水耕栽培野菜は、ミネラル不足
―摂取不足のカルシウム、鉄が少ない―
門間公夫 東京都立衛生研究所 生活科学部栄養研究科主任に聞く
工業化する農業
増えつつある水耕野菜
我が国の施設園芸(ハウス、ガラス室などによる園芸栽培)は世界有数の規模となっている。(表1)季節に合った食べ物が体に良いといわれるが、ハウス栽培の普及で野菜の旬はなくなり、味や香りも落ちた。味は含まれている成分によって形成されるが、味と共に栄養成分の含有が気になる。
有機肥料を施した露地栽培ものと、化学肥料と農薬で育った施設園芸(ハウス土耕栽培)ものは、味の点でも、ビタミンの含有量等も、有機栽培ものが勝っていることが確かめられている。(図1)
その施設園芸の中でも近年、著しい伸びを見せるのが水耕(養液)栽培で、施設園芸中に占める割合は今のところは約1割であるが、栽培面積は急増しており(1987から89年の2年間で20%増。表2)、作物の種類も増える一方にある。
都立衛生研究所は、水耕野菜と従来の土耕野菜とでは、肥料が違うなどのことから栄養成分にも差異があるのではないかと、今回、水耕野菜のミネラル分析を行った。
その結果、水耕野菜のミネラルは、「四訂日本食品成分表」に掲載されている数値とは大分異なっていることが分かり、野菜から多くミネラルを摂っている日本人には無視できない結果が出た。
安全性が疑問視されているバイオ野菜も、OECD(経済協力開発機構)の最近の作業部会で、「バイオ技術で作り替えた作物などを、食品の安全評価ではなるべく特別扱いしない」方向を打ち出す中、農業は健康や環境面で、大きな危険をはらんでいる。
工業化の進む農業の中で、すっかり身近になった水耕野菜について、その栄養成分、問題点などを都立衛生研究所の門間公夫研究員に伺った。
都立衛生研究所による 水耕野菜の栄養学的評価
今回の調査目的は?
門間 最近、水耕栽培で生産された野菜―水耕野菜が量、種類ともに増え、それにつれて消費量も増加していますが、水耕野菜の栄養成分に関する調査というのは、殆どなされていないのが現状です。
水耕栽培で使用されている肥料(培養液)は、土耕栽培のものと異なるところから、栄養成分も従来の「食品成分表」に載っている値とは違っているのではないかと推測されます。
健康志向が高まっている中、栄養士さんからの要望もあり、水耕栽培の栄養的評価がなされていないのはまずいのではないかと、水耕野菜の栄養的評価を試みたわけです。
調査試料としては、どんな
野菜を用いられたのですか。
門間 小売店やスーパーで売られている水耕栽培の葉ネギ、ミツバ、カイワレダイコン、ミニトマト、サラダ菜、サニーレタスを用いました。
栄養学的評価をする上で、比較として「四訂日本食品標準成分表―1982、科学技術庁資源調査会編」を用いたのですが、四訂には掲載されていないカイワレダイコンは類似のダイコンマビキ菜。ミニトマト、サニーレタスはそれぞれトマト、レタスと比較しています。
たった10年で
野菜も、随分様変わりしているのですね。
門間 そうですね。水耕野菜に限らず、中国野菜や西洋野菜などここ10年足らずで、以前は高級料理店でしかお目にかからなかったような野菜が、一般に出回るようになっていますね。
科学技術庁によると、五訂
は当分、出す予定がないそうですが、食品の変化が著しい昨今は、国も、もっときめこまかく対応して欲しいですね。
水耕野菜のミネラル値
―P、K、Naが高く、
摂取不足のCa、Feが
低値―
栄養成分はミネラル値だけ
なのですね。
門間 栄養成分は、四訂に載っているミネラル(無機質)のカルシウム(Ca)、りん(P)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、鉄(Fe)について分析しました。
分析方法としては、KとNaは1%塩酸で抽出後、他は500℃乾式灰後、原子吸光法で測定しました。なお、Pはモリブデンブル―比色法で定量しています。
試料が少ないので断定は出来ないのですが、その結果、全体的な特徴としては、リン、ナトリウム、カリウムの値が高く、カルシウム、鉄の値が低いことが分かりました。野菜別に見ると(表3)、
〈葉ネギ〉食品成分表に比べて、Kの含量が約2倍となっている他、P、Naが高く、Caはやや低く、Feは約半分。
〈ミツバ〉葉ネギ同様、K、P、Naが高く、Caは差がなく、Feはやや低い。Kは他の水耕野菜に比べても最も数値が高い。
〈カイワレダイコン〉Pがほぼ同じの他、K、Naは低く、Caは3分の1、Feも半分以下となり、他の水耕野菜とやや異なる傾向がある。
〈ミニトマト〉Feがほぼ同量であった他は、他の水耕野菜と同じ傾向で、P、K、Naが高く、Caが低い。
〈サラダ菜〉Naが約3倍の他は、全てやや低い。
〈サニーレタス〉Feがほぼ同じで、他は全て、レタスより数値が高い。
過剰摂取気味のNa、P、K
が高く、摂取不足を指摘されているCa、Feが低いのは気になりますね。
門間 NaやPについては野菜から摂取される値はごく微量で問題はないと思います。Kがかなり高値なのは、高血圧症の予防という点からは評価されるかもしれません。
しかし、日本人が摂取不足ぎみのCa、Feについては考慮する必要があると思います。特に、成長期の子供や、また、病人やお年寄りは気をつけた方がよいと思いますね。
水耕野菜の問題点
―予想される、
他のミネラルや
ビタミンの不足―
ミネラルではこの他、今、
成人病予防ということで、マグネシウム(Mg)、亜鉛(Zn)、銅(Cu)が注目されていますね。科学技術庁も四訂のフォローアップとして、食物繊維やV・Dと共にそれらのミネラルを、現在、追加作業中ということですが…。
門間 実は、私達もそれらのミネラルには注目しており、現在分析中で、はっきりした数値が出たら発表する予定になっています。
非常に興味深い数値なので、
発表が待たれますね。
さてビタミンですが、有機野菜などについてはハウス野菜に比べて含有量が明らかに高いという調査結果が出されています(図1)。水耕野菜の場合も、ビタミン含有の低値が推測されるのですが…。
門間 ビタミンは鮮度にも左右されるので、含量の分析が正確になされにくいなどの理由から今回は調査を見送りましたが、当然、ビタミンの数値も、四訂に掲載されている数値とは、異なることが予想されると思います。
野菜は摂取不足の傾
向にある上、それでもなお日本人はミネラル、ビタミンなどの微量栄養素を野菜から多く摂っているので、成人病予防と関連の深いミネラル、ビタミンなどの微量栄養素の不足が予想される水耕栽培は問題ではないでしょうか。
門間 栄養素の含量は肥料成分に由来するので、水耕栽培の方法が栄養的に劣るとは、一概には云えないと思います。肥料を改善すれば、水耕野菜の栄養的評価も上がることが予想されます。
しかし、施設栽培の多くは
化学肥料に頼っていますし、中でも水耕栽培では有機肥料は用いにくいと思いますが。
門間 まー、それはあるかも知れませんね。今後の培養液の研究の進歩が待たれます。
肥料成分については、各企業によって多少異なると思われますが、今のところ大部分企業秘密で、研究者の我々にも成分の詳細は不明です。野菜からの栄養摂取を考えると、これは問題だと思われます。
未知の必須微量栄養素など
の不足も心配されますね。
門間 前月号で登場された加藤先生(加藤邦彦・東大理学部助手)も警告されているように、水耕栽培は、完全に人為的に加えた成分から作られた野菜ですから、土壌中にあって、必要ではあるが未知の非常に微量な成分などは、欠乏してしまう可能性はあるでしょうね。また、これも加藤先生が指摘していることですが、工場システムのどこか一部から必要以上にある金属が溶け出して、知らずに体内蓄積される可能性というのも、確かに考えられます。
水耕栽培のメリットは?
門間 メリットとしては、農家の負担軽減、後継者不足の解消、供給の安定、低・無農薬ですむことなどでしょうか。栄養面も、優れた培養液が出来れば、ある程度、解決するのではないかと思われます。
土壌栽培の場合も、農薬は何とか使わなくても、有害金属汚染の不安は十分あるのですから。
それにしても当面は、野菜
の表示には気をつけるべきですね。
門間 「水耕野菜」の表示は一般化しておらず、「清浄野菜」であったり、全く表示していなかったりで、表示には問題があります。根にスポンジがついてあれば見分けもつきますが、レタスやトマトなどスポンジのつかない野菜が無表示だと、業者でさえ見分けがつきません。
農水省では農産物の「表示簡素化」を検討しているそうですが、現在の水耕野菜の栄養評価からも、表示ははっきりすべきだと思います。
貴重なお話、有難うござい
ました。
(インタビュー構成・本誌記者・功刀)