフォード博士の発表から5年、キャンペーンの展開から4年という短期間に、DHAの知識は広まり、魚離れにも歯止めがかかってきました。DHA関連食品(サプリメント、添加食品等)も続々発売され、この不況の中、水産産業は活況を呈していると聞きます。
我が国のDHA研究の第一人者で、キャンペーン展開の立役者でもある農水省食品総合研究所の鈴木平光・機能生理研究室室長に、DHAを中心に魚食の効用を伺いました。
第三の油として
注目される魚油
脂肪酸の3系列と、
必須脂肪酸
・・ここ数年、魚油に含まれるEPA(エイコサペンタエン酸)やDHA(ドコサヘキサエン酸)が注目されていますが、それまでは植物油が健康に良いと言われていましたね。
鈴木 長い間、脂肪は動物性脂肪、植物性脂肪と大雑把に分けられ、つい10年位前迄は成人病予防に「コレステロールの多い動物性脂肪を減らし、コレステロール低下作用のあるリノール酸が多い植物性脂肪を多く摂る」ことが勧められていました。
ところが近年、リノール酸の摂り過ぎによる害など、この分類では説明できない問題が数多く出て来て、今では脂肪は、脂肪酸の種類によって3系列に分けて論じられるようになりました(表1)。
このうち、リノール酸系の油とα|リノレン酸系の油は、生体に必須で、かつ体内では生成されず食物から摂取しなければならないところから「必須脂肪酸」と呼ばれています。
動物性の飽和脂肪酸系、リノール酸系、α|リノレン酸系の3系列の脂肪はいずれも体に必要で、これらの脂肪をバランスよく摂ることは健康の維持に重要にかかわっています。
リノール酸 摂り過ぎの害と アラキドン酸の問題
・・体に良いと言われてきたリノール酸系列の植物性脂肪が、摂り過ぎは良くないと言われるようになったのは何故ですか。
鈴木 体に摂り入れられたリノール酸は、体内でアラキドン酸に変化します(従って、畜肉にはアラキドン酸が多く含まれている)。
体は、このアラキドン酸を原料にして血管壁ではプロスタグランジン「I」、血小板ではトロンボキサン「A」という生理活性物質を作ります。プロスタグランジン「I」は血液(血小板)が固まる(凝集)のを防ぐ物質で、血栓の予防などに働きます。一方、トロンボキサン「A」は血液を固める物質で、止血に働きます。
この2つの物質は、互いに相反する働きで牽制し合いながら、体の中でうまくバランスをとって有効に働いています。
ところが、リノール酸の摂り過ぎなどで体内にアラキドン酸が増えると、このバランスが崩れ、トロンボキサン「A」の働きが強まって血栓ができやすくなります。
また、アラキドン酸は、アレルギー性疾患の炎症を起こす物質ロイコトリエンを作ります。アレルギー症を引き起こす物質(ヒスタミン、ロイコトリエン、血小板活性化因子(PAF)等)の中でもアラキドン酸から出来るロイコトリエンは非常に強力で、その分、アレルギー症になりやすくなったり、症状を強めたりします。ここ20年程で増大したアレルギー性疾患は、リノール酸系の脂肪の摂り過ぎもかなり関係していると考えられています。
さらに、リノール酸の摂り過ぎで、ガンの発症率も高くなっていると言われています。
DHAやEPAなどのα|リノレン酸系の油は、こういったアラキドン酸が過剰になって生じる害を防ぐ働きがあることが分かっています。他にも、いろいろ優れた薬理効果や疾病予防効果が次々に分かってきて今、この系列の油が「第3の油」として注目されているところです。
リノール酸の
摂り過ぎの害を抑える
魚油の効果
血栓・動脈硬化の予防
・・血栓ができるのを防ぐ効果としては、EPAが良く知られていますね。
鈴木 1970年代後期、デンマークのダイエルバーグ博士による"魚や海獣を多く食べるイヌイットの間では、脳梗塞や心筋梗塞が少ない”という疫学調査が端緒になって研究が始まり、EPAの抗血栓効果が明らかにされました。
EPAもアラキドン酸と同様、血管壁に摂り込まれるとプロスタグランジン(PG)に、血小板に摂り込まれるとトロンボキサン(TX)に変化します。
このEPA由来のPG「I」は血小板の粘着や凝集を抑える力がかなり強く、また、EPA由来のTX「A」は、アラキドン酸由来のTX「A」と違って、血小板の凝集作用はとても弱いのです。
ですから、EPAを多く摂っていれば血栓の予防が可能になり、反対に、リノール酸や肉を摂り過れば体内にアラキドン酸が多くなって血栓ができやすくなります。
・・DHAにも、抗血栓効果があるのですか。
鈴木 EPAとDHAはα|リノレン酸を母親に持つ兄弟成分で、必要とあれば体内で相互転換され、その作用も非常に良く似ています。しかし、分子構造の違い(EPAの方が多少低分子)から、働きも少し違ってきます。例えば、DHAはEPAの様に、直接プロスタグランジンにはならないと言われています。そのため、DHAは血小板の凝集を抑える作用は弱いと考えられています。
しかし、血栓は血小板の過剰凝集だけでなく、赤血球の柔軟性も関係します。赤血球の柔軟性が病気や老化などで失われると、赤血球は毛細血管の中を通過しにくくなり、血栓ができてしまうことがあります。
DHAには赤血球膜を柔軟に保つ働きがあるので、血栓の予防に有効です。赤血球だけでなく他の血中成分や、血管の柔軟性も保つので、高血圧や動脈硬化など血行不良によって起きる多くの病気を予防します。
・・コレステロールや中性脂肪を下げる働きもあるとか…。
鈴木 DHAやEPAの有効性は主に、血中成分を正常に保ちち、血流を良くすることにあります。血流を悪くする原因は、血栓の他、血中のコレステロールや中性脂肪の増加があげられます。私達はマウスを使った実験で、DHAやEPAがこれらの値を下げることを確認しています(図1、図2)。
また、動脈硬化に関与するのは主に悪玉コレステロール(LDL)ですが、α|リノレン酸系の油の摂取はリノール酸系に比べて、総コレステロール値が約2・5分の1に減少した上に、善玉コレステロール(HDL)の割合の増加が確認されています(国立健康・栄養研究所の研究)。
アレルギー疾患の改善例
・・アラキドン酸の過剰はアレルギー症の発症要因になり、一方、α|リノレン酸はその害を抑えるとのことでしたが、α|リノレン酸の抗アレルギー作用は、具体的にどんな効果を発揮しますか。
鈴木 アトピー性皮膚炎の患者に、DHAのカプセルを投与し続けたところ、3ヵ月程で完治したケースが報告されています。
マグロの油(DHAを豊富に含む)で作った石鹸の使用では、乾癬患者10人のうち3人に、改善効果がみられたと報告されています。
ぜんそくでは、慢性ぜんそくの患者にEPAを食べさせたところ、血中のアラキドン酸の量が減り、炎症のもとになる白血球の働きも鈍ったことが確認されています。
動物実験から、これらの働きはDHAやEPAがアレルギー反応の一因になっているPAFやロイコトリエンの産出量を減少させることも一因と考えられます。
アレルギー性疾患は様々なタイプがあるので、必ずしもDHAが効くわけではありませんが、試してみる価値は大いにあると思います。
ガン予防効果
・・ガンの予防効果もあるのですか。
鈴木 ガンは食生活との因果関係が従来から指摘されています。最近特に注目されているのが、どの系列に偏った脂肪を摂取しているかということです(図3)。
関西医科大学のマウスの比較実験では、リノール酸投与群の大腸ガン発生率が69%だったのに対し、EPA投与群では33%と発生率が半分以下となっています。
動物性脂肪やリノール酸系の脂肪を抑え、α|リノレン酸系の脂肪を増やすことで、大腸ガン、乳ガン、子宮ガンなどのリスクを減らす効果が期待されます。
リノール酸を抑え、 α|リノレン酸の摂取を増やす
・・脂肪の摂取はバランスが大事であると言われましたが、今までのお話から、特にリノール酸系とα|リノレン酸系の比率が大事みたいですね。理想的には1:1位でしょうか。
鈴木 その辺はまだはっきりと分かっておりません。1:1位が良いという先生もおられますが、決着はついていません。
今回改定された『日本人の栄養所要量』では、リノール酸系が4、α|リノレン酸系が1とされていますが、それは今の日本人は大体4:1位で摂っているという現状を言っているに過ぎません。理想的にはもう少しα|リノレン酸系の油を増やした方が良いと思います。1:1でなくても2:1とか、その位は増やした方が良いと思います。
・・α|リノレン酸系の油の摂り過ぎの害というのもあるでしょうか。
鈴木 1日20g以上というような大量摂取を行うと、悪影響を及ぼす場合があるかも知れません。
しかし、イワシ100gでDHAは約1gの含有ですから、20gのDHAをイワシから摂るには2kgも摂らなければいけないことになります。ですから、食品から摂っている分には摂り過ぎの心配はいらないと思います。特に日本人の場合、DHAに対して俗に言う免疫ができていると言いますか、かなり許容できる幅は広いと思います。
「魚離れ・野菜嫌い」、「飽食・欧米化」の傾向にある日本人の食生活は、α|リノレン酸の摂取不足が予測される一方で、動物性脂肪やリノール酸の摂取過剰が問題になっています。動物性脂肪やリノール酸系の油の摂取を抑え、DHAやEPAなどα|リノレン酸系の油の摂取を増やすことは、健康の維持や病気の予防に非常に重要であると思います。
DHAは脳の栄養素
記憶・学習能力の向上
・・DHAの効果では最も注目されている「健脳効果」について、お話を伺いたいと思います。
鈴木 先程、DHAとEPAの作用には多少の違いがあると言いましたが、その最も大きな違いは脳への作用です。EPAそのものには健脳作用はなく、殆どが脳の中に入ることさえできません。
ところが、動物のDHAは脳の中に摂り込まれ、脳細胞の脂肪には平均10%のDHAが確認されています。特に、記憶学習機能を持つ「海馬」部分のリン脂質には、20%以上のDHAが含まれています。これは、DHAは脳の機能を維持する上で欠かせない成分であり、特に記憶・学習機能に関係していることが考えられます。
私達は、DHAの摂取で記憶学習能力がどの位変化するのかをマウスで実験してみました。
24時間水を絶ったマウスを、出口に水を置いた迷路に入れると、・半年間イワシ油食で育てたマウスは、殆ど迷うことなく出口にたどり着けたのに、・パ
ーム油(ヤシ油)食で育てたマウスは3分間経過しても出口に辿りつけませんでした。この結果は、DHAに探査能力、判断力、集中力、臭覚を良くする・・等の働きがあるためと考えられます。
その後も同じ餌を与え続けてさらに半年後、今度は袋小路が3ヵ所ある迷路を使って2回にわけて実験してみました。1回目はパーム油食群に比べ、イワシ食群が早く出口に辿りつき、2回目では、パーム油食群が迷って困っているのに、イワシ食群は1度迷っただけで、出口に辿り着きました。前回の学習経験をしっかり記憶していたことが考えられます。
頭の良い子に育てるには
・・特に子供の脳ではDHAが必要だと聞きますが、DHAの活用で頭の良い子に育てることも可能ですか。
鈴木 脳の関係では、子供の脳の発達という面の研究が世界中で進み、最近の学会でも、特に子供の脳にDHAが必要であることが随分発表されています。ですから、それはかなり確実だろうと思います。
古くからDHAの健脳作用をに注目していたM・クロフォード博士は「DHAの脳への摂り込みは、胎児の頃から始っている」と言っています。脳の神経細胞の数は胎児の段階で決ってしまうので、胎児の頃に母体がDHAを補給するのは、非常に意味あることだと思います。
また、母乳にはDHAが豊富に含まれており、母乳のDHA量は牛乳の数倍もあります。特に日本人の母乳には、多く含まれています(米国人の約3倍、オーストラリア人の約2倍)。
胎児のうちに十分なDHAを補給し、DHAをたっぷり含んだ母乳を与えれば、優秀な子供に育つ可能性は十分考えられます。DHA量の多い母体から育った日本人の子供の知能が、欧米人に比べて高いのは、このあたりも影響している可能性があります。母乳を与えるのが不可能な場合は、DHA入りの粉ミルクが出ているので、是非それをお勧めします。
・・ある程度大きくなってしまった子供にも、DHAの頭を良くする効果は期待できますか。
鈴木 脳の神経細胞の働きを活発にし、情報伝達機能を高めるのにDHAは不可欠ですから、成長期の子供の記憶学習能力の向上に期待できます。特に、記憶学習能力が勝負の受験期のお子さんには、魚を多く食べさせるのも良いと思います。
ボケの予防、改善にも
・・先生は、ボケの予防と改善にもDHAは効果がある、それも血管型のボケだけでなく、原因不明、治療不明とされているアルツハイマー型のボケにも効果があるととおっしゃっていますね。
鈴木 痴呆症の予防は大いに期待できると思います。
先程お話したように、DHAの主要な作用は血管のトラブルを正常化することにあります。「血管型痴呆症」は、脳梗塞や脳出血を起こしたあとの後遺症として発症しますから、血栓や動脈硬化を防ぐDHAはかなり期待できると思います。
「アルツハイマー型痴呆症」では、DHAの多い海馬部分を中心に広い範囲で脳細胞の破壊が起こります。海馬とDHA、さらに蛋白質やリン脂質との関係から、DHAがアルツハイマー型痴呆症に関与している可能性も考えられます。
・・既にボケてしまった場合でも、DHAの摂取は何らかの効果がありますか。
鈴木 生き残った細胞を活性化させることが期待できます。老人性痴呆では、全ての脳細胞が破壊されてしまったわけではありませんから。
老人性痴呆症については、まだ実験段階で確実に効果があるとは言えないのですが、DHAで脳細胞が活性化する可能性は非常に高いと思われます。
DHAや魚の効果的な
食べ方
魚から必要量、
効率よく摂るには
・・今まで伺ったDHAの効果を期待できる摂取量は、1日どの位のものですか。
鈴木 個人的には1日当たり、0・5〜1g程度摂ることが望ましいと思います。
魚からDHA1gを摂るには、厚くて大きい上等のトロのお寿司2個、サンマの塩焼1匹、イワシは25cm位のを2匹も食べれば良いことになります。
・・やはり、魚から摂るのが最も望ましいのですね。
鈴木 そうです。シソ油やナタネ油、大豆油などに含まれているα|リノレン酸は、体内に入ってDHAやEPAに変換されます。しかし魚からは直接、DHAやEPAを摂ることができ、効率的にも量的にも、魚以上の食品はありません。
魚は油ののった旬のものが最高で、調理は生でも、焼いても、煮ても殆ど変化はなく、干物や缶詰など加工した魚でも量に殆ど変化はありません。
但し、唐揚げではDHAの量が減って、反対に揚げ油が魚に吸収されるので、唐揚げでは半減してしまいます。また、長期の冷凍保存でもDHAの含有量が減るという実験結果が出ているので、やはり新鮮な旬の魚を摂るのが一番です。
・・魚の種類、部位は?
鈴木 マグロ、ブリ、背の青い大衆魚に多く、油の少ない白身魚には多くありません(表2)。
身の他、目玉の後ろの脂肪に多く、カツオやマグロの眼窩脂肪には40%以上も含まれています。
・・魚油は酸化されやすいと聞きますが。
鈴木 酸化した魚は匂いや味が悪くなるのですぐに分かるし、その前に腐ってしまうのでその点、殆ど心配いりません。
家庭の冷蔵庫の冷凍保存では半年も経つと酸化してきます。この場合、油焼けした匂いがします。家庭での長期の冷凍保存は避けるべきです。
魚を食べた上で、 サプリメントを摂取すると 効果が高い
・・今、DHAのサプリメントや、DHA添加食品が続々売り出されていますが、こういったものからの摂取はどうなのでしょうか。
鈴木 DHAのカプセルが出て3年近く経過しているところから、私達は愛用者1000人以上を対象にアンケート調査を行い、その結果については9月に開催される日本脂質栄養学会で発表の予定です。
その予備調査として各会社がお客様からの声を集めたデータもあわせて私なりに解析すると・・DHA含有栄養補助食品(カプセル)を6ヵ月以上、毎日目安量(1食約0・3〜0・5g)以上摂取すると同時に、魚料理を週5食以上摂取している人にDHAの効果が顕れやすい・・ということが分かりました。
体調は約6割が、良くなったもしくは少し良くなったとしており、
・脳神経系では、臭覚の回復、交通事故の記憶障害の回復、老人ボケの改善
・循環器系では、コレステロール・中性脂肪の低下、高血圧の低下
・眼科系では、視力の向上、かすみ目、疲れ目の回復
・アレルギー性疾患では、アトピー性皮膚炎、花粉症の症状の改善・・などとなっています。
勿論、これらの効果は魚を摂っても得られます。魚はDHAやEPAの他、蛋白質も微量栄養素も豊富です。これを機会に、魚食の良さをもっと見直して欲しいと願っています。
(インタビュー構成・本誌記者功刀)