過酸化脂質ABC

――過酸化脂質と活性酸素――

成蹊大学工学部工業化学科 天然物応用化学研究室 原節子先生

過酸化脂質の研究は、 酸化した魚油による健康被害から

 食品中に含まれる油の酸化により生成した過酸化脂質の摂取が食中毒を起こすことはよく知られていたが、近年、生体内で生成された過酸化脂質が、活性酸素と同様に、細胞の老化、病変をもたらすことが次第に明らかになり、注目されている。
 過酸化脂質の研究は、1940年代、アメリカで"魚油が体に悪い"と言われ始めたのがきっかけとなった。しかし、魚を沢山摂っている日本人に特に健康被害はない。日本の学者の間で、魚油の何が悪いのかが精力的に研究され、1950年代、「魚油そのものではなく、古くなって酸化した魚油が悪い」ことが明らかにされた。その後1960年代に入り、日本でもインスタントラーメン中毒事件が起き、原因がいろいろ検討された結果、麺の揚げ油の酸化と判明。以後、食品中の油の酸化に対する意識は急速に高まり、1977年には「食品衛生法」が制定され、これによって市販の油脂含有食品における
_化の問題は殆どなくなった。その後、医学、薬学の分野で注目され始めたのが、生体内の過酸化脂質である。(原節子先生談)
 原節子先生は、油脂の酸化反応を始め、生体内の酸化反応、また、食品の酸化防止法や、酸化物の検出法など広く過酸化脂質について研究されている。
 食品中と、生体内の過酸化脂質全般について、原節子先生に分かりやすく説明戴いた。

第1部
食品中の過酸化脂質
脂質酸化のメカニズム
――過酸化脂質とは――
不飽和脂肪酸と飽和脂肪酸

原 一般に、過酸化脂質の生成が問題になる脂質は、主に植物や魚に含まれる油(Oil)、室温で液状の不飽和脂質ですね。
 油の主な構成成分は不飽和脂肪酸で、不飽和脂肪酸はその構造中に「不飽和結合‖二重結合」を持つため、酸素やその他の物質と反応しやすいことが知られています。
 一方、常温で固体の飽和脂質(脂‖Fat、主に動物の体・乳脂肪)は殆ど酸化されません。

脂質の酸化の メカニズム

原 脂質とは、簡単に言えば、主体の脂肪酸にいろいろなアルコール(例えばグリセリン)が結合(エステル結合)しているものです。
 脂質の酸化しやすさは、その脂肪酸部分が酸素と次のような反応をしやすいかどうかということで決まります。
 先ず、脂質(LH)が酸素(O)と反応しますと、OOHという水素に酸素Oが2つ結合した過酸化物「ヒドロペルオキシド(LOOH)」が生成されます。一般に、私達が過酸化脂質と呼んでいるのは、このヒドロペルオキシドになった脂質です(図1)。
 このヒドロペルオキシドが生成する脂質の酸化反応は、「非酵素的酸化反応」と「酵素的酸化反応」に大別され、非酵素的酸化反応は、さらに「ラジカル連鎖反応」と「非ラジカル反応」の2つに分けられます。これは食品においても生体内においても同じです。(表1)

1.ラジカル連鎖反応 (脂質の自動酸化)(図1)

原 ラジカル連鎖反応は、脂質から水素引き抜き反応によって生成したラジカルから開始される反応で、連鎖的に次々と酸化が進行する特徴があります。
 すなわち、脂質に対し、酸化を起こすもの、例えば光、熱、または微量金属などがあると、脂質からはまず水素ラジカル(H・)が引き抜かれて、非常に不安定な脂質ラジカル(L・)というものが生成します。
 その脂質ラジカルが酸素と結びついて脂質ペルオキシラジカル(LOO・)になり、それが未酸化の脂質から水素を引き抜いてヒドロペルオキシドになり、同時に未酸化の脂質は脂質ラジカルになります。このように、一旦、酸化が開始されると、図1のようにくるくる回って、隣の脂肪酸、次の脂肪酸と、次々に酸化が進行します。
 これがラジカル連鎖反応です。このように、ラジカル連鎖反応は一旦始まるとそれが止らず、どんどんヒドロペルオキシドが蓄積されて行くので、非常に問題があるわけです。
 この時に、例えばトコフェロール(ビタミンE)などの抗酸化剤が添加されていますと、脂質ペルオキシラジカルに抗酸化剤が働いて、安定生成物が生成して連鎖を断ち切るわけです。
 トコフェロールのようなものは、このラジカル連鎖反応を途中で断つという作用で、酸化を抑えています。

2.活性酸素の一つ 「一重項酸素」による 非ラジカル反応

原 一方、非ラジカル反応のメカニズムは、同じ酸素の中でもラジカルではない活性酸素「一重項酸素( O)」が、不飽和脂質と反応して、過酸化脂質を作るというものです。
 例えば、精製していない油には光増感剤であるクロロフィルなどの色素が存在しています。これが含まれている油に光が当ると、一重項酸素が生成され、一重項酸素は二重結合に非常に結合しやすいのでヒドロペルオキシドを作ります。
 このように、一重項酸素からも過酸化脂質生成反応が起こりますが、先程のラジカル反応のように連鎖的には反応せず、一つの一重項酸素から一分子のヒドロペルオキシドが出来て、これで終わりです。
 それでは、過酸化脂質と非常に関係の深い活性酸素とはどういうものかを簡単に説明しておきます。一般に、酸素に対して良いイメージありますが、酸素が一旦、何らかの光(紫外線など)や放射線を受けたり、熱を受けたり、またはある種の大気汚染物質などからエネルギーを受けると、非常に反応性の高い「活性酸素」に変ってしまいます。
 この活性酸素にはラジカル(構造式では「・」で表される)を持つもの、ラジカルを持たないものとがあって、ラジカルを持つ活性酸素はラジカル連鎖反応をどんどん進めて行きますし、一重項酸素などのラジカルを持たない活性酸素は直接脂質を攻撃して過酸化脂質を作り出します。また、同じラジカルの活性酸素でも「ヒドロキシルラジカル(HO・)」などは非常に強い反応性を持ってます。
 過酸化脂質の生成に関与する活性酸素には、ラジカルを持つものと持たないものがあり、それぞれは反応のメカニズムが違うので、防ぎ方も違うゥゥという理解がまず重要です。
 さらに、これらの酸化反応は互いに関連しあって、競争反応的に進むので、一つだけ防げばそれでいいというものではないことを理解して戴きたいと思います。

3.酵素的酸化反応

原 最後に、酵素的な酸化反応について説明します。これは今迄の酸化反応とちょっと違います。
 生体には、酸素を脂質に添加する酵素「酸素添加酵素」というものが存在しており、酸素分子をうまく取り込んで過酸化脂質を作る働きをしています。
 代表的な酵素が、大豆の中に発見された「リポキシゲナーゼ」で、最初植物にしか存在しないと言われていました。研究が進んで、動物の体内、例えば白血球や血小板、唾液中にも存在し、ホルモン様物質として知られているプロスタグランジンのような生理活性物質を生成する上で非常に重要な役割を果していることが分かって参りました。
 酵素的酸化反応は生体にとって重要な反応ですが、食品に話を限りますと、例えば搾っただけの精製していない大豆油にはリポキシゲナーゼが含まれ、そのために油が酸化するということもあるわけです。

食品の酸化と、酸化防止

原 以上3つの過酸化反応(非酵素的なラジカル反応と非ラジカル反応、酵素的反応)のおおよそのメカニズムを理解した上で、次に、どうしたら食品の酸化を防止できるかということになります。
 その前に、代表的な不飽和脂肪酸について説明しておきましょう。

二重結合の数が多い 脂肪酸ほど、 酸化されやすい(表2)
〈リノール酸|紅花油、 大豆油等〉

 リノール酸は炭素数が18で、二重結合が2つある代表的な不飽和脂肪酸であり、必須脂肪酸です。
 リノール酸のコレステロール低下作用が広まり、近年、リノール酸を多く含む食事が好ましいと言われて来ましたが、近頃では、むしろリノール酸の過剰摂取は健康上問題があると言われ始めています。
 リノール酸の場合も、先程説明した連鎖反応‖ラジカル連鎖反応に従って、最終的にヒドロペルオキシドを生成します。表2のa)を見ると分るように、二重結合に挟まれたところから反応が始まっていますね。
 二重結合に挟まれた水素(2つ存在する)が一番反応しやすいので、二重結合(不飽和結合)が多くなればなる程、酸化に対しては不安定になります。
〈オレイン酸|オリーブ油、
椿油等〉
 二重結合が一つしかないので、酸化に対してはかなり安定と考えられます。オリーブ油では80%近く入っています。
〈αリノレン酸|シソ油、
エゴマ油、アマニ油等〉
 二重結合が3つあるので非常に酸化されやすく、リノール酸の倍以上酸化されやすい不飽和脂肪酸です。
 日本では食用としては一般的でなく、非常に乾きやすい性質を利用して油紙や塗料を溶かす油として使われていました。
〈アラキドン酸〉
 最近注目されている脂肪酸の一つで、生体内ではリノール酸から生成され、さらに様々な生理活性物質を作ります。二重結合を4つ持っています。
〈DHA、EPA|魚油〉
 学習機能向上、抗ガン、抗アレルギー、抗血栓などの効果で、今最も注目されているのが、魚油に含まれているDHAやEPAです。
 ところが、酸化の面からは、DHAは炭素数が22、二重結合が6、EPAは炭素数20、二重結合5と、二重結合の間に挟まれた水素がDHAには10、EPAには8あり、非常に酸化に対して不安定になります。
 今、カマボコ、ミルクなどいろいろな物にDHAを添加することが言われていますが、酸化に対して非常に不安定であることを常に認識して欲しいと思います。

酸化反応系によって異なる 脂質の酸化防止法

原 それでは、脂質の酸化をどう防ぐかゥゥ酸化反応の3つのメカニズム(表1)に応じた種々の方法が考えられています。
a酸素を除く(窒素置換、真空パック、脱酸素剤)
 まず第一には、酸素との接触量を減らすことです。
 真空パック、不活性ガス(窒素)による置換、また、最近は鉄を主成分とする脱酸素剤で、容器内に存在する酸素を除く非常に有効な方法も用いられています。
b光、熱、放射線を遮断する(包装、低温)
 二番目としては、ラジカル反応の開始や、一重項酸素の生成を防ぐ意味で、光、熱、放射線等のエネルギーを当てないことが大事になります。
 光の包装による遮断法としては、特にアルミパックが有効です。
 酸化の反応速度は温度によって左右されるので、酸化の進行を遅らせる意味で低温保存が非常に大切になります。但し、低温保存で反応速度は遅くはなりますが、脂質からヒドロペルオキシドへの反応は確実に進むので、冷蔵庫に入れたから全く安全というわけにはいきません。
d酸化促進物質の除去(精製)
 一重項酸素を作るクロロフィルなどの酸化促進物質を、精製除去することが行われます。
 但し、精製は逆に酸化しやすくしている面もあり、油で言えばトコフェロールなど天然の抗酸化物質も除かれてしまいますので、後からまた添加するという手間をかけています。精製のし過ぎには問題があると思います。
e金属イオンの触媒作用の抑制(金属不活性剤)
 鉄イオンなど金属イオンは酸化を促進します。精製の過程で除去される他に、金属不活性剤(例えばクエン酸)を添加して金属を不活性化することが行われます。クエン酸は金属をトラップして酸化の促進作用をなくしてしまう作用をもっています。
 また、ビタミンC(アスコルビン酸)は水性のラジカルをトラップする働きを持ちますが、同時に金属不活性剤としての働きがあります。
fラジカルの安定化(抗酸化剤)
 ラジカルの安定化、ラジカルの連鎖反応を停止する、酸化防止剤があります。
 ビタミンE(トコフェロール)は、脂質ラジカルの連鎖反応を断ち切って酸化を防止します。
 β・カロチンは、一重項酸素消去剤と言われ、一重項酸素をトラップし、消去する作用を持ちます。
g熱処理
 酵素酸化については、熱処理をして酵素を不活性化する方法もあります。
 また、過酸化物であるヒドロペルオキシドは熱に対して不安定で、加熱すると分解されてしまいます。煮干など干物は加熱して食べることが大切です。
h不飽和脂肪酸を飽和脂肪酸に代える(水素添加)
 以上が代表的な酸化防止法ですが、他に、二重結合の部分に水素を添加して、不飽和脂肪酸を飽和脂肪酸に変えることが行われます。マーガリンはこの方法で、魚油の高度不飽和脂肪酸を飽和脂肪酸にして固体化しています。最近の植物油を使ったマーガリンでは、部分水素添加を行い、リノール酸をうまく残したリノール酸含有マーガリンが人気を呼んでいます。これは全部水素添加したものに比べると、酸化に対する安定度は落ちます。
 以上、酸化防止は、脂質の酸化反応のメカニズムがいろいろ複合しているので、今述べた方法をうまく組み合わせることで、より効果的になります。

食品に含まれている 天然の抗酸化物質

原 油脂の抗酸化剤は、以前はBHTやBHAなど強力な酸化防止力を持つ合成製剤が使われていましたが、発ガン性が問題になって、今は使われていません。現在使われている油脂類の抗酸化剤は、殆どトコフェロール(ビタミンE)です。
 最近、天然の抗酸化成分の研究が進み、天然物からは優れた抗酸化物質が次々と発見されています。まだ、実際の食品に添加して使う段階には入っていませんが、今後、使われるようになる可能性は大きいと考えられています。
〈小麦胚芽、植物油に多い
ビタミンE〉
 ビタミンEはそれ自体非常に酸化しやすく、油よりも酸素と反応しやすい性質を持っています。だからこそ自分がまず身代りになって酸素に攻撃され、油の酸化を防いでいます。
 ですから、ある一定以上添加すると、逆にどんどん酸素を取り込む結果となり、むしろ酸化を促進する結果を招きます。
〈胡麻油に含まれるセザモール〉
 胡麻油はリノール酸を豊富に含むため不飽和度は高いのですが、非常に安定性がいい。それは、胡麻油に含まれているセザモールという成分が、強力な抗酸化作用を持っているからです。
〈米糠油のフェルラ酸〉
 米糠油の中に入っているフェルラ酸も、非常に高い抗酸化作用を持っています。
〈お茶に含まれる
没食子酸プロピル〉
 また、例えばお茶などに含まれている没食子酸プロピルというものにも、抗酸化性があると研究されています。
 この他、お茶や柿に含まれているタンニンやカテキン、また海藻などにも非常にいい成分が入っていることが見出されます。
 この様に、植物はそれ自身天然の酸化防止成分を備えており、酸化から我身を守っています。食事面から言うと、いろいろな食品をバランス良く摂っていれば、当然これらの天然の抗酸化物質が入って来るわけで、生体とはある意味で非常にうまく出来ていると思います。

食品の酸化防止は ピーナッツ、煮干を除いて 殆どクリア

原 酸化防止にはいろいろな方法が行われていますが、それでは現状ではどうなのかゥゥ私共が基準値(酸価は3以下、過酸化物価が30以下)に照して、油を多く含む食品の過酸化物価を計った結果、100%合格したものが殆どでした(表3)。
 ところが、ピーナッツと煮干は不合格の割合が高く、原因は元々油を含んでいるところにあります。ポテトチップスやかりん糖など調理上、後から使った油に対しては、まず油の段階で精製が進んでいますし、酸化が防げる状態を人間は作り出せます。
 しかし残念ながら、ピーナッツの油や煮干の油は、その酸化のメカニズムも単純ではなく、いろいろな作用が考えられ、酸化防止は難しいのが現状です。
 但し、ピーナッツメーカーによっては独自のノウハウで酸化防止に成功しているところもあります。煮干は火を通すことで過酸化物が分解されます。
 他に食品の酸化で問題となるのは、お店や家庭での保存状態と使用法ですね。それでも酸化した食べ物は風味が低下し、嫌な匂いもするので、飽食の日本では、それを食べて中毒を起こす心配は殆どないと思います。
 そういうことで、食品に対しての過酸化脂質の影響や問題は現在、殆どクリアしていますが、魚油のEPAやDHAに関してはまだまだで、私共も魚の油をより安全に使うにはどうしたら良いかを現在研究しているところです。

第2部
生体内の過酸化脂質
体の中の脂肪と、過酸化脂質 生体内脂質と機能

ゥゥ第1部では食品中の過酸化脂質についてお話を伺いました。
 過酸化脂質生成のメカニズムは、生体も食品も同じであるということでしたね。
原 生体内で過酸化脂質が生成するメカニズムは、食品中の過酸化脂質と同様、生体脂質に含まれている不飽和脂肪酸が、体内で生成された活性酸素やフリーラジカル、また、生体が備えている酸素添加酵素などによる酸化反応です。
ゥゥ生体の脂質中、不飽和脂肪酸が多く含まれているのは?
原 生体の脂質は体の重要な構成要素で、循環脂質、構造脂質、貯蔵脂質の3つに分けられます(図1)。
 循環脂質とは、血液やリンパ液に含まれ、体内を循環している脂質です。成人病と関係の深いコレステロールやトリグリセリド(中性脂肪)などが含まれています。
 構造脂質とは、細胞膜などを構成している生体膜の成分としての脂質です。主にリン脂質とコレステロール類で、細胞膜の構造を流動的に保つために含まれていると考えて下さい。
 貯蔵脂質とは、いわゆる皮下脂肪などの脂肪組織で、トリグリセリド(中性脂肪)が多く含まれています。
「構造脂質」は
過酸化脂質化されやすい
原 この中で、その役割上、不飽和脂肪酸が多い構造脂質が、最も酸化に関与するといわれています。
 構造脂質は生体膜の流動性を保つ役割から、メルティングポイント(融点)が低い不飽和脂質が多いと都合がいいからです。
 例えば魚で考えた場合、水温の低いところに棲む寒流魚は、暖流に棲む魚より体内脂質として不飽和脂質を多く含んでいます。
 寒い環境に生息する生物は、不飽和脂質が多くないと、生体膜が固まってしまって役に立ちません。このように、生体は生存環境に応じて、どの位のメルティングポイントを持った脂質が必要かゥゥという調整をしているわけです。
 人間の場合も、人間が暮らしている温度で、生体膜が流動性を保つためには、リノール酸などの不飽和脂肪酸を主な構成成分とする脂質であることが必要になります。しかし、食品の過酸化脂質でお話したように、リノール酸というのは非常に酸化しやすい脂肪酸で、つまり、活性酸素やフリーラジカルの標的になりやすいわけです。
ゥゥリノール酸系列の油などの過剰摂取や、過酸化された食品の摂取が、生体内の過酸化脂質を増やすことにつながりますか。
原 全く影響がないとは言い切れませんが、それはあまり関係ないと考えられます。

生体内での 過酸化反応の役割
"過酸化反応‖悪"ではない

ゥゥ生体内で生成された過酸化脂質は、疾病や老化の原因になると言われていますね。
原 過酸化脂質や活性酸素の害が一般にも大分知られるようになり、皆さん、"過酸化脂質‖悪"というイメージをお持ちかと思います。しかし、生体の過酸化反応、過酸化脂質の全てが、体に悪いわけではないことを理解して欲しいと思います。
 生体の脂質の過酸化反応は、a生理的な過酸化反応と、b病理的な過酸化反応ゥゥの2種類に分けられます(表1)。aの生理的な過酸化反応は、酸素添加酵素によって過酸化脂質を作る、生体にとって重要な反応です。

1.生理的反応 (体に有用な酵素的酸化反応)

ゥゥ活性酸素も白血球の産生に関与するなど、生体に有用な働きをすると聞きます。過酸化脂質の場合は、どのような有用性があるのですか。
原 酵素反応については食品のところで少し触れましたが、例えばリポキシゲナーゼ、シクロオキシゲナーゼなどの酸素添加酵素が、リン脂質から酵素によって遊離した高度不飽和脂肪酸に働いて、プロスタグランジンやロイコトリエンなどの生理活性物質を作り出します。
 酵素的な酸化反応は生体内で制御されている反応で、その結果として作り出された過酸化脂質は、体にとって大切な生理活性物質を生み出して体の中で働いています。

2.病理的反応 (活性酸素による 非酵素的酸化反応)

ゥゥ生体にとって悪玉となる過酸化脂質は、活性酸素やフリーラジカルによる非酵素的酸化反応によって、生成されたものと考えていいわけですか。
原 そのように理解していいと思います。
 生体内のリン脂質やコレステロールに、活性酸素が(ラジカル的、あるいは非ラジカル的に)反応して生じた過酸化脂質ですね。これが体の中の酵素や細胞膜、或いは遺伝子を傷つけ破壊し、免疫力を低下させ、疾病や老化もたらすと言われています。
 体の中の酸化反応は、酸素をうまく使って制御されている時は良いのですが、一旦間違って活性酸素が多く出来てしまったりすると、それが体に悪い影響を与える過酸化脂質を作ってしまうということになります。

生体における 過酸化脂質の防御システム
四段階の防御システム

原 しかし一方で、生体は、そういった有害な脂質酸化反応に対し、非常に優れた防御機構を備えています。
 体の中で活性酸素の害を除くことが出来なければ、生物は酸素に囲まれたこの地球環境では生きていけないわけですから、酸素の毒から身を守る遺伝的な仕組みがきちんとプログラムされているわけですね。
 その防御システムは、次の四つのステップでなされると言われています(イラスト、表2)。
表2 活性酸素に対する生体内防御システム
【ステップ1】活性酸素の生成の抑制
カタラーゼ過酸化水素の分解
グルタチオンペルオキシダーゼ過酸化水素・脂肪酸ヒドロペルオキシドの分解
ペルオキシダーゼ過酸化水素・脂質ヒドロペルオキシドの分解
グルタチオン‐S‐トランフェラーゼ脂質ヒドロペルオキシドの分解
トランスフェリン・フェリチン鉄イオンの安定化
スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)スーパーオキシドの不均化
カロテノイド一重項酸素の消去
【ステップ2】生成したラジカルの捕捉・消去・安定化
ビタミンC(アスコルビン酸)水溶性ラジカルの捕捉、脂溶性ラジカルの
尿酸・ビリルビン捕捉型抗酸化剤の再生
ビタミンE(トコフェロール)脂溶性および水溶性ラジカルの捕捉安定化
ユビキノール、カロテノイド
【ステップ3】生じた傷害の修復・再生機能
リパーゼ、プロテアーゼ、DNA修復酵素膜脂質、タンパク、遺伝子の修復および再生
アシルトランスフェラーゼ
【ステップ4】抗酸化酵素・抗酸化物の産生、特定の場に遊走させる機能

a生成の抑制

 まず第一番目は、いろいろな活性酸素やフリーラジカルを、必要以上に作らないようにする抑制システムです。
 例えば、スーパーオキシドに対してはSODというように、各活性酸素に対してはそれぞれ決った抗酸化酵素が、生成を抑制しています。また、カロチンなどは、一重項酸素の生成抑制に働きます。
b活性酸素の消去
 第二番目としては、それでも生成してしまった活性酸素に対しては、それを消去する作用があります。イラストでは、出来てしまった活性酸素を落とし穴に落として、トラップしていますね。
 活性酸素消去物質として、水溶性のラジカルに対してはビタミンC(アスコルビン酸)、尿酸、脂溶性のラジカルに対してはビタミンEやユビキノール、またカロチンなどがあります。
c傷害の修復
 それでも酸素による傷害が起こってしまった場合は、各種酵素類によって、傷害をどんどん修復し、被害が広がらないようにする作用があります。
d新たな防御物質の抑制
 さらにそれでも間に合わない場合には、新たな防御機能を持つ防御物質を生成し、その場に遊走させるという機能も生体にはあると言われています。

老化と過酸化脂質 人間が長寿なのは

原 このように、生体はさまざまな防御機構を備えて酸素の毒から身を守っているわけですが、特に、人間は生れながらにして非常に優れた防御システムを持っているために、他の動物よりずっと長く寿命を保っています。
 例えばネズミ、サル、霊長類の、肝臓や心臓、脳といった各器官のSOD活性を比べてみますと、人間はどの部分についても、活性が高いのです。
 SODの活性と寿命は比例すると言われています。

老化に伴って、 過酸化脂質は増えるか

ゥゥ過酸化脂質は老化に深く関係していると言われています。加齢に伴って、過酸化脂質は増えるのですか。
原 必ずしも全てがそうであるとは言い切れないんですね。
 私共では、年齢別で正常な方や、いろいろな病気の方の、血清中の過酸化脂質量を測っております。
 表3は、20歳から80歳までの正常な方の血清過酸化脂質量を測定した結果です。
 正常な方の場合、男性は40代位が一番高くなっているものの、女性では殆ど変化がなく、血清脂質では、加齢によって必ずしも過酸化脂質が増えるわけではないことを示しています。
 一方、脳の場合は、加齢に従って過酸化脂質の量は増えるのですね。
 表4は、脳の過酸化脂質量を測った実験結果で、東京都老人研究所と私共とが共同で行ったものです。人間での測定は不可能なので、ラットの脳の組織で測定したのですが、脳ではやはり、過酸化脂質の量が加齢と共にゆっくり上がってきました。
 脳は体の中で最も酸素供給量の多い臓器ですから、酸素の影響を一番受けやすい器官であるからだと思われます。
 血清中の脂質は先程お話した循環脂質なので、絶えず変化しています。要するに、蓄積されている脂質ではないので、年齢による影響はないわけですね。それに対し、脳の過酸化脂質は蓄積されていきますので、加齢に伴ってその量が増えていくのだと思われます。

加齢色素「リポフスチン」

ゥゥ脳のリポフスチンがどの位あるかで年齢が大体推定できると言われますね。
原 リポフスチンは、過酸化脂質がさらに分解したものに蛋白質が結合して出来た加齢色素ですね。蛍光を発する色素で、老人性のシミも同じです。
 私たちのデータは、脳の組織から抽出した油の中の過酸化脂質「ヒドロペルオキシド」の量を測定した結果で、リポフスチンとは違いますが、意味あいとしてはほぼ同じことだと思います。
 やはり、年齢が高くなるに従って、生体内のコントロールが悪くなり、なんらかの形で活性酸素が多くできて、酸化を促進するのだと思われます。

疾病と過酸化脂質 脳血管疾患、高血圧、 ガン、肝臓疾患は、 血清過酸化脂質が多い

ゥゥまた、多くの成人病に過酸化脂質が関与していると言われています。病気の人は、やはり過酸化脂質量が多いのですか。
原 図2は、18種類の病気の患者さんの、血清過酸化脂質量を測定した結果です。
 点線範囲を正常範囲としますと、脳血管疾患や高血圧疾患では約3割、ガンと肝臓疾患では約2割の方が、正常範囲を越えており、これらの病気の方では、血清過酸化脂質量が高い傾向にあることが分かります。
 但し、ガンでは低い方もいらっしゃるので、ガンの種類によって、違いがあるのかもしれません。
 原因か結果か
ゥゥこの結果から、過酸化脂質が疾病の一原因になっていると言えますか。
原 過酸化脂質と病気に関しては諸説出ていますが、過酸化脂質が病気の原因になるのか、逆に、病気になった結果過酸化脂質が蓄積されたのか、つまり原因であるのか結果であるのかは、まだまだ議論が分かれているところです。
 例えば未熟児網膜症のように酸素濃度が高い環境で、一番弱い網膜が酸素の攻撃を受けて過酸化脂質が生成したケースでは、明らかにそれは結果であるといえます。しかし、その他の疾病に関しては、まだはっきりしたことは言えないと思います。

脂質の他に、蛋白質や核酸も 活性酸素の攻撃を受ける

原 化学の分野では、原因と結果がはっきりしているのに対し、医学では複雑な人間的要素が入ってくるので、公式通りには中々いきません。ですから、医学的因果関係の究明は、お医者様におまかせしています。
 これらの医学に関する研究においても、私共はあくまで方法論を述べているわけです。過酸化脂質にはいろいろなものがありますし、測定する目的をきちんと限定して、特定の過酸化脂質がどのように関連するかを、きちっと押えていかないと正しい結論は得られないと考えております。
 結論から言えば、活性酸素によって脂質が一番攻撃されやすいのですが、蛋白質とかDNA(デオキシリボ核酸)なども攻撃されます。蛋白質もDNAも、生体の中で活性酸素やフリーラジカルの影響を受けて、DNAが切断されたり、蛋白質が変性させられたりしています。蛋白質の変性では、酵素の失活にもかかわって来るので、こういうことから、過酸化脂質の生成を抑制する酵素が失活することもあり得るわけです。
 生体内の過酸化反応については、こういうことが全て複合された結果として、病気や老化に結びついていると考えられます。
 特にこれからは、全ての過酸化脂質を一まとめにして考えないで、例えばリン脂質の酸化したもの、コレステロールの酸化したものなどが、それぞれどのように健康に影響してるかという議論をしていかなければいけないと思います。
 現在の分析技術は、そこまで細かく測定できるようになって来ていますから。
(インタビュー構成 本誌 功刀)