この人に聞く 30

微量栄養素が足りない
第一回日本微量元素学会開かれる

第一回日本微量元素学会 冨田寛会長

冨田寛 昭和5年3月30日生。日本大学医学部耳鼻咽喉科学教室(主任教授)。昭和51年、日本大学医学部耳鼻咽喉科学・教授。昭和61年、日本大学医学部付属板橋病院・副院長。平成1年、第2回国際微量元素医学会議・会長。平成2年、第1回日本微量元素学会・会長。昭和51年より日大付属病院に味覚専門外来を設置、現在に至る。

日本微量元素学会設立に至るまで

 微量元素の研究は、これまでも地球化学、植物、動物生理学、栄養学、医学などの各分野でそれなりの発展を遂げてきた。特に近年は、公害問題もからみ、また分析技術の進歩も伴って、微量元素の研究は著しい発展を見せている。
 その中でも注目すべきが、健康保持と微量元素の深い関わり、生体内での微量元素の働きの解明であろう。医学界においても、食生活の変化に伴うミネラル欠乏症患者の急増などから、研究が急速に活発化し、また予防医学面での微量元素の重要性の認識も広がってきている。
 こういう時代に入って、分散的な研究成果を結集し、共通の土俵を作る必然性と要求が生れて来た。この機運の中で発足したのが、「日本微量元素学会」である。六月二八、二九日の両日、東京市ケ谷で開かれた「第一回微量元素学会」は、冨田寛学会長の予想を上回る研究成果の発表(百三題)で、二日目は急遽、会場を増やすほどの盛況であった。各分野での微量元素への深い関心が伺われる。
 冨田会長は、日本大学耳鼻咽喉科学教室・教授で、一九六二年、ドイツに於いて、味覚と嗅感の研究を始められた。帰国後、味覚異常を正確につきとめることのできる電気味覚検査法と濾紙ディスク法を考案。現在、日大板橋病院で、日本で唯一の「味覚外来」を開き、実際の診療にもあたっておられる。

必須微量元素の重要性と栄養所要量

 人体を構成している元素の中で、必須微量元素は体重の約〇・〇四%にあたるに過ぎない。しかし、微量元素は生体の健康保持に欠かせない重要な働きをしている。
 生命活動は、栄養素の代謝で支えられる。この代謝は生体内の酵素の媒介によって、はじめて可能となる。一方、微量元素は酵素に組み込まれ、その活性度を左右している。
 飽食の時代といわれている現代は、一面、偏食の時代であり、新しいタイプの栄養不良がおこっているが、これは主に微量栄養素のアンバランスによる。
 このように必須微量元素は健康保持の鍵を握る重要な栄養素の一つであるが、厚生省の『日本人の栄養所要量(健康維持に必要な一日の摂取量)』で掲げる必須微量元素は、わずか鉄の一項目に過ぎない。亜鉛、銅、ヨードの目標摂取量がやっと最新の第四次改訂(平成元年発表)で提示されたが、あくまで付録に留まっている。
「食生活の変化や微量元素の研究の進展で、国際的にも摂取量の見直しが求められている。欧米などの諸外国では亜鉛、銅などの所要量は既に決められており、また、WHO(世界保健機関)やFAO(国連食糧農業機関)なども、微量元素の摂取について栄養学的な推奨量をまとめる動きが活発化している。昨年東京で開かれた第二回国際微量元素医学会議(冨田寛会長)でも、その点の論議が活発になされた」
「私は栄養所要量について厚生省に勧告する立場ではないが、今後、微量元素学会などを通じて、所要量を決めるデータも出揃えば、日本でも、もっと多くの必須微量元素の所要量が決まるのではないかと期待している」
「それには、実験方法なども共通の基盤を持つ必要があり、これはまた、今後の微量元素学会の課題の一つでもある」

微量栄養素の摂取が足りない!!
特に憂慮すべき、日本人の亜鉛欠乏

 現代型食事の最大欠陥は、微量栄養素の不足にある。特に各必須微量ミネラルの摂取不足が問題視されており、その中でも亜鉛は、特に重要な微量元素として脚光を浴びている。今回の学会でも、その研究報告が目立った。
「新陳代謝の激しい細胞では、亜鉛を大量に必要としている。亜鉛がないと蛋白質、核酸、DNAの合成ができない。不足すると、成長阻害、皮膚炎(眼、鼻孔、口周、陰部などの開口部や接触の多い部分)、頭髪は赤く細くなりついには脱毛、精子形成不全、味覚嗅感異常などを起こし、免疫力、精力も弱くなる」
「日本人は鉄欠乏が多いことが知られているが、潜在的な亜鉛欠乏症も多いと思われる。亜鉛の推奨必要摂取量は、米国など諸外国では一日十五ミリグラムであるが、日本人の一日平均摂取量は約九ミリグラム。(前述第四次改定・日本人の栄養所要量では、目標値十ミリグラム)
 妊娠時の母体は、胎児の成長のために約二十ミリグラム、新陳代謝の盛んな幼児は約五ミリグラム必要。特に胎児や小児には必要なミネラルで、欠乏すると成長や知能に影響を及ぼす。現在、幼児用粉ミルクには亜鉛が添加されているが、これは、母乳でなく人工栄養で育った幼児に亜鉛欠乏症がみられたことから添加されるようなった」
「成人の亜鉛欠乏は、まず味覚異常として現れる。最近、歯学部の学生の味覚調査をしたところ、異常値ばかりで、特に女子大生はひどかった。最近の若い女性の栄養状態は全般にひどく、亜鉛も平均六ミリグラムしか摂られていない。」
「亜鉛欠乏の原因は、食事そのものが亜鉛不足にある他、フィチン酸やポリ燐酸などの食品添加物で亜鉛の利用が妨げられていることや、肝臓・腎臓障害、そして薬物(血圧降下剤、心臓薬、肝臓解毒剤等)の副作用などがあげられる」

「日大医学部板橋病院味覚外来」
飽食時代の栄養失調 亜鉛欠乏と味覚障害

 冨田教授が味覚外来を開いて十五年になる。前期と後期を比べ、患者は二倍にもなった。
 取材時も診察室には患者が引きも切らず、特に五十年配の女性が目立つ。味覚器官も他の感覚器官同様老化するためか。教授の調査でも、患者の年齢層は五十歳代、六十歳代が多いそうだ。患者はあらかじめ検査室で味覚検査を受ける。
「味覚異常の原因は、老化、亜鉛欠乏、薬物性、心因性等、実に多様であるが、患者急増の一番の原因は、何といっても食事にある。実際の臨床でも食事性亜鉛欠乏症が最も多い。現代は、好き放題に食べて栄養失調を起こしているからだ」
 取材の日がたまたま最後の受診になった今年二十才になるY君は、急性アルコール中毒が原因で一夜にして味覚障害になった例だ。「突発性の」味覚異常である。Y君は二年前の高校卒業の間際、解放感から連夜友人とメチャ飲みを続けた。あげく、最もひどく飲んだ五日目の翌日に、突如味がわからなくなっていたのだそうだ。
「一気飲み、激辛、飽食時代のつまらぬ流行で、グルメ時代は味覚障害時代という滑稽皮肉な現象が起きている。アルコールを分解するアルコール脱水酵素は亜鉛酵素であり、多量に飲めばそれだけ多量に亜鉛を消費するから、急性アルコール中毒で突発性の味覚異常を起こすことがある。また、強いアルコールや激辛のもの、それにタバコなどは、直接舌を荒し、味覚器官である味蕾を障害して味覚異常を起こす。グルメで有名な俳優の味覚テストをしたことがあるが、彼がタバコを吸っているの見て、結果は良くないだろうと予測したが、その通りであった」
 冨田教授は、患者に食事内容を詳しく聞く。Y君の前日のメニューは「朝はご飯に納豆、昼は日替弁当、夜は野菜炒め定食。野菜を摂るように気をつけている」ということだった。
「野菜もいいが、頭から食べられる小魚類をもっと。朝は黒パンにピーナッツバターやゴマバター。昼は野菜の多い定食。おやつに煮干、小魚のフリカケ、ナッツ類。種実類には亜鉛や他の微量元素が多い。シーズン中は、週二〜三回カキ料理。薬に頼らないで毎日の食事を大切に」と、食事の大切さを強調する。
 治療には、硫酸亜鉛、グルコン酸亜鉛の投与が行なわれるが、予防は食事の管理に尽きる。

食事を考慮せよ特に、若い女性よ

 「現代では新しいタイプの栄養欠乏症がますます増えている。何でも食べられる時代は、好きなものばかり食べるという時代だ。また、おしゃれには時間と労力をかけても、食事には気を配らない若者も多い。朝シャンの時間はあっても朝食の時間はない。健康こそおしゃれの基礎になるのに。亜鉛が不足すれば、肌も髪の色艶も悪くなる。髪の手入れをする間に、お行儀は悪くとも胚芽パンをほおばる工夫が欲しい。医学生の栄養知識も御粗末で、インスタント食品を平然と食べている。これからの医学には臨床栄養学の知識が必要だ。卒業間際になって三大栄養素の熱量も知らない
w生が多くいるのは実に嘆かわしい。」
「母体となり、母乳を与え、育児を任せられる若い女性は、特に栄養に気を配って欲しいものだが、スタイルばかりを気にして無理なダイエットで体を壊している。若者、特に、将来母となる若い女性の食事への自覚を促したい」
(インタビュー構成 功刀)