この人に聞く 32
「子供の体のおかしさ」を追って三十年
最近の子供たちにみられる「足腰の弱り」、「低体温」は、人類衰退の徽しか!?
日本体育大学・学校体育研究室主任 正木健夫教授
1930年、和歌山県新宮市生れ。東京大学教育学部体育学科卒。東大教育学部助手を経て、現在、日本体育大学教授(体育学、教育生理学)。
著書 「こどもの体力」(大月書店79年)「いきいき体調トレーニング」(岩波ジュニア新書86年)「やる気のおこるからだづくり」(芽ばえ社89年)「新版・子どものからだは蝕まれている」(編、柏樹社90年)
今年七月に発表された日本体育大学・学校体育研究室による全国調査「教育や保健の現場で実感される子供の体のおかしさ」では、先行調査のデータの比較を含めて「子供の体のおかしさ」が、ここ十年で確実かつ急速に進行していることが明らかにされた。
一九七八年、日体大の協力の下に制作された『NHK特集―警告!!子供の体が蝕まれている』が大きな波紋を呼んで十余年…。依然、悪化の一途を辿る「子供の体のおかしさ」に、我々はどう対処していけばよいのだろうか。
調査にあたった正木健雄教授は、昭和三十五年頃から目立ち始めた「子供の体のおかしさ」を、爾来三十年一貫して追及し続け、環境の変化に対応した子供の体と心の健全化に取り組んでいる。今回、改めてお話を伺った。
一九六〇年を境に、教育現場で実感されだした「子供の体のおかしさ」
私が「子供の体のおかしさ」を始めて耳にしたのは一九六〇年です。教師の全国研究集会で「近頃の農村の子供は、遠足で長い距離を歩けないので困る」という報告に、体力がなくなったのか、気力がなくなったのかが話題になりました。
この頃を境に、戦争の影響が薄らぐにつれてずっと向上し続けて来た子供の体力が、今までにない傾向を示し始めました。
一九六四〜五年には、「体と運動能力の片寄った発達と低下」「現代っ子はもやしっ子」「学童肥満の急増」「虚弱児」「朝食を食べない子供達の急増」「虫歯の急増」等々が報告され、以後続々と「子供の体のおかしさ」が報告されるようになったのです。
一九六〇年はインスタントラーメン、テレビなどの耐久消費財の普及が著しく目立った年で、この年以降、高度経済成長に伴うが如く「子供の体のおかしさ」が急増していきます。
生活や環境が大きく変っていく中で、子供の体にも多大な影響が出るのは必至であろう…、そういう変化に対応した教育を考えなくてはと、私は「教育生理学」という子供の体と心を健全に発達させるための新しい教育分野の研究に進みました。
問題の解決には、まず問題の実態と核心を知らねばなりません。「教育や保健の現場で実感される子供のからだのおかしさ」の実感調査も、子供と直に接する者の実感は子供たちの実態を浮彫りするに確実なものという観点から続けてきたことです。
子供に直に接する者の実感と、文部省、厚生省の認識の落差
このような中、文部省は、オリンピック開催の一九六四年から体力と運動能力の全国調査を毎年実施し、子供の体力つくりの向上を目指して学校ぐるみの体力つくりに取り組み始めたのです。
持久力が特にだめだと、朝の授業前に全校マラソン、休み時間もなわ飛びという指導が行なわれ、体育の時間も柔軟体操などを減らして走ることを中心に体力をつける種目に偏り、楽しい体育でなくツライ体育になって、子供は疲れ、遊びの中で自然に発動する子供本来の動きを抑えてしまう結果になってしまいました。
しかしこれらの指導で子供の体力、運動能力の殆どが数値上では向上したのは事実です。(図1、2)中でも心肺能力は最高度に発達しました。
文部省は、体力は伸びているので「子供の体は心配ない」と言っています。
厚生省も、"病気"ないと取り上げない。"病気ではないが病気の一歩手前の段階"に子供達が追いやられているのに、それはあまり問題にしない…。
そうして文部省も厚生省も子供の体は概ね大丈夫だと言う。
"外に出す体力"は強くなっても、"内を守る体力"は弱くなっている
―アレルギー急増の教訓―
文部省が取り組み、体力テストで測られているのは、主に、"外に出す体力―行動体力"なのです。
しかし、免疫力、適応力、調整力、回復力、復元力など、"内を守る体力―防衛体力"は確実に弱っていると私は予想しています。
そのことを如実に語っているのが「アレルギー」の驚くほどの急増(図3)です。"皮膚のカサカサ"、
"疲れやすい"もアレルギーの一種と捉える人がいますが、現実に子供達の免疫系のダメージは相当進んでいるのではないでしょうか。また私達は自律神経の不調の者が多いことをつきとめていますので、子供たちの"内を守る体力―防衛体力"の衰えは相当深刻ではないかと心配しています。
アレルギーこそは文明病、現代病の代表であり、さらに二十一世紀に引継がれる病だと云われています。
それはアレルギーの原因には、「食生活の欧米化(動物性食品の過剰摂取)と現代化(かつてはなかった化学工業食品の摂取)」「大気・水・土壌汚染」「衣食住における無数の化学製品」「密封度の高い冷暖房完備の人工的な住環境(自律神経失調、ダニやカビの増殖)」「過剰なストレス」―など、現代の様々な反自然的要因が複合的にからんでいると思われるからです。
特に子供のアレルギーは、食生活と密接に関係していると思われ、給食のあり方を含めて食事の考察が重要です。
足腰の弱りは人類衰退の徴し!?
行動体力の殆どが向上している中、「背筋力」と「柔軟性」の二つは低下(図2)しています。
「背筋力」とは実は、「腰力」に「背筋力」が合さった力で、動作の要となる腰の力が弱いのは、非常に問題です。
最近増えている「背中ぐにゃ」「腰痛」「脊椎異常」「内股でよく転ぶ」「肩凝り」等は、全て腰筋や背筋の力が関係していますし、また体が硬いことも関係しています。
腰の力は、自分と同体重の者をおんぶできる位の力が欲しい。腰の力がないと、将来、腰痛は勿論、女子では骨盤が狭窄して難産の可能性も強くなります。
また足も、土ふまずの形成の遅れ、膝の骨の異常発育、棒登りで足裏を使わない子供の増加―など問題があり、足腰の弱化は人間の動物としての能力の衰えと捉えても間違いないのではないでしょうか。
種が進化するには非常な時間を要しますが、一旦衰退し出すと非常に速いスピードで進化の過程を逆方向を辿ると私は予想しています。「背筋力」は進化の過程では「直立歩行」の時期に獲得されたところです。さらに問題は低体温のところまで進んで来ています。人間が退化しつつあることは確実です。(図4)
発達すべき時期に、発達できない子供達
昔は、野っ原で子供同士元気に遊び回る、取っ組み合いの喧嘩、幼い弟妹の子守り、ふき掃除やふとんの上げ下ろしなどの家事手伝い、正座、背もたれのない生活―等、生活状況や環境条件が子供のからだの発育にとって過不足なく、放っておいても自然に育つ面がありました。
しかし現代の子供は、便利で楽な自然とかけ離れた環境の中で過保護と放漫なしつけを受け、テレビや受験勉強の明け暮れ。これでは子供のからだは自然に育たたない。
このように発達すべき時期に発達できない今の子供達は、ちょっとしたことで転ぶ、転んでも手をつかないで頭や顔を地面に直接打ちつける、ほどよく力を出せない、ボールが目にあたる、胸郭異常、視力のアンバランス、アゴの未発達など、いろいろな発達の歪みを示しています。
日常生活で出来ること
・嫌いを無理強いしないで好きを抑え、多様な食品を
嫌いでどうしても食べられない食品はアレルゲンの可能性もある。日本食は副菜が少量多種で、多様な食品を適当量満遍なく摂れて理想的。
・間食のだらだら食いを抑えよう
保育園の子供には虫歯が少ない。だらだら食いを抑えただけで虫歯減少のデータがある。食事も進む。
・学校の始まる最低一時間半前には起きよう
"朝からアクビ"、"朝から疲れている"は、体と頭の機能がまだ十分活動を開始していないことにも原因がある。朝の仕事(布団たたみ、着替、冷たい水で洗顔、朝食、歯磨き、トイレ、軽い運動など)をキチンとすることが体と頭の活動を促す。夜更かししても朝は早く起きる、かえってその方がアクビが出ない。そうすることで夜更かしの習慣もなくなる。良い睡眠をとるには、睡眠直前のテレビなど大脳を興奮させたまま寝ない、昼間の運動量を増やすことも大切。
・遠いところを見よう
近距離でテレビのように動かないものを見続けると、視力が発達せず、ガチャ目になる例が増えている。
・家の手伝いをしよう
スポーツでは使われない筋肉が使われる。特にしゃがんで床のふき掃除は有効。自分の身の回りの始末を自分でするのは無論のこと。
・遊びや運動で一日一回は汗をかこう
人間の自由度を高める体の発達を望んで
西丸震哉氏の『41才寿命説』が話題になっていますが、心臓だけは非常に強くなっている今の子供達は、病気の状態で結構長生きするのではないかと私には思えるのです。ポックリとはいかない、かえって悲惨な状況が繰り広げられるのではないかと懸念されます。
また、楽で快適な環境では何とかやり過ごせても極限状態に陥った時には、今の子供の体の適応力では体が対処できない。気温が高い日の山登りで子供達がバタバタ熱射病で倒れた事例も報告されています。
適応力を高め、深海でも高山でも果ては宇宙でも生きていける…。そのように、体の行動や生存の自由度を高めていくことが、人間らしい進歩の方向だと思います。(図4―C)
各国でも「子供の体のおかしさ」が目立ち始めている今、国際間での情報交換など国際的な取り組みも強く望まれます。
(取材構成 功刀)