急速に高齢化している日本で、骨粗鬆症の予防は緊急課題
日本女子大学家政学部 食物学科(医学博士) 江澤郁子先生
骨粗鬆症↓寝たきり↓痴呆症
骨粗鬆症を予防する
骨を強くする食生活と日常の身体活動
浜松医科大学の調査によると、現在日本の高齢者で骨粗鬆症にかかっている割合は女性では65歳で約半数、80歳で約8割、男性でも80歳で約半数、推定患者数は約500万人で予備軍を含めると1、000万人は潜在すると言われる。
骨粗鬆症では骨がもろくなるため、容易に骨折しやすくなる。骨折(特に大腿骨頚部)が寝たきり状態を引き起こし、それがまた痴呆症を引き起こすことが言われている。高齢化につれて患者数はますます増えることが予想され、そうなると介護や医療費の問題も加わって深刻な事態を迎える。
江澤先生は、日本で高齢化が目立ち始めた1970年代初頭、まだ一般に理解が得られていなかった頃より骨粗鬆症に注目。以後今日まで、骨粗鬆症、骨強化の研究に取り組み、来るべき本格的な高齢化社会に向けて、精力的に予防のための研究と啓蒙運動を続けている。
今月は江澤郁子先生に「骨粗鬆症の予防
骨を強化するには」というテーマでお話を伺った。
骨粗鬆症とは
人生50年の時代には
間に合っていた骨塩量
・・骨粗鬆症の増大は、高齢化社会の反映と言っていいでしょうか。
江澤 骨粗鬆症は、人生50年と言われた時代には殆ど問題なかったと思われます。
骨というのは大体18〜20歳までに形成され、最大骨量のピークを迎えるのは30歳代、以後加齢に従って徐々に骨量が減っていきます(図1)。それでも50歳位までは、何とか骨量をまかなえるので大体大過なく過せます。
その後骨量は減り続け、特に女性は閉経期以降急速に減り、高齢に従って貯蔵量は底をついて来るので、食事や運動にかなり気をつけないと骨粗鬆症を招くことになります。
何故、骨の量が減るか
・・骨量、骨の量が減るというのは、骨中のカルシウムが減ると考えていいのですか。
江澤 簡単に言えばそういうことですが、骨の構成は、有機質の蛋白質(コラーゲン)を主体とする基質と、カルシウムとリンを主体とする無気質の骨塩(リン酸カルシウム)から出来ています。骨量とは正確には基質と骨塩を合わせた量で、特にカルシウムが主体となります。但し、骨密度は、骨塩の量だけで測ります。
・・骨の量が減るのは何故ですか。
江澤 骨はゆるやかながら常に代謝を繰り返して徐々に入れ替わっており、古くなった骨は溶かされ、新しい骨が形成されています。つまり骨形成と骨溶出が絶えず行われてバランスを取っています。
この骨の代謝機能は年齢によって、発育期には骨を作る働きが促進し、成人になるとほぼバランスが取れ、高齢になるにつれてだんだん骨が壊される方に傾き、加齢に従って骨量は目減りしていきます(図1)。
生理的骨量減少を基盤に、 さまざまな原因が関与
・・老化による骨量減少と骨粗鬆症は違うのですか。
江澤 骨粗鬆症では、加齢による生理的骨量減少に加え、さまざまな因子が関係して骨の溶出が病的に進み、骨が病的に弱体すると考えられています。
骨粗鬆症の骨はこの写真のように密度が粗(あら)く、まるで大根にス(鬆)が入ったようにスカスカになり、重量も軽くなります。
こういう骨では「慢性の腰痛」を訴えるケースが殆どで、背中や腰のしつこい痛みで病院を訪れる人の80%は骨粗鬆症だと言われています。
高齢に従って、尻もち、つまづく、転ぶ、打撲、ひねる・・など、ちょっとしたことで手首や太もものつけ根、腰などの骨が折れやすくなります。大腿骨頚部(太もものつけ根)骨折では、その後寝たきりになる恐れがあり、そうならなくても歩行能力が衰える人は約半数に達します。
また、体が縮んで背が低くなってきたり、背中が曲ってきたりするのも骨粗鬆症の一つの特徴です。
・・関係する主な因子としては、何があげられますか。
江澤 生理的減少を基盤に、
・閉経(女性ホルモンの不足)・栄養のアンバランス(特にカルシウム不足とビタミンD不足)
・運動(活動)不足・・の因子が大きく関与しています。
・・ということは、食と運動を柱に日常生活の工夫で、骨粗鬆症を防ぐことができるわけですね。
閉経期以降の女性が特にかかりやすいのは何故ですか。
江澤 閉経後急速に骨の量が減るのは、女性ホルモンの一つエストロゲンが急激に減少するからです。エストロゲンは主に、骨にカルシウムを蓄え、保護する働きをしています。若い人でも卵巣を摘出すると骨粗鬆症にかかりやすくなります。
食生活から骨を強化
1.カルシウムの摂取
江澤 栄養では、何と言ってもカルシウムの摂取が重要ですが、日本人の1日平均摂取量は約550mg前後と、所要量600mgを常に下回っている栄養素です。飽食の時代に入っても尚、カルシウムが不足しているということは、如何にカルシウムが摂取しにくいミネラルであるかを物語っています。
・・先生は、カルシウム源として牛乳を推奨されていますね。
江澤 牛乳1本(200cc)でカルシウム200mg摂れることを考えれば、乳・乳製品を抜きに所要量を満たすのは容易なことではありません。
牛乳カルシウムの吸収率についても、動物実験では明らかに良い結果が得られました。卵巣摘出ラットを対象にしたので、閉経期以降の女性のカルシウム吸収率の参考になるデータだと思います。
だからといって、牛乳だけからカルシウムを摂ればいいということは全くないのであって、小魚、緑黄色野菜(小松菜では100g中200mg含有)、大豆、海藻などの摂取も他の栄養素とのバランスから言って、重要です(表1)。
・・先生は、乾物類も勧められていますね。
江澤 煮干しや桜えびを始め、切り干し大根や凍り豆腐はカルシウムの宝庫です。胡麻などナッツ類、海藻もカルシウムが多く、こういった乾物類を台所に小分けに置いて、料理や間食に手軽に利用して乾物をもっと活用して欲しいですね(表1)。
・・牛乳カルシウム吸収率の動物実験では脱脂粉乳を用いられていますが、牛乳より脱脂粉乳の方がカルシウム吸収がいいのですか。
江澤 そういうことではありません。スキムミルクは、味噌汁やスープ、カレー料理などに入れるとコクが増して美味しくなる上、乾物と同様に保存が効き、手軽に利用しやすい食品です。料理に使えば、牛乳を飲みつけないお年寄りでも抵抗なく摂りやすいことも考慮して、実験に用いました。
イワシも骨ごとすりつぶして生姜などの香味野菜を入れ自家製の「つみれ」にすれば、魚嫌いも、歯の弱くなったお年寄りも食べやすくなります。
このようにカルシウムは、
・多くの食品からバランスよく摂る、
・調理に工夫をこらす・・など、意識して摂取に心がけないと、本当に摂りにくい栄養素です。
その一方で、カルシウムを多く含むいろいろな食品を駆使して料理を工夫すれば、お年寄りの好む和食でも十分、カルシウムを摂ることができます。
・・カルシウム剤の利用はどうでしょうか?
江澤 あくまで食品からの摂取をメインに、食が細くなりがちな高齢者、また外食などの機会の多い人が、補助として上手に利用するのは悪くないでしょう。
その場合は、カルシウムをイオン化するために食後に摂ることです。食後は胃酸の分泌が高まってカルシウムが溶けやすくなり(イオン化)、吸収しやすくなります。
高齢になると胃酸の分泌も低下して来るので、高齢の方は特に食後に摂る注意が大切です。
なお、胃酸不足を補う意味で酢の物などもお勧めできます。
2.ビタミンDも不足がち
・・カルシウムの吸収を助ける栄養素はビタミンDが知られていますが、ビタミンDも不足傾向にあるのですか。
江澤 ビタミンDは日光(紫外線)にあたることで皮下で合成される他、食物からの補給が必要です。最近極端に紫外線を避ける工夫がもてはやされたり、魚離れの風潮などが、ビタミンD不足に影響を及ぼしている可能性があると考えられます。
食べたカルシウムが腸からうまく吸収され、骨に定着していくためには「活性型ビタミンD」が必要です。ビタミンDは魚や椎茸類に多いのですが、食べ物から入ってきたビタミンDは不活性型でそのままではあまり役にたたず、肝臓や腎臓で活性されて始めて腸からのカルシウムの吸収を助けます。
老人では、腎臓機能の低下や戸外に出る機会が少なくなることで、さらにビタミンD不足が心配されます。
3.カルシウムの吸収を助ける 栄養素
・・ビタミンDの他に、カルシウムの吸収を助ける栄養素にはどんなものがありますか。
江澤 まず蛋白質ですね。
蛋白質は骨の基質(コラーゲン)としても重要です。骨を鉄筋コンクリートにたとえれば、鉄筋が蛋白質、コンクリートが骨塩にあたります。主成分となる蛋白質、カルシウム、リンの3つの栄養素がバランスよく摂れていないと、健全な骨はできません。
・・高蛋白食は、カルシウムの尿中排泄を促進すると言われますが。
江澤 日本人においては、まだカルシウムの尿中排泄を促進する程迄には過剰摂取されていないと思われます。
そうではあっても、蛋白源も偏らずに、多くの食品から過不足なくバランスよく摂ることが大切です。
・・他にカルシウムの吸収、骨の代謝に必要な栄養素は?
江澤 乳糖はカルシウム吸収を助けます。各種ビタミンや、リンやマグネシウムのミネラルも骨の形成、また吸収や代謝に必須です。
ビタミンでは、A(骨芽細胞と破骨細胞の分化と活性)、C(コラーゲンの生成)、K(骨形成、石灰化)など強い骨を作る上で必要です。
4.リンの問題
・・骨塩にはカルシウムの他、リン、マグネシウム等が含まれています。現代型食生活はリンが過剰ぎみで、マグネシウムが不足ぎみの傾向にあると言われていますね。
江澤 どちらも加工食品、動物性食品の摂り過ぎが関係します。
リンは動物性食品に多く含まれる他、加工食品の多くにリン酸塩が(保水、発色、糊着、乳化、調味、醸造等を目的に)添加されています。また、マグネシウムは無精白穀類、豆類、海藻に多く含まれており、特に精製の過程で失われがちなミネラルです。
・・リンの過剰摂取がカルシウム代謝を狂わせることで、問題視されていますね。
江澤 リンはカルシウムに次いで骨の主要ミネラルですが、リンの摂り過ぎは腸からのカルシウム吸収を阻害する上、カルシウム代謝の上で問題となり、リンが多くなると尿中カルシウム排泄を促進します。
ただでさえカルシウムが不足の上に、リンが過剰に傾きやすい現代では、加工食品に偏らない注意が必要です。
運動による骨強化は、 日常生活で快適に 体を動かすことが鍵
江澤 そして、カルシウムが骨に沈着するためには運動が必要です。現代では、骨粗鬆症の大きな要因の一つに、生活の合理化や自動化で身体活動が少なくなっていることがあげられます。
・・激しい運動は、かえって骨量減少を促すと指摘されていますが。
江澤 マラソンやトライアスロンなどの激しいスポーツは、骨のカルシウムを消耗すると報告されていますね。
動物実験でも、私どもが自由運動をさせたネズミは1日平均1kmほど走って骨量が増えましたが、別の実験で、強制的に毎日3kmも走らせた実験ではかえって骨量が減少してしまったと報告されています。また、水中運動でも毎日10分間運動したネズミの方が、70分運動したネズミより効果が大きい結果が得られました(図3)。
若いうちからその人にあったスポーツを適度に行なうことが骨粗鬆症予防に勧められますが、高齢になってスポーツを始めるのは無理や危険が伴います。日常生活の中で体を快適に動かすことが、如何に重要かと思います。
1.立ったり座ったり
江澤 無重力状態、寝たきり状態が長いと骨密度が低下します。立った姿勢が1日3時間以内だと、骨量が減るとの報告もあります。
立ったり座ったりの動作は、足腰を鍛える上に重要です。
カルシウム不足を指摘される日本人ですが、高齢者の太腿骨頚部骨折の発生頻度は欧米人に比べて低いと報告されています(図4)。立ったり座ったりの機会が多い日本の生活様式が、転びにくくし、ひいては骨折しにくい一因になっていると考えられます。
2.歩く
江澤 歩行は最も基本的な身体活動です。こまめに買物に行ったり、散歩をして、よく歩くことに心がけましょう。
3.小物は手で洗濯
雑巾がけも効果的
江澤 骨粗鬆症では手首の骨折が目立ちます。布巾やハンカチなど小物は手で洗って手で絞る習慣をつければ、手首の筋力や骨を強化するのに役立ちます。また、雑巾がけでは足腰の鍛練になります。
毎日の生活でこの様に、こまめに立ち働くことが出来るのは幸せなことであり、生き生きと暮らすことにもつながります。
4.高齢者や寝た切りの人は
水中運動
江澤 すでに足や膝が痛い人では、散歩も容易ではありません。
そこで、水の浮力を利用して体を動かすことに着目し、動物実験を行いました。月齢の高い卵巣摘出ラット(閉経後の女性の参考になる)は、沈まない程度にバチャバチャやるだけですが、それでも効果が顕われ、特に海綿骨の多い腰椎で効果がよく顕われました。
私たちは60歳以上の泳げない女性を対象に、温水プールの中で歩いたり跳ねたりの自由運動を実施してもらいました。実施前と実施後は明らかに骨密度が上がり、また非運動群との比較でも差が明確でした(図5)。
寝たきりの状態でも、介助者がお風呂の中で手足を動かしてあげれば、それだけでも筋肉や骨の衰えを防ぐことができます。
偏食の時代と骨粗鬆症 若い時から予防を
・・若い女性の、骨粗鬆症予備軍の増加が問題になっていますね。
江澤 若い時に最大骨量を高めておけば、たとえ生理的に骨が減っていっても、骨粗鬆症と判定される迄に減るのはかなり先になります。その意味からも、若い女性の骨量低下は問題です。
原因は偏食、ダイエット、痩せ志向が考えられます。
一般に痩せている人は骨粗鬆症になりやすい傾向にあり、痩せる必要もないのにダイエットでさらに体重を落とすなど、骨粗鬆症の予防から言ってもとんでもないことです。
・・若いうちは健康より美容に関心が高い。
江澤 痩せ過ぎが美容にいいか疑問ですが、健康への意識が低いのは心配です。私は、若い人への適正な栄養摂取の啓蒙が、骨密度低下傾向、また将来の骨粗鬆症予防につながると考えています。
骨密度を測ることも予防につながります。本研究室は骨密度測定装置(二重エネルギーX線骨密度装置)を導入し、健康管理にも役立てています。先日測定した学生が「骨密度を高めることを卒業までの一目標にします」と言っていました。目標を持つと生活全般が活性化されるので、その意味でも良かったと思っています。
・・子供の骨も骨折しやすくなっていると聞きます。
江澤 満たされた中で偏りがある・・つまり、何でも食べる時代は、好きなものだけを食べる偏食の時代でもあります。
また、日常の身体活動も少なくなり、また偏っているせいか、今の子は反射的動作がうまくできない傾向があります。気分が悪くなって倒れこむ時もいきなりバタンと倒れる、転び方もうまくない。運動神経で言えばこのように反射神経が鈍くなっているのも、骨折しやすくなった一因と思われます。
偏食、活動不足、生活リズムの狂いと生活全般の乱れが、子供たちの体をおかしくさせています。今の子供たちが高齢になると、骨粗鬆症になる率はさらに高くなることが心配され、若い人達の健康対策は急務であると考えています。
・・最後に、現在骨粗鬆症にかかっている方にメッセージを。
江澤 骨粗鬆症と診断されてからでも、食事や活動など日常生活の仕方で改善が可能です。
住いの改善も含めて、転ばないよう、骨折をしないよう、十分気をつけながら、少しでも進行を防ぐ工夫をし、諦めずに回復への目標を掲げて、意欲をもって毎日を生き生きと過して戴きたいと思います。
(インタビュー構成 本誌記者 功刀)