「化学物質過敏症」急増中

予防・治療はビタミン、ミネラルが鍵

北里大学医学部眼科学教室教授(医学博士)宮田幹夫先生

ppb、pptレベルの 超微量で起きる「化学物質過敏症」
長期にとり続ければ、「許容値」以内でも安全とはいえない化学物質

 現代の生活環境は多種多様な化学物質に取り囲まれています。
 最近、これらの環境化学物質は許容範囲内のごくごく微量でも、長期にわたって慢性的にとり続けるうちに、視力低下、頭痛、疲労・倦怠感・・など自律神経を中心にするさまざまな症状を引き起こすことが明らかになって来ました。
 日本やアメリカなどでは既に10人に1人はかかっていると言われる「化学物質過敏症」です。
 従来、化学物質で起きる病気は中毒症やアレルギーが知られていました。しかし、中毒症がmg(1千分の1g)、アレルギーがppm(百万分の1)のレベルで起きるのに対し、化学物質過敏症ではppb(10億分の1)、ppt(1兆分の1)の超微量のレベルでも引き起こされます。
 化学物質との接触を避ければ化学物質過敏症にはならずに済みます。しかし現在の環境は、超微量のレベルを基準とすると、化学物質に汚染されていないものは殆どありません。
 生命維持に不可欠な食物、水、大気が、農薬、消毒剤、食品添加物、有機溶剤、合成洗剤、排気ガス等に汚染され、食、住、衣のどれをとっても化学物質との接触は避けられません。
 このように身辺から化学物質を完全に遠ざけるのは不可能な時代、ではどうしたら予防が可能でしょう。
 北里大学医学部眼科教室は石川哲主任教授を中心に、化学物質過敏症の研究チームを組んで臨床の成果を上げています。メンバーの一人宮田幹夫教授は農薬中毒から始まって30年近く化学物質による健康被害を研究され、特に栄養面からの予防、治療に取り組んでおられます。
 今月は宮田先生に、化学物質過敏症と、食事や栄養面からの予防と治療についてお話を伺いました。

化学物質過敏症とは
中毒症・免疫異常(アレルギー)・ 化学物質過敏症

・・眼科で化学物質過敏症の研究をされているのは何故ですか。
宮田 私達が最初に問題にしたのは、慢性の農薬(有機リン剤)中毒が始まりでした。
 何故眼科で農薬中毒かと言いますと、目は神経の束で出来ており、人体の中では最も化学物質に敏感で非常に中毒に弱いということがあります。
 それと、目は毒物を量的に測られるという特徴があります。例えば視力の測定、また自律神経の状態を表わす瞳孔の動きを治療しながら追跡できます。このように中毒によるいろいろな神経症状を数値で捉えられる、選択的に追跡できることも研究の端緒になっています。
・・中毒の研究から、段々もっと少ない量でもいろいろな身体異常が出て来ることが分かって来たのですね。
宮田 中毒症の患者さんを診ている中に、一度ある程度何かの化学物質に大量にさらされた後は、他の化学物質に対してもごく微量のレベルで、頭が痛い、肩が凝る、疲れやすい・・などのいろいろな不定愁訴が起きやすくなるのが分かって来ました。
 中毒症から始まって、ppt(1兆分の1)という超微量レベルでも過敏症が起きることが分かって来たごく最近迄、この間約25年近くかかっています。
 ここに至るには、分析技術や診断技術が急速にアップしてきたのも大きいですね。
・・中毒症というと何となく過激な神経症状を思い浮かべますが、アレルギーも言うなれば過敏症ですね。これらの共通性や違いはどんなところにあるのですか。
宮田 図(図1)では量的な線を引きましたが、この境目は実際には非常にあいまいなのです。慢性中毒や免疫異常を典型的な症状がなくてもキャッチできるようになったのが化学物質過敏症であるとも言えるかと思います。
 普通の中毒では細胞死が起きます。長い間毒物を慢性的にとり続けてある時突然発症するのが「慢性中毒」、一度に大量に曝露してすぐに症状が出るのが「急性中毒」で、致死量とると死に至ります。また、ニコチン、アルコール、麻薬などでは「嗜癖」といって摂り続けると手放せなくなる依存性中毒もあります。
 免疫異常になると、アレルギーではIgE抗体が出来るとか、免疫細胞や血液に異常が出て免疫疾患と認められます。
 しかし、化学物質過敏症ではそういった異常は多くの場合、見られません。
 また、化学物質過敏症は比較的自律神経を中心にした不定愁訴(はっきりしない体のいろいろな不調)が主な症状になります。
 一方、アレルギーなどは炎症が主で神経症状が従という、そのあたりの違いもあります。

中毒症から 過敏症への移行と、 怖い連鎖反応

・・化学物質過敏症は一旦、中毒症を起こした人がかかりやすいということですが、具体例では?
宮田 農薬が原因で湿疹が出て、皮膚科に入院した農家の主婦の例では、湿疹が良くなってきたら逆に不定愁訴が非常に強くなりました。環境が良くなって毒物が減少して来ている筈なのに、不定愁訴が強くなった。皮膚科では更年期障害や神経障害を疑ったのですが、結局、中毒が治る過程でより少量の体内に入り込んだ農薬で起こる化学物質過敏症に移行したケースだったことが分かりました。
 このように化学物質過敏症は中毒症から移行する可能性があり、そしてこの移行の境目は、はっきりしないのです。
・・新築したばかりの接着剤の匂いがきつい屋根裏部屋に長くいて、頭がクラクラしたことがありましたが。
宮田 接着剤中の有機溶剤トルエンが悪さをしたのですね。
 一旦そういう症状を起こすと、次々に他の化学物質に対しても過敏になる傾向があります。「多発性化学物質過敏症」といって、ある物質にやられると、他の物質に対しても連鎖的に過敏反応を起こしやすくなるのです。
 研究室の若い研究医では、有機リン農薬の実験で軽い慢性中毒症を起こし、治った後も殺虫剤の臭いをちょっと嗅いだだけで頭痛やめまいを起こすようになり、さらにアレルギーまで併発したという例もあります。
・・中毒の経験がなくても、ごく微量の慢性的長期摂取でも起きるのですね。
宮田 そうです。慢性中毒と同じ様に始めは何でもなくても、長い間とり続けていると、ある時点から突然症状が出て来ます。蓄積効果を発揮するのですね。

解毒の限界を越す 化学物質の総負荷量
三大摂取源は食物・大気・水

・・主な摂取源といいますと。
宮田 やはり食物、水、大気からですね。
〈食べ物から〉
 食べ物はそれ自体一種の天然の化学物質と言えます。それに加えて今は、残留農薬や食品添加物などの合成化学物質が入ってきます。昔は食物以外には殆ど化学物質は入ってこなかったわけですが、今は食品色素だけで一人当り年間2〜3kgもとっている状況です。
 食物の場合、自然食を心がけるなどである程度取り込みを防げますが、問題は学校給食。着色料や保存料が実に多く使われ、そのあたり殆ど考慮されていません。
 私達の実験では、食品色素でアレルギーが強くなることが分かりました。しかも、有効濃度(ある程度取ると症状が強くなる量)より少ない量を毎日与えると症状がひどくなって来るのです。ですから食品添加物が毎日毎日微量でも入って来ると、体の中で悪さをすることが多々あると思います。
〈水から〉
 水は塩素が非常な悪さをします。発ガン物質のトリハロメタンも、塩素と水の中に含まれている有機物が反応してできたものです。プールやお風呂では皮膚からも入り、そうすると温泉療法と同じ原理で、全身の皮膚からトリハロメタンなどが入って来ます。プールでは水道水よりずっと塩素が高濃度ですから、トリハロメタンもどんどん入ってきます。皮膚というのはスケスケです。3時間泳ぐと、トリハロメタンがmg単位で体の中に入ると計算されています。
 口から入ったものはある程度は肝臓の解毒機能でチェックされますが、呼吸器や皮膚から入って来たものは肝臓というチェックポイントを通らずに体中を駆け巡る怖さがあります。
〈大気から〉
 大気中からは、排煙、排気ガス、殺虫剤や除草剤、芳香剤や衣料用防虫剤、有機溶剤、タバコと実にさまざまな屋外大気汚染物質、室内大気汚染物質がとり込まれます。
 最近は建材にも様々な化学物質が使われています。この部屋を見ましても、全部防災加工を施している。中は合板ですから接着剤、防腐剤、殺虫剤が気化して出てきます。新しければ塗料も出て来る。床のプラスティックタイルからも接着剤が出て来ます。こういった建材からのいろいろな化学物質が悪さをして、目や鼻、喉の刺激症状、目や粘膜の乾燥、皮膚の紅斑や湿疹、疲れやすい、頭痛などを起こします。
 空調設備が整って換気が不十分なオフィスビルやマンションが特に危険で、こういった近代的ビルで起きる化学物質過敏症は特に「シックビル症候群」と呼ばれています。
 木造の家屋でも、換気が十分でないと起こります。殺虫剤はかなり長時間室内に留まっています。夏に窓を閉め切ってクーラーを効かせて殺虫剤を用いるのはとても危険です。冬も暖房で室温を上げると、これらの物質は気化しやすくなるので用心が必要です(図2、3)。

特に問題な 殺虫剤と有機塩素化合物

・・全部含めたら、どれだけ体の中に入っているか分からないですね。異常が出て当り前といいますか…。
宮田 薬物の作用を言う時に、「総負荷量」という問題があります。1つの薬では何ともなくても、同じ程度の別の薬を一緒に負荷した場合、いろいろな副作用が出て来るのですね。
 今の環境ですと、体の中に入って来る異物(生体内異物)の総負荷量は化学物質や食物を全部含めて、莫大な量になっています。生体には異物から体を守る働き、解毒能力がありますが、その限界を超えてしまったところにアレルギーや過敏症などいろいろ問題が出ているのですね。
・・特に問題になる化学物質は何でしょう。
宮田 農薬と有機塩素化合物、このあたりが一番問題になってくると思います。
 農薬は大気、室内空気の最大汚染物質であり、また食物や水の汚染物質です。
 有機塩素化合物で消費量が一番多いのは塩化ビニールですね。

入るを抑え、排泄を促進

・・化学物質に接触しないことが一番の予防でしょうが、なかなか難しいですね。
宮田 難しいですね。しかし、少しでも入ってくるのを防ぐ努力が必要です。無農薬・無添加の食品を摂る、水に注意する、屋外排気型の暖房器具を使う、換気に注意する。そして、生活に必要でないものは一切使わないことです。
 治療は薬物療法(解毒剤)、栄養療法、運動療法などありますが、最も重要なのは、原因になる物質に接触しないことです。
 もう一つは入ってきたものを追い出す努力、個人的にはこの二通りの努力が必要です。
・・追い出すのは?
宮田 化学物質は脂肪組織にたまりやすいので、運動して皮下脂肪をどんどん燃やしてやるのが1つ。
 それと汗を流す。運動でもサウナでもお風呂でも良いのですが、皮膚(汗腺)から毒物を排出することです。
・・汗からは化学物質が出ますか?
宮田 出ます。特に脂汗からは出ます。透明のサラサラしたのでも結構出ますが。
 毒物などは肝臓で解毒すると、胆汁で腸に出ます。その時に完全に解毒されていれば良いのですが、物によってはもう一回吸収されてしまうことがあります。ですから肝臓の解毒だけでは不十分で、汗で出すことも必要です。

鍵を握る ビタミン・ミネラル
増加の背景にある 微量栄養素不足

宮田 化学物質過敏症が増えている背景には、・環境中に化学物質が増えていることと、・異物から体を守る免疫力を維持するのに必要であると同時に、症状を緩和したり消してくれるビタミン、ミネラルが不足していることがあげられます。
 こういった微量栄養素が不足した状態では、体の防衛力が低下し、異物が体の中に入ると活性酸素などで異常反応が起きやすくなります。
 ビタミンではビタミンA、βカロチン、ビタミンC、ビタミンEが相当量必要になります。
 ミネラル類では最近注目されているセレニウム。それと銅、亜鉛、マンガン、マグネシウム、カルシウムが特に重要です。
 アメリカでの調査では、化学物質過敏症の患者はこれらの微量栄養素が、そうでない人に比べて明らかに少なかったそうです。それで、かなりの人がこれらの補給で症状の改善が見られています。

免疫力低下と 活性酸素が関与

・・化学物質は、体内で活性酸素を作るのですか。
宮田 生体内異物があると、これが活性酸素を作るもとになります。ですから化学物質過敏症では、異物と活性酸素の除去がどうしても必要になります。
 また、過敏症の結果起きる炎症に活性酸素が影響してきます。炎症細胞がいろいろな異物を食べたりすると活性酸素を生成しますので、炎症の過剰反応を途中でストップをかけるのにも活性酸素を消去するビタミンやミネラルが使われます。
 今まで過剰反応を抑えるためにはステロイドが使われて来ました。しかし、ステロイドには強い副作用があります。ステロイドの副作用を避けるために、私達は多少効き方が鈍くても安全に移行する点から、ビタミンCを10〜15g静脈に注射する大量療法をやっています。
・・経口投与もしていますか。
宮田 はい、病院ではアスコルビン酸の錠剤を使っています。
 ただ、ビタミンCは大量療法だと経口投与では胃が荒れてしまうのですね。
・・ビタミンEは使わないのですか。
宮田 水溶性のビタミンCは細胞膜を通りづらいので、ビタミンEも使っています。細胞膜は油(脂質)ですから、脂溶性のビタミンEは通りやすいわけです。
 私共は眼科なので、ビタミンEは網膜の保護によく使います。網膜は光にさらされているので酸化しやすいのです。
 ただ炎症がひどい場合は、正常細胞とはいえない程細胞が壊れてしまっているので、水溶性のビタミンCでも通りやすくなっています。
・・化学物質は脂肪にたまりやすいとのことでしたが、脂溶性のものが多いのですか。
宮田 一般的にその方が多いですね。ただ水溶性のものも結構あります。
 例えば水道水中のトリハロメタンは水に溶けてますから水溶性ですね、それからホルマリンガスも水溶性です。
・・免疫力が落ちるのは、活性酸素によって免疫細胞が壊れるからですか。
宮田 免疫異常はいろいろな段階があると思います。
 パラコートなどの農薬で異常が出るのは活性酸素が非常に影響していると思いますが、それ以外にも自律神経に作用して、そのためにいろんなアレルギーが出る場合もありますし、場合によってはホルモン系統に影響してホルモンから免疫異常の方に影響して来る場合もあります。
 免疫は内分泌と自律神経が非常に関係して働きますから、化学物質で影響が出る時にはどこに作用しても、お互いに密接に関連しあっているのです。
・・ホルモン系や自律神経系にも微量栄養素は関係しますか。
宮田 解毒機構と生体内の酵素活性を維持していく意味で、ビタミンとかミネラルはホルモン系にも自律神経系にもどうしても必要になるのですね。

どうしても必要になる ビタミン・ミネラルの補給

・・精神的ストレスがあっても、体の中ではビタミン、ミネラルが大量に消費されるそうですね。
宮田 そうですね。
 今、食生活がどんどん変化していますが、自然食とは言わなくても、ビタミンCの量などは猿と比べて何十分の一も摂取量が減っています。それが果たしていいのかどうか、この間アメリカで開かれた臨床環境医学学会でもディスカッションされて、面白く聞いてきました。
・・ミネラル類も重要だということですが、患者さんにミネラルは使わないのですか。
宮田 総合的なミネラル剤が是非欲しいところですが、日本では厚生省の基準が厳しく、ミネラル剤が認可されていないので使えないのです。
 何故総合タイプかと言いますと、ミネラル類は一種類のミネラルだけを大量に摂ると他のミネラルが不足しやすいのです。
 腸管にはミネラル結合蛋白があって、それにミネラルが結合して吸収されるのですが、一種類のミネラルだけをどんと与えると、その蛋白質に他の金属が結合しなくなって、他のミネラルが吸収されなくなるのです。
 アメリカやヨーロッパでは総合ミネラル剤が出回っていますので、私もあちらに出かけるといつも買って来ます。ミネラルの必要性が年々高まっている今日、日本でも将来的には出るだろうとは思います。

環境と老化と遺伝が 病気を作る

宮田 結局、病気と言うのは環境と老化と遺伝が作り出しているのですね。
 老化も遺伝も、本当の意味では殆ど防ぎようがない、治せない。そうすると医者がやれるのは、環境を良くしてやって老化を抑え、遺伝で出て来る病気を少しでも抑え、そうして最終的に病気を抑え込むということしか出来ない。その環境の解毒的役割をするのに、ビタミンやミネラルが重要になって来ます。
 医者を始めてから30年を越しますが、この間、病気自体がずいぶん変化しているのを痛感します。病気の形が変化しているということは結局、病気がいかに生活環境で左右されているか、いかに食物、空気、水というものから起こって来ているかを示していると思うのですね。
 環境には、化学環境、物理環境、生物環境の3つあると思います。化学環境は食品も含めて非常にひどくなっています。物理環境は電磁波の氾濫、オゾンホールで紫外線も増加しています。生物環境では、人間は元来木と一緒に生活していたはずですが、木の乱伐で木から出て来るいろいろな気が失われ、COなどを木が吸収してくれる力もなくなっています。
 こういったさまざまな環境の変化で病気がどんどん変って来て、今までないような病気も出て来ています。それに抵抗して生きていくには、健康な暮しを心がけるしかない。そのためには、除去と栄養の補いの二点ですね。生活に必要でないものは極力排除する。
 クリーンな環境で節度をもって暮していれば、人間は天寿を全うできる筈なのです。