ストレスこそ万病のもと

ストレスは免疫機能を低下させる

聖マリアンナ医科大学難病治療センター助教授 星恵子先生

「病は気から」を科学的に検討すると…
ストレスとNK細胞活性

 昔から「病は気から」と言われるように、人は体験的に心の持ち方が健康を左右することを知っていました。この場合の「気」を現代的に表現すれば、精神的ストレスとなるでしょう。
 ストレスは精神的なものだけではなく、物理的、生理的ストレスがあり、これらのストレスはガンや心臓病を始めとする成人病や、リウマチやアレルギーの免疫性疾患など、多くの疾病に深くかかわっていることが明らかになっています。
 特に最近注目されているのがストレスと免疫の関係で、ストレスがかかると免疫を担当するリンパ球のNK細胞などの働きが低下することが多く報告されています。病気から体を守っている免疫システムの働きが低下すれば、人はあらゆる病気にかかりやすくなり、まさに万病はストレスからということになります。
 聖マリアンナ医科大学・難病治療センターで、リウマチや膠原病など免疫不全の病気と取り組まれている星恵子先生は、これらの疾患やご自身がストレスによる突発性難聴にかかった体験から、ストレスと免疫の関係に興味をもたれ、NK細胞の活性とストレスとの相関性を研究をされています。
 「ストレスこそ万病のもと」とおっしゃる星先生に、ストレスと免疫の関係、特にNK細胞の活性との関係ついてお話を伺いました。

ストレスとは何か
良いストレス・悪いストレス

・・ストレスが不調や病気をもたらすことは誰も何となく分っていますが、正しくはどういう意味なのでしょうか。
星 60年前、最初にストレス学説を唱えたカナダの生理学者ハンス・セリエ博士は、生体に生じた歪みの状態を「ストレス」という概念で捉えました。
 生体にさまざまな刺激が加えられた時、生体は次の瞬間、それに対して防衛しようとする適応反応を起こします。ストレスはこの刺激と反応過程の動的な歪みの状態を言います。
 そして、このストレスを起こす刺激となるものをストレッサー、或いは単にこれ自身をストレスとも言いますが、ストレッサーは一般によく使われる精神的な意味合いのものだけでなく、生理的(過労、感染など)、物理的(寒暑、騒音など)なものも含まれます。
 現代は自然破壊、環境汚染、過労、過密な住環境、人間関係の複雑さ、高齢社会への不安、エイズ等、さまざまなストレッサーが複合的にからみあって人々に襲いかかっています。上手にストレスに対処しないと、予期せぬ死を招くことにもなりかねません。
・・先生ご自身、ストレスが原因の病気でご入院なさったそうですね。
星 ローマの学会に出席した時、原因不明の突発性難聴にかかってしまったのですね。振り返って省みると、公私共に多忙な時期で、知らない間に溜め込んでいたストレスが原因だと分ったのです。その時改めて健康とストレスの関連を痛感しました。
・・一方で先生はストレスにも良いストレスと悪いストレスがあって、ストレス全てが悪いわけではないともおっしゃっていますね。良い悪いの違いは?
星 それはストレスの種類によるのではなく結局、量と感受性(受け取り方)の問題なのですね。ですから個人差が非常にあり、同程度のストレスでも或る人には何でもない、しかし或る人には負担になるということがあります。
 適度のストレスは人を奮い立たせ、やる気を起こさせ、能力や適応力のアップに繋がります。この場合は良いストレスと言えます。
 ところがストレスが重なってくると、それを跳ね返すどころか押し潰されてしまう。そのような場合は、悪いストレスということになります。

ストレスの体への影響

・・ストレスは上手に対処すればプラスになるが、対処を誤ったり、過剰だったり、溜め込んだりするとマイナスに働くのですね。それで病気にもなってしまうわけですが、ストレスは体にどう作用するのですか。
星 生体は、「自律神経系(意志と無関係に自動的に働き、血液の循環、消化、代謝、生殖など生命を維持する基本的機能を調整する。末梢神経の一つで交感神経と副交感神経からなり、その働きは緊張、弛緩と拮抗する)」、「免疫系」、「内分泌系(ホルモンを分泌する器官で、視床下部、下垂体、副腎皮質系などがある)」・・といった体の調節機構を使ってストレスに適応します。しかし、適応範囲を越えた過剰なストレスは、さまざな症状や病気を起こします。
 セリエ博士はストレスがかかると共通してみられる現象として、
・胃や十二指腸の潰瘍の発生、
・免疫を担当している胸腺(リンパ球のT細胞を育て、指令を出している)やリンパ節(リンパ球が集っている場所)、脾臓(リンパ球の死骸を集める)の萎縮、
・副腎皮質の肥大・・をあげていますが、これはその後の研究でも確かめられています。
 このうち・と・は免疫力の低下に直接関係しており、ストレスが免疫系にマイナスの影響を及ぼすことは昔から知られていたことですが、最近ではさらにストレスが神経系、内分泌系、免疫系と、相互に影響を及ぼすメカニズムも分ってきました。
・・そのメカニズムとは?
星 ・何等かのストレス(ストレッサー)が加わると、その刺激が、・脳の視床下部(神経系と内分泌系の働きを統合している総司令部のようなもの)に伝わり、視床下部は「副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRH)」を放出します。・これが下垂体に伝わり、下垂体は内分泌腺に指令を出して「副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)」や、「ベータ・エンドルフィン(脳内麻薬物質)」の分泌を促します(図1)。
 ACTHは副腎皮質を刺激して副腎皮質ホルモンの一つ「コルチゾール」を出します。コルチゾールは免疫細胞を傷害し、大量に分泌されると免疫系の働きを抑制します。
 一方、ベータ・エンドルフィンはリンパ球のT細胞を増やしたり活性化したり、また、NK(ナチュラルキラー)細胞の働きを高めたりします。

ストレスとNK細胞
病気を未然に防いでいる NK細胞

・・免疫とストレスということでは最近、リンパ球のNK細胞とのかかわりが注目され、星先生も研究されているところですが、NK細胞がストレスとの関連で注目されているのは何故ですか。
星 リンパ球のT細胞とB細胞は、胸腺の指令を受けて敵を攻撃します。ところがリンパ球の中でも、NK細胞は少し特異的な細胞で、胸腺の指令を受けずに自ら、これは異常か正常かという判断ができる能力を持っています。
 要するに外来刺激に対して真っ先に働いているわけで、病気になるかならないかの手前の段階、病気の予防ということではNK細胞が一番に働いているのではないかと考えられます。そういう意味ではNK細胞は第一線の戦士ですから、ここでブロックしないといろんな病気になる可能性があります。
 それで、ストレスのかかった状態というのは、病気か病気でないかの微妙なところにあり、そういう場合にかかわってくる免疫細胞というのはやはり、NK細胞が一番だろうと思われます。
 ガンの場合、NK細胞がやられると次に出てくるのがキラーT細胞で、この間少しタイムラグがあります。このように、病気になる直前ではNK細胞、病気にある程度なってしまうとキラーT細胞、さらにその働きを助けるヘルパーT細胞、またヘルパーT細胞を抑制するサプレッサーT細胞が活躍するといった工合に、生体は幾重にも防御体制を張りめぐらして病気にならないようにしています。
・・ストレスがかかると、T細胞など胸腺の指令下にある免疫細胞はコルチゾールなどの働きで免疫力が低下するとのことですが、NK細胞の働きが弱まるのは何故ですか。
星 ストレスによって、NK細胞の数が減り、活性が弱まるメカニズムはまだ分っていません。NK細胞自体、まだどこから発生してどういうふうに消えるかという経路が分っていないのです。
 そういう意味でストレスと免疫の関係はまだまだこれからの研究分野で、我々はその端緒にいるに過ぎないのですね。

NK細胞はガンの殺し屋

・・NK細胞というのはガン細胞をやっつける免疫細胞だとよく言われますね。少し異常になりかけた細胞を見つけると、それに穴をあけて殺して歩くと聞いています。
星 そうです。現在、ガンを強力に破壊するとされているのがNK細胞です。
 NK細胞は普段一定の数で自然に流れ、ガン細胞に接触すると、NK細胞の細胞質にある顆粒から「パーフォリン」という物質を放出してガン細胞の膜に穴を開けます。そうすると、ガン細胞内には水と塩分が流入してガン細胞は死んでしまうのです(図2)。
 ですから、NK細胞がきちんと機能していれば、ガンはかなり予防されると思います。

肉体的ストレスと NK細胞活性
(ダイエット・運動)

・・先生は、タレントの堀江しのぶさんがスキルスガンでなくなったのは、ダイエットの影響があると指摘されていますね。
星 彼女は急激なダイエットをしたと聞いています。血液を実際に調べたわけではないので推測の域は出ませんが、やはりあの若さでガンになるのは異常ですし、遺伝などの素因があったにしても、急激な減量がNK細胞など免疫細胞の活性を低下させたことが大きく関与している可能性が高いと思われます。
 京都府立医大の青地晟先生のネズミの絶食実験では、絶食5日目には早くもNK細胞の数が大きく減少しました(図3)。このようにNK細胞の活性が急激に落ちると、異常な細胞を食べる能力は0に等しくなりますから、ガン細胞がどんどん活躍したという推測はできます。
・・先生は1ヶ月3キロ以上のダイエットは危険と警告されていますね。
星 肥満の程度にもよりますが、通常3ヶ月で1キロ程度が適当だと思います。生体は恒常性を保とうとしますから、それに反することをすると必ずどこかに歪みがくるわけですね。
 ダイエット自体は悪いことではないのですが、急激なダイエットは時として命取りになることを知って欲しいと思います。
・・この場合、ダイエットは肉体的ストレスとなるわけですね。
星 そうです。
 肉体的ストレスということでは、私達は高校生の運動部員を対象に、疾走前後のNK細胞活性を検討してみました。そうしましたところ、疾走後の活性は殆ど全員が低下しており(図4)、短距離選手はガンにかかりやすいという一部の説を裏付けるような結果となりました。

精神的ストレスと
 NK細胞活性  (卒業試験・カラオケ)

・・NK細胞の活性は、精神的要素に非常に影響されやすいと聞きますが…。
星 NK細胞は精神的、肉体的のどちらのストレスによっても減少しますが、人の心とリンクして変動しやすいこともまた、確かめられていることです。
 例えば、卒業試験というのは学生にとって肉体的にも精神的にも負担が大きいものです。本学生10人を対象に、試験中と、試験が終って心身共に解放された時期のNK細胞活性の比較実験では、試験中は20〜30%も低下していることが分りました(図5)。また、試験後にさらに活性が低下した2人の場合は、試験の結果が悪くて試験中よりさらに落ち込んでいたことも分りました。
 カラオケでの実験でも、心理的要素とNK細胞活性の変動がみられました。熱しやすく冷めやすいと言われる日本人の間で、カラオケは久しく廃れないでいるところから、何か効用があるのではないかと今年になって2回程調べたのです。
 ところが1回目は、漠然とカラオケ前後のNK細胞活性を測ったために、特に有意な値は出なかったのですね。そこで2回目は、カラオケが好きな人と嫌いな人に分けて調べましたところ、カラオケをする前に比べ、カラオケ後は、好きな人では有意に活性が上がり、逆に嫌いな人は明らかに下がったのです。
 この結果からも、NK細胞の活性は心理的要素に敏感なのではないかと推測されます。
・・気分が乗る乗らないってよく言いますが、ハイな気分ではNK細胞の活性が上がるということですね。
星 これははっきり上がりますね。
 但し、カラオケでの実験ではもう一つ、興味深い結果が出ました。被験者の中にカラオケがとても嫌いな人がいて、一曲歌ったら冷汗が出て動悸がしたというのですね。そこで、その人だけを例外的にその場で採血したところ、その瞬間にはむしろ上がっていたのです。ところが他のメンバーと一緒にカラオケを終った時点で採血するとやはり、カラオケをする前より下がっていたのですね。
 結局、火事場の馬鹿力ではないですが、嫌な場面、困難な場面にぶつかると、生体防御の上では一時的に免疫機能が上がるのではないかと考えられます。でも最終的には疲弊してしまって、やはり嫌なものに対してはNK細胞の活性が下がるという結論が出ました。
・・過剰適応で、生体は無理やりNK細胞の活性を上げたということですか。
星 そう思います。活性が上がったのは瞬間的で、それをたまたま捉えたのだと思います。最終的には下がったということで、生体というのは非常にうまく機能しているのだと改めて感心しました。
 こうした過剰適応反応が長く続けば、最後には疲弊期といって生体はストレスに適応しきれずに押し潰されてしまいます。無理な頑張りというのは禁物と言えます。

ストレスに強くなる
発散(笑い・おしゃべり)

・・先生はリウマチや膠原病など免疫不全の病気がご専門ということですが、これらの疾病はストレスと強い関係があるといわれますね。
星 膠原病は体の結合組織に炎症が起きる疾患の総称で、慢性関節リウマチや全身エリテマトーデスなどが知られています。
 本来、免疫機構は外来のウイルスや細菌などに対して抗体が出来て対抗するわけですが、膠原病では自分の持っている正常細胞に対して抗体(自己抗体)ができ、それを攻撃してしまうところから「自己免疫疾患」と呼ばれます。
 原因がはっきりせず、それだけに決定的な治療法もなく、完治することのない病気とされていますが、こういう患者さんを長く見てますと、20〜30%はプラセーボ(偽薬)効果といって、暗示的効果があるのを目の当たりに見ております。また、こういった慢性疾患では、患者さんとの心のふれ合い、医者の言葉による癒しも治療の重要な要素となっています。こういったことからもやはり、ストレスに影響されやすい病気だということを実感として持っています。
 また、患者さんの約3割が過去の大きな出来事やトラブルが契機となって発症していることが分っています。この場合、女性では妊娠や出産が契機となっていることが多くあります。
・・笑いの療法で膠原病を克服したという話がありますね。
星 ありますね。気持ちを発散させ心をリラックスさせるということでは、笑いやユーモアは大変効果があると思います。
・・精神的ストレスは発散することが大事ですね。不満なども内に秘めているよりは、愚痴でも言って発散した方がまだましと言えますか。
星 気持ちを取り敢えず外に出すということで、愚痴の効用も大きいと思います。そういう意味で、何でも話し合える友達を持つのは、ストレス対策上も必要ですね。

リラックス
 (音楽・気功・暝想・宗教)

・・音楽療法や色彩療法なども言われていますね。
星 精神療法の中で「芸術療法」というのがあります。音楽を聞いたり、絵を書いたりして心をリラックスさせたり、解放して効果を上げています。個人の好みもあって一概には言えませんが、音楽では症状によって曲目が研究されています。
 音楽や絵画でなくとも、その人にあった趣味を持つのも、良いストレス対策と言えますね。
・・気功や暝想も効果が高いと言われますね。
星 気功は私自身、友達と一緒に著名な気功師のところへ行って、気功前後のNK細胞の活性を測ってみました。気功を受けている間、リラックスしてぼけっとしていたのでそれが良かったのか、気功自身に効果があったのか良く分りませんが、とにかく気功後は2人共NK細胞の数が有意に増えていました。
 心身のリラックスということでは、最終的には心のあり方、宗教的なところに行き着くでしょう。私自身は宗教に縁遠い者ですが、ストレスを研究するようになって、皆がそこに何かを求める気持ちというのが分ってきました。穏やかな気持ちになる、心が救われるというのは、ストレスや健康維持の上で、とても大切なことだと最近痛感しています。

クオリティ・オブ・ ライフの実現と、 NK細胞の活性化

星 難病治療にしても、末期治療にしてもクオリティ・オブ・ライフ(生活・生命の質)が求められるわけですが、それは結局心の持ち方に帰するのですね。
 例えばリウマチの患者さんではやはり、薬だけでは限界があります。そうした場合、少しでも楽しく、如何に快適に過ごすかを実行した方が実際、痛みなども軽減するわけです。
 「病は気から」と言って病と気を合せると「病気」になる。それを科学的に関連付けようと思った時に、精神的要素と深くリンクしているNK細胞の活性はまさにピッタリといえます。
 病気予防ということでは、NK細胞が第一線で活躍していると思います。NK細胞がうまく作動してくれれば、たとえウイルスや細菌が侵入してもガン細胞があっても発病しないで済みます。そしてNK細胞は心のあり方にリンクしていますから、心の持ち方次第で病気になるかならないかが決定されると思います。
 NK細胞を上手に活用することによって最終的には、健やかに年を取っていくことも可能だと思います。そのためには、ストレスの上手なつき合い方、避け方をその人その人で見つけることが重要になります。
・・免疫力をつける食べ物、栄養の摂取も重要だと思いますが。
星 やはり医食同源であると思います。そのためには、いろいろな物を少しずつ幅広く食べることが大切だと思います。食べ物や栄養も相互作用がありますから、良いと言われるものでも悪い作用が隠れている場合があるかもしれません。そういったことを打ち消し合う意味でも、多種類の食品を過不足なく満遍なく食べることが勧められます。
 俳優の宝田明さんが、健康に関する漢詩でとても良いものを見つけておられます。
少肉多菜 小食多嚼 少塩多酢
少糖多果 少飲多興 少言多謡
小衣多浴 少怒多笑 少車多歩
少煩多眠
 ストレスを上手に回避する自分なりの方法を身につけた上で、この漢詩の事柄を実行できたら、健やかに老いることは間違いないと思います。
(インタビュー構成・本誌功刀)