この人に聞く 34

旬の魚と野菜で、血栓症を防ごう!!
老化とともに必要となる海の魚の脂肪酸―EPA

東邦大学医学部 五十嵐紀子先生(生 化 学)
山口了三先生(第一内科助手)

東邦大医学部における 『抗血栓食』研究の歩み

 一九七〇年代初期、デンマークのダイアバーグ博士らによるグリーンランド・エスキモーの疫学的調査の過程で発見された『EPA』は、世界的に注目を浴び、従来の考えを覆す新たな研究への手懸りとなった。
 EPAの研究は瞬く間に世界に広がり、日本でも七〇年代後半に入って東邦大学、千葉大学、自治医科大学、日本大学等で、相前後して疫学調査が行なわれ始めた。
 東邦大学医学部における本格的な研究は一九七七年頃より、生化学者の五十嵐紀子氏(血液生化学)、血液を専門とする柴忠明氏(第二外科助教授)、山口了三氏(第一内科助手)らを中心に始められたが、その後、食品学(並木和子・椙山大学家政学部教授)、農学(並木満夫・元名古屋大学農学部教授、川岸舜朗・名古屋大学農学部教授)らの各分野の研究者が加わり、広い範囲にわたる『抗血栓食』の研究にまで発展して行った。
 その結果、抗血栓効果のある食べ物は魚だけでなく、野菜・果物、味噌、お茶など、日常の食卓にのぼるありふれた食品の中から、次々と発見されたのである。
 東邦大学医学部での研究は、茨城県久慈浜生まれの五十嵐先生が、ダイアバーグ博士の「デンマーク移住のグリーンランド・エスキモーは、欧米人並みに血栓症が増えている。それは魚を食べる習慣がなくなったからだ」という研究成果を知って、その頃より増え始めた日本人の血栓症も、魚を食べなくなって来たことが一因になっているのではないか、と推測したのがきっかけである。(日本人の動物性蛋白質摂取量のうち水産物の占める割合は、六五年六〇%、七六年五〇%、八八年四二%)。
 ここに、研究の初めから、「健康は食卓から」という発想が潜在していたことがわかる。
 さらに研究は、栄養士(西岡悦子・東邦大付属大森病院栄養部室長、花岡瞳・同次長)らも加わり、何を、どのくらい、どう調理したらよいかという、栄養バランスをうまく満たした具体的な「抗血栓食メニュー」の誕生にまで発展した。
 日常の食卓に変革を及ぼす画期的なこの研究の成果は、今年になってまとまり、研究の中心になった五十嵐、山口両先生からお話を伺った。

血管の老化とともに必要とされるEPA
―AA(アラキドン酸)と、EPA(エイコサペンタエン酸)の比―

 海の魚の油に含まれるαリノレン酸系列の多価不飽和脂肪酸『EPA』、『DHA』は、老化とともに必要とされる重要な脂肪酸です。
 固まる性質を持つ(血小板の凝集作用による)血が、血管内では固まらずに流れているのは、主に血管壁が、血を固めるのを防止しているからです。この働きは、血管の内側に配列されている血管内皮細胞で営まれ、種々の作用を持っています。
 その一つは、アラキドン酸(AA、多価不飽和脂肪酸で、畜肉に多く含まれる)を原料に、プロスタグランジン(PG)I2という物質を作り、その物質が血小板の粘着・凝集能を抑制し、血栓の形成を防いでいることにあります。さらにこのPGI2は、血管が収縮して細くなるのも防止しています。
 ところが、アラキドン酸(以下、AA)は、もう一方で、血液を固める働きをするトロンボキサン(TX)A2という止血に欠かせない物質の材料にもなっています。この物質は、血小板が作り出しています。
 AAを原料にして、血液を固める物質と固まるのを防ぐ物質が作られることで、生体はバランスをとっているのですが、血管の老化とともにPGI2は作られ方が少なくなります。ところが日々生成されている血小板は、相変らずTXA2を作るので、老化とともに血液は固まりやすくなり、血栓が形成されやすくなるのです。その上に動脈硬化を起こして、血管壁が傷ついていると、血栓はさらに形成されやすくなります。
 さて血管壁では、EPAを原料にして血小板の粘着・凝集能を抑制する物質―PGI3も作られています。また血小板の方では、EPAを原料に、トロンボキサンA3を作っています。このTXA3は、AAで作られるTXA2と違って、血小板の凝集作用を殆ど起こしません。そして、トロンボキサンのA2とAの量の比は、AAとEPAの量にほぼ比例しています。
 ですから、EPA(魚)を多く摂れば血液は固まりにくく、AA(肉)を多く摂れば血液が固まりやすくなって血栓が生まれやすくなるのです。
 EPAを摂り過ぎれば、血が止まりにくくなり、事実、エスキモーには出血性の病気が多いのですが、日本人の食生活ではその心配はありません。(EP
A対AAは、エスキモー9対1、日本人で魚を多食する人2対1)。
 私達が北茨城市の漁港、大津と平潟で行なった調査では、血液中のEPAとAAとの比(EPA/AA)が〇・八以上であれば、寒中でも血栓予防に役立つ事がわかりました。
 平潟では冬に脳血栓が出ない土地なのに、ある年の十二月に脳血栓の患者が五人も出た年がありました。その年の比は見事に〇・八以下だったのです。(十一〜一月〇・六〜〇・七、二月〇・四)。この調査からも、AAとEPAの比は、〇・八以上でなければ血栓予防にならないことがわかりました。
 値が低かった理由は、その年は雑魚が殆ど穫れず、その代りに大きな立派な魚が穫れたのでこれは売ってしまい、自分たちは魚を食べずに肉を食べていたとのことでした。
 旬の(十二月の)鰯なら、七〇グラムで血栓症を予防します。

EPAを効果的に摂るには旬の海の魚から

 魚油に多く含まれるEPAは、哺乳動物では合成されず、藻類を食糧としている海にいるプランクトンやおきあみに沢山含まれており、それを魚が食べ、その魚をアザラシやオットセイ、さらに人間が食べることで、哺乳類の生体に摂り込まれます。ですから魚油と云っても、陸の川魚にはほとんど含まれていません。
 EPAは、プランクトンを食べている魚、またその魚を食べている魚であれば何でもよく、油がのっている旬の魚を摂ることが非常に大事です。
 例えばサンマに含まれている脂肪量は、旬で約二〇%あるのが、はしりでは約一〇%と少ないのです。
 また、南洋で獲れる魚には比較的DHAが多く、マグロなどはEPA、DHAともに豊富です。脂肪の少ない白身の魚にはあまり含まれていません。

調理法でも異なる量
EPAの量は調理法によっても大きく違って来ます。

 EPA、DHAともに豊富な鰯には、旬の時期で約一グラムのEPAが含まれています。この鰯のEPAとDHAの残存率を、いろいろな調理法で調べた結果が表三です。
 調理後の魚油の「血小板凝集能抑制作用」を、人の血液で調べたのが表四です。さらに実際に食べてみた人の血液でも調べました。
 この結果、生で食べるのが最もよく、焼魚・干物も効果的で、「天ぷら」は効果が少ないことがわかりました。煮魚は三〇分も煮るとEPAが少なくなります。調理は素速く、調理後はなるべく早く食べることを勧めます。干物は過酸化脂質が心配されますが、私達の調査では、嫌な臭いのない新鮮なものであれば心配無い事がわかりました。また、缶詰の魚では、AAが添加されているのでさほど効果は期待できません。
 経口調査では、食べて四時間後には、はっきり血中のEPA濃度が上がりました。また、EPA効果は四日位でなくなり、毎日の食生活が、非常に大事だと痛感しています。