平成元年(89年)度栄養調査結果、発表

現代人は"脂肪漬け、油漬け"となって、死にゆくか
エネルギー適正比率を越えて増え続ける脂肪摂取量

日本におけるエネルギー摂取源、構成比の大変化
グルメ志向時代を反映する糖質の減少と、脂肪の増加

 蛋白質、脂肪、糖質(炭水化物)の三大栄養素を摂取源とするエネルギーの構成比は、戦後、大きな変化をとげた。(図表2)
 糖質エネルギーが減り、蛋白質エネルギーと脂肪エネルギーが増えた。特に、糖質の減少と脂肪の増大は著しい。
 今年度発表の89年度調査でも、毎年漸次減っている米類は今回もまた減り、いも類、豆類も長期的には減少傾向にある。一方、油脂類、肉類、乳・乳製品製品は、今回も増加した。(図表3)
"人は何故、こんなにも脂肪を好むのか?"
 人が脂肪を好むのは、進化の遺産という見方がある。
 脂肪は濃縮されたエネルギーで、エネルギー効率に優れている。脂肪1グラムあたり9カロリー、糖質、蛋白質の二倍以上のエネルギーを発生する。消化吸収に時間がかかるので、腹持ちも良い。食物供給が不安定だった時代、飢餓と隣り合わせの中で、人類は脂肪への欲求を高めていったというのである。
 脂肪が好まれるもう一つの理由は、云うまでもなく脂肪が食物を美味しくするからである。
 脂肪そのものに特別の旨味はないが、食物に脂肪が加わると、舌ざわりがよくなり(滑転味)、味はこってりと濃厚になって美味しくなる。加熱すると香味(揮発性のケトン、アルデヒド等)が生じ、さらに旨味を増す。これらは食品自体に脂肪が含まれている場合も、調理によって油を加えた場合も同じである。さらに調理油を用いた場合、油の被膜で食べ物本来の味を逃さない効果も出る。
 このように脂肪を好む食性を生まれながらに持ち、かつ食物大量摂取が可能になった|先
進諸国と呼ばれる国々のみであるが|現代では、人間は止め
どもなく脂肪を摂り続けるのである。

動物性脂肪(飽和脂肪酸)の害と、植物性脂肪(不飽和脂肪酸)の幻想
第二次世界大戦で激減した心臓病

 成人病の原因が、動物性脂肪が主な高脂肪食にあることがわかったのは、第二次世界大戦がきっかけである。
 肉、卵、バター、チーズなど、動物性食品が手に入りにくくなった戦時下のヨーロッパでは、脂肪摂取量が減るにつれ、欧米人に多い虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)の死亡率が低下した。それが終戦後、脂肪の消費が戻るとともに死亡率も戦前の水準に戻ったのである。(図表4)
|コレステロール
の多い動物性脂肪(飽和脂肪酸)を多量摂取すると、血清コレステロール値を高め、動脈にコレステロールが沈着し、その結果、動脈硬化を起こし、血管破断型の成人病が引き起こされる|
 第二次世界大戦後、動物性脂肪の多量摂取が成人病を招くことは、医学、栄養学の分野のみならず、広く、一般社会の常識となったのである。

リノール酸神話の誕生
―脚光を浴びたサフラワー油―

 植物性の不飽和脂肪に含まれる脂肪酸のうち、リノール酸、リノレン酸、アラキドン酸の多価不飽和脂肪酸三種は、体に必要不可欠な栄養素で、不足すると欠乏症状(成長阻害、生殖能力喪失、寿命が短くなる、皮膚がかさついてうろこ状になる。細胞がこわれやすくなる等)を起こす。さらに人間の体では合成されず、食べ物から摂取しなければならないところから、必須脂肪酸と呼ばれている(ビタミンFとも総称される)。
 必須脂肪酸についてはかなり以前から知られていたが、"リノール酸神話"が生まれたのはそれ程古いことではない。リノール酸の効用は、飽和脂肪酸の害が喧伝されるにつれて広まり、70年代に入って、神話化されたのである。
|不飽和脂肪酸は、悪玉コレ
ステロールを低下させる|
 飽和脂肪酸が血管のコレステロール沈着の原因となるのに反し、不飽和脂肪酸を多く摂ればコレステロール沈着を防ぐのではないかという推測から、神話のもとになる研究は始まった。
 研究の結果、飽和脂肪の多い食事から不飽和脂肪の多い食事に切り代えることで、血清コレステロール値が低下することが明かにされた。ここに、|必須脂肪酸であり、コレステロール低下作用のあるリノール酸は体に良い|という"リノール酸神話"が生まれたのである。
 食事中に含まれるコレステロール及び、食事中の多価不飽和脂肪酸(P)と飽和脂肪酸(S)の比率P/S比が、血漿コレステロール濃度を決定する重要な要素であり、P/S比の変化を大きくすれば大きくする程、コレステロール低下作用は大きくなる。
(ちなみに理想的なP/S比は2対1とされ、従来の欧米型の食事では0・3、現在の日本の食事では1前後とされる。図表5)
 日本を含めた先進各国では、この研究結果を受けて栄養指導が行われ、この研究結果に飛びついた食品業界では、「リノール酸系の植物油は体に良い」というキャンペーンを大々的にくり広げ、食用油としては殆ど知られていなかったサフラワー(紅花)油(圧倒的にリノール酸が多い 図表6)の売り出しに精力を注いだ。

表面に出て来た 植物油大量摂取の害
植物性油の摂取量が 増えても、 成人病は減らない

 このように、公的機関から企業まで国を挙げてのキャンペーンは成果を上げ、この10年間だけでも、日本人の食用油(植物性油)の摂取量は二倍から三倍近くに増えた。
 しかし、ガン、心臓疾患は依然、増加を続け(図表7)、成人病の若年化は今や幼児にまで及んでいる。その上に先進各国では昨今、アレルギー性疾患が爆発的猛威をふるい出し、人々の健康は悪化する一方の状況にある。

リノール酸神話の 崩壊
―意外な結果が分かった 動物実験―

・血管障害
 80年代半ば、国立栄養研究所が行ったラードとサフラワー油の餌を与えたラットの寿命比較実験は、意外な結果となった。
 コレステロール値を高めるラード餌群の方が短命だろうという想定で行われたこの実験で、早死にしたのはサフラワー油餌群だったのである(45週目の生存率は、ラード群82%がサフラワー油群36%)。サフラワー油群には膀胱などに出血がみられ、血管性疾患の予防になるとみられた植物性脂肪が、かえって血管障害を招くことがわかったのである。
・発ガン促進
 ガン発症率の比較実験でも、バター群とサフラワー・マーガリン群では、予想に反してサフラワー・マーガリン群がバター群より高いガン発症率となり、さらに転移率も高かった。

細胞膜の酸化を促進する 不飽和脂肪酸の摂り過ぎ

 これらの実験の結果、次のことが分かった。
|植物性の不飽和脂肪酸は、
血液中の白血球の活動を高め、白血球の分泌する活性酸素が血管壁を傷つける|
|不飽和脂肪酸は、熱と酸素
に非常に弱く、容易に過酸化脂質化し、体内で活性酸素と同様の働きをするフリーラジカルを増やす|
 近年、ガンを始め成人病の多くは、細胞膜を構成する不飽和脂肪酸が、体内で活性酸素と反応して過酸化脂質化することが引き金となることが分かって来ている。
 血管の細胞膜が過酸化脂質化すると、血管壁はケロイド状にザラザラになって、コレステロールがたまりやすくなる。その結果、動脈硬化が起こり、あらゆる成人病が引き起こされるのである。
 動脈硬化は、血中のコレステロールよりも、むしろ、血管壁の過酸化脂質化の方がより悪役になることは、今や、定説になりつつある。

不飽和脂肪酸の 多量摂取と、 アレルギー性疾患の増大

 さらに、不飽和脂肪酸の摂り過ぎは、アレルギー性疾患の増大とも関係している。
 アレルギーの根本原因は主として異蛋白の体内侵入であるが、蛋白質が完全に消化され、アミノ酸に分解されれば、異蛋白の侵入量はそれ程多くはない。
 しかし近年、少量の異蛋白でも激しいアレルギー反応が起きてしまうのは、一つには、脂肪の多量摂取が関係している。発作の引き金となるロイコトリエンなどのヒスタミン様物質は、リノール酸系列に属する多価不飽和脂肪酸が原料となっており、リノール酸系の植物性油の摂り過ぎが、アレルギーの激しい発症と深く関連している。
 なお、アレルギーと脂肪の関連に付け加えると、魚油やしそ油に多いαリノレン酸系列(体内でEPAやDHAに変る)の脂肪酸摂取量を、リノール酸系列の脂肪摂取量より高めることが重要である。αリノレン酸は抗血栓効果でも有名であるが、フライやマリネなどリノール酸系列の油と一緒に摂ると、その効果は減殺される。但し、αリノレン酸系列の脂肪酸は、リノール酸系列よりも酸化の足が速いことを銘記しておきたい。

脂肪の種類を問わず、 とにかく総脂肪摂取量を 減らす
注目される ガンの欧米型化
―昭和40年を境に急増した 大腸ガンと脂肪摂取量―

 食生活の欧米化と共に、かつては欧米型のガンといわれた大腸ガン、肺ガン、乳ガンが増えている。(図表8)
 欧米型のガンの中でも、特に脂肪摂取量と密接な関係にあるといわれる大腸ガンは昭和40年を境に急増し(図表8)、当時に比べ罹患率は現在2倍以上に増えている。奇しくも昭和40年は、脂肪摂取量も急増し始め(図表2)、大腸ガンと脂肪摂取量の因果関係を暗示している。
 大腸ガン同様、乳ガンも脂肪との因果関係が疑われており、全米科学アカデミーによる『ガンぼく滅の手引き』で、唯一、ガンとの因果関係が濃厚であると認められている食品成分は、脂肪だけである。この手引でも、脂肪は動物性、植物性脂肪を問わず、脂肪の総摂取量が問題とされる。

脂肪エネルギーは、 総エネルギーの 20%以内に抑える

 高脂肪食と成人病は深く関係している。
 動物性脂肪は、コレステロールを増やす他、腸内で発ガン物質に変質して成人病の要因となる。植物性脂肪は細胞膜の過酸化脂質化を起こし、これまた成人病の要因となる。肥満と高脂肪食の因果関係は云うまでもなく、肥満もまた糖尿病を代表とする成人病の大きな要因である。高脂肪食では必然的に食物繊維が不足し、これがまた、大腸ガン、肥満、高血圧などの要因となる。
 現在、厚生省が指導している脂肪エネルギーの適正比率は、20〜25%。大腸ガン、脂肪摂取量が共に急増し始めた昭和40年度の14・8%に(図表参照)比べ、大分、高い比率となっている。
 血管系心臓疾患の患者は、脂肪エネルギー摂取量を10%に抑えると著効を顕すという。脂肪摂取量は、どんなに多くても全エネルギー量の20%以下に抑えるのが適切であろう。
 健康づくりという観点からは、白砂糖と同じく、空のカロリーといわれる飽和脂肪酸(動物性脂肪)は全く摂る必要がない。
 必須脂肪酸も、穀類、豆類、芋類、野菜などの摂取が十分であれば、一日の必要量(1〜2グラム。胡麻をふりかけた玄米ご飯2〜3杯で摂れる)を満たせる。食用油の摂取は総量を規制し、必要最小限度の使用に留め、なるべく控え目に使うことを心掛ける。
 揚げもの、全乳製品、肉、ナッツ類、マーガリン、マヨネーズ、ドレッシング、洋菓子、その他加工食品は大幅に減らす。
 特に、加工食品は気付かないうちに脂肪を多量に摂ってしまうのでよく注意しよう。一見脂肪と無縁に見えるパン、麺類にも油は相当含まれている。加工食品は|塩分、添加物、素材の安全性から見ても、摂らないに越したことはない。

このままでは、 油まみれに
―牛肉消費量、 2000年には80%増―

 今年4月、すったもんだされた牛肉の輸入がようやく自由化となり、学校給食には、早速ビーフステーキが登場した。
 昨年発表された「農作物の需要と生産の長期見通し」では、2000年には、日本人の牛肉消費量一人当り7・9〜9・1キロ、現在消費量の60〜80%の伸びが見込まれている。
 植物性油(食用油)の摂取量も、今後まだまだ増えるだろうと予測されている。
 飽食志向、グルメ志向に狂う日本人は、このままでは油まみれになって死にゆくことになる。