都市型ゼンソクの主犯
ディーゼルエンジンの真っ黒いススが生み出す活性酸素(DEP)
薬学博士 国立環境研究所 地域環境総合研究部門
大気影響評価研究チーム総合研究官 嵯峨井勝教授
疫学調査を裏付けた 国立環境研究所の研究成果
ディーゼルエンジン車の排ガスを中心にした大気汚染の拡大と、喘息、花粉症、アレルギー性鼻炎などアレルギー性呼吸器疾患の急増は軌を一にしている。
中でも喘息は、NO高濃度汚染地域ほど多いことが調査され、NOは都市型喘息の原因物質として強く疑われていた。しかし、NOは症状を悪化させる物質であっても、直接原因物質となることを裏付ける研究はなかった。
国立環境研究所の大気影響評価研究チームは、ディーゼル排ガス中の黒いスス「DEP」が体内で活性酸素を発生させ、この活性酸素が喘息や慢性気管支炎などの症状を引き起こすことを動物実験で突き止めた。この研究によって、都市型ゼンソクの原因がDEPにある可能性が高いことが示唆され、併せて都市型ゼンソクは遺伝に関係なく発症することも示唆された。
研究を担当された嵯峨井先生に、DEPによる喘息様症状発現のメカニズムを中心に、活性酸素やアレルギー反応などについてお話を伺った。
抗原抗体反応によらない
アレルギーの実証
ゼンソクの本態は、
抗原抗体反応から炎症へ
――NOと共に、ディーゼル排ガス中の黒いスス(DEP)が、花粉症などに関係していることは前から言われていましたが。
嵯峨井 ええ。それと強力な発ガン性ですね。DEPに含まれるベンツピレン、ニトロピレン、ニトロアレンなどがガンを引き起こすと言われていました。しかし、気管支喘息や慢性気管支炎などの「気道傷害」がディーゼルエンジンの真っ黒いススで起きるかどうかは、今まで殆ど調べられていなかったのです。
――DEPが喘息の原因物質であることは、先生方の研究で始めて突き止められたということですね。
ところで喘息は、近年、アレルギー性の病態というよりむしろ、炎症が本態だといわれています。今回の実験は、それを証明したと考えていいのですか。
嵯峨井 正確にいいますと非アレルギー性ではなく、「非アトピー性」ですね。喘息がアレルギーによって起こることには違いはありません。
「アトピー性」とは、1.抗原抗体反応で起きるアレルギーで、IgE(免疫グロブリンE)という抗体の値が高い、2.原因物質(抗原)に暴露されても発症する人としない人があり、遺伝的素因が背景にあるなどの条件で定義されます。
今まで、アレルギーの殆どは、「抗原抗体反応」によって起こると説明されていました。しかし喘息患者さん、特に大気汚染地区の喘息患者さんではIgE抗体値が決して高くないことが分かっています。最近の医学でも、喘息の本態は「炎症性」であるという意見に変わりつつあるのですが、私達の実験は喘息の本態が「炎症性」であることを裏付ける結果にもなりました。
抗原抗体反応による アレルギーのメカニズム
嵯峨井 「抗原抗体反応」によるアレルギーとは、例えばハウスダストとか花粉だとかの中の蛋白質、こういった人体に異種の蛋白質がアレルゲン(アレルギーを起こす原因物質。抗原成分)となり、それに対抗する物質「抗体(主にIgE抗体)」が体内で沢山生産されると、花粉症や喘息、皮膚炎だとかのアレルギー性の炎症を起こすというものです。
図で従来いわれて来たアレルギーのメカニズムを説明しますと(図2|A)、
・抗原成分が体内に入る。
・免疫細胞の一つマクロファージ(大食細胞)が抗原成分に接触する。
・マクロファージが抗原成分を処理して、抗原情報をT―リンパ球に伝える。
・T―リンパ球はその情報をB―リンパ球に伝える。
・そうするとB―リンパ球はIgEを産生する細胞に変り、IgEが作られる。
・図中のY印はIgEですが、Y印が沢山出ていますね。このようにIgEが沢山放出されると、肥満細胞にIgEが沢山結合する。
・そこに再び、同じ抗原成分が体内に侵入すると、抗原成分はIgEを沢山つけた肥満細胞に橋がけ状態で結合する。
・そうするとスイッチオンの状態になって、IgEと沢山結合した肥満細胞はヒスタミンだとかロイコトリエンだとかいろいろなアレルギー症状を起こす「化学伝達物質」を放出し、周囲の細胞を刺激する。
この化学伝達物質は炎症を起こす物質なので、これが放出されると種々のアレルギー症状が引き起こされるというわけです。
・この時、これらの化学伝達物質の一つが白血球の一種の「好酸球(酸性を好む白血球)」などを呼びよせ、この好酸球が炎症をさらに悪化させると言われています。
白血球は免疫細胞であると同時に「炎症細胞」でもあり、活性酸素や、細胞を傷害する毒性の強い物質なども放出します。その毒性物質が外敵をやっつける一方で、炎症を悪化させることもします。
活性酸素による アレルギーのメカニズム
嵯峨井 一方、DEPで起きる喘息は、今言った抗原抗体反応の経路を経ずに、
・吸い込まれたDEPが気管支や肺の毛細血管の外側に付着し、直接、活性酸素を生成する。
・このDEP由来の活性酸素が血管の内皮細胞を損傷し、血管の透過性(血管がスケスケになる)を高め、それがきっかけで気管支粘膜下組織に水分や炎症細胞が出てくる。
・さらに、DEP由来の活性酸素は何らかの機序で好酸球を呼び寄せ、好酸球が活性酸素や細胞傷害性蛋白質等を生成し、これらが炎症や気道傷害を起こして、喘息様症状を引き起こすというものです。(図2―B)
――・の活性酸素が好酸球を呼ぶ機序は分かっていないのですか。DEP由来の活性酸素が直接、好酸球を呼び寄せることはない?
嵯峨井 白血球の好酸球とか好中球(中性を好む白血球)というのは、これを呼び寄せる化合物が体の中にあるんです。ですから活性酸素が直接呼び寄せるというのではなく、活性酸素が何か細胞に働いた結果、好酸球がどーっと呼び寄せられる過程があるはずです。
例えばですね、僕らの体の中にバクテリアが入って来たとします。そうすると「それ、悪者が来た」と白血球が出動してバクテリアとチャンチャンバラバラやる。この初戦では大体、防衛軍(白血球)の方が負けるんです。
負けた時に、体は、言って見れば、助けを求める悲鳴の様な役割を果す物質を出します。その悲鳴を聞いて仲間の白血球がもっとドッと出て来てバクテリアをコテンパンにやっつける、もしくは互角の戦いをする。白血球の死骸が膿になって出るのはそういう状態です。
いずれにしろ、好酸球とか好中球とかを呼び寄せる悲鳴と同じ役目をする化学物質がある。DEPが産生した活性酸素は、そういう化学物質を放出させているのだと思うのですが、呼び寄せるメカニズムは今のところ全く分かってなくて、ブラックボックスです。(図2―B)
そして、悲鳴に相当する化学物質を出して、好酸球などの「炎症細胞」を呼び寄せるということは、「アレルギー性反応」といっていいと思います。
――活性酸素が直接引き起こす喘息もアレルギー性であるとは、そういうことなのですね。
嵯峨井 ええ。アレルギーは全て抗原抗体反応で起こるわけではありません。
抗原抗体反応では、抗体を沢山作り出しやすい体質がある、遺伝性ということですが、今まで、この遺伝性が喘息と大気汚染の因果関係を決定づける大きなネックとなっていました。
私達の研究は「喘息は必ずしも遺伝によらない。大気汚染物質が直接、喘息を引き起こすケースもある」ことを実証したと言っていいと思います。
大気汚染による
ゼンソクの主犯は、
NOではなくDEP
原因物質を決定づける
気管支喘息の基本病態
――「NO(二酸化窒素)濃度の高い地域には喘息が多い」という疫学調査から、今まで、喘息の原因物質はNOが濃厚に疑われていました。
このNOも活性酸素を生成します。それなのに原因物質がDEPと考えられた理由は?
嵯峨井 その前に先ず、気管支喘息の4つの基本病態から説明しましょう。
1.血管透過性を高める 血管の中には血液、水分が通っているわけですが、血管の内側の細胞「血管内皮細胞」はピチッと内ばりをしたようになって水が漏れないようになっています。この血管内皮細胞は活性酸素に非常に弱く、活性酸素にやられたりするとスケスケになって、そこから水分が漏れ出て来ます。
2.粘液質過剰分泌 その結果、出て来るのがベロベロ粘った粘液質、痰とか鼻水ですね、これが過剰に分泌されます。この粘液質が活性酸素で増えることも知られています。
3.炎症細胞の遊走 先程言った白血球の一種の好酸球などが出て来ます。
4.気道平滑筋の収縮 気管支が狭まって、いわゆる喘息特有の症状、喘鳴(ヒューヒュー鳴る呼吸)や呼吸困難をもたらします。
新しい喘息の定義では、以上4つの中で、「炎症細胞の遊走」が決定的な要因とされています。災症細胞が出て来る、つまり炎症が起こっているかどうかが重要で、他は全て、炎症細胞が出て来れば付随して起こって来るからです。
NOの場合、血管透過性は見られるのですが、粘液質の過剰分泌や炎症細胞の遊走は見られません。一方、DEPでは両者とも見られた。ということは、DEPが決定的にゼンソクの原因であることを証明したといっていいと思います。
マウスによる実験
DEP↓活性酸素↓気道傷害
――先生方の研究では、マウスの気管にDEPを注入した実験で、DEPが活性酸素を作り出し、それが気道傷害を起こすことを解明されたのですね。
嵯峨井 そうです。実験は刺激に鈍く死にずらいICR系マウスを使い、大きく二つに分けて行いました。
・急性毒性 まず、DEPの毒性がどの程度強いのか急性毒性を調べました。急性毒性は24時間以内の死亡率50%が目安となります。
溶液(0・01m1)に溶かしたDEP0・4〜1mgをマウスの肺に注入したところ、24時間以内の50%死亡率は0・6mgとなり、0・9mgでは100%死亡しました。この実験から、DEPの毒性は非常に強いことが分かりました(図3)。なお、過敏なマウスではこの・量で100%死亡します。死因は肺水腫で、これは血管内皮細胞が傷害されることで起きます。
・毒性の発現 次に、毒性は何によって発現されるかを調べたわけですが、私達はタバコの煙が、煙に含まれている多種類の有機ラジカルを介して強烈に活性酸素を生成するところから、DEPも活性酸素が関係するのではないかと考えました。そこで、活性酸素の消去酵素「SOD(PEG―SOD)」をマウスの尾静脈から投与し、その1時間後にDEPを肺に注入して死亡率を調べました。その結果、0・9mg(24時間内に100%死亡)でも死亡率は・以下に低下し、毒性の正体は活性酸素であることが示されました。(図3)
SOD(スーパーオキシド・ディスムターゼ)は、活性酸素の一つ「スーパーオキシドアニオンラジカル_O2」の消去酵素ですから、関係している活性酸素は_O2ということも分かりました。
以上のことから、私達は最初、・肺のマクロファージ(大食細胞)がDEPを貪食し、・その時に多量の_O2を作り出し、・その_O2が血管内皮細胞を障害することで、・血管の透過性が上昇し、・肺水腫になった――のではないかと推測しました。
しかし、死亡したマウスの解剖では活性酸素を発生するはずのマクロファージは殆ど見られず、活性酸素はDEP自身が_O2を作り出していること、それが血管内皮細胞を障害することなどが分かったのです。
――喘息は、炎症細胞が認められることが重要では?
嵯峨井 私達は先の実験で生き残ったマウスを、DEPを注入してから2日目以降に殺して、解剖してみました。
そうしたところ、血管周囲には浮腫(血管透過性の亢進による)が、肺胞腔内には炎症細胞(特に好酸球)やマクロファージの著しい侵潤と出血、気管支上皮細胞の膨張・増殖・はく離――などの病理所見が得られました。さらに、気管支や肺胞道には粘液物が分泌され、これに好中球やマクロファージなどが塊りとなって気道を塞いでいることが観察されました。
その後の比較的低濃度(0・1mg〜0・2mg)の長期投与実験でも、炎症細胞の遊走を始め喘息様の諸症状が認められました。
DEPが生成する 活性酸素とは
――DEPが発生する活性酸素は_O2だけなのですか。
嵯峨井 DEPの中には、鉄とか銅、クロム、マンガン、ニッケル、バナジウムなどの金属、ベンツピレンなどの発ガン物質、また化学構造がキノン型構造を持つ物質が含まれています(図1)。このような物質が介在すると、_O2からは、活性酸素の中でも最も毒性の強い「ヒドロキシルラジカル・OH」が生成されます。そのため、DEPからも・OHが生成される可能性が考えられ、種々の実験をした結果、・OHの発生が認められました。急性毒性では_O2と共に、・OHの毒性も関与していると思われます。
――本誌は、ストレスや環境汚染から身を守るために、活性酸素の制御を重要視しています。食事・栄養面では活性酸素の消去に関する物質を不足させることがないよう、呼びかけています。しかし・OHだけは消去酵素がないといわれていますね。
嵯峨井 そうですね。それと、健康な人がきれいな空気だけを吸っていたとしても、吸い込んだ酸素の1〜2%は体内で_O2になり、その後で・OHにもなります。
酸素は、エネルギーを生み出す細胞内のミトコンドリアの電子伝達系で全部で4つの電子(_e)の受け渡しをされ、最後は水となって呼気や尿から排泄されるのですが、子豚が沢山いれば母親の乳房に吸いつくのをドジる子がいると同じように、4電子をパッともらえない酸素が必ず1〜2%はいるということです。
そうなると他から電子を奪い活性酸素になって、細胞を傷害するので、生体にはその活性酸素を代謝してしまうSODなどの防御酵素を生み出すようにできています。しかし、・OHだけは消去酵素を持っていない、或いは発見されていないだけなのかも知れませんが、とにかく見つかっていません。
・OHは、放射線の被曝で体内の水を分解して直接生成される他、_O2から連鎖的に生成されることがあります。こういうケースで発生する場合は_O2、または次の段階の「過酸化水素HO」を消去してしまえば・OHが生成されることはありません。ですから、SODの活性は重要だと思います。(図4)
悪化するディーゼル エンジンの大気汚染と アレルギー性呼吸器疾患
――花粉症も、NOやDEPが関与していると言われています。花粉症に活性酸素は関係しないのですか。
嵯峨井 全く関与しないとは言えないと思いますが、花粉症ではIgE抗体値が高く、抗原抗体反応のメカニズムが強く働いているのは確実です。
花粉症が、DEPと関係するのは「アジュバント効果(増強活性効果)」と言って、花粉(アレルゲン)と一緒にDEPがあると、花粉だけではIgEが10産生されるとすると、DEPが一緒だと20も50も出来る効果があるんです。この場合、DEPはIgE産生の増強物質として働いているわけです。
その時に、DEPの出す活性酸素が関与しているかどうかは分かっていません。と言うより、水酸化アルミニウム(IgE濃度を非常に高める効果がある)を使ってIgE濃度を高めた動物実験では、活性酸素を消去する物質を一緒に入れてやってもIgE産生量には何の変化もなかったことから、花粉症に活性酸素は関係していないと思われます。
――四日市ゼンソクは工場の排煙「SO(硫黄酸化物)」が原因物質と認められました。NOは喘息の直接の原因にはならないというお話しを伺いましたが、SOが喘息を起こすメカニズムに活性酸素は?
嵯峨井 四日市ゼンソクの原因物質がSO(二酸化硫黄)であることは誰も否定できないと思います。しかし、SOが喘息を引き起こすメカニズムはまだ詳しくは分かっていないのです。
しかし、SOというのは-O2をかなり出すので、私達はDEPと同じメカニズムが働いている可能性もあると考えてはいるのですが。
どちらにしろ、詳しいメカニズムの解明ということでは、DEPもSOもこれからです。
――ディーゼルの黒煙に活性酸素を出すものが発見されたとなると、どうして減らしていくかということが大きな問題になりますね。
嵯峨井 ディーゼル車は走行量では全車輌のうち20%、台数では6台に1台で17%に過ぎませんが、NO排出量はガソリン車の2〜20倍も多く大気中の全NOの約50%はディーゼル車から、さらに、排気微粒子(DEP)は30〜100倍も排出され、NO濃度の高い地域はDEPも高濃度に検出されています。
NOもDEPも、アレルギー性や慢性の呼吸器疾患、肺ガンなど呼吸器系疾患に深く関与していることに間違いはないと思われます。花粉症は国民病といわれる程に増加し、また喘息の患者さんの苦しみは如何ばかりかと推察されます。
今回の研究成果が、遅々として進まないディーゼルエンジンの排ガス規制、ディーゼルエンジンの改善に向けての強力な後押しになれば大変、嬉しく思います。そのためにも、今後、さらに詳しく研究を重ねていきたいと思っております。
(インタビュー構成・本誌功刀)