野菜スープに、生野菜の10〜100倍の活性酸素中和能力

緑色・加熱・加水が決め手

熊本大学医学部教授 前田浩先生

大腸ガン急増の背景にある、 肉・脂肪の摂り過ぎと野菜の摂取不足
疫学調査を裏付けた熊本大学医学部の実験データ

 大腸ガン(結腸ガンと直腸ガン)は欧米人に多く、日本人には少ないことで知られていました。近年、日本でも大腸ガンの死亡率は年々高まり、昭和60年当時1割程度だったのが、今では2割を超えています。
 大腸ガン急増の背景には戦後、特に昭和30年代後半からの高度経済成長に歩調を合せた「食生活の欧米化」があるといわれています。
 肉や脂肪の多量摂取と、野菜(特に緑黄色野菜や食物繊維)の摂取不足は大腸ガンの原因になる・・ことは世界各国の膨大な疫学調査からも、明らかになっています。
 熊本大学医学部の前田浩教授は、昨年秋に開かれた日本癌学会のシンポジウム「酸化とがん」で、疫学調査を裏付ける実験データを発表。その研究成果は一般にも脚光を浴びました。
 おりしも巷間では「野菜スープ」がブームになっています。
 前田先生に、大腸ガン発生の仕組と、野菜のガン抑制効果、効果的な食べ方などについてお話を伺いました。

肉や脂肪の多食が、 大腸ガンを誘発する メカニズム
赤身の肉と酸化した脂肪が、 強力な活性酸素を生成する

・・肉を含めた高脂肪食の多食と大腸ガン発生には因果関係があると言われています。先生方のご研究で、それが実証されたのですね。
前田 ・高脂肪食と、さらに・赤身の肉を多食する人に大腸ガンが発生しやすい。これは多くの疫学調査で認められています。
 そこで私達は、脂肪の酸化物(過酸化脂質)と赤身肉に含まれる「ヘム」という成分が反応することで、非常に活性の強い「過酸化脂質ラジカル」ができ、これが遺伝子を強く傷つけるなどしてガン化させるのではないかと考えました。実験の結果、それが証明されました。
 赤身肉に含まれているヘムという鉄化合物は、脂肪の酸化物と接触することで、ラジカル性の強い非常に有害な酸化物(フリーラジカル)を生成します。
 そして、このフリーラジカルは、発ガンの3段階(開始↓促進↓増殖。図1)に深くかかわっていると考えられています。
・・・高脂肪食によって腸内では過剰に過酸化脂質ができる、・それが赤身肉の中のヘム鉄と反応してより活性の強い過酸化脂質「過酸化脂質ラジカル」を生み、・それが遺伝子を傷つけたり、発ガンを促進したりする──と考えてよろしいですか。
前田 簡単に言えばそういうことです。
 過酸化脂質や活性酸素などのフリーラジカルは、細胞膜や遺伝子のDNAを傷害し、ガン細胞の異常増殖に強くかかわっています。中でも中心になるのは「過酸化脂質ラジカル」だと考えられています。
 大腸ガンの発生は、糞便の停滞するS字状結腸を中心に生じます。高脂肪食によって糞便中には過酸化脂質「アルキルヒドロキシパーオキシド(LOOH)」ができ、それに赤身肉に含まれるヘム鉄が反応し、さらに活性の強い過酸化脂質ラジカル「アルキルパーオキシラジカル(LOO・)」ができます。(・はラジカルを示す)
 この脂質ラジカルが、大腸ガンのプロモーター(ガン化促進因子)になる可能性が非常に高いと考えられます。

活性酸素種の中でも、 最も殺傷力の強い 脂質ラジカル

・・過酸化脂質や活性酸素などのフリーラジカルの中でも、特に(過酸化)脂質ラジカルが有害性が強い、ガンにも中心的に働くのは何故ですか。
前田 脂質ラジカルが何故怖いかと言うと、寿命が長いからです。普通のスーパーオキシド(スーパーオキサイドに同じ)だけならあっという間に消滅するのが、脂質ラジカルだと何時間も体内で生きているわけです。
 脂質ラジカルは、・長寿命で、・細胞膜との親和性も強く、膜に傷害を与えやすくなり、・油親性で細胞膜に入りやすく、その結果細胞内に侵入し、・DNAや酵素を傷害し、突然変異や発ガンのイニシエーションをおこし、・生体では臓器傷害を起こすことも考えられます。
 ガンに関しては、脂質ラジカルはガン化の3つのステップ(図1)全てにかかわっていると考えられているわけですが、特に、プロモーション(促進)からプログレッション(増殖)の過程に、強く作用している可能性が高いと思われます。
・・最初のイニシエーションの段階、つまり遺伝子のDNAが壊れるだけでは即ガンにはならないわけですね。
前田 そうです。それを常に促進、増幅させるような力が働いて、初めてガンになってしまうのですね。最初、一個位DNAがちょっと壊れた位(変異細胞)ではガンになりません。
 脂質ラジカルは促進、増殖にもかかわってくるので、怖いわけです。

脂肪、鉄の摂り過ぎは 大腸ガンの危険因子

・・大腸ガンで脂肪の摂り過ぎが問題になるのは、主に植物性脂肪に多い不飽和脂肪酸ですか。
前田 不飽和脂肪酸が中心になりますが、動物性脂肪に多い飽和脂肪酸にスーパーオキシドなどの活性酸素がバーンと入った場合も、それが脂質ラジカルに乗り移る場合があります。
 どちらにしろ、脂肪を多く摂ると、先程言ったように糞便中には過酸化脂質がたまりやすくなります。
・・赤身肉中のヘム鉄が関与するとなると、赤身肉に限らず、鉄自身の摂り過ぎは危険ですね。
前田 そうなります。
 以前から鉄の過剰摂取は、腫瘍などの疾患の原因になる事が知られています。鉄釜で発酵させるビールを飲む習慣のあるバンツー族などでは、造血系疾患、肝臓疾患、各種腫瘍が多発する調査結果が報告されています。
 酸素ラジカルの場合、酸素が活性酸素になる過程でまずスーパーオキシド(・O)が出来ます。それを、消去酵素のSODがHO(過酸化水素)に変換します。ところがHOも活性酸素の一つで、その周りにHOを消去する酵素のカタラーゼがなく、化合物から遊離した銅や鉄などが裸のまま存在すると、非常に反応性の強い活性酸素ラジカル「ヒドロキシラジカル(・OH)」が生成します。
 脂質ラジカルも同様で、先程から繰り返している様に、脂肪の酸化物(過酸化脂質)に鉄などが接触すると、強烈な殺細胞効果を発揮する脂質ラジカル「アルキルパーオキシラジカル(LOO・)」を生じるわけです。一種の金属毒性を発揮するとも考えられます。
 今、鉄骨飲料などが気軽に手に入る状況で売られていますが、危惧されます。アメリカなどでは鉄欠乏性貧血以外、鉄などの単独サプリメントはやめようという動きが始まっています。

野菜スープと 抗ガン活性
ガン化促進を抑える、 脂質ラジカルの掃除役

・・先生方は、野菜の煮汁(スープ)が、その強烈な脂質ラジカル(アルキルパーオキシラジカル)を消すことも証明されたのですね。
前田 疫学的に、大腸ガンの発生頻度は、脂肪や赤身肉の摂り過ぎと関係する一方で、緑黄色野菜の摂取不足が明らかになっています。
 私達の実験では、脂質ラジカルに緑の濃い野菜の煮汁を加えると、ピタッとそのラジカルが中和され、成分中にはラジカルスカベンジャー(掃除役)成分があることが分かりました。
 しかもその成分は、ラジカルによるDNA損傷を抑えるのみならず、腫瘍プロモーター(ガン化促進)作用も強く抑えることがわかったのです。
 つまり野菜の煮汁が、脂質ラジカルの作用を「プロモーション」の段階で抑え、ガン化にストップをかけることを私達は見つけたのです。

紫外線を十分に浴びた 緑の濃い葉程、 抗ガン活性が高い

・・野菜の中でも、緑の濃い野菜ほど抑制効果が高いのですか。
前田 そうです。太陽光線を良く浴びた緑色の濃い葉ほど、プロモーション抑制効果が高く、白菜やキャベツの内側の白い部分は駄目でした。
 特に人参の葉、紫蘇の葉(赤、青紫蘇共)、大根の葉などの煮汁にはかなり顕著な活性がみられました(図2)。ヨモギも非常に強い(図3)。ヨモギは本州では草餅位でしか食べませんが、沖縄などでは食用にされています。
・・紫外線をよく浴びる緑の濃い葉ほど、紫外線に対抗するために抗酸化物質を多く備えているからですか。
前田 そうです。紫外線が水分と反応すると、強烈な酸素ラジカルを生成します。ところが、毎日長時間、強い紫外線を浴びている植物の葉は、水分を含んでいるのに紫外線の傷害を特に受けることなく、順調に成育しています。これは、そのような植物の中には活性酸素毒を中和する成分が出来るからだと考えられます。
 紫外線が照射した部分が如何に活性が高いかは、例えばキャベツの一番外側の葉は内側の白い部分の10〜50倍も高いことでも分かります。
・・その成分は、よく言われるβカロチンやビタミンC、Eなどですか。
前田 有効成分としては、ビタミンC、E、B群なども含まれますが、それ以上に、フラボノイドやイソフラボノイド、プロトカテキン酸、カテキン等のポリフェノール物質群、その他の水溶性成分が重要であることが分かって来ました。
 バニリンやカフェ酸にもそのような働きがあります。
 ベータカロチンは私達の結果ではこの脂質パーオキシラジカルを中和する能力は殆どありませんでした。
 これまでベータカロチンに対するガン予防の強い期待がありましたが、私達のデータも、最近の「サイエンス」誌(4月22日号)上でも、むしろこれは油と同様よくないとの論文がありました。尤もそれはヒトの肺ガンについてですが。
・・ヨモギが良いと仰いましたが、野草は一般に緑が濃いですね。
前田 私達もいろいろな成分を試してみますが、山菜に近いような野菜はラジカルを中和する成分が非常に強い。アクの中にたぶんそういう成分が多いと思われます。
 ただ、野草のアクにはアルカロイドなど毒に近い様なものも多く(それで紙一重で薬にもなるわけですが)、野菜の方が安全で、味も良いし、入手もしやすいわけですから、普段は野菜を摂ることを勧めます。

茶色に変色する 根菜や、豆類にも

・・いわゆる「野菜スープ」には根菜が入っていますが、紫外線のあたらない根菜類は駄目なのですか。
前田 私達の研究では、大根の白い根は脂質ラジカルに対しては全然無効でしたね。
 ただ根菜類でも茶色や、白くても空気に触れて茶色に変色する種類は、抗活性酸素活性が高いことが分かりました。ゴボウ、蓮根、里芋、じゃが芋、さつま芋等、切って放っておくと茶色くなりますね。そういうものには、フェノール物質の原料になる成分があるわけです。
 それと豆類の中では、黒豆、小豆、緑豆、大豆(煮たもの)の順に、大変優秀な抗活性酸素活性があります。
・・それで野菜の煮汁がガンに効くというのは、予防に良いという意味ですか。
前田 そうです。ガンの予防になるということです。
 緑色野菜の煮汁(スープ)にガンの予防作用があるかどうかを私達は、ヒトの上咽頭ガンの原因といわれているEBウイルスによる試験管内でのガン化(トランスフォーメーション)を抑えるかどうかで調べてみました。その結果は、驚くことにアルキルパーオキシラジカル(LOO・)を中和する能力の強い野菜ほどこのウイルス発ガンのプロモーター作用を抑えることがわかりました(図3)。
 この両者「ウイルス発ガンにおけるプロモーター抑制」と「脂質パーオキシラジカル中和活性」の間にただならぬ有意の因果関係があったのです。緑色の強い野菜ほどそのガン化抑制活性が強いということです(図3)。
 それとラジカルとの関係ではもう一つ、ウイルス感染症の問題があります。

ウイルス感染症と、 野菜の煮汁の スカベンジャー効果

・・感染症にも野菜の煮汁が良いのですか。
前田 感染症の経過にはいろいろなタイプがありますが、例えばインフルエンザウイルスに感染したマウスが死ぬ時、生体内にはウイルスは完全に殺されて存在しない。では何故死ぬのか、調べた結果、スーパーオキシドが肺に大量に出来て肺炎が起こっていました。
 生体は(白血球など)、ウイルスを殺すためにスーパーオキシドをバンバン生成し、スーパーオキシドがウイルスを殺す、そうするとウイルスは全然存在しないのに、活性酸素で肺をやられてマウスはどんどん死ぬわけです。この場合、ウイルスは引き金であって、病因はスーパーオキシドと推測できます。
 死因がスーパーオキシドならば、スーパーオキシドを消去すればマウスは生きる筈です。そこで、スーパーオキシドを消去するために私達はドラッグデザインして、長時間作動型SODやスーパーオキシドの産生を阻害する薬物(アロプリノール)を投与したところ、95%のマウスが生存しました。
 これが世界で初めてウイルス感染という場で、病因論としてはウイルスが宿主を殺すのではなく、スーパーオキシドが原因であることが分かったのです。
 それでスーパーオキシドは脂質ラジカルにもなるので、脂質ラジカルスカベンジャーは結局、スーパーオキシドラジカルスカベンジャーにも働くわけです。そういう意味で、脂質ラジカルスカベンジャーとなる野菜の煮汁は、ウイルスによる病気にも良い対策になると思われます。
 免疫反応が病因になるウイルス感染症は、インフルエンザの他、肝炎、ヘルペス、サイトメガロ、風疹、麻疹、デング熱等意外に多くありますが、これらも直接的間接的にラジカルが病因論に関与しています。

野菜の有効な摂り方
煮汁は、生の 10〜100倍もの抑制効果

・・野菜は加熱した方が、成分の吸収が良くなるのですか。
前田 野菜はどれでも加熱すれば良いのは真理だと思います。牛や馬は別にして人間が食べる限り、消化吸収の点からも加熱すれば良いというのは正しい。
 私達の実験では、煮汁は生に比べて、10〜100倍も効果がありました(図2)。
・・特に煮汁が良いのは?
前田 有効成分の多くは水に溶けるので、ボイルした汁を摂らないと意味がありません。
 植物の有効成分はセルロース系の硬い膜に包まれており、また、セルロースはいろんな物質を吸着するので、水を加えて煮れば、細胞の中の有効成分も、セルロースに吸着している成分も外れて、煮汁の中に遊離して来るわけです。
 また、大根の根には脂質ラジカルスカベンジャー成分はありませんが、大根の根も1時間も煮ることによって結構、可溶性のセルロースなどの繊維素が溶けて来るわけです。大腸ガンは食物繊維不足も関係しているので、食物繊維の面からみれば大根の根も間接的な効果があるとは推測できます。
・・煮る時間は?
前田 大体5分以上煮れば、ヘミセルロースなどは壊れやすくなります。ただ、野菜の種類、部位、季節によって差があり、30分ぐらい要するものもあると思います。例えば今から夏場にかけて細胞が頑丈になって来ると、5分位ではなかなか細胞が破れないということはあります。
 まー、30分も煮れば十分でしょう。要するに常識的に柔らかくなっていればいいわけです。

お茶も、飲む方が効果的

・・最近、お茶の葉を食べることが勧められていますが、そうしますと、お茶も従来のように熱湯に浸して飲んだ方が効果的ですね。
前田 お茶の抗ガン作用も結局、熱湯抽出液だから効果を発揮するわけですね。
 お茶を抽出して放っておくとだんだん黒くなります。蓮根と同じで、そういう成分は良いものがあるわけです。
 お茶の葉に良い成分があるからと生で食べても消化できない、却って胃を荒します。パンダやコアラは、セルロースやタンニンの分解酵素など、お茶やユーカリを分解できる機能を持っていますが、人間は違います。野菜も同じようなものと考えて良いのです。

加熱で、 ビタミンの消失は…

・・煮ることで、水溶性ビタミンなどが壊れてしまうことはないですか。
前田 ビタミンCだけが少し壊れるだけで、それもいろいろな野菜を一緒にすればそんなに壊れないものなのです。汁の方に大半は移っています。
 実験室で化学的にビタミンCの溶液を蒸留水に入れて、30分も加熱すれば半分は消失してしまいます。
 しかし、他の成分と一緒に入っていれば、ビタミンCの酸化も抑えられるし、ビタミンCはビタミンCで他の成分の酸化も抑えます。そういう風に他の成分と一緒に入っていると、お互に保護されるわけです。

汁も身も丸ごと、 煮た野菜を大いに摂ろう

・・中身も食べた方が良いのですか。
前田 身も捨てないで味噌汁に入れるとか煮物にして食べるとか、汁も身も両方とった方が良いと思います。
 図2を見ると分かりますが殆どが、スープだけより汁も身も全て(実質部+茹汁)食べる方が良い結果が出ています。
 味をつけても抗ラジカル活性は変りません。
 夏はスープを冷やしてジュース代りに飲むのも良いし、冬は鍋物で身も汁も一緒に摂るなどして、野菜を美味しく摂る工夫をして下さい。炊きこみ御飯にも野菜を入れると良い、とにかく煮た野菜を沢山食べるのが良いわけです。
 大腸ガンからアトピーから何から含めて現代病の背景には、昔に比べて野菜を食べなくなっていることが大きく関係していると思っています。野菜の特質を知った上で、野菜を大いに食べて欲しいと思います。
・・最後に、今流行っている野菜スープについて一言お願いします。
前田 末期ガンも99%治る等、出鱈目が過ぎます。荒唐無稽なことが言われて、却って信頼性をなくしてしまうのは困ったことです。
 一方で、日本人は何かが良いというと、それを過信してそればかり摂る傾向がある、信仰に近いようなものになりやすい。何事も極端に走るのは危険で、野菜スープにしても、他の栄養のバランスを摂った上で多く摂りましょうということです。